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京都木津川マラソン・・【<花街麦酒>┃<流れ橋>┃<完走記(前篇)>┃<完走記(後篇)>┃<ナイル物語>】
あと夢の195メートル。
高架下をぬけて土手に上がれば、木津川河川敷のゴールは目の前に・・・。しかし、その時、ハタと気がついた・・・。^^;
「42.195」。この半端な数字の由来が気になって調べてみると、結論は1908年第4回ロンドンオリンピックの時の走行距離を踏襲したためのよう。
第1回~3回オリンピックの時のマラソンの距離は40km前後で、第4回ロンドンの時は42kmの予定だったらしい。しかし時の王妃アレクサンドラが、『スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のボックス席の前に』と注文をつけたため、急きょ距離が195m延びてしまったらしい。ちなみに42.195kmに固定したのは、1924年第8回パリオリンピックから。(以上、by wiki)
注;誤りあり、訂正しました。王妃の注文で延びた距離は、まさに夢の195メートルでした。^^;
仮にマラソンが40kmになっていたとすれば、30kmレース、50kmレースなどとの差別化はできそうにない。興味も半減していたかもしれないな、なんて思ってしまう。
以下、自分の自分による自分のための超長文自己満足的完走記。後編!!
【スタート~1km】 さえない状況で号砲を聞いた後、ウォーミングアップをする間もなく、すでにぞろぞろ走り始めているランナーの大集団に合流した。ゲートをくぐるときにランニングウォッチを押した。さぁ~てと、と気合は入ったものの、土手を上がる狭い道ですぐに大渋滞。スタートラインあたりまで歩く大会は多いが、スタートラインを越えても歩き続けるなんてのは初めて。
最初の1キロのラップ、7分30秒。密かに狙っていたサブフォーを達成するには最低キロ5分40秒で走らなければならない。いきなり2分のハンディ。これはけっこうつらい。1キロあたり10秒づつ挽回したとしても、12キロ走ってようやくサブフォーペースに追いつけくことになる計算。実際は、後半の生理的減速は必至なので、サブフォー・ギリギリランナーである自分の走力を考えると、だめだこりゃ、と早くも気が萎えてしまった。
【2キロ~10キロ】・・・[57分26秒/10km]
5'40, (5'33)×2, 5'44, 5'29, 5'27, 5'32, 5'29, 5'26
コースは2キロ以降も相変わらず狭くて走りにくい。路面の状態も悪い。しかも車の進入を防ぐ障害物、人の波に隠れて発見が遅れる。油断すると危うくぶつかりそうになってしまう。間隙を縫って前に出ようなんて気を起せば、大きな事故も起きてもおかしくないなぁ。幸いというか、こちらはリラックスモード。
きょろきょろしていると、クリーム色のランシャツを着たスタイルの良い女性を発見、思わず吸い寄せられてしまった。で、久々にストーカー大作戦を決行することにした。途中、似たようなことを考えている他の不埒な男性ランナーとの刺し手争いもあったが、勝ってしまった。^^;
10キロ手前、最初の折り返しを戻ってくるランナーとすれ違う。毎度のことながらトップランナーのスピードは尋常じゃない。よくもあんなスピードで走れるものだと感心するやらあきれるやら。目安にしようと思っていた4時間のペースランナーを発見できず。
【10キロ~20キロ】・・・[54分43秒/10km]
5'30, 5'24, 5'31, 5'22, 5'29, (5'35)×2, 5'26, 5'25, 5'22
最初の折り返しからは木津川を下流に走る。覚悟してはいたが、やはり向かい風。土手の上の吹きっさらしなので、もろに風を受けるので少々つらい。クリーム色さんの後ろを右に左に微妙に移動して風をよける。
16キロ当たり、給水でクリーム色さんが遅れたので新たなペースメーカーを物色した。安定した走りの白いランニングウエアーの小柄な女性がボクを追い抜いていった。風除けには少し不利だなあ、なんて思いもよぎったが、贅沢は言えない。で、ターゲットを変更してストーカー作戦継続。ロングタイツを履いた60歳代の女性も軽快にボクを追い抜いて行ったが、こちらはパスした。^^;
少しペースが上がった。明らかにボクより走力は上。でも、さほど無理なく付いていける。これなら、中間地点までにはサブフォーペースに追いつけそうかもしれない。暗算はただでさえ苦手なのだが、ランニング中はグリコーゲンが枯渇することもあってさらに困難になる。頭の中で何度もシミュレーションを繰り返しているうちに、次第に久々のランニングハイの状態になってしまった。スタート時の遅れを挽回できるかも、との思いが膨らみ一旦は断念した色気も俄然復活。
【20キロ~30キロ】・・・[53分16秒/10km]
5'20, 5'25, 5'19, 5'18, 5'20, 5'23, 5'15, 5'18, 5'16, 5'18
フルの10分後にスタートするハーフのランナーは、河川敷のスタート会場から土手に上がって右折、木津川を下流に走り再び会場に戻ってくる。一方、フルのランナーは左折し上流に向かい、約10キロの地点で折り返してくるので、会場のあたりがちょうど中間地点。そしてレースは後半戦に突入、ハーフのコースを追いかける。そのため中間地点からしばらくは、ゴールまで後一息のハーフのランナーと対面して走ることになる。
スタートの前、会場では会えなかったジョグ友さんは2時間ちょいで戻ってくるはずだったので、23~24キロ当たりですれ違う計算になる。ウエアーの色とゼッケン番号を頼りに、向かってくるハーフのランナーを探す。河川敷には茶畑が広がるだけの景色としては退屈なコースだったが、結構気がまぎれる。
で、発見。初対面である。手を振り回して名前を呼んだ。向こうもこちらに気がつき答えてくれた。一瞬だったが、美人だった。^^;
ストーカーに選んだ白の小柄な女性は、想像以上に安定した走りだった。淡々と他のランナーを追い抜いていく。彼女は左から、ボクは右から。キロ5分20秒は、ボクにとっては大幅にオーバーペースなのだが、今更後には引けない。行けるところまで行ってやれ。
25キロを過ぎたときもランニングハイは続いていた。ひょっとしてサブフォーいけるぞという思いに拍車がかかり、ジョン・デンバーの『ロッキー・マウンテン・ハイ』状態になってしまった。木津川流れ橋が右手に見えてきた。そこから第2折り返し地点までは前の日に歩いている。コースがわかっていると心理的に随分の楽になるもんだ。いけるぞ、いけるぞ。
折り返し直前、4時間のペースメーカーに追いつくかすれ違う計算だったのだが、やはり発見できず。3時間、3時間30分の集団は確認できたのに・・・。不思議だ。
【30キロ~40キロ】・・・[56分30秒/10km]
5'16, 5'11, 5'18, 5'16, 5'29, 5'27, 5'52, 6'04, 5'59, 6'32
折り返しわずかに手前、30キロのスプリットタイムが2時間45分25秒。つまり、残りの12キロ195メートルを1時間15分以内で走り切れば4時間を切れることになる。脚の方もまだまだ余裕。これはいけるぞ。
すぐに折り返し。それまで通奏低音と化していた耳を切る風の音が、ぴたりと止んで一瞬静寂を感じた。待望の追い風だ。よっしゃ~、と思わず声を出してしまった。聞こえたのか白の小柄さんのペースも上がった。
31~32kmのラップはベストのキロ5分11秒。さすがにやばいとは思った。しかしランナーは急には止まれない。脳内快楽ホルモンであるβエンドルフィン放出全開だったよう。
35キロ、残り7.195キロを52分で走れば念願のサブフォー。もう大丈夫だろう。給水が混雑していたので、一つスキップした。
36キロ過ぎ、白の小柄な女性のペースが少し落ちたような気がしたので、抜き去った。
次の給水。今度は確実にゲットせねば。係りの女性が両の手でを差し出した二つのコップに狙いをつけた。ところが寸前で、すぐ前を走っていた2人のランナーに、なんと2つとも奪われてしまった。
ここまで給水の時を含めて一度も立ち止まらず、歩かず。ゴールまで続けばボクにとっては初の快挙だった。
で、ボクは気を取り直し二人を追い抜きテーブルの一番端っこに置いてあったコップをつかむことにした。そして、手に取った。すると、ナントだ、空だった!くそっ!と声を出て、空のコップを力いっぱいゴミ箱に投げ捨てた。ひょっとしたら聞かれたかもしれない。一旦立ち止まって給水を優先すべきだったが、冷静な判断ができなかった。
ど~もこのあたりが、後で振り返ると『壁』だったよう。もやもやとした気分で走り続けていると、白の小柄さんにすぅ~っと追い抜かれた。あれっ!? 再び食い下がろうと頑張ったが、一度途切れたマインドは回復できない。しばらくは2~3メートルほど後をつけなんとか食い下がったものの、差は次第に広がるばかり、あっと言う間にはるか遠くに・・・。
37~38キロのラップがとうとう6分を越えてしまった。次が5分52秒で、そのまた次が6分32秒。いつもであれば立ち止まり歩きが入るところ。が、ボクにとっての大魚はあと一息。エンスト寸前にまでスピードは落ちたが、とにかく踏みとどまった。
【40キロ~ゴール】40キロのスプリットタイムが3時間41分55秒。残りは後2.195キロ。気合を入れなおせば3時間50分台の前半でゴールできそう。優秀の美を飾ろうかなとも思ったが、今までラストスパートは一度もやったことがない。脚も動きそうにはなかった。で、結局、最後はいつもと同じくゆるゆるゴール。
手元の時計で3時間57分20秒。
おっと、忘れてた。 ゴールゲートを見た瞬間、チップをシューズにつけていないことに気がついた。 そのため、公式記録はなし。完走証ももらえない。^^;
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コメント
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でも、また次回の楽しみにしましょう。
あれはでたらめだったのですね。
1歳刻みランキングを申し込もうと思っていたのですが・・・。来シーズンに持ち越しです。^^;
マラトンの戦いの勝利を伝えるため走った距離は約40キロだったようです。そしてその故事にちなんだ第1回アテネ大会の時のマラソンレースは36.75kmだったそうです。
http://allabout.co.jp/sports/jogging/closeup/CU20070214A/
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