「地域住民の・地域住民による・地域住民のため」のコンビニ
どこかで聞いたような~?
リンカーンは南北戦争後、人民宣言をしました。
人民の・人民による・人民のための政治、と。
よく、「of~ by~ for~」の意味づけがなされていますが
中心は「People(ひと)」だったのではないでしょうか。
もちろん、「政府の・政府による・政府のための」人民ではありません。
それでは、医療はどうあるべきでしょうか?
ひとの一生はリニア(直線的連続的)なはずなのに
医療と介護
急性と慢性
施設と自宅
通所と訪問
多彩?多様?多機能?に分けたがる…
というか、多彩なサービスや多様な施設
これらは「人民の」ニーズに応えていると言えるのでしょうか?
単にニーズを造り出しているだけなのではないか。
とすれば、当然コストは上がるでしょう。
日常の生活に沿った、地域に合った医療であるべきではないでしょうか。
もう一度リンカーンの「誰のため?」を考えてみてもいいのでは?
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前回、巣立ち~研修医制度~戻るための地域の活き方を探ると書きました。
20年前、子供たちがまだ小さいころ、近所のコンビニに寄ると
「おたくの子供さんたち、連れ立ってよくここを通っていきますよ」
と言われていました。
歩く~自転車~車へと
年とともにスピードアップしていきます。
そして土地を離れていきます。
残るは親たち、そして高齢化かつ少子化…
青壮年層のスピードと高齢者のスピードは違います。
数も減ってきます。
地域は絶対的にも相対的にも「疎」になり
コンビニの前を通る高齢者は昔の子供たちのようには見かけない
少ないのか、気づかないのか、家にいるのか…?
コンビニは地域に根付いています。
日常のちょっとしたものはコンビニで十分事足りるものです。
医療機関が送迎や行事とか、患者さんが無理なく来れるように工夫しているようです。
厚生労働省はかかりつけ医・24時間体制の要請をしています。
医療機関は診療・営業時間を掲示すると同時に
急患はこの限りにありません、と表示してきました。
地域におけるコンビニ、このあたりに、地域それも町医者レベルですが、ヒントがありそうです。
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前回
巣立ちをみて、研修制度を思って、見守り程度でいいのではと書きました。
最近の就職業界ではたった3年のうちに、2/3もの人たちが辞めると聞いたことがあります。
新人教育をしてさえもです。
研修制度に於いても、約2年間で現場で通用する医師づくりを目標としてきたと思います。
先日
標榜科目に総合診療科というのを加える云々の話がありました。
現場では
確かに専門領域以外であっても診ることもありうるわけで
そういうことを想定したものと思います。
ただ誰も彼もブラックジャックになれるわけなんてなくて…
そういえば総合学習なんてありましたね、あの「総合」って何なんでしょ?
まあなんにしても総合って大変なんですよ(笑)
最近
地方医療の崩壊、と騒がれていますが
実際、研修医制度が新しくなったことで、地方では医者の数が不足しているといわれています。
若い人たちがみんな地方から都市へ出て行くのと同じように
若い医者も都市へと出て行くようになってしまったのではないでしょうか。
正直なところ、地域医療が十分に機能しているとは言えないのが辛いですが
ヒナ鳥が育ち、より立派になって帰ってこれるように
地方は、立派な研修医がまた子供たちが
帰ってこれるような場所にならなくてはいけないのではないでしょうか
制度上の問題だという以前に
地方は地方として
地域のみんなが連れ立って、そして手を携えていくことで
これからを乗り越えていけると信じています。
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夜、仕事から帰ると小雀が我が家に突然迷い込んできました。
〈そのとき撮った写真〉↓

朝に目覚めると「チュンチュン!」と鳴きあっています。
親鳥が心配そうに遠くから見ています。
小雀はそのうちにパタパタと飛び立って…とはいきませんでした。
春は卒業と同時に新生活の始まりでもあります。
小雀にもあるように、我々にもあります。
ところで医者の研修制度って必要なのか…親鳥と同じで見守りだけでいいのでは?と雀の親子を見ながら思いました。
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