世間では医療不信、医者は信用できないといわれいますが、わたしはそれと比例して、患者さんを信頼できなくなってきています。
こういうことではいけないとわかってるんですけど、、信頼される医者になろうと努力してるんですけど、、、。。。
弱気。。。
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ネットをなんとなくみてたらこの記事にたどり着きました。
オランダのシステムなら、助産婦に出産をまかせることを、日本の産科医も納得できるのではないかと思います。
http://www.web-reborn.com/humanbirthpark/josanshi/guideline.htm
日本で問題となってるのは一部の助産婦が無理に自然分娩を勧めたり、リスクがある妊婦を請け負ったり、ほんとに悪くなるまで診てて、最後どうしようもなくなって産科医に丸投げすることなんです。
やはり妊婦の安全が第一ですからね。。。。助産師も少しドライになってもらわなくては、感情が安全より優先されたら困ります。
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日経メディカルの会員でときどき覗いているが,今回から「チーム・バチスタの栄光」の著者,海堂尊氏のブログ「死因不明でいいんですか?」が始まった.
ブログの説明は以下のようなものである.
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海堂氏はブログの目的をこう語っています。「現在、厚生労働省が画策している『医療事故調査委員会』なる組織の問題点をみなさんにお伝えしていくということです。専門家でもこのプロジェクトの中身をご存じない方が多い。そして今、このまま厚労省主導のまま組織が完成されると、医療崩壊に拍車がかかると危惧します。そこで医療従事者の方々に、危機感を共有していただきたく、情報分析を踏まえ、過去のなり立ちから説明していこう、という試みが柱です
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これは必見のブログだ.
また,医療者以外のミステリーファンが医療問題に関心をもってくれる可能性も大きい.
ブログの効果を期待したいと思っている.
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医師の過酷な勤務の状態をどうやって医療関係者以外にわかってもらったらいいのか、難しいと感じることが多い。
説明でわかってもらえることもあるが、内容の想像さえつかない人には説明は無理である。
ただ、説明のときにこれは使えると思った言葉を発見した。
それは「軟禁」である。軟禁というのがどんなに人権を無視した処遇であるのか、それについては多くの報道がされており、一般的に軟禁についてのイメージは悪い。
実際、医師は軟禁状態に置かれていることが多い。病院から遠くにいけないとか、毎日病院に泊り込みだとか。。それが一人医長だと1年以上続くことがある。それに加えて、過重労働。
この「軟禁」という言葉を用いて、医師たちがいかにひどい仕打ちを受けてるのか、そういうことをわかってもらうことができないか、そう考えている。
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最近、医者を続ていくんのがだんだんと嫌になってきました。いつ引退できるのか、そればかりを考えています。
なぜなら、この国の医療に先が見えないから。夢も希望もないから。
いまの流れでは医療政策、福祉政策がよくなるとは到底思えないのです。
患者のための医療、それは現場で働く医療人の意欲、働き甲斐がないと成り立っていかないものなのに、そのやる気をそぐような政策、報道、そして患者側の過剰な権利意識。。。。
厚生労働大臣が枡添氏に決まりましたが、医療人のやる気をそがない政策、いや、やる気を起こさせるような政策を行ってくれること、そこに期待したいと思っています。
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今朝の出勤いつもと同じ時間に家を出たのに、とても早く病院に着いた。
ラッキー。
そう思い、外来に行ったら、外来も予約が少ない。
そうだ。今日はお盆休みの初日だった。
まったく忘れていた。
私の働いている病院にはお盆休みはない。
救急病院だから休みはない、ということだ。
平日同様の勤務体制だ。
近隣の休みの医院や病院から、消毒が必要な患者が期間限定でやってくる。
その代わり9月までに3日、好きなときに休みを取ることができる。そうはいっても、3日の平日休みをとるなんてほんとに無理だ。
お盆に休みをとることができる人、できない人。
格差社会って、お金の面だけではなく、こういうことも言うのではないかな、そう思った。
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河北新報という地方紙が掲載している連載「お産SOS」を時々読んでいる。
http://blog.kahoku.co.jp/osansos/
6月24日の第10部「解決の糸口(7)賢い患者になるには/不信克服 協働の関係に」をよんだら、最近の患者は成功報酬的考えを医療にも持ち込んでいる人が多いということが書いてあった。
医療が成功報酬だったらと考えていたら、次のような世の中が思い浮かんだ。
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(ケース1)
医師「○○さん、こんにちは。今日はどういうご相談でこられましたか?」
患者1「最近食欲が無くてやせてきました、、、、、。身内に癌が多いし、もしかして癌じゃないかと不安なんです。」
医師「それは調べてみないといけませんね。まず、検査をしてみましょう。まず必要なお金、着手金ですね、は10万円になります。もし癌を見つけることができたら追加で20万円となります。癌以外のやせる原因が見つかったら15万円をいただきます。そのかわり全身くまなく検査をしますので、ご安心を。仮に原因がわからなければ着手金以外の代金はもちろん不要です。」
患者1「よろしくおねがいします」
数日後
医師「やはり癌がありました。それもかなり進行しています。化学療法を選択したほうがいいと思いますが、手術で取りきれる可能性も5%ほどあります。手術の場合、着手金は100万円、手術で癌がとりきれたら300万円ほどかかります。手術が成功か否かはお互いのために第三者による判定を行ないます。化学療法の場合は、2年無再発生存したばあいは300万円、1年だと100万円となります。これも公平を期すために、第三者機関に判定をしてもらいます。」
患者1「着手金は払えますが、その後のお金はちょっと無理そうです」
医師「そうですか。残念ですが、こちらの医療機関ではこの治療を提供することができません。ボランティアの医療機関か研修医の指導施設でならもう少し安くできるところがあるかもしれません。無料の相談室もあります。相談は30分までですが。とりあえず、ご紹介しましょう。」
(ケース2)
患者2「どうしても、手術でこの腫瘍を取ってほしい。」
医師「画像上、無理です。」
患者2「いや、もう化学療法はいやだ。ばっさりと切ってほしい。いまの日本では先生しかこの手術ができる人はいないと聞いた。いくらでもお金はだす!」
医師「そうですか。手術後5年以上生存したときの成功報酬1億円でならお引き受けできます。着手金も1000万ほどいただきますが、それでいいのなら。ただし、生命にも危険があるので、裁判に持ち込まないという誓約書も書いていただきます。後遺症が残っても生命の危険がなければ成功報酬の半分はいただきます。」
患者2「それでいいからお願いしたい」
医師「それでは、手術前に保証人3名、担保用の家の書類、・・・・・(続く)」
(ケース3。ERにて。)
看護師「救急車です!」
病院事務「まず、クレジットカードをもってるか確認して!」
医師「胸が苦しい?そうですか、、、。まず検査のための着手金を10万いただきますね。カードから引き落としますからここにサインを。サインいただいたらすぐに検査に入ります。その後の治療はまたご相談しながら、あなたが払える医療費を考えて検討します。」
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想像がどんどんと膨らんでしまった。特に最後の話はちょっと成功報酬の話から離れて申し訳ない。医療が自由診療になったら、という仮定のほうがよかったかもしれない。いまのアメリカの医療はこんなかんじなのだろうか?
数年前までは、想像もしなかったことだだが、患者側の意識が変わっている今、日本の医療もこのようになる可能性はでてきていると思う。すでに美容整形などの自由診療ではこれに近いものがあるようだ。
ふと、逆バージョンも思い浮かんだ。
弁護士が医療のように「依頼者3割負担。あとは保険請求。成功報酬ではなく、依頼内容に沿った保険点数による支払い」だったら?これも想像が膨らみそうだ。弁護士のかた、だれか想像してブログに書いてくれないかなあ。
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先ほどテレビ番組でこのワクチンについてのドキュメントがあっていた。
自分は子供がいないし、ましてや小児科とはまったく縁のない診療科にいると、こういう知識はあきらかに減ってくる。このワクチンが日本で最近まで使用できなかったということは今回の番組ではじめて知った。
ドキュメントでは子供が細菌性髄膜炎となり障害をもつようになった母親が日本だけがワクチンが使えないことを知り、日本でもこのワクチンを使えるようにとの活動を行ったこと、そして最近ワクチンが日本で認可されたという内容であった。
医師として、このお母さんには本当に頭が上がらない。
子供が病気で障害を負った。しかしその辛さのエネルギーを医師や病気に対する憎しみで発散するのではなく、今後同じことを起こさないようにという活動という方法に転換している。他人に対する思いやりが感じられる。
日本では医師が使いたくても使えない薬が数多くある。抗がん剤がそのひとつだ。医師が要求してもなかなか認可されないのである。また、認可されたとしても一度問題があると、すぐに使用を控えるようにとの通達がでる。予防接種も同様だ。副作用で問題が起きたらすぐに中止。諸外国に比べて国(厚生労働省)が慎重すぎてかえって国民が不利益を受けている。
国が慎重になる理由にマスコミが大騒ぎすることもあると思う。薬や予防接種で不利益がでても利益がそれ以上にあるという客観的な報道をすれば、患者たちはそこまで不安にはならないであろう。医者の言うことよりテレビや雑誌を人は信じるのだから。
このお母さん、インフルエンザ菌ワクチンを公費にするようにさらなる運動をしているようだ。医療費を削減する方針をたててる国が、さて、これを受け入れてくれるのであろうか?
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少し前の世論は医局の力が強すぎる、医局から医師を派遣するなんて何事か、というような風潮があったように思う。
しかし、最近は医師不足の地域に「○○大学××科から医師を派遣」なんていう記事が新聞に載る様になった。
医局が悪者になっていたあの時代、あの記事はなんだったんだろう?
本当に不思議で仕方がない。
過去の医局をテーマにした新聞記事を調べてみたら面白いかもしれない。
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月刊『経済』に掲載された、本田先生と日野先生の対談を読んだ。
http://www.iryoseido.com/toukou/03_002.html
非常にわかりやすく、日本の医療の崩壊の現実と、その原因が論じてあった。これは医療関係者以外のいろんな人に読んでもらいたいと思っている。
これを読んだ後にふと思ったのが、日本人はサービスに対する要求水準が高い民族なんではないかということである。
外国に比べて日本のサービスは非常に良いといわれる。デパートでも、安いビジネスホテルでも、コンビにでも居酒屋でも非常にサービスのレベルが高い。特に外国生活をしたことがある方はそのサービスのよさが際立っていることは良くわかると思う。
この要求を医療にも求め始めたのではないかということ。多くの国民が医療だけが特別だと思わなくなったのだ。それが医療崩壊の原因のひとつに思えてきた。
払っている分はサービスを受けて当然、という感覚である。しかし、他の仕事と違って、日本の医療の費用にサービスに値するコストが含まれていないということに皆は気づいていない。
日本の医療は原価と技術料だけで、サービス料を付加することができないという事実が知られていないのである。
「これだけお金を払っているんだから、言葉使い、愛想くらい良くしてもらわなきゃ」と患者は思う。しかし医療者はぎりぎりのコストでサービスまで要求されるのはたまらないと思っているのだ。このギャップは大きい。
さて、どうすればいいんだろうか?両方を満たすのは至難の業だ。だから、将来は次の二つの選択になるだろう。患者が医療者に過剰なサービスを要求しないようにするか、払った分だけのサービスを供給するのか、である。
日本政府そして国民はいったいはどちらを選ぶのであろうか?
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