ドクトル虎の巻
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生・老・病・死

ドクトル虎の巻 / 2007.04.19 19:56 / 推薦数 : 3

知人に医者のくせに?僧籍を持っている人がいます。

医師免許を剥奪されても食っていけるので、ちょっぴりうらやましいのですが。

それはさておき、今どきの日本人は、人間は生まれ、老い、あるときは病気をし、そして誰もがいつかは死ぬのだというしごく当たり前のことを忘れているような気がします。

「生きている」ということは、すごいことなのです。

生命体では、一見熱力学の第二法則に反するようなエントロピーの減少が次々と起こっているのです。

厳密には外部とやり取りしているので、物理法則には反していないのですが。

まあその分周りに迷惑?をかけているのですね。

「生きている」ということは、ある意味、確率の低いことが次々と生じる、「奇跡」といってもよいかもしれません。

心臓の筋肉がばらばらに動かずに、つまり心室細動にならずに、洞調律を維持するほうが確率は低いのです。

こう書くと、なんだかオカルト宗教のようになってしまいますが、そうではありません。人体が複雑すぎるのです。その複雑系をなんとか理解しようとして、われわれはつたない「ロゴス」でもって挑んでいるのです。いつか「奇跡」を「ロゴス」で記述できることを夢見て。

ただし、複雑系はなかなか手に負えません。

従って、実戦には「ロゴス」だけでは太刀打ちできません。「エトス」「パトス」も必要になってくるのです。

ガイドラインやマニュアルだけでは不十分なのです。

でも「ロゴス」は重要です。「ロゴス」がなければ、医師も祈祷師と変わりません。

なんだか禅問答のようになって来ました(笑)。

人々がこの「生きる」という「奇跡」を認識していないということがトラブルの元のような気がします。

人間は生きているのが「当たり前」、死ぬのはおかしい。何らかの人為的ミスがあったのではないか、と。

私たちは仏教で言う生老病死の世界観を忘れてしまったのでしょうか。

日本のお坊さんたち、もっとがんばって欲しいです。

お堂の修復にお金がかかるのかもしれませんが、戒名に高額のお金をとっている場合ではないのです。

ちなみに日本人は医療費総額の半分近くを死後につかっているらしいですね。

 

 

 

 

 

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