
天候の不順
北では木枯らし1号、南では台風14号
確かに南北に長い
外交の不順
太平洋の端(米国から見て)、大陸の端(中国から見て)
日出ずるか、日没するか、あいやしばらく…
政治の不順
民主内の派閥化・族化、自民内の再生不良
表裏・上下が不透明・バラバラ
東洋医学では薬の性質に
上品(じょうぼん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げぼん)~
作用が軟らかい・長期使える、程ほど、強い・短期で
があります。
そして、上医は未病のうちに、中医は病んでいる者を、下医はむやみに薬を使う。
とも言います。
同じく、百姓を指して、上農は草を見ずして草をとり、中農は草を見て草をとり、下農は草を見て草をとらず…
の言葉があります。
はてさて、上官は?中官は?下官は?さあ「菅」さん、どうでしょう?!
先日、緩和ケア研修会に出席してきました。
久しぶりの缶詰の勉強会。
講義ばかりでなく、ロール・プレイ又ディスカッションもありました。
元々はガン緩和から出発したと思いますが、全人的に見て「苦痛」への対処を身体的・精神的・社会的そしてスピリチュアル(内的~霊的?)な面からアプローチしてみるという話でした。
ただ、ガンもいわゆるcommon disease(ありふれた?いつでも、誰でも…)
のひとつになりつつある昨今、高齢化又、病状も複雑化の中、
ガンだけへの対応では済まなくなっているように感じます。
医療・介護・福祉・年金という社会保障制度の中、
ヒト・モノ・カネの在り方が検討される時期になったように思います。
つまり、どう「生きる」かがあるように、
どう「死ぬ」かであります。
そして、誰が・誰の更にその権利・義務・責任を負うのか?
ボトム・アップにその国・その住人・その時代に合わせて創り上げたもの、
対してトップ・ダウンに作り上げたものかによって使い勝手は違います。
国は生活の場として在宅を謳いますが、どうやって?
地域性そしてやはりヒト・モノ・カネ勿論質もそして24時間の安心・安全が担保できるか?
「看取り」という言葉がありますが、
いつ、どこで、誰が…
と考えると一日~一生が終わりません。
ひとつ・ひとつ、ひとり・ひとり黙々と続けていくことでしょうか。
手元にある雑誌に、ペシャワール会代表 中村哲医師の談話が載っていました。
アフガン地域では、皆生きるために生きる。
医療の前に生きる。
生きるためには水がいる。
水があれば食物が、衛生が、その先にはヒトが集まり、
皆で暮らしてゆける。
それこそ黙々と無言実行。
他者は美徳・人道…と言うけども、
そんな言葉は当人にはどうでもいいことだと思われます。
生老病死の一生、勿論全く「病」のないヒトもいるかも知れませんが、
もういいかい~まあだだと~もういいよ
ただ、これを「死ね」と言うのか、「見捨てる」のかとはしたく又、思いたくありません。
ある雑誌に私の死生観というのがありました。
色は匂へど散りぬるを
我が世誰ぞ常ならん
有為の奥山今日越えて
浅き夢見じ酔いもせず
「無常」であっても「無情」ではありません。
「黄昏」ないように又、「誰そ彼れ」と惚けないようにしましょう。