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あけましておめでとうございます。新年の始まりとなりました。

31日に1名の男児が誕生し、2008年には319名の新生児がクリニックで誕生したこととなります。(詳細はこれから更新予定のクリニックHPの2008年統計を参照ください)クリニックで新年を迎えた赤ちゃんも4名ほど。少しにぎやかな正月となりました。
赤ちゃんのなく声は、同じように響くかもしれません。しかし聞き比べてみれば、その差は歴然としています。この赤ちゃんは、声が高いな、とかよく響くなーとか。赤ちゃんの口と喉の形、呼吸の状態、その他の条件によってこうも異なるものか、と。
考えてみれば、不思議なことです。なくということを誰が教えたわけでもないのですが、誕生してオギャーとなき、腹減ったあるいはその他の要求事項として”なく”という行為が存在します。
そしてその泣き声で、保護者あるいは医療スタッフは赤ちゃんが何かを要求していること気づくこととなります。ただこう考えてくると、出生直後になくことと、生後しばらくしてからなくこととの違いに気づきます。
出生直後のなくという行為は、呼吸の確立であり、ないてくれことが大切な所見となります。しかし、出生してしばらくすると、呼吸が安定して、そうなるとなくのは、何らかの刺激を与えた場合となります。
さらに時間がたつてなくのは、何らかの不満条項(はらへった、オムツが汚れている、抱っこしてほしい)があるときのような気がします。
これも自然の理であり、そして赤ちゃん自身の学習の効果ということになるのでしょうか。
また、今回ここでこうやって書いていて、”なく”という行為を、泣くとしていいのか、鳴くとしていいのか、啼くとしていいのか、ちょっとなやみました。
確かに、腹減ったといって泣いている赤ちゃんの場合、大粒の涙を浮かべているのですが、しかし決して悲しいわけではないでしょう。大人が悲しいからといって泣くこととはちがうし、感極まってなく、ということとも違うようです。といって、鳥がさえずるように鳴くわけでもなく・・・・・。
”くう”、”ねる”、”だす”、”なく”、こうした行為は赤ちゃんの仕事であり、そうした行為がきちんと行われいてることが、赤ちゃんが元気である証拠であり、私が診察するときの大切な所見でもあります。
しかし、その”なく”という行為にも、いろいろな意味があるのである、と改めて認識しています。
さて今年も、そうした元気ななき声と対面できますように。

1枚目の写真は、今年の年賀状の写真です。建物の裏側の写真なので、どうかな、と思ったのですが、やはり青と白と緑と、そして茶色のバランスに魅かれて、今年の写真としました。
2枚目の写真は、なきごえのこだまする新生児室となります。
これらの写真は、既出ですが、新年で私のつたない写真より、やはり石井先生の作品で。