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2007.07.27 02:39 |  脱線記事  |  NOBO  | 推薦数 : 0

広島はスポーツ王国だった

 広島にはプロスポーツが3つあります。ご存じですか。それぞれの解説は、ウィキペディアが絶対面白いです。 http://ja.wikipedia.org/

◆ 野球は広島カープ
 http://www.carp.co.jp/
 広島城の「鯉城」から命名。鯉なんてスポーツ選手の集団にしてはひ弱そう。万年Bクラスです。なにせお金がありません。良い選手が育つと、他球団に移っていきます。プロですから当然ですが。今年、黒田投手が移籍しなかったことは、広島では大きなニュースでした。私は出雲の軟式野球出身で小さな大投手だった大野投手が好きでした。

 街のど真ん中、紙屋町に広島市民球場があります。50年前の建設なので、これまたビンボーで狭い作りです。アメリカの球場に比べるとアメニティーはチョー悪いです。収容人員32000人と言っていますが、怪しい。とても便利です。現在、広島駅東側に移転工事が始まっています。

◆ サッカーはサンフレッチェ広島
 http://www.sanfrecce.co.jp/
 元は東洋工業(マツダの前身)サッカー部。40年前は広島は静岡に並ぶサッカー王国と呼ばれていました。私は、中・高・大学とサッカー部でした。チームスポーツが好きです。Jリーグや天皇杯で優勝したこともありますが、1部落ちしたこともあります。現在は駒野、佐藤の2人がトップメンバーに入っています。

 広島ビッグアーチという、アジア大会で使った陸上競技場がホームですが、中心部から15Kmぐらい離れていて、ちょっと不便です。

◆ バレーボールはJTサンダース
 http://www.jti.co.jp/JTI/volleyball/men/
 かつて実業団の日本専売公社広島工場のチームからVリーグの名門です。昔、広島出身の猫田選手という伝説的な名セッターが日本をオリンピック優勝に導きました。胃の悪性腫瘍で若くして亡くなり、専用の体育館は猫田記念体育館と命名されました。試合は、広島グリーンアリーナ。

 背が高い人がひどく有利なスポーツは、私は苦手です。。。。

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2007.07.26 03:01 |  学会の内容  |  NOBO  | 推薦数 : 0

一般演題の締め切りは延長になる

 かなり最近まで私は日本エイズ学会学術集会の一般演題で発表をしてきました。普通の学会では、一般演題は教授とか助教授はあまり発表せず、若い人たちがやることが多いのですが、この学会はお構いなし。発表したい人が発表です。

 程度もピンからキリまで。ピンとかキリとかは、どこか高みにいる人が点数をつけている言い方ですが、そういう意味じゃありません。発表の本人にとっては特に1回目は一生懸命です。キリだと言われようと。それが毎年発表を続けていくと、どんどん力を伸ばしていかれるのがわかります。それでいいのです。

 慣れてくると「演題の締め切りは延長がある」ことに慣れて来ます。新人の頃には焦りました。ギリギリになって患者さんの容態が悪化。もう間に合わないと諦めそうになったこともあります。

 最近は、インターネットで演題を申し込んで、抄録もオンラインで入れたり直したりします。学術集会の事務局も、毎日カウントしています。「出足わるいなぁ」と気をもんだり、「こんなもんでしょ。これからが勝負。」と話し合っています。1演題について平均3人の参加者があるそうです。300演題だったら900人。一人の参加費から・・・・と電卓を叩きます。足りないと学術集会の運営が大変になります。

 あと数時間したら、締め切り延長のアナウンスをしますね。滑り込み、お待ちしています。

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2007.07.22 18:04 |  学会の周辺  |  NOBO  | 推薦数 : 0

平和公園を空から見る

 

 広島市は太田川の三角州です。2つに別れた左側(西)が太田川の本川、右側が元安川と言います。二叉の部分にTの字に見える橋が相生(あいおい)橋で原爆投下の目標になりました。東のたもとに原爆ドームがあります。実際、爆心地はこの東南に200mぐらいの所です。
 北側に広島城の内堀が見えます。このあたりは戦前は陸軍の施設でした。この南側に広島県庁、広島バスセンター、広島市民球場がある紙屋町につながります。
 画面の中心の三角形の形の平和公園は、戦前は映画館や飲食店が密集した広島一の繁華街でした。公園の南側を東西に走る通りが平和大通りです。
 慰霊碑-平和記念資料館-噴水が南北に並びます。学会の会場は画面左下3分の1あたりに見える広島国際会議場です。

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2007.07.22 16:38 |  学会の内容  |  NOBO  | 推薦数 : 0

演題の応募が少なくて心配

 あと130日を切りました。私が応募していたときは、いつも1週間を切ってから演題の申し込みをすることが多かったです。逆に演題の応募を待つ身になると「忘れられているのだろうか」とか「このままでは寂しい会になってしまうのだろうか」と心配になったりしてきました。はっきり言います。申し込みが少ないです。
 実は私も締め切りが迫らないと仕事ができないのですが「あと*日ある」と、後回しにしていると、締め切り日寸前に別の急を要する件・・・・例えば患者さんの容態の急変など・・・・が発生して焦ることになります。締め切り日ギリギリに滑り込んで「セーフ」だったこともあります。
 余裕を持ってとりかかるべきですね。やはり。

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2007.07.12 23:59 |  その他(医療関連)  |  学会の周辺  |  NOBO  | 推薦数 : 0

第1回から全部参加しました

 私は1987年12月に京都会館で開催された第1回から、全部参加してきました。第1回は「エイズ研究会」という名前でした。研究会が準備されていることを知らなかったのですが、開催直前にマスコミで報道され、いてもたってもいられない気持ちで出席しました。

 実は当時、ニューモシスチス肺炎の患者が入院しており、救命できるかどうかわからない状況でしたので、出席しようか、どうしようかと迷いました。主治医も患者さんも私の参加を強く支持してくれました。

 会場で驚いたのは、テレビカメラの多さでした。次に驚いたのは、血友病患者の石田吉明さんです。聴衆の最前列で発表を聞き、手をあげて「今の話、患者の私にもわかるように説明して下さいませんか。」と次々と質問を浴びせていました。ほとんどエイズを経験していない臨床医にとっても重要なポイントがあったように思います。広島に残った患者さんも、その後回復することができました。

 以来、研究会が学会になっても、この学会に参加する人たちの背景が極めて幅広いことは同じです。自分と同じような気持ちで参加している人は、必ずいる。そんな感じです。私はこの学会とともに成長してきたように思います。

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2007.07.06 00:22 |  学会の内容  |  NOBO  | 推薦数 : 0

演題募集が始まりました

 学会の一般演題募集が始まりました。予想通り出足は不調です。ヤレヤレ。

 日常の臨床や検討をしている間に、ちょっとしたアイデアや、気づきがあることがあります。まず、文献などで色々調べて、その気づきが学会で発表する価値がありそうかどうか考えます。それを共有できるように、あるいは皆さんから教えて貰うために、発表のネタに仕上げていきます。

 中には数がものを言う発表もあります。つまり数が多いというだけで十分な価値があります。国内の複数の施設で経験を集めてみるのも、全体の医療水準を示すことになります。例えば抗HIV薬の栄枯盛衰など興味深いものです。その背景に患者さんたちの姿が見えるからです。

 またエイズ学会は医学だけではありません。社会や心理などの領域では質的な発表では、数値や画像ではないことも多くあります。発表時間に限りがあるのは申し訳ないことです。

 演題申し込みをするからには抄録が必要です。参加者は抄録をみて会場に集まりますので、しっかりした内容の抄録を書かなければなりません。手抜きの抄録はすぐにバレます。共同演者の間を回し読みして検討します。こうして締め切りギリギリまで演題申し込みが出てきません。ヤレヤレ。

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