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昨晩、NHKで放送された番組です。
「NHKスペシャル」ラストメッセージ
第6集 この子らを世の光に
渡英が延期になったので、ボクも見ることができました (^_^;;
「この子らに世の光を」ではなく「この子らを世の光に」なんです。
「に」と「を」を入れ替えるだけで、だいぶ意味が違ってきますね。
「この子らに世の光を」では哀れみや、施しの気持ちが前面に出てしまいます。
「この子らを世に光に」にすると、みなさんはどう感じますか?
日頃からハンデのあるコドモたちと接していると、なんだか優しい気持ちになれます。
それは、哀れみや施しの思いを満たす満足感とは異なった感情です。
ボク達が癒されるような不思議な気持ち、コドモと接することによってわき上がってくる感情。
それが「この子らを世の光に」という言葉になるんだと気づきました。
>以前の記事でも書きましたが、
>>コドモが「障害を持っていても楽しく暮らせるんだ」という負け惜しみのような発言ではなく、
>>「障害を持つコドモと接することで、みんなが気づかない何か大切なモノが理解できた。」
>
>この気持ちを気づかせてくれた、いくつかの家族のうちのひとつです。
みんなが気づかない何か大切なモノってこういうコトなんですね〜 (^_^)
参考となるHP → この子らを世の光に(近江学園)
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↓続きはNHKの番宣からの抜粋です。
【NHKスペシャル】ラストメッセージ 第6集 この子らを世の光に
国中が食うや食わずの窮状にあった昭和21年に設立された、日本初の知的障害児の教育施設「近江学園」。当時のフィルムには、寝食を共にし生き生きと暮らす障害児と職員たちの姿が記録されている。それはまさに「福祉」の原点である。
近江学園を設立した糸賀一雄(1914-68)は、「障害者と健常者が区別なく暮らせる社会を」と訴え続け、成人のための施設、女性のための施設、重度障害児の施設と、社会からこぼれ落ちていた弱き者との暮らしを拡充していった。そして講演中、「この子らを世の光に」と語った直後、心臓発作によって志半ばで逝く。
糸賀にはその活動を支えた二人の友がいた。池田太郎(1908-87)は、大人になった知的障害者たちが自活できる施設を信楽町に設立。田村一二(1909-95)は、障害者と健常者とが施設ではなく同じ村人として生活する「茗荷村」を建設する。そこには三人がたてた誓い「共に生きる社会」への萌芽をみることができる。
番組では、三人の遺志を継ぐ三つの現場「近江学園」「信楽寮」「茗荷村」にカメラを据え、“三人の誓い”の今、そして明日を見つめる。
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コメント
コメント一覧
・・・・
『この子らを世に光に』。いい言葉ですね。彼らは社会の一員として共存していく仲間なんだ、というメッセージも含まれているように感じます。
障害のある子どもから享受するかけがえのないものは、人によって違うと思いますが、私が息子から得たものは本当に大きく、また大事なものでした。負け惜しみ・・・正直、確かに最初はそういう気持ちもあったかもしれない。でも今は違うといえます。
私も言葉に言い表せないくらい、娘にもたくさんの愛を注いでもらって、日々その愛に少しでも答えたくて頑張らせてもらってます☆
ボクもこの言葉だけは知ってはいましたが、本当に意味するところまでは知りませんでした。
今まで何となく感じていたことがハッキリと理解できました。
ボクにとっては「答えが見つかった〜!」ってカンジでした。
これからもヨロシクお願いしますね。
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