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< (1)なぜ臨床医が論文を書くか? | メイン | (3)とっかかりは抄録から >
英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻解説シリーズ第二回です。
英語論文を書くに当たって最も大切なことは、なぜ論文を書くかという、モチベーションをはっきりさせることだと前回述べました。
論文を書くに当たってモチベーションを保つことは、棒高跳びの助走のようなものです。
それでは、その次に大切なことは何でしょう?
英語力でしょうか。
「僕は英語力がないからだめだ。」
違います。
英語力が優れていても論文は書けません。アメリカ人のフツーのおにーさんやおねーさんが、医学雑誌にアクセプトされる論文を書けるでしょうか。彼らの英語はネイティブですよ。
実は、英語で医学論文を書くのに、ネイティブなみの英語力は必要ないのです。
それでは、何が必要でしょうか?
モチベーションの次に大切なものは、「師匠」です。
この場合の「師匠」とは、身の回りで、自分で英語論文を書いている人のことです。必ずしもあなたのオーベン(指導医)とは限りません。年齢も関係ありません。年下でも、同級生でもかまいません。
オーベンが「師匠」であればラッキーですが、それにこだわる必要はありません。
同じ分野であれば、ラッキーです。あつかましく弟子になってしまいましょう。「押しかけ弟子」というやつです。
大学のいいところは、「師匠」がごろごろいる点です。
いい「師匠」がみつかれば、もう論文は半分書けたも同然です。
「俺は英語が得意だから、師匠なんて要らないよ。」そういうあなたこそ、「師匠」が必要です。
ネイティブが書いたというだけでは、通らないのですから。
医学部で病気のことは勉強したから、研修のときにオーベンなんていらんよ、といっているのと同じです。
ただ、「師匠」は忙しいです。診療や研究、会議の山をこなしながら、論文を書いています。
おんぶに抱っこでは、駄々っ子のようです。
師匠に嫌われます。
ポイントを絞って訊くのです。
ポイントを絞って訊けば、必ず教えてくれるはずです。ポイントを絞って訊いているのに教えてくれないようなやつは師匠失格です。こちらから見限りましょう。たいしたことはないのです。
それでは、どうやってポイントを絞るか。
質問者が大筋を理解できていること、そして具体的な問題点が把握できていること、この2点がなければポイントを絞ることができません。
あまりにも基本的なことから訊いていると、ピコピコと院内PHSが鳴ってお互い時間切れになってしまいます。
そこで役に立つのが、How toものの本です。何冊か買っておき、先に進めなくなったとき、これらの論文の書き方の本を辞書のように引くのです。
それでも理解できない点を「師匠」に尋ねるのです。 自助努力です。 初心者には、要点を絞った本が必要です。
多くの論文の書き方の本は、サービス精神旺盛で、とても詳しく書いてあります。プロの翻訳者や、英語ネイティブによる作が多く、とても参考になります。
でも、必ずしも、あまり英語の得意でない、しかし伝えたい中身は持っている、忙しい日本人医師のおかれた状況を十分考慮して書かれているわけではありません。
疲れているときには、睡眠薬と化してしまいます(笑)。
そこで、いつもおさわがせの、「英語論文・口頭発表・論文作成虎の巻」(アマゾンに飛びます)の出番です(笑)。
これは、その昔、「蛸部屋生活」を体験した?医師みずからの手になる本です。
半日もあれば目を通せます。
とりあえず全体感がつかめます。
おためしください。
この「虎の巻」とよい「師匠」がいれば、鬼に金棒です(笑)。
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コメント
コメント一覧
私の場合、まわりの英語論文を書ける人はみんな忙しいので、なかなか頼めませんでした。そこで私は論文を書くにあたって最も多く使った手段はパクリです。論文に至る研究の過程で参考文献をたくさん読む必要が出てきます。その時にこの言い回し、この書き方がいいなと思うものをチェックしておいて、もしくは必要に応じて文献から探して、それを自分の論文にはめ込むというやり方です。ただ、対象とする論文は 1.著者が英語のNative speaker 2.施設が東海岸(new York, Bostonあたり)に限定していました。 参考になれば。
コメントありがとうございます。
ご指摘通り、コピペは重要なポイントです。論文はコピペで書けという本もあるくらいです。でも注意しないと、フランケンシュタインのように継ぎはぎのモンスターになってしまうこともありますが(笑)。
やはり、「師匠」はいたほうが効率がよいです。
しかし、いずこも「師匠」不足です。
某学会の名誉理事長もぼやいておられました。
「師匠」になってくれるかどうもまた問題です。
しかし遠慮していては駄目だと思います。
ふところに飛び込んで「押しかけ弟子」になってしまうと、意外と面倒はみてくれるものです。全面的依存では嫌われますが。
一法として、study designやデータ解析なども予め相談して、共著者にしてしまうと、「師匠」の気合が違ってきます。
ところで、ご指摘の、コピー元がネイティブかどうかは大切なポイントです。
東海岸がよいというのは、面白いですね。
確かに、東海岸は競争がはげしいのと、アングロサクソン系が多いですから、その通りかもしれません。(でも伝え聞くところによると、留学するなら西海岸とか南部のほうが楽しいかなと思ったりします。余談でした。)
1)症例報告を書けば 類似の症例で悩んでる他の医師の役にたちます。review of the literatureもあれば尚更です。
2)手術で神の手ぶったり 内科疾患でも一連の疾患の治療に関して お山の大将となってしまった医師も多く、自分の手術や治療法に自惚れを感じがちです。しかし、きちんと治療統計を取り、論文の審査を受ければ自分の治療法の欠点や限界も見えてきます。自分のみならず他の医師の参考になります。新しい治療法への反省点になることができます。逆に過去に論文があったおかげで自分の現在の治療法の参考になったことも多いです。
3)学会発表や論文作製を手際よくやっていけば一年間を通じての生活のリズムがつきます。自信満々で学会発表に臨んでも 他人から批判をいただくことで その疾患についてより深く考察するようになります。
個人的には以前卒後10年ちかくたって 博士号、専門医を取り医師として独り立ちするころに 診療は忙しかったものの気持ちはダレていました。毎日毎日が同じルーチンワークになり、深く掘り下げて病態を考慮しなくなってしまいました。一度でも論文を書くと疾患に関してきちんと過去の文献と照らし合わせて様々な角度から見据える習慣が生まれるようになったようです。
「論文重視を捨てて患者重視の診療を」と若い医師がおっしゃることが多い様です。すぐさま専門性を確立したいとも聞きます。しかしながら自分が治療した症例をまとめたりしない以上 その疾患やその治療法は論文発表されない限り 治療経験は他の医師と共有出来ないのです。そういった意味で論文作製を怠る臨床医は身勝手とも言えます。
全く同感です。
他流試合をしないお山の大将なんて、見苦しいだけですね。
ただ、時間のない中で、若い人たちの学会論文活動をサポートする体制が、大学にも市中病院にも、もうちょっとあってもよいのではないかと感じています。
先生のコメントで力づけられました。ありがとうございました。
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