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< 高齢者医療医療制度は中止・撤回すべき | メイン | 後期高齢者医療の在り方に関する意見:その... >
2007.04.29 07:17 |  その他(一般)  |  HARAGON  | 推薦数 : 0

秋元波留夫先生の死を悼む

今朝の朝日新聞に金沢大学名誉教授の秋元波留夫先生が亡くなられたと報じられている。
101歳であった。100歳を超えられても元気で各地に講演にまわられていた。
私の出身大学の教授であったが、もちろん、私の学生時代の教授の前々代の教授で、学生時代にはお目にかかったことはない。
1年ほど前に、先生のお話をお聞きしたことがある。
戦前に、先生は松沢病院に勤務されていたが、その時に治安維持法によって精神疾患になった患者さんを
多く受け持たれたという。その時の伊藤さんという拘禁精神病のお話をされた。戦前の治安維持法によって、多くの社会主義者が投獄され、厳しい拷問を受けた。日本のファッシズムとたたかいながら、拘禁精神病によって、仲間から「転向」と烙印を押され、戦後も名誉が回復していない人たちがいる。そのような人たちの名誉の回復のために奮闘されていた。
1時間近く、メモも見ないで、よどみなく話をされたことも感動的であった。
そのような戦争体験から、日本の平和を願い、憲法9条を守る医療者の会の呼びかけ人にもなられていた。また、最近では、「きょうされん」という障害者の運動にも力を入れておられた。
先生のご冥福をお祈りします。

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民医連ブログのリンク作成と以前の記事移動完了
以前に「民医連・医療生協のリンク集」を作っていたことがある。こうした種類のサイトがなかった時代で、いくぶんかは重宝されていたようだ。更新するのがけっこう面倒で、今では最... [続きを読む]
posted from ブログ照る日曇る日 2007.05.06 08:32

コメント

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秋元波留夫につつしんで哀悼の意を表します。
 先生が大学を卒業して、医師になられたのが昭和4年(1929)だそうです。そして当時新設されたばかりの北海道大学精神医学教室の主任教授内村祐之先生を慕って、北大精神科で精神科医としての第一歩を踏み出された。当時の先生は無産者運動へかりたてられる気持ちと、精神医学への志向のジレンマの苦悩があり、二兎を追わず精神医学の道を選択して、背水の陣をひかれた。小林多喜二、山本宣治が虐殺され、共産党弾圧がはじまり、やがて日中戦争、太平洋戦争の泥沼に、我が国がのめりこんでいった恐怖政治の時代の始まった頃です。
 東京大学での最終講義で、次のように話されている。
「医学を志す学生諸君に望みたいことは、良い医師である以前に、まず良い人間であってほしいということである。諸君はどのような状況に生きるにせよ、真実に忠実であってほしいということである。そして、とくに真実が何であるかを見抜き、そのためにたたかう勇気をもってほしいいと思う。」
 (昭和41年3月5日、東京大学医学部大講堂において。)
 先生は日本の精神医学の歴史とともに歩んでこられた方でした。
written by 沖縄の海 / 2007.04.29 12:05
秋元先生って金沢におられたんですね。

HARAGON 先生、こんにちわ。偶然、先生のブログに出会い、トラックバックしておきました。3月には、T病院で先生とすれ違いでした。これからもブログがんばって書きつづけてください。
written by 診療所所長 / 2007.05.06 13:58
コメントありがとうございました。
ブログは、少し疲れた時に遊びで書いています。
民医連のブログネットができればよいですね。
頑張ってください。
written by HARAGON / 2007.05.06 14:43

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