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2008.02.09 07:52 |  閑話休題  |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

祝1000例

祝1000例といっても、これはグリーンヒルではなくては、以前私が勤めていた施設での話です。

私がその病院に勤めたころ、その病院で私なりにということで、内視鏡手術を数十例ほど行いました。私がその病院を離れ、後任の先生に腹腔鏡を託し、そしてその後任の先生の努力の結晶が1000例という数字になりました。

私は、本当にその端っこで、ささやかなものなのであり、その成果は基本的には、その先生の偉業です。おめでとうございます、A先生。

昨日は、その1000例達成の祝賀会があると、聞きちょっと参加してきました。病院の裏にある、居酒屋ということでしたが、手術室と、病棟のスタッフが参加し、貸しきり状態でした。

私にとって、懐かしい顔もありますが、どちらかというと新しい顔ばかりです。私がその病院に所属したのは、もう6-7年ほど前のことであり、私にとっては古きよき時代かな・・・。

手術は懐かしく楽しく、そして時に苦いものがあり、そしてそれ以外の面でも同様で、懐かしく、楽しく、そして苦いもののある、日赤時代でした。

帰り際に、私にまで花束をいただきました。私なんて本当に端っこで、いただく様なものでは、と思いましたが、皆様のお気持ちということで、いただきました。

どうもありがとうございました。

そして、これからも、熊本赤十字病院の手術室と産婦人科スタッフの皆様に幸多からんことを、さらに精進を重ねられて、2000例、3000例と積み重ねられことを願います。

また、その中心を担うA先生、その先生を支えられる部長のN・F先生やT先生他の皆様のご健勝を強く願っております。

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今日は台風接近中。雨風が強くなる中、建設していただいた小竹組の方が。てっきり、雨風対策の指導かと思ったら、樹木への指導でした。

実はクリニックに植栽された、樹木は移し変えられたのが3月で、まだ十分に根を張っている状態とは言いがたい。そうした状態に、散水が不十分で、葉先に勢いの無い、木が数本見受けられます。

またそうした木の根っこが露出されていることもあり、気になっていたので、植栽を担当した会社に確認をとお願いしていました。

診ていただき、土の追加は不要である。秋になれば、新しい芽がきっとでます、と説明?慰められた。

さらに芝生の手入れや、下草の手入れを薦められた。そのためには、肥料の混ざった土を頻回に薄く撒く必要がある、、撒いてください、と。

台風が過ぎれば、きっと枝がいくつかおれ、落ち葉が産卵していることでしょう。そうした清掃に加えて、散水、剪定、そして土まきが新たに加わりました。

上段の写真が元気がなくなってきた状態であり、下段が植栽直後の状態です。

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2007.07.12 08:25 |  閑話休題  |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

ファックスが届きました

以前私の勤務していた病院から、一通のファックスが届きました。とある方のその後の経過を伝えるものでした。

 

産婦人科は、人の誕生から旅立ちのときまでを看取る、貴重な診療科です。ただ、個人開業医では、終末医療を看板としない限り、看取る機会は少ないものです。

以前大きな病院に勤務していた時代には、癌の患者さんを受け持つこともあり、そうした機会もいくつかありました。しかし、そうした病院を退いてからは、そうした機会もなく、もっぱら誕生の場ばかりでした。

以前勤務していた施設は、病院であり、その関連施設に外科を含めた病院があり、そこにとある方がお見えになったので、約1年前でした。

終末医療機関を探して、来院され、いろいろな経緯があって、私が看ることになりました。話していると元気な方で、病気の存在を忘れてしまうくらいです。

病院側の協力もあり、訪問看護という形で3月まで看させて頂きました。私の退任にともなり、どのような形で今後看ていくかを本人と家族の方、そして病院側の医療スタッフと相談し、より終末医療で高名な施設を紹介することになりました。

私が熊本に来て、その方とも疎遠となり、どうされているかな、と思っていました。

先日もとの病院よりファックスが届きました。訃報の連絡でした。

その方を看取ることが出来なかったことは心残りです。しかし、渡した訪問した際には、家族と楽しそうに穏やかに過ごされていました。

その方の冥福をお祈りして。そして連絡を頂いた、元の施設のスタッフに感謝して。

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2007.02.02 13:25 |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

きっと私は・・・

昨日は現場会議でした。比較的スムーズに終わりましたが、それでも約2時間かかりました。

かかった理由の一つは、やはり私です。外部の世界を見て、現場と比較して、あれが気になる、これが気になる、と松山先生に連絡します。

そうすると、松山先生がそうした悩みに対して正直に検討して、いただく。一部はそのために変更になりました。

そうこうすることで時間がかかり、お金もかかります。なるべく余計なお金がかからないように、と思っています。しかし長い目で見たとき。どちらがお金がかからないのか、という議論になった時が大変です。

こうした議論で、建物への理解が深まり、愛着も深まると思うのですが、口うるさい私は、きっと敬遠されるているだろうな~、と。

でも、現実に建物ができ、そしてそのために背負った借金がすでに結構な額発生しています。その返済を考慮したとき、その返済が少しでも速くできるように、そして今後余計な出費がかからないようにと思うのは、当然のことかもしれません。

このクリニックを存続させ、借金をきちんと返済するためには、それなりの選択と努力が必要です。いろいろな選択は、本当に大変なことだと思っています。

中には苦渋の選択もあります。でもどちらかを選ばなければなりません。どうせ選ぶなら、賢明な選択をしたいものですが・・・。

写真を撮り忘れました。内部は、上段のような広々とした空間はもうありません。内部は下段のような軽量鉄骨による仕切りとボードが配置され、区画化されています。

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2006.10.04 21:58 |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

声の大きな先生の話 その3

私がこの先生に惹かれたのは、同じ高校の先輩で、学生時代からお世話になったということもあるかもしれません。

また、学年が近いこともあって、友人のような気安さでお酒を飲みに行ったことも多かったようです。

いまでも、その頃のことが話題にのぼります。同じ時代を生きたことであり、こちらの封印したいことを知られている、あるいは逆に知っていることでもあります。

秘密を共有する楽しみでしょうか。

 

大学に戻り、この先生の後で研究をしようかな、と悩みましたが、神の配剤で方向が異なりました。

そのおかげでいろいろな新たな先生とも出会えたし、この先生の厳しい直接の指導からのがれることもできました。

でも、それで回り道をしたのかもしれません。

私の場合この先生を恩師というよりも、よき助言を頂いた先輩という感覚ですが、本当に感謝しております。

きっと今日も、明日も、元気に後進のものを厳しく大きな声で指導されていることでしょう。

夜もふけた頃、医局で論文を書くと称して、いつの間にやら、数人でビールを飲んでいた頃が懐かしいな~。

 

写真は、電車が通り過ぎたあとの初秋の駅です。

 

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この先生からはいろいろなことを教えていただきました。

産婦人科的なこと、人との基本的なおつきあいのことや、外の病院に出て困った時によく相談してました。先輩として、友人として、同じ医師として、男性として、いろいろな面からご助言いただき、感謝しております。

さて、最近そうしたなかで、ちょっと感じることがありました。

 

私が産婦人科になった頃に学会場で、よく登場するのが、”私は元○○で、その当時こんな事があった”、と昔話をされるご高名な先生でした。確かにその先生が一生懸命されたから今日があるのは理解できます。

しかしそうやって昔ながらの経験談を話をされても、その場にふさわしくなかったり、ちょっと古い知識でいまでは別な考えになっていたり・・・。

こうしたことに本人が気づかないのは、悲しいことです。ましてこうした先生を、名医と慕って患者さんが受診していることを考えると・・・。

私もそのご高名な先生の年代となりした。以前の公立病院にいるつもりで、がんの精密検査で、声の大きな先生に相談したら、一言のもとに、専門施設に送るべきである、といわれました。

そのときはショックでしたが、考えてみればその通りです。クリニックを開業する、ということはそこで患者さんと接して、そこで話をして。最後まできちんと対応できるのであれば、ともかく、最初から異常に気づきながらそのまま診て、悪くなってから送る、というのでは開業医のあるべき姿とは異なるのでは、と思います。

開業医の技量は、そこですべてなんでも最後まで仕上げることではなくて、その見極めをして、適切な時期に、適切なところにおくること、ではなかろうか、と思います。

資格があって、そのトレーニングをきちんと行なっているのであれば、その資格に見合った対応をするべきである。単に資格があるだけで、なんでもしていいということはない、と強く感じました。

 

写真はピンクリボン運動協賛でピンク色の福岡タワーです。10月1日から10月7日まで、期間限定。

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2006.10.02 12:57 |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

声の大きな先生の話 その1

私は声が大きいと、患者さんから指摘されたことがあります。しかしこれは私に限らず、私の敬愛するとある先生も声が大きいといわれています。なかなかかっこいい先生で、声もいい響きです。

現在私の親戚が、この先生に診てもらっているのですが、先日診察時に私の話題が出た、とお聞きしました。そのときも、私の話題のせいか、声が大きかった、と。

この先生とのお付き合いも、大学以来ですから、かれこれ20年近く、いろいろとご指導いただきました。きっと今も、大きな声で厳しく指導されていることと、思います。

この先生の思い出は、一緒に酒飲んだ話もあれば、つらかった時に話を聞いていただいたことも、そして若干の苦い思いでも、あります。でもやはり、この先生に指導してもらってよかった、そしてメールでいろいろと相談できて、本当にいい先生に出会えてよかった、と思っています。

こうした先生は、他にも数名いらっしゃいますが、まずはこの先生をお話しましょう。

さて、写真は通勤途上にあるガソリン屋の看板です。この界隈は、激戦区のようであり、お互いの協定もあるようで、看板に表示されるガソリンのお値段は不思議なことにほぼ同一です。しかし、内部に入ると、微妙に値引きされていて、お値段が違います。

医療も同じかな、とふと感じました。ただ、ガソリンなら同じものと思いますが、医療の質と量は評価に困ります。単純に比較できませんが・・・。

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2006.09.24 12:32 |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

医技短グラウンド

 ようやく修復が終わりました。ちょっと写真が変わりましたが、勘弁ください。今後は良く考えて行動します。

 

 さて、今日は先日スタッフのことで相談にいった熊本大学保健学科について。というよりも、まだ医療技術短大と呼ばれた20年以上前の、その横にあるグラウンドについて。

 

 私が大学に入った頃、ここは普通のグラウンドでした。医技短のグラウンドと通称で呼んでいました。授業終了後に、ここでクラブ活動です。私の所属していたのは、全盛期のラグビー部でした。

 今となっては狭く感じるものの、当時は広く、このグラウンドの練習は、憂鬱なひと時でした。大学の新築工事に伴い、ここは駐車場となり、そして遂に舗装され、駐車場が恒常化してたようです。

 

 この壁はまだ残っていました。私にいじめられた複雑な思いの方々もきっといることでしょう。でも私もここでいじめられていたなー。

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2006.09.14 07:29 |  設計と建設について  |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

めぐりめぐって

 私の年齢は現在45歳で、これで産婦人科を開業することは、昨今の差婦人科事情を考えても、リスキーである、と思います。とても開業なんて考えずに、勤務医を続ける気持ちで、いつか南の島に行こうと決めていました(沖縄の北部病院に行く話しがありました)。

 そうした中で、いろいろな人と会い、そして今こうして話がまとまりつつあります。今回の話の中で、大きなウエイトを占める松山建築設計室http://www.matsuyama-a.co.jp/について述べましょう。

 松山先生の建物を始めて目にしたのは、もう6年位前の話です。白を基調として、既存の産婦人科というより、現代美術館だな、という印象を持ちました。それから時が流れ、福岡の産婦人科で3年前に勤務するようになり、そこに松山先生の作品がありました。いろいろな賞をとり、評価の高い産婦人科です。

 でも畏れ多い、という気持ちが強く、忘年会であっても、挨拶だけ、という状態でした。しかし、産婦人科設立となり、誰がいいかなと、友人に相談するとやはり松山先生でしょう、との回答、さらにコンサルトの人に仲介いただき、お願いすることができました。

 設計に関するいろいろな話をしていく中で、いまたいろいろな人と出会い、そこに私の過去の経験が加わり、話がいい方向に膨らんで行きつつあります。以前開業に携わったときとは方向性の異なる、新たな産婦人科となりつつあります。回り道をしたけれども、その価値のある産婦人科にきっとなる、と感じています。

 松山先生のフリークは結構多く、いろいろなころにそうした人がいました。それは多分、松山先生の創られている家(白保の家http://yuratyku.exblog.jp/や津屋崎の家)が評価が高いからでもあると思います。いつかは私もとも思いますが、その前にクリニックが繁盛するかどうか、大きな課題です。

写真は、今回のクリニックのCGです。早く実物に合いたいものです。

 

 

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2006.09.03 00:30 |  回顧録  |  グリーヒル  | 推薦数 : 0

明日にはいい風が吹くことを

 今年は、産婦人科にとって受難の年である。ただでさえ厳しい産婦人科、そこに報道された福島の公立病院での産婦人科医師の逮捕、今回横浜での民間病院の内診問題、・・・・と。これでは、ますます産婦人科のお先は真っ暗である。

 そうした中に、紀子さまの帝王切開の日も近い。こちらが明るい話題になるといいのだが。

 

 先日、久留米市を久しぶりに訪れた。中学、高校とこの地で過ごし、約30年ぶりであろうか。

 以前の六つ門周囲の商店街は結構古かったような気がする。

 

 商店街の衰退と町おこしのイベントでこの六つ門は明るく変わった(ただし通りの人は少なかったようであるが)。

 地域ラジオ局も放送中である。

 

 久留米ラーメンも有名であったが、最近は焼き鳥屋日本一を争っているとも聞いている。

 

 産婦人科にって、厳しい風の吹く今日この頃である。明日には、いい風が吹くことを切に願い、と同時にそのための不断の努力を、自分なりにできるところでと思っています。

 

写真は、久留米市の、六つ門広場周囲。9月2日3日は、街を上げての焼き鳥フェステイバルとか。

 

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