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(その2より つづき)
母 : 「 そうみたいやわ。
よう、抱きしめてやれ、とか言うやん。
この子も学校から帰ったら、いつも両手をひろげて私に抱きつこうとするんや。
でも、私はなんか気持ち悪くて、思わず振りはらってしまう。
抱きしめたことってないなぁ。
抱きしめないかんのんやな。」
私:「 よくご存知ですね。
ぜひ、そうしてあげて。
それから、あの子をストレスのはけ口にするのはやめませんか。
きたない言葉を浴びせかけないで。
あびせかけそうになったら、その場を離れることはできない?
『 おかあさん、今、イライラしてるから 』 って。
あの子はたいへんな中、よくやってると思うよ。
ときには、お母さんから、『よくやってるね』ってやさしいことばをかけてあげるとどうかな。
あの子もうれしいと思うよ。
お母さんの対応でこの子が変わるのはまちがいないから。 」
救急外来でのことなので、十分話はできませんでした。
精神科受診の話もしたのだけど、あの様子では平日に仕事を休んでまで来てくれるとはとても思えません。
診察がすんだあとも、ミカちゃんの目に涙をためた顔がずっと目にやきついていました。
祖父母宅に預けられたこと、
両親の離婚、
母親からの暴言、
母親への愛情とそれに応えてもらえないもどかしさ、
兄との扱いの差、
母親のストレスのはけ口、
転校、
友達からのいじめ。
これだけのことをじっと耐えている。
睡眠もじゅうぶんとれていないのかもしれません。
苦しくて、身体にも影響を及ぼしているのでしょう。
子どものこころの悲鳴を少しでも代弁してあげたかった。
けれども、救急外来という、悪条件の中、どれだけのことができたのだろうと思います。
はがゆい思いで二人を見送ったのでした。
その夜は、この子のことが心配でなかなか寝つけませんでした。
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(その1より つづき)
母親はこともなげに言った。
「いじめられているのだと思う。」
少し前に転校したばかり。新しい学校にやっと仲良しの友達ができてよろこんでいた。
ところが、突然、その子から無視されるようになった。次の瞬間には、また何もなかったように親しげに近づいてくるなどするらしい。
短いあいだに何度かそのようなことをくりかえしているという。
そのたびにミカちゃんは落ち込んだりはしゃいだりしているという。
私:「それはこたえますね。大人でもつらいなぁ。」
母:「でも、この子は気にしないと言っているから大丈夫です。」
私:「いえいえ、言葉をそのまま受け取るのは危険です。
親に心配をかけまいとしたり、
友達との関係がよけいおかしくなるんでないかと警戒したり、
自分でもつらい気持ちを感じないようにしたり、
子どもは大人に本心を言うとは限らない。
むしろ言わないものです。」
母:「じゃ、子どもにやさしくしてあげないかんのやな。
逆のことをしてたわ。
泣き声がうるさくて、『泣くな!うるさいわ!』って隣の部屋から泣く娘に怒鳴りつけていた。
泣き声にイライラして、『死ね!』と頭からふとんをかぶせて押し付けたこともある。」
私:「それは傷口に塩をぬりこめるようなものです。
今と同じやり方をしていたら、こころの病気になる。
『うつ』という病気もある。
さっきの様子であれば、もうなっているかもしれません。
これから、思春期になれば、もっともっとこころの病気があらわれやすくなる。
今、きちんとしていれば、その危険性がずいぶん減る。
おかあさんの対応で、子どもの人生が変わるかもしれないよ。」
母:「わかっとんやけどな。
つい、娘をストレスのはけ口にしてしまう。
言ってはいけないことを言ってしまう。この子を責める汚いことばが口をついて出てきてしまう。
汚いことばやったらどれだけでも出てくるんや。」
母:「あんな、先生。
今、兄ちゃんの方で手一杯なんや。ちょっと前に離婚してな、兄ちゃんがぐれそうなんや。
兄ちゃんはいっしょに住んでいたから、父親と離れたことで傷ついとんや。
ぐれたらあかんと思って、すごい気をつかっている。
この子は、ずっとおばあちゃんとこに預けていた子どもやから、大丈夫なんや。」
私:「おばあちゃん宅に預けられていたのであれば、
それはそれで傷ついているかもしれないね。
兄ちゃんとのあつかいがちがうこともつらいんじゃないのかな。」
(その3へ つづく)
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ミカちゃん(仮名)はバッチリ化粧した母親のかげにかくれるようにして夜の救急外来の診察室に入ってきた。
ほっそりとした色白の小学校5年生である。
生気のない顔におどおどした黒目がちの瞳。
見るからに元気がない。
唇だけがやけに赤味を帯びている。
母親は長いコートを着たまま、大きな声で話し始めた。
「 頭が痛い、痛い言うて泣くんです。 」
「 いつからですか? 」
「 1ヶ月前にはもうあったな。 」
「 毎日ありますか? 」
「 2~3日に一度くらいやろか。 」
「 痛いのは、一日のうちのいつごろ? 」
「 学校から帰ってのことが多いな。夜なかじゅう泣くんや。 」
吐き捨てるようにそう言う。
こづくようにして、子どもをすわらせたり、
上着をぬがせたりしているのが気になる。
近くの診療所で頭痛薬をもらっているが、よくならないという。
頭が痛いといったり、おなかが痛いといったり、痛いところがころころ変わるともいう。
「 あっちが痛い、こっちが痛いいうて、ほんま困るんや。 」
と顔をしかめる。
学校にはふつうに通えているようである。
今日も泣きはじめたので連れてきたとのことであった。
母親としばらくやりとりしたあと、子どもと向きあう。
「 痛かったね。 」
そういうと、子どもの目にはみるみる涙がたまった。
「 今はどう? 」
子どもを診察台に横にさせ、診察をしながらたずねる。
涙をぽろぽろこぼしながら首を横にふる。
「 痛くないの? 」うなづく。
母親は、
「 さっきはあんなに痛いいうて泣いてたやん。
何なんそれ。
あんたが病院行く言うたから来たんやん! 」
ミカちゃんの反応が気にくわない様子である。
診察がすむと、ミカちゃんには外で待ってもらうことにして、母親と話した。
身体所見は特にないこと。
平日の昼間に念のための検査はできるが、この子には異常は出ない確率が高いと思うと。
精神的なものの可能性が高いと思うと話した。
「 さっきも涙ぐんでましたね。 」と水をむけると、
「 ああ、さっきは先生にやさしくされてうれしかったんやろうな 。」
とさらりと答える。
何か気になることはありますかと問う。
(その2へ つづく)
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ずいぶん前の話になりますが、夜中に1歳くらいの子どもが受診されたときのことです。
受診のきっかけは 「 おでこが腫れた 」 というものでした。
見てみると、虫刺されっぽい感じでした。
ぼうやはにこにこご機嫌です。
連れて来られたお母さんに、軽い気持ちで確認しました。
「 痛がりませんよね。 」
お母さんはしごくまじめな顔できっぱり答えました。
一瞬、返すことばが見つからず、
大きく深呼吸をしたあと、説明しました。
ひとことひとこと …。
「 痛いときはね、
機嫌が悪くなったり、
触ったら泣いたり、
触られるのをいやがったり、
触れようとすると顔を引っ込めたり、
触ろうとする人の手を払いのけたり … するんですよ。
それは、わんちゃんやねこちゃんでも同じ。 」
先日も、生後4ヶ月の赤ちゃんの健診でおかあさんから質問がありました。
「 このくらいの赤ちゃんでも痛みは感じるんですか? 」
バカヤロウ!って感じです。
現代人はだんだん五感を使った生活をしなくなっているのかもしれません。
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今年も仕事(日直)で始まった元旦でした。
終了後、夜中に移動し、二日は高校の同窓会へ。
高校を卒業して25年もたつと、なつかしさもひとしおです。
さまざまな分野で活躍する同級生たちからパワーをもらって戻ってきました。
さて、ここで前回の続き。
下の二つのことばはいつも自分で自分に言い聞かせていることばです。
今年もこれらのことばをつぶやきながら、やっていこうと思います。
仕事の流儀2.
目的を達成する方法はひとつでない。
ほかの人がそれでうまくいったとき、自分はその方法が苦手だからといって、ハンディと思うことはない。
自分の特性を生かした方法がきっとある。
ほかの人にはほかの人のやり方がある。
自分には自分のやり方がある。
うまくいかなくなったかつての方法に固執することもない。
方法はほかにもきっとある。
「失敗」はたくさんある方法の中から、よい方法を探すための途中経過 。
目的地に到着する道はひとつではないのだから。
方法はひとつではないのだから。
仕事の流儀3.
短所は必ずしも悪いことではない。
ハンディと決め付けることもない。
「これがあるからだめなんだ」と能力の壁にしてしまってはいけない。
短所があるからこそ、今の自分があることもある。
視点を変えれば長所ということだってある。
短所と思っている部分は、工夫の仕方ひとつで強みに変えることはできる。
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NHKのプロフェッショナルという番組があります。
きのうは楽しみにしていた総集編でした。
ところが、疲れがたまっていたのか、残念なことにテレビの前で眠ってしまっていました。
そこで、プロフェッショナル流に、私の 「 仕事の流儀 」 を考えてみることにしました。
毎日、自分自身に言い聞かせていることばです。
3つあります。
今回は、まず、第一弾 。
仕事の流儀1.
さまざまな障害をかかえたお子さんを目の前にします。
私も、むかしは
障害を治そう、
軽くしよう、
能力をあげよう、
ふつうの生活に近づけよう、
… そう考えていました。
でも、そう考えるとつらいんです。
障害のある子どもが育っていっても、
障害のない子どもたちはもっともっと先にいってしまう。
追いつかないんです。
それに、 「 できる 」 「 できない 」 と能力にばかり照準を当てると、
どうしても無理な子どもは救われないのです。
どんなにがんばってもできないことはできないのです。
それを目標にすると、子どもだって無力感におちいる。
すっかり自信を失ってしまうんです。
それでは、かえって能力をつぶしてしまいます。
では、障害のある子どもたちに、
私たちは何もしてあげることはできないのか?
考えて考えてたどりついたのは次のような結論でした。
「 治す 」ということは無理かもしれない。
「 治す 」というと、絶望的になるかもしれない。
けれども、そういう子どもたちでも、「充実した毎日をすごす」ということはできる。
「 充実した毎日 」を送るためにしてあげられることはたくさんある。
充実した毎日を送っていると、意欲がわく。
そうすると、結果的に能力だってのびる。
いつの日かチャンスがめぐってきたとき、
思いもかけない力を発揮する子どももいるかもしれない。
もちろん、能力なんて結果であって、どうでもいい。
そんなことより、なにより、充実した毎日を送った人生はよい人生にちがいない。
そう気付いて以来、
「 この子は何ができるのか 」 でなく、
「 どのくらい充実した毎日を過ごせているか 」
という尺度でものごとを考えるようになりました。
能力をあげるためにできることは、限られています。
そんな方法はないことがほとんどなのです。
でも、充実した毎日をすごすために、してあげられることってたくさんあるんです。
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土曜日は日直。
日曜日は日当直。
飲まず食わず、夜間もひっきりなしのぶっ続け外来でした。
ふぅ~、疲れました。
さて、今日は以前から気になっていた、赤ちゃんの便に血液が混じる話を書きます。
生後3ヶ月の赤ちゃんを抱いておかあさんが入室
患者さん母 : 「 血便なんです。 」
私 : 「 いつから、どんな状態ですか? 」
患者さん母 : 「 4~5日ほど前から、1日に1回あるかなしかですが、便に血液が混じります。
じつは、すでにほかの小児科でもみてもらっていて、
一つ目の小児科は検査もしてくれない、
薬もくれないので大きな病院に行きました。
そこでは便の培養や血液検査をしたのですが、
培養も異常なし、血便による貧血もないと言われました。
原因はわからないと言われて。
なぜ、血便が出るのか説明がなかったので、
心配になってここに来ました。
たいへんな病気なのではないでしょうか。 」
私 : 「 血液は便全体に混じりこんでいたの?
それとも便に血液のスジだとか点々とかですか? 」
患者さん母 : 「 そうそう。血液のスジが数本混じってました。 」
私 : 「 下痢はありますか?
それとも便はいつもと同じ状態ですか? 」
患者さん母 : 「 いつもと同じです。 」
私 : 「 熱はないですね。 」
患者さん母 : 「 はい。 」
私 : 「 この子はおっぱいですか?
それともミルク? 」
患者さん母 : 「 おっぱいです。 」
私 : 「 おっぱいはいつもどおり飲めていますか? 」
患者さん母 : 「 はい。変わりません。 」
私 : 「 機嫌よくすごせてますか? 」
患者さん母 : 「 はい。ご機嫌です。 」
私 : 「 便は持って来られていますか? 」
患者さん母 : 「 はい。これです。 」
( おむつを床で広げる。 )
患者さん母 : 「 あれ?今はわかりにくなってますけど、
このあたりにスジのような血液が1~2本あったんです。
これかな?
先生、血便ってたいへんな病気なんですよね。
大丈夫なんでしょうか。 」
( 略 )
…
「 赤ちゃんの血便! 」とびっくりして必要以上に心配される方がいらっしゃいます。
(このような場合、「 血便 」という表現より、「便に血液が混じる 」という表現の方が適当かと思いますが。)
心配のあまり病院を転々とされる患者さんもいらっしゃいます。
もちろん、心配ですよね。
小さな赤ちゃんの便に血が混じるのですから。
その上、原因もわからないといわれたら、とまどうのも無理はありません。
O-157の報道を聞かれて、こわい病気をまっ先に連想されるのでしょう。
けれども、あまり知られていませんが、
元気のよい健康な生後2~3ヶ月の赤ちゃんで、
それも母乳栄養児の場合、
便にスジ状、もしくは点状の血液がほんの少し混じるということは、
じつは、たいへんよくあることなのです。
ほとんどは数回だけですし、ときどきあっても、生後5~6ヶ月くらいまでに症状はなくなります。
母乳の赤ちゃんは便がやわらかくて、水っぽい便が噴出します。
哺乳のたびに腸が動いて排便があるのです。
母乳中に含まれる乳糖が腸内で発酵することにより
腸の中が酸性に傾くことが刺激になって、
腸の蠕動が活発となると考えられています。
また、酸性であることで粘膜はやや充血ぎみで出血しやすくなっていて、
そこに腸がよく動くことで粘膜がこすれて
出血を起こすのではないかと考えられています。
大腸良性リンパ濾胞増殖症というのもあって、
腸にリンパのぐりぐりができて、
それがこすれあって粘膜に傷がつき、
便に少し血液が混じるともいわれています。
赤ちゃんが元気で、おっぱいもたくさん飲んで、
ご機嫌で、とくに下痢もしていなくて、
便に混じる血液もほんの少しで … という場合、しばらく経過をみていいと思います。
お薬も必要ありません。
医師は、経験豊富であればあるほど自信をもってみますから、
検査は必要と感じず、経過からはずれないかどうかをおうちの方と確認しながら観察するものなのです。
(もちろん、何らか気になる点があって検査をすることもありますから、
主治医の先生とよく話をした上で指示に従ってください。)
もちろん、熱が出るだとか、下痢をする、
便に混じる血液がずいぶん多い、元気がないなど、
ほかの症状がある場合はほかの病気を疑います。
また、便に混じる血液の量が増えてきた、
いつまでもおさまらない、また、哺乳量が減ってきているなど
経過がちがってくる場合も、
その段階でほかの病気を疑うことになります。
いずれにしても、かかりつけの小児科の先生は、
そのあたりの説明をしてくださり、
経過をいっしょにみてくださると思います。
もし、どうしても先生の説明に納得がいかないのであれば、
納得のいく説明をしてくださる先生を探してみてもよいかもしれません。
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伊藤友宣 著
『 家庭の中の対話 』
中公新書より
ある朝、空模様が気になった夫が、何気なくこう問いました。
「 今日は雨が降るかなぁ。 」
夫 「 今日は雨が降るかなぁ。 」
妻 「 あなた天気予報聞いたんでしょ。 」
夫 「 もちろん聞いたさ。降水確率は50%だって。 」
妻 「 じゃ、降るかどうかわからないじゃないの。
私に聞いてわかると思うの? 」
夫 「 そうだなぁ。お前に聞いてわかるはずないないぁ。 」
妻 「 だったらなんで私に聞くのよ。 」
夫 「 どうして聞いたらいけないんだ。
それが夫婦とというものか。 」
妻 「 … 」
夫 「 やっぱり持って行こうか。 」
妻 「 持って行くんだったら忘れないでね。
今年になって、もう3本も忘れたんだから。 」
夫 「 3本とも忘れたんじゃないぞ。
1本は山田が返しに来ないんじゃないか。 」
妻 「 でも、2本は忘れたでしょ? 」
夫 「 そういうお前はどうなんだ? 」
妻 「 いつ、私が傘を忘れました? 」
夫 「 傘のことじゃないよ。
お前は生まれてこのかた、何ひとつ忘れたことはないわけ。 」
妻 「 何言ってんのよ。
朝の忙しい時に。
いったい何の話よ。 」
夫 「 だから聞いてるんじゃないか。
ごまかすな。 」
妻 「 ごまかしてないわよ。 」
夫 「 こないだの日曜日、おばあちゃんのとこで、ハンドバックを忘れたのはだれなんだよ。 」
妻 「 どうして傘の話がハンドバックと関係があるのよ。 」
夫 「 傘やバックだけではないよ。
このあいだのおばあちゃんのことだって…。
まぁ、いいや。行ってくる。 」
妻 「 ちょっと待って。
おばあちゃんがどうしたのよ。 」
夫 「 もういいよ。
すんだ話だから。
終わったことだから。 」
妻 「 なんのことよ。 」
夫 「 いいから。
だからさ、あのお彼岸の … 。」
妻 「 お彼岸?
あの時のこと、あなた、まだこだわっているの? 」
夫 「 もう。だから、すんだことだから。 」
妻 「 あなたが言い出したんじゃない。 」
夫 「 お前が言わせたんじゃないか。 」
妻 「 あなた。もとはといえば、去年のお正月ね。 」
夫 「 お正月だって。
お前もしつこいなぁ。
言いたかないけど。 」
妻 「 何よ。
文句があるんだったら、男らしく言ったらいいじゃない。 」
( 略 )
雨がふるかなぁ、のひとことからここまで…(苦笑)
夫婦や近い親族のあいだでのことばのすれちがいは、
過去へ過去へと話がさかのぼるそうです。
(過去における清算されていない怒りのためでしょうか。)
責任の押し付け合いもあるとか。
こころしたいものです。
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野口雨情の「 赤い靴はいてた女の子 」という歌を覚えていらっしゃるでしょうか。
「 赤い靴 はいてた 女の子
異人さんにつれられて 行っちゃった 」
というあれです。
ところで、この歌にはモデルとなった子どもがいるのはご存知でしょうか。
それから、この子はなぜ異人さんの国に行くことになったのか、
その後どうなったのか、ご存知でしょうか。
私は知りませんでした。
人さらいに連れていかれたのだろうか、とか、
売られて行ったのだろうかとか想像をふくらませていたのですが、
アメリカ人の宣教師に養女に出されたのが本当のところのようです。
そして、結局、異人さんの国には行けなかったのです。
子どもの名前は「岩崎きみ」(1902-1911)
(青木正和著 「結核を病んだ人たち」 - その生と死 -財団法人結核予防会より)
きみは静岡県で母親かよの私生児として出生。
当時のことであるので、母親は故郷の静岡にいることができず、北海道に移住するが、そこではどん底の生活を強いられた。
赤ん坊をかかえての苦しい生活を見かねた実家が結婚話を世話する。
結婚して夫と北海道留寿都村の開拓農場に入植するが、厳しい環境での生活は以前にもまして悲惨だった。
そこで、きみを育てることができず、きみが3歳になったとき、涙ながらにアメリカ人の宣教師であるヒュエット夫妻に養女に出す。
ヒュエット夫妻はきみをつれて宣教の旅に出る。
きみが6歳のときに日本での宣教師の任務を終え、
アメリカに戻ることになったが、きみが結核を発症。
そのため船に乗せてもらえず、きみは東京麻布の鳥居坂教会の女児孤児院に預けられ、夫妻は帰国。
きみはここで手厚く看病されたが、なすすべもなく、
母を、養母を呼びながら9歳で息をひきとる。
母のかよはこのことを知らず、きみはアメリカで元気に幸せに暮らしていると信じながら世を去った。
きみが結核で死んだ1911年(明治44年)
この年だけで0~14歳の子どもだけは2万人以上が結核で亡くなる。
この年の結核の死亡総数は11万722人。
小児が18.7%を占める。
小児の結核性髄膜炎も4670人(小児結核死の22.5%)
すごい数です。
現代の死亡総数は以下のとおりです。
厚生労働省発表http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/youran/data18k/1-27.xls
平成17年の統計
0歳~14歳までのすべての原因を含む死亡総数は5347
0歳~4歳 4102。
(0歳の生後まもなく命を落とす先天性疾患、周産期障害が多い。)
5歳~ 9歳 655
10歳~14歳 590
赤い靴はいてた女の子
赤い靴 はいてた 女の子
異人さんに連れられて 行っちゃった。
横浜の 波止場から 船に乗って
異人さんに連れらられて 行っちゃった。
今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう。
赤い靴 見るたび 考える
異人さんにあうたび 考える。
野口雨情 作詞 1921年(大正19年)作詞
本居長世 作曲
参考文献 ) 結核を病んだ人たち - その生と死 -
青木正和 財団法人結核予防会
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診察室で赤ちゃんが泣き始めると、
「 泣け、泣け。しっかり泣いておなかをすかせ。 」
とおっしゃられるおばあちゃんがいます。
「 しっかり飲ませるために泣かせるのだけど、
飲まないんです。 」
とおっしゃられるおかあさんもいらっしゃいます。
しっかり哺乳するを目的に哺乳前に泣かせるということは、
本当に理にかなっているのでしょうか。
私はこれは逆効果だと思っています。
赤ちゃんが泣いているというのは、
「 いやな気分がして怒っている 」 状態です。
興奮しています。
大人で、腹を立てて興奮した状況でおいしく食事をとれる人はいるのでしょうか。
たくさん食べられる人はいるのでしょうか。
人は怒っているときや興奮しているときは「アドレナリン」 というホルモンが出て、交感神経が優勢になっています。
これは、血圧をあげて心臓をドキドキさせますが、胃腸はあまり動かないように抑制しています。
消化ホルモンの出も悪くなっています。
緊張する人といっしょだと、食事が 「のどを通らない」 というやつです。
おいしく食べられませんし、たくさん食べられません
もちろん、赤ちゃんも泣き始めてすぐであれば大丈夫です。
けれども、ひどく泣かせっぱなしにした段階では、興奮しすぎてなかなか乳首に吸い付けないことがあります。
たとえ飲んだとしても、長時間泣いたことでおなかに空気をたくさん飲み込んでいますし、胃腸の動きも抑制されていることから哺乳後に嘔吐しやすくなっています。
逆に、リラックスした状態であれば、副交感神経というものが優勢になります。
これは、胃腸の動きが活発になって、消化液もしっかり出ます。
ですから、「泣け、泣け。」と泣かせっぱなしにするというのはおすすめしないのです。
おなかがすいているようであれば、泣き始めておなかがすいているようであればタイミングよく飲ませてあげた方がよいのです。
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