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イギリスでも日本と同じ日のうちに見ることができるTV番組があります。→ JSTV
昨晩は、たまたま目にとまったんですが、そのまま画面に釘付けになってしまいました。
2007年11月26日(月) 午後10時~10時49分 NHK総合テレビ
にっぽん家族の肖像 第6集 僕の家族 ~里親・里子の12年~
上記↑からの引用です。
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12年もの間に育んだ”家族の絆”を支えに、社会という新しい世界へ旅立とうとしている知的な障害のある青年がいる。井口広志さん、21歳。身よりがなく、施設で暮らしていた広志さんが”家族"となったのは、9歳のとき。施設の職員として働く井口早知子さんが夫に相談し、里子に迎え入れたのだった。実子のなかった夫婦には初めての”子”。広志さんにとっては、初めての”両親”。3人でひとつずつ乗り越えながら”家族”として共に歩んできた。そして、6年目。”父”は、「次に生まれてくるときは、広志みたいな子どもともっと関わる仕事がしたい」という言葉を残し、ガンで亡くなった。悲嘆にくれる”母”を支えたのは、中学生に成長していた広志さんの存在だった。素直に懸命に生きる広志さんの姿は、北海道富良野にいる早知子さんの母親と姉弟一家の心をも動かした。「早知子は広志に助けられている」という”おばあさん”。「広志から夢をもらった」と、作業療法士を目指して勉強を続ける”従姉”。夢に向かって生きる広志さんと、家族の日々を見つめる。
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初めのうちは演出っぽいなぁなんて思いながら見ていましたが、番組の終わりの頃には
涙を流しながら、隣にいた長男クンと四男クンを抱きしめていました。
きっと、コドモ達は何が何だか分からなかったんだろうなぁ・・・。
あっ、もちろん次男クンと三男クンはお母さんと一緒でしたよ (^_^)
再放送もするみたいなんで、見逃した方にはオススメします。
2007年11月28日(水) 深夜【木曜午前】 0時10分~0時59分 NHK総合
録画する価値ありです。
ハンデがあるからこそ理解できる何か素晴らしいコトについて、
みんなに知ってもらえると思います。
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同名の本がベストセラーになっていたので、ご存知の方も大勢いると思います。
著者の「大平光代」さんは、中学生時代にイジメに会い、自殺未遂に続き、極道の妻となりましたが、その後、司法試験合格、少年事件の弁護士として活躍された方です。その後、大阪市助役となりましたが、辞職後に先輩弁護士さんと新しい家庭を築かれています。←カナリ強引なマトメですが (^_^;;
そんな家庭に昨年9月にダウン症をもつ赤ちゃんがやって来ていたんです。
このことについては以前に新聞や週刊誌で紹介されていたので、いつかは記事にしようと思っていたのですが、ナカナカ考えがまとまりませんでした。
今回、その大平さんがTV番組でダウン症のことについて対談をされるので、紹介します。
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福祉ネットワーク
この子はこの子なんやから
〜弁護士・大平光代さん ダウン症をめぐる対話〜
2007年9月5日(水)20:00〜、再放送:9月12日(水)13:20〜
「だから、あなたも生きぬいて」の著者として知られる弁護士・大平光代さん。去年9月に出産した娘・悠(はるか)ちゃんは、ダウン症です。この1年間、手探りの子育てを続けてきた大平さんの心を支えたのは、鹿児島に住むダウン症者・岩元綾さんを育てた両親がつづった成長の記録でした。先月、大平さんの念願がかない、岩元さん一家との対面が実現しました。二組の親子の出会いと「いのち」をめぐる対話をお伝えします。
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日本で初めて大学を卒業したダウン症の女性と、その御両親との対談という形で番組が放送されるようです。どんな内容になるのか非常に興味深いのですが、なにぶん海外では見るコトは出来ません。きっと放送後には、いろんなところで紹介されるんでしょうが、少しでも多くの方に見てもらおうと思い、記事にしてみました。
番組を見て、どんな感じだったか教えてくれると嬉しいです。
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先週の金曜日にフジTV系で放送されましたが、残念ながらボクは見ることはできませんでした。
『お母さん ぼくが生まれてごめんなさい』
ご覧になった方がいたら、どんな感じだったか、教えてください。
以前の記事で原作となった同じ題名の本を紹介したことがありますが、この本を読んだときは人目もはばからず大泣きしてしまいました。
関連する記事 → 2006-07-01 お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい
【出版社/著者からの内容紹介】 Amazon.co.jp より引用です
新聞・テレビで大反響!時を超えた愛と感動のノンフィクション
「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」
本書は、24年前にサンケイ出版で発刊されていた同書の復刊です。
なぜ、今、そんな昔の本が復刊されるのか?産経新聞の読書欄に載った
一つの投稿が、本書復刊のきっかけでした。石川県の美術館に展示されていた
本書に掲載されている詩に今どきの女子高生が感動して涙した、という内容です。
果たしてどのような詩なのか?という問い合わせ、投書が産経新聞に殺到しました。
それは、このような詩でした。
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり
*詩の中に不適切ととられかねない用語がありますが、
障害児本人の作品であり、原文を尊重しました。
産経新聞記者が調べた所、この詩はサンケイ出版で発刊されていた
この『おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい』に掲載されていた
ものということが判りました。
これは養護学校で言葉も十分に話せず手足も不自由な子供たちに言語教育を
していた向野先生が、脳性マヒの「やっちゃん」と一緒に作った詩でした。向野
先生があげる言葉に対し、表現したいことと一致すれば、目をぎゅっとつぶって
イエスのサイン、間違っていれば舌を出してノーのサインを送るという方法で、
詩作はすすめられたといいます。
生まれたときから重度の障害を持ったやっちゃんが、一生懸命、明るく生きた
15年間。そして、その死後、この詩が世間に与えた感動の輪などを余すことなく
描いた愛と感動のノンフィクション。時を経ての復刊です。
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↓続きはHPでの番組紹介です。
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多くのダウン症のヒトたちには3本の21番染色体があるということで、
「3月21日を世界ダウン症の日へ」という運動が立ち上がりました。
以下にリンクを張りましたので、興味のあるヒトはご覧ください。
『世界ダウン症の日(World Down Syndrome Day) 』
日本での取り組みとしては3月21日に万博公園で、3月25日には代々木公園で
「「One + Love World」」というイベントが企画されています。
去年は当直のため参加できなかったけれど、今年は見に行けるかな (^_^)
直前の紹介になりましたが、近所にお住まいの方もいかがですか?
また、ダウン症啓発キャンペーンなどに使うロゴマークの魅力や応用についての
↓ビデオ(クイックタイム)が公開されています。
ビデオ(クイックタイム)
↓ダウン症啓発シンボルマーク 「「D-light」」という名称です。
↓世界ダウン症の日シンボルマーク 「「Count Down」」です。
ボクも、ほんのちょっと関わっているので、紹介しました(^_^)v
日本ダウン症ネットワーク(JDSN)
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昨晩、NHKで放送された番組です。
「NHKスペシャル」ラストメッセージ
第6集 この子らを世の光に
渡英が延期になったので、ボクも見ることができました (^_^;;
「この子らに世の光を」ではなく「この子らを世の光に」なんです。
「に」と「を」を入れ替えるだけで、だいぶ意味が違ってきますね。
「この子らに世の光を」では哀れみや、施しの気持ちが前面に出てしまいます。
「この子らを世に光に」にすると、みなさんはどう感じますか?
日頃からハンデのあるコドモたちと接していると、なんだか優しい気持ちになれます。
それは、哀れみや施しの思いを満たす満足感とは異なった感情です。
ボク達が癒されるような不思議な気持ち、コドモと接することによってわき上がってくる感情。
それが「この子らを世の光に」という言葉になるんだと気づきました。
>以前の記事でも書きましたが、
>>コドモが「障害を持っていても楽しく暮らせるんだ」という負け惜しみのような発言ではなく、
>>「障害を持つコドモと接することで、みんなが気づかない何か大切なモノが理解できた。」
>
>この気持ちを気づかせてくれた、いくつかの家族のうちのひとつです。
みんなが気づかない何か大切なモノってこういうコトなんですね〜 (^_^)
参考となるHP → この子らを世の光に(近江学園)
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↓続きはNHKの番宣からの抜粋です。
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先日、ネット経由で i pod nano を買いました。
HDD タイプのモノは持っていたんですが、半年前に壊れてしまいました。
修理に出すのも、面倒くさいし、っていうかそんなヒマもなかったし (^_^;;
新しいのを買っちゃえっ! というワケで、HPで物色していたら…
Apple store で再整備品のため割り引き(i pod nano 4G ¥27800→¥18800「アップルストア 特別限定販売」)というのを見つけました。FMラジオ付きのリモコンも合わせて買って、それでもって新品と同じくらいの値段になるし、なんたって新品同様でメーカー保証付きなんでしょ!
というわけで購入決定のボタンを「ポチッとな!」としました。
数日後、商品が届いたのですが、i-pod nano は一世代前のモノでした。
な〜んだ、在庫処理品か・・・と気付いた際には、時すでに遅し (^_^;;
ネット販売ではしっかり確認が必要ですね (^_^)b
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↓続きは i pod の利用法について
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以前に放送された「ピュアにダンス 〜僕たちのステージ〜」と
「ピュアにダンス2 〜僕たちの旅立ち〜」の続編です。
ザ・ノンフィクション
「ピュアにダンスⅢ~夢に向かって~ 」
2007年2月4日(日)14:00~14:55 フジテレビ
語り:宮崎あおい
取材強力:LOVE JUNX オフィス・ムーヴ
ダウン症というハンデがありながら、ダンスに夢中になるコドモ達の生き生きと
した姿を描いています。コドモ達にとって、ダウン症という診断名は、けっして
ハンデにはなっていないのでは?と感じます。
だって、病気と闘っているとか、がんばって克服するとかじゃなくって、
思いっきり楽しんでますよね (^_^)/
はたしてダウン症という診断名は「病名」なんでしょうか?
「体質」という表現だと、良いと思うのですが・・・
関連するサイト → ザ・ノンフィクション10周年SP第十一弾「がんばる子供たちシリーズ」
→ ダウン症の方のためのエンターテイメント スクール「LOVE JUNX」
→ JDSN 世界ダウン症の日 社会啓発ポスターから「ボクはブレイクダンサー 」
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昨日、放送されたTBSの番組です。
難病と闘う子供たち
ついつい、最後まで見ちゃいました。
でも、病気って、闘うモノなんでしょうか?
病気と共に生きる、共生するコトも大切じゃないかなぁ・・・
闘うってコトは辛いことだよね。それに疲れちゃうし・・・
限られた状況の中で精一杯楽しむコトも大切じゃないかなぁ。
ボクも、息子の病気(=ダウン症)を体質だと思えるようになったら、
だいぶラクになりました (^_^)v
あと、小児科医が日々の診療に追われて難病の研究にまで手が
回らないっていうコメントもありましたね。今の医療制度を何とか
しなくっちゃイケナイってのもナルホドと思いました (^_^)
この先、小児医療が今のままだったら、日々の診療さえどうなって
しまうのかと心配です (^_^;;
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↓続きはTBSの番宣です
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先日の記事「NHK その時 歴史が動いた」の続きです。
12月20日 (水) 放送 第272回
母の灯火 (ともしび) 小さき者を照らして 〜石井筆子・知的障害児教育の道〜
22時までのシゴトの後に見ることができました (^_^)v
最初は、こんなヒトがいたんだなぁ、なんてカンジで見ていたのですが、
最後の部分で大泣きしちゃいました (;>_<;)
この子達は居場所がなかったから、早くこの世から去っていった。
居場所をつくることが私のシゴトなのです、なんて聞いた後には・・・
よ〜し、ボクも私財をなげうって施設をつくるぞー !?
ところで私財って・・・(^_^;;
そんなわけで、そんな話が持ち上がったら、カンパをお願いします m( _ _ )m
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↓番組最後の部分の紹介です
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「筆子の亡くなった娘たちへの石碑」について
筆子の3人の娘たちはみな筆子より先に他界しました。最も長く生きた長女も大正5 (1916) 年に30歳で亡くなっています。
その頃すでに滝乃川学園はありましたが、知的障害児教育の道半ばで、まだ子どもたちへの支援が十分ではないとの想いが筆子にはありました。そのため、筆子は長女の死に際し、東京・青山霊園に3人の娘たちへの石碑を建てました。
その碑文には「鴿 (はと) 、足止めるところなく、舟に還 (かえ) る」とあります。旧約聖書にある「ノアの箱船」の一節をもとに、筆子が記した言葉で、障害を持つ子どもたちが幸せに暮らしていける環境はまだ十分ではないとの、想いが込められています。
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(再放送の予定)
平成18年12月25日 (月) 17:15〜17:58 BS-2
平成19年 1月12日 (金) 1:35〜2:18 (*木曜深夜) 総合 (近畿のぞく)
平成19年 1月12日 (金) 0:00〜0:43 (*木曜深夜) 総合 (近畿のみ)
平成19年 1月23日 (火) 16:05〜16:48 総合 全国 (福岡県のぞく)
関連するHP → 滝乃川学園
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障害児教育、福祉に興味がある方にはオススメします (^_^)v
この日はアサから22時まで勤務なので、病院でTV見てから帰ろうかなぁ・・・
それとも、ビデオに録ろうかなぁ・・・
第272回 母の灯火 (ともしび) 小さき者を照らして
〜石井筆子・知的障害児教育の道〜
放送日:平成18年12月20日 (水) 22:00〜22:43 総合
ゲスト:一番ヶ瀬康子 (いちばんがせ・やすこ) さん
(長崎純心大学大学院教授)
朗 読 :常盤貴子さん (女優)
番 組 内 容
その時 …昭和12(1937)年10月16日
出来事 …石井筆子が知的障害者施設「滝乃川学園」の学園長に就任
幕末の長崎・大村の名家に生まれ、若くして「鹿鳴館の華」と呼ばれた石井筆子。ところが母となった筆子に転機が訪れる。娘たちが知的障害児だと分かったのだ。
明治時代、富国強兵政策の中で生まれた社会のあからさまな差別に、筆子は失意の底に沈む。そんな時、筆子は知的障害児の学園を立ち上げたばかりの研究者・石井亮一に出会い、やがて志を同じくした二人は前人未踏の教育に乗り出す。
しかし、子供たちによる破壊行為や自傷行為などがおこり、教室はいわば戦場のような毎日。それでも二人は辛抱強く指導を続ける。すると、やがてクリスマス会などで子供たちに成長の兆しが見えるようになった。
ようやく希望の火が灯ったかに見えたが、想像を絶する苦難が立て続けに筆子を襲う。園児6人が犠牲となった学園火災、戦争による極度の財政難そして一緒に障害児に全身全霊を傾けてきた亮一の死。
ついに学園存続は限界となった。その時、筆子はある決断を下す。それは30年以上、子供たちと苦楽を共にした、学園の母ならではのものだった。
番組では、障害者自身の幸せのみならず、ともに生きることに喜びを見つけ、学園の灯火を消さなかった教育者・石井筆子の不屈の闘いに迫る。
関連するHP →NHK その時 歴史が動いた 次回放送予定
→ 過去の放送 2006年12月分
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↓続きは常盤貴子が主演する映画「筆子 その愛」についてです。
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