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先日の記事(【始めに】)と(【生まれたときの話1】)の続きです。
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おやじ自身が小児科医の場合(3)【生まれたときの話2】
しかし、生まれてきた子供は正常ではなかった。変な顔貌をしていて筋肉の緊張は弱く、明らかに異常であった。多くの病気の新生児をみていたこともあり、普通でないことは一瞬で理解した。そして、明らかな合併症もないことから死ぬような病気でもないということも・・・。「これは染色体異常症だ!! 知恵遅れになるし、家族そろって普通の生活はできないだろう、とんでもないことになった」と思った。とりあえず表面的には落ち着いた表情で周囲を落ち着かせ、救急車を呼んで病院に搬送することにした。
ボクの知っている病気じゃなかったら、いったい何なんだろう? 染色体異常ではなく診断がつかないような難病だったらどうしよう? いっそ手が滑って落としてしまったことにしたらいいんじゃないか。そんな思いが駆けめぐっていた。でも、そんな事したら小児科医として、いや人間として生きていけないんじゃないか? どうしよう・・・ 深夜2時過ぎに自宅での出来事だった。
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↓続きは、補足/解説です。
アタマでは分かっていても、ココロではそれを拒否しつつ、しかも表面的にはきわめて落ち着いていたようです。←ヘンな表現ですが・・・
一瞬のうちに「死なないけど治らない病気だ!」と判断したのは、正しかったのですが、同時につらくて悲しい思いもしました (>_<:)
誰にもホンネを話せず、一人で抱え込んでいたんだと思います。
ボクがしっかりしなくっちゃいけないんだ!などと、必要以上に強がっていた感じですかね。
今では、懐かしい思い出ですが、当時は絶望のどん底って感じでした。
なんで、あんなに落ち込んでたんだろう?って、思っちゃいます(^_^;;
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コメント
コメント一覧
たけるさんの場合は殊更、錯乱状態に陥るのも無理もないですよね。なのに、家族全員のことを慮られやっぱりさすがだな。と感じました。だけど、ご自身は本当に苦しかったでしょうね。
でも、それも思い出と懐かしむ日がちゃんと来るんだから、ホント生きてるって素晴らしいですよね☆
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