還暦というのは、干支が一巡し起算点となった干支に戻ることを意味し、自分がそのような歳になろうとは想像もつかないが、そろそろ停年という区切りに近づいていることには間違いない。人生の計というと、以前小学校の担任だった恩師が、私がその頃から医者になりたいと言っていたというから、私の人生の計は50年ということもできる。また、医学部に入学しどのような医者になるかと考え、「無差別平等の医療」に共感し、民医連の病院で仕事するということを決めて35年が経過するので、この期間を人生の計とすることもできる。人生においても計があるように、国家においても計があるべきである。「国家百年の計」と言われるように、国家の将来は長く、この程度の長期的なスパンで国の将来設計をしなければならないという意味であろう。百年というスパンは世の中の動きが早い現代においては無理かもしれないが、少なくとも、数十年の将来において、日本の国をどのようにしていくのかという計は必要である。「非常識」なある総理が、国民に給付金をばらまくという目先のことだけを考えて政治がおこなわれている現状は嘆かわしいばかりである。さて、医療においても計があるべきと考える。今日の医師不足に象徴されるような医療崩壊の危機は、まさに、この計の失敗から来ているといって過言ではない。1973年に1県1医科大設置を推進したが、その直後から「医師の増加は医療費の増加を招く」ということで医師数抑制の閣議決定を行った。そのために、現在OECDの中でも最低クラスという人口当たりの医師数になったのである。国民からの批判に対して、国は2009年の医学部入学定員を693人増やし8486人とした。従来の医師数を抑制するという方針から増員するという方針転換は歓迎するが、しかし、来年入学する医師が医師として働くことができる時期までは少なくとも10年を要する。10年後まで日本の医療は維持できるであろうか。70歳を過ぎる私たちにまで、現役でフルに働けといわれても身体がもたない。果たしてどの程度の医師数が必要なのだろうか。人口の高齢化とともに医療の需要が高まることには異論がない。現在75歳以上の「後期高齢者」は1200万人と言われている。国の予想によれば、20年後の2030年には2300万人に増加するという。その分、若年者の人口は減少するが、そのことを考慮しても1.5倍程度の医療の需要が増すことが予想される。ということは、1.5倍の医師を増加させても現状と変わらないということになる。超スピードで高齢化社会に突き進んだ日本が医師数を抑制している間、OECD各国は、これらの需要予測によって医師数を増加させてきた。それでも、現状の医療に十分な医師を確保していないという。国家百年の計、少なくとも近い将来の日本の医療を担うにふさわしい医師の養成を願いたいものである。
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