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「英語抄録・口頭発表・論文作成虎の巻」解説シリーズというのをはじめてみようかと思います。
すこしは世間のお役に立つ(かもしれない)プログにしてみようかと。
続けられるかどうか自信はありませんが、今日は第1回です。
役に立つかどうかは、まったく保証の限りではありません(笑)。
ということで、興味のある方はお付き合いください。
論文を書くには、モチベーションを保ち続けることがもっとも大切です。
研究者が論文を書くのは当たり前です。それが仕事ですから。
ではなぜ臨床医が論文を書くのでしょうか?
お医者さんは患者さんを診るのが仕事のはずです。
論文を書いたりする暇があるのなら、医師不足だといっているくせに患者さんを一人でもたくさんみんかい!ということになるのではないでしょうか。
一般の方々はよくご存じないかもしれませんが、医療者の間では、勤務医を中心に日本では医療崩壊が叫ばれて久しいです。
中堅層の勤務医を中心に、急速に勤務医から開業医への「立ち去り」現象が起こっています。
医療に限らず、どの分野でもそうですが、30代後半から40代は、きついです。
どの分野でも、ある程度仕事をこなせるこの世代の労働賃金は、安くおさえられています。
その分企業は設備投資にまわすことができ、高度成長をもたらしたのです。そして、終身雇用制を支えていたのです。
むかしは、この搾取に耐えて乗り切れば、未来はばら色?でした。
少なくとも、終身雇用制のもとでは、年をとってからは実質労働にみあうよりも高い賃金を手にすることができたのです。いわば形を変えた投資信託のようなものだったのですね。
ところがこれは、崩れています。回収できるころには、首です。
勝ち組であるはずのトップクラスの管理職でさえも、割に合わないストレスの多いシビアな経営手腕を要求されます。桃源郷はなくなったのです。
官僚さんたちがかろうじて天下りという桃源郷を維持しようとしていますが、このご時勢では早晩むずかしそうです。官僚さんたち自身も若いころは労働を国に搾取されていますから、これから桃源郷もなしでは、モチベーションが下がってしまうでしょうね。これからの行政が心配です。
桃源郷がなくなった今、中堅層のモチベーションはなんでしょうか?
受身に仕事をこなすだけでは淘汰されてしまいます。
(かといって上司に逆らっても首ですけどね。)
自分を鍛えて、社会の役に立つ自分をつくっていくという、自己実現しか生き残る道はなさそうですね。
今はそういう意欲のある社員の自己実現の場をギブアンドテイクで提供できる会社が生き残っていくのだと思います。
翻って医師の場合、研修医のころは、日々の労働が自分の成長にダイレクトにつながっていきます。先輩に教えを受けながら、つきつぎと自分にとって新しい患者さんを経験し、先輩の指導の下で治療や、手技を覚えていきます。いつか独り立ちできる日を夢見て。
十年選手にちかづくと、専門分野では一通りのことはできるようになります。新しい経験をする喜びも少なくなります。自分の成長は遅くなります。
後輩の指導もしなくてはなりません。いままで先輩におせわになったのですから。
当直もあります。これはきついです。ほとんど「寝当直」というのはなくなりました。当直の翌日も通常勤務です。実質32時間以上ぶっとおしです。当直明けでやっと帰れた日の夜でも患者さんが悪くなれば呼び出されます。
しかもだんだん若くはなくなってきます。人の役に立つやりがいのある仕事であることはわかっているのでがんばろうとはするのですが、働くほうも人間です。心と体がついてこなくなります。
技術や知識の伸びもスローダウンしてきます。給料も伸びません。元気がなくなってきます。
そこで、立ち去りがおこります。べつに金儲けに走りたいわけではないのです。人間的な暮らしがしたいのです。
勤務医が減ります。
いったい、救急、重症疾患は誰がみるのでしょう?残された人たちに、さらに負荷がかかります。
さらに立ち去りがおこります。
学会活動、論文執筆をこなすということは、こういう状況で、ドクターにさらに追い討ちをかけるわけです。
とんでもないことです。
臨床病院は、臨床だけやってればいいんや。
と、私もそう思っていました。
実際、時間的、肉体的には、ますますきつくなります。
しかし、学会発表や論文発表の適切なサポートをしてあげることにより、驚いたことに、若手から中堅が元気になります。「俺たちはまるでマゾやなあ。」とぼやきつつも、立ち去りが食い止められたのです。そして、さらにうれしいことには、やる気のある若手が集まってくれて、そうこうするうちに人数が増え、労働条件も十分とはいえませんが改善されてきました。
もちろん、みんなのがんばりと周りのサポート、病院幹部の理解があってのことですが。「嬉しい驚き」でした。
論文を書くには、物事を論理的に考えなければなりません。これが、診断治療にも、役立つのです。ガイドラインだけでは割り切れない、現実の医療を深く観察し、考察しなければ書けません。
臨床論文を書いた先生方は、臨床医としても格段に成長してくれます。
そして、なによりも、もともとサボりのドクトル虎の巻が恥ずかしくなるくらい、やる気を出してくれます。
まさに自己実現の場の提供ですね。
ドクターでも十年選手ぐらいになると、すごく「やる気」に個人差がでてきます。
腰が軽く、何事もポジティブ思考で気持ちのよいドクターもいれば、なかには役人根性丸出し(いいお役人に失礼ですね。すみません。)の、ネガティブなドクターもでてきます。
この違いは、いろんな意味で自分を成長させ続けることができるかどうかによるような気がします。
学会発表や論文は、勤務医を元気にします。 あまり高尚な答えではないかもしれませんが、タイトルの質問に対する答えは、「勤務医が元気になるため」です。
担当医が元気になれば、患者さんも元気になります。医療の質も高まります。勤務医が気持ちよく患者さんを受け入れることができれば地域の開業医さんもハッピーになります。
基幹病院が生き残っていけるかどうかは、極論すれば、そこのプロである職員が論文を書くかどうか、それを病院がどの程度サポートできるかにかかっているのではとさえ感じます。
しかし、忙しい中で論文をかくには、「ちょっと書いてみよーかなー」では、必ず途中で挫折します。
明確な動機付けと周囲のサポートが必要です。
最初は怖い部長の命令でもよいかもしれませんが(笑)。
ひとたび成功体験があれば、どんどん自分からはまっていきます。
元気になります。
指導するほうもされるほうも大変ですけどね(笑)。
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