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医師以外の方がどの程度ご覧になっているかはわかりませんが、今日は医師ではない一般の方向けに書いてみました。ご意見いただければ幸いです。
一般の方は、医療の実態というのをあまりご存じないのではないでしょうか。病院の職員でさえ、勤務医の実態をあまり知らない人が多いのです。
いきなり暗い話になってしまいますが、日本の勤務医は疲れています。日本の病院は、その大小を問わず、今大変な状況になっているのです。
医療がますます高度化、高密度化しているのに、わが国は「聖域なき改革」で医療費総額を抑制しようとしています。そのしわ寄せがどんどん現場の医師、看護師、そしてつまるところ患者さんに押し寄せてきています。
政治家や官僚の方々は、基本的に病気でない、活動的で優秀で頑健な人たちが多いので、病人のことは頭ではわかっているつもりで実は理解できていないのではと思います。
はっきりいって現在の医師の勤務体制には問題があります。日本の医療は、基本的には原則昔ながらの「主治医」制です。これは患者さんひとりに対して原則ひとりの医師が入院外来を問わず一年365日、24時間責任を負うという、世界でもユニークな制度です。
大病院の外来でも、担当の「主治医」の先生が決まっていることが多く、「○×先生の患者さん」といわれます。入院しても、主治医の先生はきまっています。患者さんにもし何かあれば、まず主治医に問い合わせます。 一人の医師が特定の患者さんのことを責任を持って把握しているということは、患者さんにとってはよいことです。しかし一方で、病気が重症になり、あるいは合併症がおこり、医療が高度化すると、その主治医の専門性や能力の限界に依存するという欠点があります。
医師の立場から見ると、重症をもてば持つほど、夜中や休日に呼び出され、あるいは予め休日にボランティアとして診療を行うということが多くなります。
病気は祝祭日関係なくやってきます。わが国の勤務医は少数の幹部を除いて、原則年間365日、一日24時間オンコール勤務についているといってもよいでしょう。夜枕を高くして眠れるのは海外出張中だけということもあり得ます。
当直医がいるではないかと思われるでしょうが、当直医は下手をすると数百床に一人です。しかもその病気の専門医とは限らないのです。また、当直医は、当直業務としては本来すべきではない救急外来業務を緊急避難という名目の下にこなし(当直は時間外労働ではなく、突発事態のみに備えて原則的には休んでいるという前提に立っている)、病棟もみながら、日本の時間外医療を支えているのです。
一般に言われているように「医は仁術は死んだ。」のではなく、「仁術」によってのみ現在の日本の医療、特に時間外医療は支えられているのです。
決して病院の管理者が悪いのではありません。今の医療制度の下ではそうしないと病院経営が成り立っていかないのです。
医師の当直についても、月曜日に当直勤務をすると、ほとんどの勤務医は、月曜朝出勤してから、そのまま連続で当直業務を行い、翌日火曜日には引き続いて通常勤務を行い、夕方まで32時間連続勤務するのがごく一般的に行なわれています。
さらに、急性期病院の勤務医の仕事が夕方にきっちり終わることはありえません。救急で重症を受け持ったりすると、そのまま主治医としてまた連続して泊り込みということもめずらしくありません。
つまり、32時間連続勤務ならばまだましな方なのです。 この間に、外来や病棟回診、そして循環器の先生方は心臓カテーテル治療、外科系の先生方は手術等をこなしているのです。
病院を扱ったテレビドラマなどでは、勤務医が朝「夜勤明けだからいまから帰ります。」というシーンが出てくるのですが、日本の病院ではまずありえません。製作者のあまりの無理解にみていて腹が立ち、思わずテレビを消してしまいます。 テレビに向かって、「そんなわけあるか!」と怒っていると、「おとうさん、作り物なんだからそんなに熱くならんでも。」と家族にたしなめられます(笑)。
実質は明らかに労働基準法違反ですが、これには抜け道があるのです。医師の当直勤務は実質労働とはみなされず、休んで突発事態に備えているだけ(電話番のようなもの)とみなされているからなのです。しかし実際はフルに働いてへとへとになっているのです。
それで厚生労働省の大臣の発言「勤務医の勤務時間は見かけ上ながいが、実際には休憩時間や研究が含まれる。」に、全国の勤務医は怒っているのです。勤務医は皆、一度大臣に当直勤務を体験していただきたいと思っているのです。
こういう勤務医の実態は、一般の方はあまりご存じないのではないでしょうか。 私も一般の方に、「先生は外来は大変そうですが、週2日だけ働いて、たくさんお給料もらえていいですね。」といわれて、涙が出そうになったことがありました。
もうひとつ、酷い法律があります。医師法による応召義務というものです。これは「正当な事由なくして医師は診療を拒否してはならない」というもので、一見もっともなように思えるのですが、旧厚生省の通達によれば、「単なる疲労の程度をもって診療を拒否することはできない」ということになっています。
ですから当直明けでふらふらになっていても診療を拒否してはならないのです。皆さん方はふらふらの医師に外来診療や手術、検査を受けているかもしれないのです。ふらふらの状態で診療して判断を誤ったら、誰が責任を取るのでしょうか。私は患者の人権も医師の人権も無視した憲法違反の法律だとさえ思います。
ふらふらになって働くというのは日本人の好きな美談のように思えるかもしれませんが、医師とて人間です。家族があり、自分自身も病気をし、悩みながら生きているのです。もしあなたが今にも疲労で倒れそうな医師に胸や腹を開けられて手術されることを考えるとどうでしょう。
諸外国の医療は契約であるという概念とは大きく違います。立法者の見識を疑います。かくしてベテランになった医師、いい先生だなあ、この先生にかかりたいなあという医師が次々と勤務医を辞めていきます。
なぜ日本の医師たちはこのような状況下で今までやってこられたのでしょう。 医療は病気を扱う性質上、ある程度緩急があり、医療技術そのものもさほど高度でなかった時代には、たしかに厚生労働大臣のいわれるようにある程度余裕がありました。忙しいときは大変でしたが、暇になるときもありました。夜間救急車もそんなにしょっちゅう押し寄せては来ませんでした。
入院日数も長く、急性心筋梗塞を起こした患者さんなど普通に1ヶ月以上入院されていました。今は2週間弱で退院です。昔はある程度ゆっくり社会復帰され、入院患者さんやそのご家族ともゆっくりとお話できたのです。つまり20年前はもっと牧歌的で、確かに不確実ではあってもある程度休憩がとれたのです。
それでも当直のときはまるで地雷原をそっと歩いているような気がしたものです。しかし、現在では地雷原を歩きながらそれに加えて救急や急変をみて一晩中一睡もできないことの方が多いのです。今病院の幹部となっているドクター達が若かったころと今とでは状況はまったく変わっているのです。これを昔と変わらぬスタッフ数でこなしているので、むちゃくちゃな労働強化になっています。次から次へと流れ作業のように患者さんに接していると、人間関係の構築も難しくなります。
さらに悪いことには、インフォームドコンセントという、日本語で「説明と同意」と訳されますが、説明を十分しなさい、承諾書をきちんと取りましょうということになっています。保険の契約書のような細かな文字の書類を前に、ますます実際の診断治療以外に書類作成やコンピュータ入力などの時間を取られます。
建前はたしかに立派なのですが、現実離れしつつあります。実際、「なんで先生はそんなにしょっちゅう紙をくれるんや。なんかやましいことがあるんとちゃうんか?」といわれた患者さんもおられました。聞くところによるとこれも諸外国に比べて理想主義の日本の実態の方が酷いらしいのです。
今の若い勤務医の先生方や看護師さんたちは本当によくやってくれています。私は「いまどきの若い者は」とは一度も思ったことがありません。でもそろそろ限界に近づいていることは間違いありません。知り合いの日本の心臓外科医は、フランス人の心臓外科医に日本の勤務実態を話したところ、「お前は聖人か?」と絶句されたそうです。
私も最近まで現役で当直をしていたころは、こんなことは口が裂けてもいえませんでした。口に出せば「医師として当然やろ。」「根性のないやっちゃ。」「おまえはそんなに楽したいんか。」「医は仁術や。」「医者は聖職や。」というもう一人の自分がいたからです。
今は若いドクター達が当直や呼び出しを代わりにがんばってくれているので、自分のことではないためかえって客観的に言えるのです。少しでも声を上げることが先輩の役目だと思っています。
それではなぜこのような実態が放置されているのでしょうか。それは明白です。もし医師たちが声を上げて、まともに労働基準法に沿った勤務を要求すると、今のままでは手術や外来等も回らなくなり、病院は今の診療報酬では立ち行かなくなって崩壊し、わが国の医療そのものが音を立てて崩壊してしまうからです。
いまのままでは医師の善意に頼ってくさいものにはふたをせざるを得ないのです。
結論を言います。決して医療費総額を削ってはいけないのです。逆にむしろ増やさなければならないのです。国民一人一人の身に降りかかってくることなのです。国民皆で、特に健康な人たちで医療費を負担するしかありません。そして医療費は増えるという前提の下で、医療制度を「現場の」専門化が集まって根本的に見直さなければなりません。大本営の机上の空論では危険なのです。それにはぜひ一般の方々の援護射撃が必要なのです。
聖書の文句に「人がたとえ世界を手に入れたとしても、命を失ったら何の益があるだろうか。」という文言があります。健康は、すべての経済活動の前提になるのです。 医療費を抑制することは正しくないのです。
こんなことをブログに書いたら、暗闇で刺されるからやめとけ、と忠告してくれた友人がいました。
ありがたい忠告ですが、書かずにはいられませんでした。
最後になぜ勤務医を続けるか。それは現時点で最新、最善に近い医療を行い得ること(もちろん状況によっては必ずしもそうは問屋がおろしませんが)、ほとんどの患者さんには喜んでいただけるということ、そして若手の優秀な先生方が巣立っていくのを見る喜びにあるのではないかと思います。
Dr以外の一般の方々に呼んでいただければうれしく思います。長文お付き合いいただきありがとうございました。
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