夕日、黄昏は芸術的な色彩を感じますが、黄昏れるとやると
勢いが無くなる、わびしい感じになってしまいます。

冬の夕日です。
朝を迎え、一日を生きて、夕方になる。
しかし、人の意識を越えて、時は過ぎ、一日の・季節の巡り
そして毎日の繰り返しと人の一生が対比されます。
奥の細道ではありませんが
「月日は百代(はくだい)の過客(くわかく)にして行きかふ年もまた旅人なり」
そして時は過ぎ、生きているものは年をとってゆきます。
包装された箱の裏を見て、期限~賞味・消費期限は「何時迄」と確認をしていますね。
そして今、表示の間違い多々あり、新聞やマスコミをにぎわせています。
どうして消費者と生産者・販売者の信頼関係が揺らいでいるのでしょうか。
知らない・見えない・見せない、という私たちの日常の中
その選別能力を行政という「お上」に渡してしまったからではないでしょうか。
「食物」であれば、経験でどれ位もつか判断できるようになりたいものです。
これは大丈夫か、選別する為に五感を鍛えるべきではないかと思いませんか?
これを食べたら…。
グルメブームではなく、緊張感が要りますね。
でも表示の間違い、産地の偽装など…に対して
何の為の、誰の為の反応なのか…。
表示なんて、そう昔のことではありません。
なくても、さほどの不自由は無かったと思います。
擁護するつもりはありませんが、お互い顔が見えないから
敏感・過剰になったのだと思います。
ところで、○○大学出身とか卒業とか表示の間違い・偽装で辞任された方々が国会におられましたネ。
その後どうなったんでしょう。
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