ドクトル虎の巻
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日本は偶像崇拝国家?

ドクトル虎の巻 / 2007.06.22 19:08 / 推薦数 : 5

素人が書くにはちょっと重いテーマかもしれません。

もしも気が向けばお付き合いください。 

日本人は、自称「無宗教」の人が多いです。

私は、ときかれると、無宗教と言い切る自信はないので、「仏教」と答えています。

実家には仏壇があり、できる限り法事にも参加しているので、嘘ではありません。が、本当に仏教を信じているの?ときかれると、答えに窮します。お釈迦さまや仏教のことはよく知らんのです。

そんな日本人って多いのではないでしょうか。 

自称「無宗教」の人は多いです。

しかし、本当に「無宗教」の人は無宗教なのでしょうか。 

本人の自覚の有無に関わらず、その実人間は何かを信じて生きているような気がします。

しらずしらずのうちに何かをたてまつってはいないでしょうか。

 

 マルクス主義は、唯物史観です。「宗教は阿片だ!」といって宗教を弾圧しました。ところが、神ならぬ「物」や「科学」など、人間の五感で扱えるものを奉ってしまいました。

その結果が、皆さんご存知の通りです。旧ソ連では、カルトに走る若者が出現し、経済的にも破綻してベルリンの壁はくずれました。 

お隣の中国では、聞くところによると、宗教を弾圧した結果、お金が神様になってきているようです。

一部だとは思いますが、お金のためなら何でもする人が出てきているようです。環境問題、格差問題などが出てきています。「お金」教ですね。

お金は確かによいものですが、決して神様ではありません。 

人間は無意識のうちに何らかの「神」を求め、崇拝するようです。

おもしろい存在ですね。

別に仏像やマリア像やモアイ像を拝むことが偶像崇拝ではないのです。 

柄にもなく、坊様のようなことをいってすみません。 

日本人はどうでしょうか? 

葬式は仏教なのに、結婚式はキリスト教で挙げる人が多いですね。どうやら形式的に仏教徒であっても実質は唯物史観に近いように思います。

世界で最も成功した社会主義といわれる所以です。

 実は神でないものが神のふりをしやすい国です。

実際とんでもないカルト集団も発生しました。

自覚症状が乏しい分、かなり危険なにおいがします。 

 

高度成長時代には、大企業が神だったのです。

下請け企業や社員は皆「神」に使えていたのです。

社長が「法王」で、社員は修行僧でした。

自らの健康や家族をなげうっても「神」につかえました。

そして若いころ「神」に忠実に修行をつむと、年取ってから「高級神官」に任じられ、それなりの報酬をもらえました。

これはもはや一種の新興宗教ですね。

今はさすがにそれは崩れてしまいました。

 

 医療分野はどうでしょう?

サイエンスとしての医学を絶対化し、神様にしてはいないでしょうか?

ところが、医学は、あくまで人間に奉仕すべき学問の一分野で、統計的に原則を指し示すに過ぎません。大事なのは、人間そのものなのです。 

医師はサイエンティストであるべきですが、サイエンスで扱えない個々の領域にも対応しなければ、現実の医療は行えないのです。

いつでもcureできるわけではなく、relievecomfort も重要なのです 

僻地の医療と、都会の医療とでは、医学的には差はあるべきではなくても、現実の医療には違いがあります。

死亡率が劇的に改善することがわかっていても、世界中すべての地域で、急性心筋梗塞に緊急カテーテルをおこない、ステントを入れられるわけではありません。 

専門医にできることが必ずしも専門外のドクターにはできるとはかぎりません。

でも数の限られた専門医を各病院に24時間待機させることは現実には難しいのです。 

じっとしていない小さな子供のCTをとったり採血したりすることは、かなり困難です。言うは安く、行うは難しです。

疾患の可能性との戦いになります。リスク・ベネフィット・レシオです。

臨床医はリアルタイムに最適化問題をといていかねばなりません。サイエンスだけではわりきれません。 

レトロスペクティブに、医学的にはこうやるべきだったと責めるのはあまりにも安易なのです。

現場にいた人しかわからないこともあるのです。 

あまりにもサイエンスとしての医学が強調されすぎると、サイエンスでは対応できない領域に、神の顔をして代替医療がしのびこんできます。

もっとも代替医療も役にたつものなら歓迎です。WHOは実際Witch doctorによる癌性疼痛の軽減を評価しています。

しかし中には明らかに弱いものにつけこんだ悪徳商法もどきのものもあるようです。

たくさんのお金がサプリメントに消えていきます。これは日本だけではありません。

 

 サイエンスは大切なもの、必要なものですが、神でないものを神にすべきではありません。 

日本の専門医たちも、ある意味医学を「神」にして仕えてきたのではないでしょうか。

フランス人のとある心臓外科医の方が、日本の心臓外科医の仕事ぶりをきいて、「Oh, you are a saint!(お前は聖人か!)」といったそうです。

医学を「神」にしていると考えると、日本人の外科医たちの修行僧のような仕事ぶりが説明できます。(私生活は知りませんよ())。 

 

「修行僧」は、ある意味ではすばらしいことで、尊敬に値します。若いころにはある程度必要なことでもあります。

 

しかし決して全人に強制すべきものではありません。 「神」でないものを「神」とせず、「聖職だ」で片付けず、社会全体で、もっと冷静に理論立てて医療を考えていかなければならないのではないでしょうか。 

 

どうも、国民には「知らしむべからず」、医療関係者には「おまえらは修行僧だ。問答無用で神に仕えろ」といったアプローチが多いような気がします。

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