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12月30日は大掃除であった。スタッフと、業者の方々と、そして私とその家族で、随所で大掃除となりました。

分娩室も御覧のように、本来ここにあるべき分娩台をのけて、ワックスを剝離して、そしてまたワックス塗布という工程で、時間がかかりました。

久しぶりに分娩室の床を全景でみました。どこも割れていません。ワックスも奇麗にかかっています。よかった。
このまま新年かと思っていたでのすが、12月31日朝4時過ぎに1例生まれました。後は平穏無事に過ぎることを祈っています。今年1年ありがとうございました。
来年は、震災復興、消費税と所得税、と社会的な問題もあり、和してクリニックの中でも種々の解決すべき新たな問題が持ち上がることでしょう。社会的なことも、個人的なことも、正面からキチンと対応していきたいと思っています。
追記
昨日は大掃除で、スタッフのおかげで、ようやく院長執務室移転のめどが立ちました。スタッフの皆様、そして事務長の指揮どうもありがとうございました。お陰様で、来年は院長の仕事はより一層はかどることでしょう。
2011年12月25日は、朝から寒かった。どうも雪も舞っていたらしい。先週からのお疲れモードと、24日の酒食に満喫して、早々に陥没した私は、熟睡モードで久しぶりに目覚めた。(幸いにも夜起こされなかった)

朝、お産が1例、そして、引越しが始まった。引っ越しといっても、4階から4階への移動である。しかし、その間には様々な障害があるので、私一人では・・・・。ということでお手伝いの方のおかげであらかたのものが移動した。
次は・・・・。部屋の後片付けとなる。と同時に、必要最小限の仕事はこなさないといけないので、それもしつつ、と。多分正月を過ぎたころには、院長兼理事長兼事務長兼庶務課長兼雑務員兼清掃職員の部屋が出来上がるかもしれない。
私自身の中でも、よく考えて物を配置したいと思っている。何が必要で、何が必要でないかと。ただでさえ、物は増えるのであるから、と。

さて、クリスマスが終われば、次は正月。期間中院内にはこのような形でツリーが存在した。(大小取り混ぜれば、ツリーだけで10本近くあったような)このツリーの代わりに、今度は正月飾りが来る。と同時に、このツリーも片づけなくては・・・・。
去年の今頃ガーデンシクラメンを植えた様な気がします。裏の駐車場横のガーデンシクラメンは寒さで枯れてしまいましたが、玄関前は結構元気でした。裏ではシクラメンの代わりにパンジーが元気でした。
ということで、11月にガーデンシクラメンを玄関前に、裏にパンジーを植えて、寒さにも馴らしてと思っていました。しかし、12月従順まで暖かったせいか、玄関前のシクラメンも、裏のパンーも元気がなくて・・・。困ったな、と。
また裏では、ミントがもう元気に茂っています。これはこのまま冬に突入してもいいかもと。

このミント見ていたら、思い出しました。そういえば、と・・・。今年の春に玄関前のシクラメンを捨てるに忍びなく、この裏の一角に植えました。夏で枯れてしまうだろうと思っていたのですが、実は生き残っていました。

よくみれば、花芽も付いているようです。問題は、裏なので、冷え込みが厳しく、霜も霜柱も立つでしょう。果たしてそこで生き残れるか、とおもいますが、しかし現時点で元気なら冬も乗り切れるかも、とも思います。
さらに、よく思い出してみると、この茂ったミントの下にももう一つ植えた様な気がして、ミントを少しどかしてみると、その下にもシクラメンが残っていました。

ささやかな楽しみができました。
冬本番で、今週は雪の降る地域も多いと聞いています。クリニックも、夜に階段を上り下りすると、冷え込みを痛感することとなります。
外に目を転じれば、このように。一見私の好きなチョコレートのブラウニーの様に見えないこともないですが・・・・。

となりの畑の黒土に広がる霜柱でした。

一方中庭に目を転じれば、まだ蝋梅は葉っぱが残っています。このままでいいのであろうか?とも思わないでもないのですが・・・。

でもその蝋梅には、もう新年の芳香となる花芽がついているような・・・・。

寒さ厳しき折となりました。そしてその中で来年の用意を確実に始めている自然の当たり前の姿を再認識するばかりです。
となれば、私も来年を見越して、その用意を、ということになります。当面の課題は、念願の引っ越しと職場環境(院長兼理事長兼事務長兼庶務課長)の改善と充実ということになります。
ウィメンズクリニック グリーンヒルは、医療法人グリーンヒルが経営するクリニックです。医療法人ではありますが、民間の企業であることも事実です。
クリニックを健全に運営することは、民間企業として自明の理であり、各種税金を支払い、職員の福利厚生費を負担し、そして借金を返済しなければなりません。
クリニックが活動を始めて、数年もすれば、そろそろ様々な機種の更新・修理が必要となります。そうした機械には、必ずしも必要でないものもあります。(開業前は必要と思っていたが、実際に使ってみたら不要であった、あるいは使えなかったという類です)こうした不要な機械は、そろそろ引退を考慮しなくてはなりません。
と同時に、状況に応じて追加しないといけな施設や設備があることも事実です。全てを追加し、全てを修理していれば、とんでもない費用が必要で、余程の優良企業で手持ち資産を抱える施設か、太っ腹の公的施設でない限り不可能でしょう。
そして産科施設を安全に運営するためには、こうした医療機械を扱う習熟したスタッフが必要です。機械は使いこなさないと、スタッフは習熟できません。しかし使いこなせば、劣化が進み、補修が必要となったり、更新が必要となったりと。頭の痛い問題ですが、産科施設を維持するためには必要なこともであります。

クリニックには、開業時より、アトムという会社の保育器V2100Gを2台用意していました。分娩数が増えるにつれてこれでは足りないと、廃業した実家の保育器をちょっと使っていました(保存の状態が良かったことと、緊急時の使用のつもりであったので)。さらに分娩数が増えてきた状態となり、保育器を新規に追加することとしました。
そこで、困った、と。上記のV2100Gは生産中止、新しい型番になっていました(incu-i)。新しい機種は、改良が加えられより便利となっています。その分の機能アップですが、それは当然購入金額も大きく以前のタイプに比べれば遥に上昇しています。
震災の影響で、発注がキャンセルとなった旧V2100がまだ数台残っているとも聞いたのでそのタイプだと金額が大きく低下させることができます。魅力的な金額です。
苦慮しましたが、光線療法器も更新する必要があり、結果としてこの保育器を購入しました。

以前のタイプと比べれば、さまざまな改良点があり、液晶モニターも大きく使いやすいと思います。光線療法のLEDもこのような感じです。
余談ですが、12月6日に保育器搬入。しかし、当日は忙しく(緊急帝王切開)、使用機器の説明ができなかったので、そのまま放置。12月9日に説明会があり、12月10日から使用開始しました。
12月10日帝王切開2例、11日分娩2例、12日分娩3例+帝王切開1例となり、この保育器は十分にその機能を発揮しています。間に合ってよかった、と。
しかし、その分の費用は、と考えると頭の痛い問題でもあります。
母校、そこで私は医学の基礎知識を学び、様々な実習を行いました。またあまり社会勉強になじみの無かった私に、様々な経験の場を与えてくれたのも、母校であり、母校での課外授業でした。
大学を卒業して、研修医を経て大学院にすすみました。その際に学んだのも母校でした。途中、基礎の研究にうつったため、基礎の建物の薄暗い1室にこもっていました。
今はその建物も解体され、当時の大恩のある先生も今年逝去されました。建物が変わり、人が変わり、時代が変わり、と・・・。変わるものもあれば、しかし変わらないものもありました。

くすんだ灰色の建物ですが、これは動物舎。実験で通いました。私が学生のころにできたので、当時は薄いピンク色であったような気がするのですが・・・。

この建物は変わらないようです。いつもカーテンがかかっていたような。

山崎会館。これはびっくりしました。少しお化粧して色がきれいになっていますが、さらに以前の建物の位置から90度角度が変わっていました。


動物舎裏の、各サークルの部室となります。たしか、動物舎が出きるまでは、この手前の部分にテニスコートがあり、そのためテニス部ラグビー部の部室があり、軽音楽部・茶道部・写真部などの部室もあったように思います。
ここら辺の雰囲気は変わらない、というよりも、帰ってきれいになったような・・・。

これは昔は電話交換室であったような気がするのですが・・・。今は、電話交換の部門は黒髪にうつったと聞いています。この建物は、まだ閉鎖されたまま残っていました。
これ以外にもいろいろな場所が残っていることでしょう。限られた時間で全てを探すことは不可能ですし、また感傷にふけるために母校を訪れたわけでもありません。
母校が無くなったわけでも、私の中の思い出がなくなったわけでもありません。そうは理解していも、やはり少しさびしいな、と。
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厳密にいえば、熊本大学医学部は母校であるが、医学部の付属病院は母校というよりも、私の初めての研修施設である。しかし、私を育ててくれた教育の一環と感がえれば、母校としてもいいのかもしれない。

このような敷地に建物がある。
さて、私がまだ小さかった頃、大学病院に来たような覚えがうっすらとある。その当時、建物は雨が降れば濡れてしまうような板敷の渡り廊下で結ばれていたような気がする。
確か、その当時の外来棟の玄関であったような気がするか、今は管理棟として残っている。玄関の手すりにその時代をほうふつとさせる。

多少はお色直しがされていると思うが、ここが玄関ではなかったかと。それから20数年がたち、私がここで学び、研修を始めたころ、新しい外来診療棟ができた。上の図の黄色の部分である。そして旧外来棟は管理棟となったのかもしれない。
当時一番新しい建物が、外来棟であり、その次に新しかったのが6病棟12階という建物で、図の水色の部分である。婦人科の病棟は6病棟の11階で、回診時に外を見れば、お城が見えて、夕暮れには繁華街のネオンサインが魅力的であった。
一方産科病棟は、2病棟の4階であった。この建物は古く、その下にICUと手術室があったのであるが、とにかく古かった。
そして今、産婦人科の病棟は新しい建物に移り、2病棟はすでに無く、6病棟も解体工事が始まったのであろうか。


6病棟はもうしばらく残ると聞いたような気もするが、耐震性にも問題があると聞いていいたので、周囲の建物だけかもしれないが・・・。
建物だけではなくて、内部の診療体制も大きく変わった。部門別になったし、新しい診療科もできた。産婦人科も、そうした名前では呼ばないような気もする。
変わっていくこと、これは当たり前のことでもあるけれど、やはりさびしい。そこにまつわる様々な思いは、私の中に残っているけれど・・・・。
私は熊本大学の出身である。熊本市の黒髪地区にある校舎、そして本荘地区にある校舎に通った。
黒髪地区も変わりつつあることは知っていた。そして本荘地区も再開発が進みつつあることも知っていた。久しぶりに、本荘地区を訪れてみると、この時期、銀杏の木が色づき、基礎の正面の入口だけは変わっていなかった。

しかし、その先では解体工事が進んでいた。

私が通っていたのは30年くらい前であるが、その当時から古い建物であるな、と思っていたが・・・・。

こうなると、もう私の覚えている場所は残りわずかであり、その部分が焼失することも時間の問題であるような・・・。
複雑な心境である。
これまでの鳩の巣作りは、いつも初夏で、木々の枝に巣を作っていました。残念ながら、毎年大雨と強風の翌日に、雛が落ちてしまうという結論でした。
先日友人より鳩が巣を作っていると教えていただきました。この時期に?どこに?と。

私の愛用の自転車の上の方に何か黒い影が。よく見ると。

確かに、巣作りをしています。雛が生まれたのどうか、まだわかりません。雨・風で巣が壊れることはないでしょう。猫も上がってこれません。
しかし、この場所は、風が南北に抜ける場所で、そのため転倒防止もあり自転車は壁に沿って立てています。こうした風通しのいい場所で、師走の時期に子育ては大変ことでしょう。
仮に子育てがここで成功すると、今後自転車が糞まみれになって困ったな、とも思いますが、できてしまったものは仕方がない。事態を静観することとします。