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昨日の親王誕生後に開かれた記者会見の様子を伝えた朝日新聞の記事です。
紀子さま主治医ら、「すこぶるお健やか」
そこから、一部を抜粋してみました。
――お子さまと殿下との対面の様子は。
愛育病院院長:「新宮さまは手術室から簡単な保育器に入れられ、新生児科の
医師に連れられ出てきた。殿下は非常に物珍しそうにしていらした。
一方、新宮さまは『オギャー』とおっしゃっていた」
お、おっしゃるって・・・
生まれたときはみんな同じ泣き声じゃないの〜?
などというツッコミは、余計なお世話ですね (^_^;;
(ボクだって、なんて表現したらいいか分かりません)
さて、ボクが気になったのはその後のやりとりでした。
――事前に両殿下は性別の情報をお持ちではなかったのか。
愛育病院院長:「性別に関してお知りになりたくない、障害(の有無や)その他に
関してもお知りになりたくない、という話でした。ですから私も知らない
し、超音波の医師も特にそういう検査をしませんでした。
2分の1の確率だったということですね」
皇室医務主管:「両殿下とも単に知りたくないというのではなく、どんな状態の
子供でも自分たちの子供だから受け入れたい、というお気持ちが強かった。
変にかき乱すようなことをしてほしくないし、自然な形で受け入れたい、
ということでした。大変感銘深いお言葉だったので伝えたい。」
準備されていたコメントだったとは思うけど、よ〜く考えてみると、やっぱりそう思うのかなぁ〜・・・
このコメントを思い出すと、胸に響くモノがだんだん大きくなっていきました。
「どんな状態の子供でも自分たちの子供だから受け入れたい」なかなか言える言葉ではありませんネ。
周囲の声はともかく、両親にとってはソレが一番ですネ。
※ココではあえて両親としました。
↓続きは記事の全文です
紀子さま主治医ら、「すこぶるお健やか」
2006年09月06日12時47分
出産を担当した主治医の中林正雄・愛育病院院長と金沢一郎・皇室医務主管が6日午前10時半、宮内庁で記者会見を開いた。冒頭、金沢医務主管がこの日の帝王切開手術と出産の経過を説明、「(お子さまは)すこぶる、お健やかでございます」と話した。
(写真)笑顔で会見する中林正雄・愛育病院院長=6日午前、宮内庁で、代表撮影
主な一問一答は次の通り。(発言者の敬称略)
――前置胎盤のため、お子さまの体重がやや少ないのではと心配されたが状態はどうか。紀子さまの経過はどうか。
中林「お生まれになった状態は大変よろしい。前置胎盤で、週数は40週より少し早い。新宮さまは大変お元気でいらっしゃる」
「『無事に終わりました。いかがですか。おめでとうございます』と言うと、『大変ありがとうございました』『気分も良好です』とおっしゃっていた。順調に回復過程にあると思う」
――秋篠宮さまや紀子さまの表情、新宮さまの状態などを少し詳しく。
金沢「『親王さまです』と申し上げても非常に淡々と『ありがとう』と、平静心を失わない方だな、と驚いた。手術室からお出になる紀子さまを殿下がお迎えになり、『ご苦労様でした』という問いかけに、『帰って参りました』と妃殿下がおっしゃっていた」
――医療チームとしての苦労は。
中林「殿下、妃殿下ともに医学的注意を最優先にとご公務を控えていただけた。出血もなく医療チームとしては万全に準備して手術を迎えることができて、ありがたかった」
――お子さまと殿下との対面の様子は。
金沢「新宮さまは手術室から簡単な保育器に入れられ、新生児科の医師に連れられ出てきた。殿下は非常に物珍しそうにしていらした。一方、新宮さまは『オギャー』とおっしゃっていた」
――手術で自己貯血は使ったか。
中林「普通の帝王切開より多めの出血が予想されたが、使うほどの出血はなかった」
――退院までの見通しは。
中林「帝王切開の場合、1週間で抜糸し、数日して退院となる。1週間から10日で退院可能だと思う」
――事前に両殿下は性別の情報をお持ちではなかったのか。
中林「性別に関してお知りになりたくない、障害(の有無や)その他に関してもお知りになりたくない、という話でした。ですから私も知らないし、超音波の医師も特にそういう検査をしませんでした。2分の1の確率だったということですね」
金沢「両殿下とも単に知りたくないというのではなく、どんな状態の子供でも自分たちの子供だから受け入れたい、というお気持ちが強かった。変にかき乱すようなことをしてほしくないし、自然な形で受け入れたい、ということでした。大変感銘深いお言葉だったので伝えたい」
――秋篠宮さまが一報を聞かれるまでの様子は。
金沢「テレビドラマをご覧になっていた」
――ご懐妊からもっとも緊張した場面は。
中林「前置胎盤とわかったときだ。5、6カ月のころ、胎盤が下ということはわかって慎重に診ていたが、28週くらいから、経過から見て動かない(と判断した)。早産や、子宮を取らざるをえないケースや輸血が必要なケースもありえる。両殿下にもそれなりの覚悟をしていただかなくてはならない。妃殿下は理由がなければ公務をお休みにならないので、医学的な理由でぜひお休みしてください、と言いました」
――12年ぶりの出産ということで、懐妊について紀子さまから相談を受けたことは。
中林「年に2回ほど病院に来てもらい、ご希望があればいつでも子どもを産んでいい状態であることは伝えていた。ただ、直接、子どもが欲しいというような話はなかった。佳子さま出産直後に、『先生、男の子はどうやって作ればいいの』と冗談で聞かれたことはある」
――親王と分かったときは
中林「秋篠宮ご夫妻はどちらでもいいとおっしゃっていたが、国民の期待を考えれば親王でよかったという考えも一瞬、頭をよぎったけれども、それ以外はあまり考える余裕はなかった」
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さて、話は変り家の旦那さんが、先生ご紹介の町田おやじの会に興味を持っているらしく、『「障害児なんだうちの子」って言えたおやじたち』購読したいと申しております☆合わせてWAVE出版の『ビッグツリー私は仕事も家族も決してあきらめない 佐々木常夫 著』も読むそうです☆活字が苦手な私も今度こそ読ませて頂きます(笑)
ココで「国民の期待に応えられてよかったです!」なんてコトになっていたら、幻滅していたかもしれません。
日本国民でよかった〜と思えた瞬間でした。
あと、おやじの会の本もよろしくお願いしますネ m( _ _ )m
日本国民でホント良かったです♪
むむむ・・・っと感じる事も正直あるけど、それもまた必然なんだろうな。と思うようになりました☆
本日、たけるパパさんご紹介のおやじの会の本=『「障害児なんだうちの子」って言えたおやじたち』購入致しました☆
ご報告まで(笑)
あ!それと、私のサイトにリンク許可をありがとうございます。確認して頂き何かあれば仰ってくださいませ。修正します(^^)
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