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ブログ947htm

天国の丸尾夫妻に感謝。



 今年も福井大学医学部のテニスコートまでへぼテニスを楽しみに行きました。

第8回
丸尾杯というテニス大会です。(丸尾杯について、以前にも書きました)

 京都府立医大で名テニスプレーヤーとして名を馳せた
丸尾充先生は、テニスの腕前もさることながら、人の輪を広げる名手でもありました。先生は学生時代に西医体(西日本医科学生体育大会:医学部では最高峰の大会で、毎年真夏に開催されます)団体準優勝。個人でも3位入賞。

 そして、奥様の
丸尾真理子先生(充先生の同級生)もまた、優れたテニスプレイヤーであり、学生時代は京都府立医大を西医体優勝に導いただけでなく、個人優勝まで達成してしまいました。

 丸尾充先生は皮膚科を専攻され、京都府立医大から福井医大へ移り、たしか講師になられてから福井で開業されました。真理子先生は、内科医局に入られたのですが、ご結婚後はご主人を支える生活を続けられました。丸尾ご夫妻のクリニックは順調に地域に浸透し、そしてテニスを愛されるお二人は、テニスを通じた活動も積極的にこなされました。

 しかし、健康そのもの、フルマラソンにも挑戦というくらいご自分を鍛えておられた丸尾充先生を病魔が襲いました。そして、2001年まだ50台前半というのにこの世を去ってしまわれました。今となっては、福井市内の病院へまだ小さかったウチの子を連れてお見舞いに行ったときの、先生の笑顔が忘れられません。

 その年の秋、真理子先生や、丸尾医院を引き継がれた石黒先生らのご尽力により、充先生を追悼する第1回丸尾杯テニス大会が開催されました。全国から多くの先生が集まり、地元の学生たちも協力して64名の参加者を得て大いに盛り上がったそうです(この時は私は参加できませんでした。)。

その後、回を重ねるごとに参加者も増え、最近は120名ほどの参加者が集まる大きなイベントとなっています。真理子先生の献身的なご尽力と人柄に魅せられ、毎年全国から参加者が駆けつけます。

 その後、今年の第8回大会まで、一度も雨で中断することなく大会が続いているのはお二人がテニスにかけた愛情による奇跡と呼ぶべきかもしれません。

 ただ、どんどん丸尾杯が盛大に行われる一方で、さらなる不幸が進行していました。なんと、奥様の真理子先生まで病魔に冒されてしまったのです。真理子先生の闘病生活は5年以上に及び、昨年はついにラケットを握られることなく、それでも気丈にコートサイドでにこにこと挨拶をし回っておられましたが、後で聞いた話では、大会後は動けないほど疲れ果てていらっしゃったとか...。

 そして今年1月、ついにご主人の元へと旅立たれました。

   ===================

 今年は、悲しいことですが真理子先生を追悼する大会となってしまいました..。

 でも、いつも明るくお元気だったお二人のために、楽しかったイベントの様子を書くことにしましょう。

 大会前夜、いつものように川喜という越前三国町の有名な料理屋に40人ほどの県外から来られた参加者の宴会がありました。カニは解禁前ですので(11月5日か6日が解禁でしたよね?)、旬のお魚料理ですが、これがちょっと個性的で実に美味い!

 実は私は8回の大会のうちこれが3度目なんですが...。家計は苦しくとも、この大会だけは何としても行かせてくれと奥方に頼み、喜び勇んで参加したのです!

 まあ、残念ながらお酒の方は...もともと飲めない方ですし、最近は飲むと拍動性頭痛が起こることもしばしばなので、味見程度にちょっとだけ...ですが..

 宴会場では、多数の故丸尾夫妻の写真が回覧されました。そして、ご夫妻のメモリアルバムなる冊子が配布されました。かつて私が部誌に掲載した学生時代の試合の思い出を書いた駄文も掲載して頂きました。多くの先生方,ご友人からご夫妻の人柄をしのばせる追悼文が書かれていました。もちろん、懐かしい写真も多数掲載されていました。

 そして、9時過ぎに食事が終わっても、さらに奥の部屋に集まって、芸達者な先生たちの演芸?があります。そのうちウチも女房を連れてって、歌を披露したいな..などとも思いましたが...。でも、大阪の原先生、佐賀の緒方先生など有名な先生の抱腹絶倒芸に一同おおいに沸きました。いや〜,皆さんやるもんですねぇ(∧∧)。医者にしとくのもったいないでげす。

 それから宿舎の三国観光ホテルへ行きまして、ひと風呂あびて、また一室に集まって宴会の続き...。結局、12時頃までにぎやか至極で...きっと迷惑な客だと思われたことでしょう....。

   ==============

 さあ、一夜明け、大会当日です! 曇ってはいましたがさすが、雨は降っていません。どうやら今回もまた、お天気には恵まれそうです...。

 私は...実は、昨日出発前に往診していた患者さんが悪くなって慌てて往診して点滴して、それでもどうしても心配だったのでさる病院にお願いして入院、ということがありまして...、ドタバタしてたものですから...(これ、言い訳っす..)、テニスシューズを忘れてしまい、前夜、丸尾先生の息子さんに何とかして!、と泣きついておいたのですが...さっそく、石黒先生が、立派なシューズを貸して下さいまして、安心してテニスを楽しむことが出来ました♪〜

 もっとも,戦績はサイテーでしたが..。

 真理子先生もいなくなっちゃいましたが..、それでも120名ほどの参加者がありました。県外からは、佐賀、青森、栃木、愛知、三重、京都、大阪、奈良、滋賀などから、25名くらいのドクターとその家族。地元の先生が15名くらい、福井医大(今は福井大学医学部)OBが20名ほど、福井大の現役学生さんが50人ほど! さらに、かつて丸尾先生が指導もしていたという高校女子テニス界の最高峰仁愛女子高校の現役およびOGが15名くらいかな?

 それにしても、福井大学医学部、強いですね! なにせ、テニスコートが10面以上もあるという信じられない環境....。みんな守備が強く、ロブを上げるのが上手い。そのくせ、決めるとこはしっかり決める。豊富な練習量ってのが強みですね。京都府立医大のコート環境はその点、寂しい限りです...。

 いっぽう、仁愛女子高校...こりゃスゴいのひとこと! 全国大会で常にベスト3くらいには入る実力でしょう? おっとろしい速い球を打ちますよ..可愛い女の子が...。そりゃもう、気持ちいいくらいラケットを振り切って、バスコ〜〜ン!!とすんげえ玉が飛んで行きます。これまた指導がスゴいんでしょうね..。

 見ていて、ほれぼれしますよ。ホント...。

 で、私も福井大医学部の学生さん、看護学部の学生さん、かなりお上手な福井大OBの先生などとお手合わせ...みんな玉が速すぎる....。

 さらに、医学部女子部員さんを交えたミックスダブルスにも加わりましたが、やはりダメ...。ちょっとふがいない成績にはめげましたが...、でも、まあ、ところどころ鋭いショットも出ましたし...(凡ミスの方が圧倒的に多かったけど...)

 まあ、楽しかった! 

 それにしても、女性たちがみんなすごい上手いのはオドロキです..。あんな人達と試合したら、もうぼろぼろに決まってます...。男子相手とミックスだけでよかった...、とつくづく思うほどです..。素晴らしい...。

 で、学生たちは、試合だけでなく、テントでお茶やおにぎりや果物などを提供したり、運営したり大活躍です。私たちは、お客様としてほんとうに歓迎して頂いていることを感謝するばかりでした...。

 友人ら4人でサンダーバードに乗り、私は真っ先にぐっすり眠りました..。

 心地よい疲労感でした...

 もうちょっと練習しないと、やってられんぜ...と、反省も致しましたが..。

    ==================

 あと、丸尾先生と大親友だった熊本の深水先生..60歳でなお全日本医師のトップクラスを維持される超有名人ですが..、今回は患者さんの病状のため、直前にキャンセルということでお会いできず残念でした..。その分、奥様が頑張っておられましたが。

 佐賀の緒方先生...あの、佐賀ウインブルドン(今は名前が変わってるんですね)という日本では珍しい芝のコートのクラブを作ってられる先生ですが...30秒間の【やっさん(横山やすし)のマネ】・・・絶品でした..。

 また、来年是非お会いしたいものです。一度でいいから芝のコートを味わってみたいので、いつかお世話になりたいと思っています。

   ================

 こんな素晴らしい大会を続けて下さる石黒皮膚科の石黒先生ご夫妻、そして丸尾夫妻の息子さん、陽介君。そして、大会運営にかかわられた多数の皆さんに心から感謝の意を表して、さらに充先生、真理子先生のご冥福を祈り、記事を終えたいと思います。

 

 

 

 



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ブログ903htm

“ちん”騒動空耳実況第二弾



はなはだびろうなお話で...

 “ちん”ネタは1回限りのはずが...

どくたけ先生の熱い思いが天にとどき..

 架空実況第二弾が、入って参りました...

  (女性は読まない方がいいかもしれません...



せんえつながら...ご披露させて頂きます...

なお、必ず前回の記事を是非お読み下さい

前回の“ちん”騒動記事はこちら..



(なお、どうしても分からない人のために:GG佐藤のじーじーは、中国語で『鶏鶏』と書き、オリンピック地元、北京の周辺の俗語で“ちんちん”の意味。空耳実況では、じーじーがちんちんに置き換わります...)

   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

アナ「いや〜、ニッポン苦しいですね。流れはアメリカですね、エモトさん!」

エモ「ニッポン元気ないね〜。厳しいな〜」

アナ「イワセ投げた。あ!、あ”〜〜、大きい! タマがちんちんへ! 

   ちんちん下がった! あ”、ちんちんこぼした!

   ちんちんがっくり、ちんちんうなだれています。」

エモ「あ〜あ、ちんちん、しおれてしもた...」

アナ「痛い痛い失点が入ってしまいました。

   ちんちん起き上がれません あ、今,ちんちんが立ちました。

   ちんちん、帽子を取って汗を拭います...。」

エモ「やっぱり、ちんちんはバットで勝負やからな、

   そのバットもパッとせんし、ましてや守備はなぁ....」

アナ「日本ではライト,北京ではレフトですし、あの守備位置は昼間はまぶしいそうで    す」

エモ「ちんちんは夜の試合に慣れとるしな。

   それにしても、ちんちんは2日続けて大失敗やね...

   ちんちん再帰不能とちゃうか? 日本へ帰って大丈夫かいな?」

アナ「やっぱり、ちんちんはシゴくよりカウンセリングということでしょうか?

   あ〜!、ちんちん交代,ちんちん交代です。ちんちん降ろされました。

   うなだれたちんちんの先に星野監督が待っています...。」

エモ「星野監督はちんちん使いすぎたな...」



  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  (翌日の放送...負けた試合をハイライトで流し、ふりかえる)

アナ「いや〜、負けてしまいましたね、ニッポン。

   敗因をどうかんがえたらいいのでしょう? エモトさん!」

エモ「ちんちん元気なかったね〜。2日続けて使ったのがな〜...」

アナ「しかしエモトさん、ことし、ちんちんは大きくなりましたよね?

   いきなりパワ〜を見せつけてくれました。

   星野さんもビッグになったちんちんにほれたんでしょうね?

   なにせ失敗しても2日間ちんちんをひっぱりましたしね。」

エモ「それだけちんちんも緊張したやろな...

   肝心のバットもな、ちんちん振り切らんかったしな...。

   引っ張ることもできんかった。」

アナ「日本に戻ってからのちんちんに期待、ですね?。」

エモ「やっぱり、この失敗を乗り越えて..

   渡辺監督はちんちんしごいて伸ばさなあかん!」

アナ「そうですね! ちんちん頑張れ! ちんちん、フレ〜フレ〜!

   と申しておきましょう!」

エモ「西武の選手も気イ遣ってやれ、ちんちんくさるな!ってね。




  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 いやん恥んずかしい...もう限界です..

 人生50余年...これほど○ん○んが並んでいる記事は初めてです..。

 日本人が集団で「じ〜じ〜!」と応援しているのを横で聞いている地元民の気持ちが分かりそうな気がすますた...。



===================

   え〜...気を取り直して

医療崩壊阻止! 医師・医学生署名をすすめる会 への署名はこちらからどうぞ

     (いきなり何やねん!)



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ブログ512htm


炎天下のテニス

テニスってのは、灼熱の太陽のもと、炎天下でやるスポーツだ!
 これは、学生時代の話。
 たしかに、学生時代の一大イベントは、夏に行われる西医体(西日本医学部総合体育大会...だったかな??)。
 真夏の炎天下でテニスができなけりゃ、勝利はありえなかった...。

 そして、そのための夏合宿は...きついものだった。
 最も過酷だったのは...私が3回生くらいだったかな?
 丹波自然運動公園で7日くらいの合宿があり、朝から晩まで練習。
 でも、その年は、一度もまともな雨が降らず...テニスコートには、木陰というものがほとんどなく、ほぼ一日中炎天下で過ごす....
 たしか、30名ほどの部員のうち、5名くらいが体調不良となり、帰宅した...。

     ===========

 あれはもう30年も前の話になってしまったのか...
 勤務医生活が続いていた時、それでも1か月か2か月に1回はテニスをしていたが..
 年々体力は落ち、ほとんどナイター専門...

 
炎天下でテニス!?・・・そ、そんなムチャな!

 と言うくらいの変ぼうを遂げた。
 まあ、考えてみりゃ、学生時代63kgくらいだった体重は77kgくらいに増えてたし..
ふだんの運動が足りないので、ムチャはできない状態だった。

   ============

 でも、3年前、学生時代からのテニス仲間の勧めで、思いきって某テニスクラブの会員になった。
 毎週、
日曜の午後にメンバーが集まってくる。さすがに毎週参加はできない状況だが...それでも月に2回ぐらいは、真っ昼間にテニスをすることとなった。
 メンバーが集まれば、すぐにダブルス。3〜4時間で、4〜5セットの試合。

 オーナー夫婦が言う。
 「
3年前、先生が来たときは、足元ヨレヨレやったなあ。クラブに入って、すぐ夏やったやろ。もうボロボロやったで。それに比べて、今は見違えるわ。よう動けるようになったなあ。

 そう、決して上手でもないが、体は動くようになった。
京都は昨日37.7℃!、そして、今日も35℃台の気温を記録した

 この炎天下で、とりあえず、ダブルス3セットをこなした。
 約束があったので、それでやめたが、体力的には、あと2セットくらい、何とか対応できそうだった。
 無理はよくないが、それでも、
真夏の炎天下でテニスができる...
  それは、何となく懐かしく、憧れていたものに近付けたような、そんな満足感を与えてくれるものだった。
 私の体重は、勤務医時代から3〜4kgは減った。まだ、学生時代とは10kgの差があるが、あの、うっとうしいメタボ検診に引っかからないよう、気持ちと体を引き締めたいと思う。(なにせ、クラブ じゃ、還暦過ぎたメンバーが、私より元気に駆けずり回ってるから....まだもう少し出来るはずだ...そう信じたい)

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2007.07.16 01:59 |  診療  |  趣味  |  スポーツ  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  Doctor Takechan  | 推薦数 : 0

台風でもテニス!

ブログ483htm

台風でもテニス!

 いやあ、台風4号、大変でしたね。被害を受けた地域のみなさんには、心よりお見舞い申し上げます。

 さて、京都では、昨夜、ちょうど夜中に風雨が激しく、屋上に置いてあった板が、バタンバタンと無気味な音を立てておりました。ご近所様、大変申し訳ございませんでした....。

 で、一夜明けて...早朝あたり、最も京都が荒れる頃かと心配しておりましたら...ナント!、風雨はほとんどなく、厚い雲の隙間からは、時折、青空がのぞくではございませんか!....ラッキー♪〜

 実は、京都府立医大 対 東京慈恵会医大 のテニスOB戦だったんです!
今年は、大阪、江坂の屋内コートでやるので、多少の風雨はカンケーなし!
(でも、現地へ行くのに風雨が強かったらヤダね...と思ってました..)

で、傘もささずにコートへ....。
でも、ちょっと少ない...
(ええっ!、東京から来る先生が、新幹線が静岡あたりで止まって、到着できない?)

 まあ、災害に弱い新幹線、ど〜しようもありません。とにかく、到着しているメンバーで試合は始まりました!

 で、私の成績......がっくり..です。とってもお上手な先生と当たって(全部ダブルスですが..)、全く歯が立ちませんでした...
 慈恵医大の病理の教授ですよ!、強いのは...。もう還暦..くらい?
でも、高校時代は、元全日本監督までやったあの名選手、坂井利郎(ウインブルドンの解説もやってましたね.)あたりと一緒にガンガンやってたという、ツワモノです。学生時代、私が1回生の時、彼が6回生で、対抗戦のとき、当時の府立医大のNo.1ダブルスから、たったサーブ4本で、あっという間に1ゲーム取ったのを今も覚えてますよ。何だか、また練習されてるみたいで、現役ばりのサーブはガンガン入る、フォアのストロークは、フェデラー並み(?)のスピード違反が入ってくるし....私のチンタラテニスの対抗できる範囲を大きく越えていました。
 (って...ど〜せ、私は、遠方から来られた対戦相手にいつも配慮を欠かさない、接待テニスの熟練者です.....(涙)..)
 私も、最近は月に2回くらいはやってるんですけどねえ...いくつになっても、ナカナカ実力差は縮まりません....テニスにおける格差問題....なんちゃって...(はぁ〜〜〜)。

    ============

結局、対抗戦は、今年は1ポイント差で慈恵医大の勝ち!(残念..)

そのあと、府立医大の学生も合流して、午後4時まで、親ぼくの試合を楽しみ、夜は、京都で宴会。そして、宵々山見物....(今夜は、涼しくて良かった..。それにしても、すんごい人でした..)

宴会途中に前頸骨筋がつったりして....まあ、蒸し暑い中、5セットくらい試合しましたから...珍しい場所ですが...こんなもんでしょう...。

祇園祭で賑わう四条烏丸でお別れして....元気な先生は、明日、ゴルフもするそうな(私は、ゴルフできませんから,,,)
来年は東京で対抗戦です!。絶対、いくぞ〜〜(負けるもんか!..って、また、負けそうだけど)

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ブログ399htm

もう限界です...

もう限界です...。 疲れました...。
 いくら世間に訴えかけても...安倍支持率48%..

 弱者のために...、格差に泣く人のために...
 
 そして、奴隷医のために...、患者のために...

 これまで1年間、必死にブログを書き続けてきたのに....

 炎天下で2日連続でテニスをしたら...もうイケマセン...

 不覚にもころんで、左腕と左足には擦り傷が...

 車で自宅へ帰る時、アクセル踏む足がケイレン...

 車庫へ入れるのに、体をねじって後方確認しながらバックすると、
  ....左の肋間筋がケイレン...

 キーボードを打っていたら...右手の母指球がケイレン.. 

 ケイレンだらけです...
 (脳みそがケイレンしないだけましです..)

 だから...もう限界です....

 オジサン、がんばり過ぎました...

 昨日、昔、テニスで世話になった某製薬メーカーさんと再会を祝って、テニスクラブで会って...調子に乗って、ダブルス
5セット...。

 今日は、そのクラブの年に1回のお祭りトーナメント。
 16人のメンバーが、4人ずつ4チームに分かれ、各チーム対抗戦(ダブルスのみ)を4試合ずつ(私は全部で
6セット...)。最初の試合がいけないんです...。
 つい、0-5とリードされたところから、5-5まで驚異の追い上げをして...
 結局、6-7タイブレークで負けたんですが、なんと、1セットで1時間以上もかかってしまって...

 体中に疲労がたまってます..(痛みはあんまりないんですが..若いから?)

 
だから、もう限界なんです!...

 お願いだから、ブログちょっと休ませて!
  (え?、勝手に休んだら...?  ま、そりゃそうか...)
  (それにしても、顔が焼けた! 鼻の頭が赤いぞ!
                皮むけるかな?.....)

 ところで、コメントいろいろ頂いた中で、オモシロイ言葉発見!

 メイプリル・フール だって...

(あ、あつかふぇ先生、ピクピク反応してる....。他にも数人..
   さて、5月1日はメイプリル・フール...楽しいことないかな?♪〜)

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2007.01.17 23:51 |  生活 / くらし  |  趣味  |  スポーツ  |  その他(一般)  |  Doctor Takechan  | 推薦数 : 2

オリックス中村よ!

 17日、中村紀洋内野手(33)はオリックス球団から自由契約にされた。やっぱりなあ...。お前さんの相手は、例の規制改革会議の議長になって、医療で患者の命を守るより、テメエの商売を大事と考える宮内CEO率いるオリックスだからなあ...。まだ、野球できる可能性が残ってるだけマシだと考えろよな。=====================それにしても、中村紀洋という 選手、自分を見失ってる気がするな。まず、中村に言いたい。お前さんは、キヨハラじゃあねえ!。清原なら、三振したって営業できる。お前さんはホームラン打ったって、大して取り上げられることもね〜じゃね〜か。値打ちが下がってしまってんのよ。能力はまだそこそこあるんだがな。−−−思い起こせば、かつて、大リーグ入りするとかしないとか、さんざん騒がせておいて、当時の近鉄に戻ったろう?。あれで、かなりのダウン。そして、数年遅れて、無理矢理安月給で大リーグへ行ったが、ロクな活躍できなかったろう。あのころのスポーツマスコミの見方は、{シュアな打撃で実績を残してマイナーから這い上がるノリを見たかったのに、絶好調時代のフォームを直すこともせず、コーチの言うことも聞かず、三振を重ねるみっともないわがままな元スラッガーだ!}ってこと。お前さんが大リーグへ行ってる間に、さらに値打ちは下がってたのよ。昨シーズンだって、マスコミの集まるのはキヨハラだったろう?。さっきも言ったようにオリックスの親玉は、あの宮内CEOだぜ。華がない、評判も低い、観客も呼べない、これじゃあどんな手使ってでもお前さんを叩き売るだろうよ。残念ながら、野球バカのお前さんには、世の中が見えてなかった、ってことだろう。====================選手会はありがたいね。本人の同意なしに球団側が減額制限を超す年俸を提示したことなどを日本プロ野球選手会が問題にし、中村への謝罪などを求める文書を提出してくれたね。本来なら、まず選手会とよく相談すりゃあまだましだったのに。野球界にうとい弁護士を頼んでしまって、そっちを信頼したってことかな?。まんまとオリックスの手のひらで踊らされたね。時期を考えりゃあ、もともとトレードなど真剣に考えてなかったのは明白。あっちは言いたい放題だね。===========================オリックスのやり方は汚いよ。でも、一枚上手だね。企業は一人の人間など歯車に過ぎないって考えてるんだよ。ホワイトカラーエグゼンプションと同じ。お前さんは、言うこときかない奴だったんだろうね。ボクからの提案をひとつ。今年、今から獲得に乗り出す球団はないかもしれない。なにせ、いくら評価が落ちたといっても、かつてはパ・リーグを代表する強打者。こういう人間が入ると、チームの構成を一から見直さないといけないかもしれない。浪人も覚悟。韓国や台湾に渡るのもひとつ。あまり安売りしすぎないことだ。そして、バッティングフォームを直せ!。イチローみたいに無駄のないフォームにしろ!。いくら手首は大丈夫ってドクターの証明もらったところで、一旦手首痛めておきながらあんな無茶なフォームを続ける選手なんて、欲しがらないんじゃないか?。僕ならかわりに若い選手を探すよ。どこでもいい、なんて言う前に、自分を見直せ、オリックスなんぞ見返してやれ。たとえ遠回りでもいいから。少なくともキヨハラよりだいぶ若いんだから。(ところでお前さん、1月5日、球団と必死に交渉してる最中にスピード違反で検挙されてたんだって?。ホンマにタイミング悪いやっちゃなあ....)

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2006.09.17 18:03 |  生活 / くらし  |  趣味  |  スポーツ  |  その他(一般)  |  Doctor Takechan  | 推薦数 : 0

子育ては半人前

ボクは一応ベテラン医師ということになっている。何せ、医師免もらって30年近くなる。最初の5年は基礎医学に身を置いたものの、あとはひたすら臨床医として働いてきた。で、開業医としてももうすぐ1年の、ど新米なのだが、子育てについてもやっぱり自分では半人前だな、と実感するのだ。===============================================うちは一人っ子、それもボクが40歳を越えてからやっとできた長男であり、いまだ小学6年生。同世代の友人はみんな大学進学やら結婚やらの話題だが、こちらはこれから激動の中学時代に突入するのか、と不安で不安でたまらない。一人っ子で、なおかつ中学生....さあ、うまくやっていけるのかな?=====================ところで、今日はその息子の小学生として最後の運動会だった。うれしそうにカメラやらビデオをぶらさげて運動場をうろうろしていると、やっぱり開業した成果?なのか、これまで以上に挨拶してくれる人が増えている。嬉しいような恥ずかしいような......と、そんなこと言ってる場合じゃない、うちの子の出番だ。さあ、どこだ?。...日頃、自宅では、週に1〜2日、ちょっと勉強する以外は、お笑い番組でエヘラエヘラ笑っているか、パソコンゲームに何時間も打ち込んでいるか、その姿しか見てないからなあ。−−−−お!、いたいた。へえ、随分でかくなってやがる。小学校ってのは1年と6年の差が激しく、子供が1年のときは6年生がやたらでっかく見えたものだ。うちはやや小さい方だったが、最近の急成長で平均よりはでかくみえる。指示されたことはきちんとやってるみたい。でもあんまり前に出ないで後ろで目立たないようにやってるな。この性格は変わらんな。−−−−さて、最初のハードル競争。スタート!。家でほとんど運動してない割には早いじゃないか。お、つまづきかけたが頑張った、おお、1位でゴール。やっぱり成長してんだなあ...==================================その後、組体操やら、100m走(残念ながら3着)やら、生徒数が少なく出番は多かったが、それなりに役目を果たしているようだった。いろいろ問題はあるが、それでも成長してるのがわかって親としてはまず、一安心。でも、運動会が終わって自宅へ帰ってきて、いきなりラーメン食べたい、昨日の残りのケーキが欲しいと遮二無二食べて、夕食時は少ししか手を付けず、テレビとゲームに熱中。やっぱりすぐには変わらんかあ....。親も全然変わらんしなあ。

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阪神ファンのボクでも、王さんの偉大さはよくわかる。その真面目な人柄も尊敬に値する。でも、正直いって少し心配なのだ。ボクは消化器が専門ではない。まして内科だから外科の進歩にもやや疎い。でも、だからこそ、王さんを心配している。===========================================内視鏡手術は今や急速に全国に広がっている。でも、慶応のあの王さんへの手術、ホントにあれでよかったのかなあ?。内視鏡なら回復が早いというけど、手術時間はかなり長くなる。その分、麻酔薬が長時間体に影響してしまう。ボクの周囲の消化器医も、何となくあれはやり過ぎじゃないかな?、とか、どうも歯切れが悪い。おまけに術後再狭窄?で再入院とか......。何だかヘンだな。どうも方針も経過もスッキリしない。今はあれこれ詮索する気はないが、ついいろんな憶測をしてしまう。........とにかく、王さん、早く元気になって下さいね。ひいきのチームはいろいろだけど、みんな王さんを心配しているよ。元気な顔を見せてくれることを願ってますよ。

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前のブログ記事からさらにテレビつけていたら、荒川静香が出ていた。プロスケーターとしてアメリカのショーに出ているのを熱血漢、松岡修造が追っかけていた。さすがアメリカ(?)、出場が決まるのが遅れて、プログラムに荒川静香の写真も名前もない!、なんてひどい状態でもめげずに「ショーに出るのが私の夢でしたから。」と、こともなげにさわやかに話す荒川静香。やっぱりこの人は違う。そしてその滑りはオリンピックにも増してオーラを感じさせるものだった。スピンもイナバウアーも、振り付けも笑顔も。惹き付けられる、ってこういう感じだろうな。やっぱりスポーツ物には特に弱いなあ。滑ってるだけで涙腺が刺激される。殺人やら概算要求やら、イヤな報道ばっかりだったけど、ここで久しぶりにいいものを見せてもらった感じ。あ〜、荒川すごいな〜。これからも頑張れよ。すべての観衆があなたの演技に感動するはずだ。

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2006.07.04 21:56 |  生活 / くらし  |  趣味  |  スポーツ  |  その他(一般)  |  Doctor Takechan  | 推薦数 : 0

中田ヒデの引退に一言

本文にはいる前にひとこと。前の医師への謝礼の記事、あれは疲れました。私としては患者さんにイヤな思いをさせたくない、まして、重病と戦っている人に戦意喪失でもされたらどうしようと、ほんとに肩がこって、頭を悩ませました。結果として,やっぱりホンネのブログである以上、途中で辞めるのは本意では無い,書くしかない。でも思いを伝える文章がなかなか出て来ない。これまでで一番時間がかかったかもしれない。久しぶりに書いた後、どっと疲れました。============================================だからという訳ではないのですが,ちょっと違うことを書いてみたくなりました。中田ヒデは言うまでもなく日本を代表する名プレーヤーだったと思います。プレーに彼の生き様がそのまま出ているような熱気を帯びた姿は私も大変好きで,イタリアに渡った時もニュースで彼の活躍を見るのをとても楽しみにしていました。============================================しかし、今回のワールドカップ、彼本来の出来とは思えなかった。そして、チームも妙に浮き足立った感が強く、初戦から(ナカムーラのゴールで先制しても)危うさがずっと続いていた。まとまりを欠いていたのか?。無論、予想以上の酷暑という難敵があって体格の違う相手に向かって行ったのだから、精一杯だったかもしれない。しかし、それにしても気持ちにもうひとつつながりがなかったような気がしてならない。それは、個々の選手の能力だったかもしれない。ヒデが悪いというのでもない。だが、リーダー的立場のヒデと他の選手の間に彼のクールさゆえか距離があったのは事実だろう。また、出場機会がなかなか与えられない「控え組」と出場選手の間にも気持ちのギャップがあったと伝え聞く。われわれ、にわかサポーターにとっては、同じ負けるにせよ、すっきりしないものが残った。================================================================今後のチーム作りを考える上で、もしヒデが引退しなかったら、彼はどんな立場だったのだろう。ボクの想像では、彼は今回,チームメイトとの距離を感じたままで,このままでは違和感が消えないと感じたのではないか。すっきりするには、とにもかくにも一旦ナショナルチームから完全に離れるしかない、そんな思いではなかったろうか。まあ、シロウトがあれこれ言っても仕方ないが,彼のこれまでの歴史を見れば,次なるチームでも彼は浮いてしまうのではないか。そんな印象を持った。よい選手、強いリーダーシップ、熱いハート、でも、周囲との距離はなかなか縮まらない。それが彼のジレンマではなかったか。−−−−−−−−結局、彼はチームから離れた。彼のタレントはボールを追ってこそ発揮されるのだが、彼は別のタレント(ビジネス?)を伸ばす道を選んだ。彼のいない日本代表チーム、これは、いずれそうしなければならなかった道ではないか。実は、ヒデなしで戦うチームを作ることが今課せられている課題なのではないか,そんな風に感じるのだ。

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