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ブログ1008htm

中谷巌氏の反省



 かつて政府の構造改革路線あるいは新自由主義的政策の推進者であった中谷氏が、最近、自著【資本主義はなぜ自壊したのか】で、自らの誤りを告白したことは、最近、各マスコミで驚きを持って伝えられている。ご本人へのインタビュー記事が東洋経済の中にあったので、紹介する。



http://www.toyokeizai.net/life/review/detail/AC/efcbf1fb0e09078dcf1037bb4246e857/





改革派の急先鋒だったのは浅はかだった——懺悔の書『資本主義はなぜ自壊したのか』を書いた中谷巌氏に聞く



    
09/01/17 | 00:00

 細川内閣、小渕内閣で経済改革の旗振り役を担った中谷巌氏が「懺悔の書」を刊行した。なぜ転向したのか。その真意を聞いた。



——本書のまえがきに「自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』」とあります。



 短絡した軽薄なものの考え方がまずかった。新自由主義的な、市場至上主義的な、あるいは改革派の急先鋒的な自分の行動に対して、それは浅はかであり、社会全体、あるいは人間の幸せとはと、考慮すべきだった。犯罪を犯したわけではないし、そのときそのときに必要なことを言っていたと思うが、配慮が足りなかった。たとえば貧困層がこんなに急激に増えていくことに気づかなかった。多様な目線を持っていないと、バランスの取れた政策は議論できないという反省がある。



 小さい政府や自己責任をただ求めれば、日本社会がうまくいく、さらに経済成長がうまくでき、国際競争力もつく、そういう考え方は間違い。そう考えるようになった。一方的な新自由主義信奉者ではなくなったという意味だ。



——ここしばらくあまり表舞台に登場されませんでした。



 私の中に変化が起きたので、この7〜8年むしろ意識的に発言を控えてきた。小渕内閣の経済戦略会議に参加した後、アメリカ流の構造改革を推進することが日本社会にどういう影響を及ぼすのか見定めたいという気持ちになった。それまで積極的に改革をやるべしと言ってきた人間なのだから、無責任に違うことを言ってはダメだなと思い、新たに勉強を始めた。



 講座を持つ多摩大学で、40歳代CEO育成講座というリーダーシップ論をやっている。ここを一つの根城にして、歴史、哲学、文明論、宗教など、いわばリベラルアーツを中心にカリキュラムを組み、私も生徒になった気持ちでその辺を徹底的に勉強することにした。



 というのも、アメリカで経済学を勉強して経済学そのものについては体系的にしっかり頭に入っているが、合理性の世界の経済学だけで政策や社会を論じ、描いていいのかという気持ちになった。人間はそんなに合理的な存在ではない。ロジックだけでは抜け落ちるところがあまりに多い。それと現実に日本社会で起こっていることを観察し、じっくり考えをまとめてみたいとも思った。この本はまだ「中間決算」だが、勉強に8年かかった。



——今回の世界的金融危機が執筆動機ではないということですね。



 リーマンショックのかなり前から、半年ぐらいかけて書いた。日本社会のおかしいところが目につきだして、それを理論的に分析してみたいと思い立った。



 マーケットメカニズムについて言えば良い面と悪い面がある。それをきちんと考慮しないでそのメカニズムにどんどん組み込めば問題は解決するようなことを主張して、まずい方向に引っ張りすぎてしまった。マーケットを否定しているわけでは毛頭ないが、行き過ぎたために恐慌に似たような状況をつくり出し、貧困が増大するなど所得格差が拡大し、それに環境破壊の問題が激化した。グローバル資本主義の正体をしっかり分析して、良い点もあるが、まずい点はきちんと手当てしないと副作用が大きすぎることを、この本で一所懸命書こうとしている。  




——目についたおかしいところとはどういうものですか。



 たとえば財政投融資の改革で、郵貯のおカネが自動的に道路建設に行くのを遮断したことは、いまでも高く評価しているし、必要だったと思う。だが郵政改革では、人の減った過疎地で郵便局が唯一の人間的接触の場所になっているところまでばっさり廃止してしまっている。こうしたことにどれほどの意味があるのか。



 高齢化社会になって介護とか医療とか、生活関連の仕事は地方に委ねて住民と一緒になっていいサービス体制をつくる、その意味で日本の中央集権的な国家体制は絶対によくない。これは動かしがたい。75歳以上の後期高齢者医療について言えば、日本の高度成長を支えてきた人たちに対して急に制度を変え、あなたの年金から保険料を天引きするとやっていいのか。人間的な配慮がない。これらはあまりに小さな政府、自己責任路線という「哲学」に固執しすぎている結果だ。



——リベラルアーツの勉強の成果とはどういう結びつきになりますか。



 日本は鎌倉時代ごろからずっと庶民が主役になるような社会風土をつくってきた。中でも江戸時代は歌舞伎や浮世絵を含め、町人層が担い手であり、貴族階級や武士階級が担い手だったわけではない。こういう庶民層が主人公になる、そういう社会は世界的にもユニークであり、ほかの国々はどこも過酷な階級社会だ。日本だけがわりと庶民社会で、中間層がそれなりの当事者意識を持っていたからこそ、西欧諸国と伍す経済大国になれた根本的な理由があると判断している。



 それが新自由主義路線に乗っかったために壊れてきた。石炭産業のようにどうにもならなければ別だが、人員削減をそんな簡単に行っていいのか、経営者は悩みに悩む。ところが、最近はアメリカ流にすぐクビだとか内定取り消しだとか、する。これでは日本の強さは奪い去られてしまう。



——社会的にすさんできているともいわれます。



 新自由主義でいちばんまずいと思うのは、とにかく個人が分断されること。その分断された個人はマーケットで出会う。マーケットは得か損かの世界だから、人間的なつながりはない。



 そのマーケットで失敗すれば、投票行動を通じて国家に向けて発言するようになる。あるのは国家とマーケットだけの世界。



 しかし、人間にとって必要なのはその間にある社会、あるいはコミュニティではないか。そこで温かい人間的なつながりを確認しながら人は孤独に陥らず、喜んだり悲しんだりする。その中で幸せをつかむ。新自由主義的発想は社会的動物である人間を全然考慮していない。完全に孤立したアトムとしての個人と、その集団である国家というものだけで社会を描いて、その中で政策も決めていこうというものだから、社会的にすさんでくる。



——伝統的価値を重視せよと。



 いまからでも遅くない。転換して、別の発想で議論しなければいけない。日本の伝統的な社会的価値が新自由主義とバッティングして壊されている。それがまずい。人間的な温かみのある社会を生みださなければいけない。



(聞き手・塚田紀史 =週刊東洋経済 撮影:アフロ)



なかたに・いわお

三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長。多摩大学教授・同大学ルネッサンスセンター長も兼ねる。一橋大学名誉教授。1942年生まれ。一橋大学経済学部卒。日産自動車に勤務後、ハーバード大学Ph.D.。一橋大学教授、ソニー取締役等を経る。細川内閣の経済改革研究会委員、小渕内閣の経済戦略会議の議長代理を歴任。

   ===========

 政治家も、このように自らの過ちを正直に認め、国民のための政治を心掛けてほしいものですが、やはり政治家である以上は、『民意を問う』という作業をおろそかにしてはいけない。スピードが大切と言いながら、いつまでも有効な政策を打てないような政権は、さっさと解散して総選挙を断行すべきだと思います。このままどこかの独裁国家のように政権にしがみついていても、政治がよい方向に転向することはないでしょう。むしろ、ゾンビのように旧勢力が復活して混迷が深まるだけだと思います。

 あほう総理は、さんざんぶれまくったあげくに、今頃各地の講演で『ぶれない!』と言いまくっているそうな。ぶれてほしいのはこれからなのよ...。

 あほう総理に1%でも矜持(きょうじ)が残っていることを願うのみ...。



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ブログ1007htm

医療崩壊と後方支援



MRICを見ていると、大阪成人病センターの平岡 諦医師から貴重な提言があった。

全文はMRICに掲載された
「医療崩壊」を防ぐために必要な二つの後方支援を読んで頂くとして、重要な部分を紹介する。



後方支援;その1):職場環境は病院管理者から。



 「医療崩壊」と呼ばれる現在の医療危機は、勤務医が病院を去っていくことで起こる。何故病院を去るのか、過重労働による医療ミス・過労死の危機を感じるからである。過重労働の根源はいわゆる「応召義務」規定である。押し寄せる患者(特に救急患者)に“不眠不休”の状態で、診察を強いられるからである。

 現在の救急医療は殆どが病院、特に公立の病院で行われる。「応招義務」規定を「医師法」より「医療法」に移して、病院として対応すべきである。停電に対する電力会社、断水に対する水道会社の対応は、従業員個人の責任でなく会社としてその責任を果たしている。時代の変化に追いついていない法律、その結果が、勤務医の過重労働、病院管理者の無責任となっている。しわ寄せに耐えられなくなった勤務医が立ち去っていく、これが「医療崩壊」の構造である。

 平成18年「医療法」の改訂が行われ第3章「医療の安全の確保」が追加された。これにより「病院管理者は、従業者に対する研修の実施その他の、医療の安全を確保するための措置」を講じなければならなくなった。しかしここには、勤務医(他の従業員を含めて)の過重労働が医療の安全に対するリスクファクターである事の記載が無い(当然、勤務医の過労死・過労自殺も医療の安全に含まれる)。これを追加することで、勤務医が病院管理者により守られることになる。病院管理者に守られている意識が出るようになり、働きがいのある職場となる。そして、立ち去りが解消されるのである。



(後方支援;その2):医療内容は所属学会から。



 医療内容に納得がいかない患者・家族・遺族からのクレームや訴訟が増えている。時には検察から起訴されることもある。医療内容に妥当性があると考えれば訴訟を受けて立つことになるが、そのストレスは大きい。この精神的ショックを機に病院を立ち去ることも多い。これが「医療崩壊」のもう一つの構造である。

 「医療内容に納得がいかない患者側」対「医療内容に妥当性があると考える主治医」、必要なのは医療内容を判断出来る専門医の見解、特に専門医集団の統一見解である。患者側、主治医側双方からの申し入れに対する受け皿である。受け皿を作り、見解(統一見解)を出せるのは、日本の現状からはそれぞれの学会であろう。

 医療内容が不当と判断すれば学会として主治医に処分を科す事になるだろう(自立的処分制度)。学会としては医療内容の底上げを行うような専門医・施設認定制度(自助制度)が不可欠である。「自浄制度」と「自助制度」は車の両輪の如く、専門医を擁する学会には必須の制度である。

 一方、医療内容が妥当と判断しても、患者側が納得せずに起訴することもある。その時は、専門医の見解(統一見解)が意見書あるいは鑑定書として法廷に提出され、主治医に有利に働く。特に2008年4月25日の最高裁の判決が後押しをすると思われるからである。この判決を突き詰めれば、「診断は臨床医学の本分だから、例外的な特段の事情のない限りは、医学鑑定を十分に尊重すべきだ」と表明したと考えられるからである(井上清成;「裁判での医学鑑定の尊重」MMJ June 2008, 524-525)。したがって、この様な制度は主治医を支援する制度である。福島大野病院事件で主治医が無罪になったのには、関連学会の統一見解が大きく役立ったと思われる。

     ====================

 まず、平岡先生の最初の提言だが、病院管理者に当事者能力がどれだけあるのか、残念ながら今は皆目不確実な状況である。個人病院の院長であれ、国公立の開設者であれ、責任を背負う度量がどれだけあるのか、そのような教育をされているのか、非常に難しいところだ。なにせ、いまだにミスとは言えない事象であっても安易に慰謝料(あるいは見舞金?)で妥協する院長あるいは開設者が多すぎるのが現状だ。せめて、法律家が胸襟を開いて、医療再生のために尽力してくれる環境がほしいものだ。

 さて、平岡先生の提言は非常に重要で、医師が安心して働ける環境を作るために最低限必要な条件ではないかと思われる。ただ、医療事故、あるいは訴訟について、山形大学の嘉山先生が主張されたように、大学病院を中心に議論をすべきか、学会として議論すべきか、ちょっと悩ましいところである。大学病院がいかに大きくともすべての領域の専門家が揃っているとまでは言えないだろうし、さりとて、全国からの寄せ集めである各専門学会が十分な議論を成し得るのか、これも難しいところだ。

 とはいっても、ネット時代に全員が一カ所に集まる必要もない。ここは、両者の長所を是非生かしてほしい。医療事故、訴訟がらみの問題が起こったら、調査の窓口はまず地元である大学。調査の上、判断が難しいケースのみ必要に応じ、学会を利用するような筋道を是非つけてほしい。



 ただし、この二つだけで解決するほど医療崩壊は甘くないだろう。

 医師数を増やし、医療費も大幅にアップする、せめてOECDの平均に近いところまでは増加させなくてはこれからの日本の医療は維持できまい。

 また、マスゴミという非常識集団に常識を持たせることも必要だ。もともと政府・財界の代弁者たる産経・読売、医療崩壊の首謀者毎日、そして、アカい新聞と言われていたのがいつのまにか財界代弁者となってしまった朝日..。社会保障の重要性を説く大マスコミはいないのか? 赤旗の読者が多少増えたところで、この国の医療がよくなるわけではないというのがわからんのかね?

 そして少子化対策。究極の経済対策は、少子化対策なんだよ。ついでに言えば、少子化対策が大幅に改善すれば、現場から離れている女性医師の中で、多少は戻って来てくれるかもしれないんだよ。

 2兆円も選挙対策に浪費するヒマはないのだ。まったくぅ〜〜....。



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ブログ1006htm

リーダーシップの考察



混迷を極める政治をニュースなどで垣間見るに、この国のリーダーシップはど〜なっとるんや?、と落胆を隠せない私である。

 あほう総理の御乱交の数々は言うに及ばず...

 鴻池の美人人妻と御乱交の疑惑?など、タガがはずれているとしか思えない。泥舟自民党丸からもう少し、逃げ出す御仁がいても良さそうなものだが..、よほどこの泥船、フナ底に地盤、看板、カバンを貯め込んでいると見える。もっとも、泥船の底に小さな穴があき始め、蓄えた財産も次第に流失しているのだが...。

 で、ブログに書きたいネタがない...。くだらなすぎる...。

 ま、こんなときは、さっさと本流(どこがや?)から傍流へとスタイルを変える身の軽さ(メタボやろ?)が私の身上。というか、ま、ちょっと横道にそれてみようかい!(いつもやろ!)

 で、本日のサカナは、やっぱり、あほう総理。彼とリーダーシップについて考えてみたい。

では、リーダーシップとは?



○Wikipediaより

リーダーシップ:多数の人間を一人の人間に従わせること、またはその技術と才能を指す。統率とも。英語における概念は統御のみを指す場合もある。

一人の人間がその他の人間から服従、信頼、尊敬、忠誠、協力を得られるような方法で人間の思考、計画、行動を指揮でき、かつそのような特権を持てるようになる技術及び才能を指すと考えられている。それは意思決定を行う
指揮、労力や資源を配分・管理する統制、心的作用による統御の三機能から構成されると考えられている。



あほう総理の指揮、統制、統御ねぇ...

渡辺、松浪の造反、消費税増税明記に自民党こぞって大反対、ましてや国民の支持は20%未満。

 指揮に従う者は無し。死期に近づく者ばかり。

☆ 資質論

リーダーの資質については非常に長い間研究の対象となってきた。

孫子においては、リーダーシップの資質として智・信・仁・勇・厳の5つを挙げている。

あほう総理の場合...

智・信・仁・勇・厳というよりは...

恥、辛、塵、憂、眩 あたりでしょうかな?



またクラウゼヴィッツは指揮官の才能として、

・ 知性と情熱を兼ねる高度な精神

・ 危険を顧みず自身の行動に責任を負う勇気

・ 不確実な事態における洞察力

・洞察に基づく具体的な行動する決断力などを挙げた。


いやいや、総理なら、

・ 知性と情熱に欠けるていまい(低迷)する精神

・危険を顧みぬ自身の放言に責任持てない蛮勇

・ 不確実な勉強による低漢字力

・ 狡猾に基づく保身的な行動に対する 
といったところでしょうか?



旧日本陸軍の教範において蔵田十紀二は、

・高慢の品性 (え? 高慢な下品性?

・至深の温情 (
え? 私腹の温床? それとも..至福のバー通い?

・堅確な意思 (
え? 敬老も無視?

・卓越した識見 (
え? 卓越したはんざつ(頻繁)?)、

として全体的な人間の能力を網羅している。



アメリカ海軍の士官候補生読本においては、

忠誠・肉体的精神的勇気・信頼・宗教的信仰・ユーモアのセンス・謙虚・自信・常識・判断力・健康・エネルギー・楽天主義が挙げられている。

 (忠誠って、官僚に忠誠を尽くす? ま、勇気ありますね〜、まだ辞めないもん..。信頼があればこんなブログ書きませんって。総理の座にしがみつくしつこさが宗教的とでも言いましょうか? ユーモアは..よく笑わしてくれるのは、たくまざるユーモアっちゅうことで..(しわく(思惑)と違う..)。

謙虚だから誰かにつつかれるとコロコロ変わるのよね..。自信は過信。常識は非常識。判断力より放言力。健康はまず、酒とタバコやめなくちゃね〜。エネルギーはありますね..ただし、宴会の体力が..。楽天主義とノーテンキはどう違う?)

ただしこれらの資質は基本的な技能が備わっていることが前提である(やっぱりね〜・・)。

能力が劣る上官に部下の信頼を得ることはできない(どうりでね〜〜)。

また知識や知能で劣っていれば洞察力は判断力の面でよいリーダーシップは発揮できない(そりゃ、恥の書き初めで筆滑るはず...)。

資質・技術・知能が揃うことが望ましい。(私の国の総理なんだから、せめてひとつでもあればと願っている...)



あほう総理のリーダーシップとは何なのか?



もしかして、イーダーシッペ(言い出しっぺ)?



言い出しっぺとは、最初に言い出した人がそれをするはめになること。

言い出しっぺとはもともと言い出し屁(いいだしべ)といい、無実を最初に言い始めた人が犯人であるものという慣わしとして使われた言葉である。これは「臭い」と言い始めた人が往々にして放屁していることからきたものである。そしてこれが転じ、何事も最初に言い出した人がそれをするはめになることを言い、そういった会話(文章)の中で使われる言葉となった。

麻生か..あ、いや、あ、そうか...

だからしっぺがえしをくらうんだ..。

    たとえば...

あほう「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。アルツハイマーの人でもわかる」

しっぺ「麻生と小沢はどちらが支持率高いか。アルツハイマーの人でもわかる」

あほう「新宿のホームレスも警察が補導して新宿区役所が経営している収容所に入れたら、『ここは飯がまずい』と言って出て行く。豊かな時代なんだって。ホームレスも糖尿病という時代ですから」

しっぺ「総理の公務デスと事務方が誘導して国民の税金で建てた公邸に入れたら、『ここは酒がまずい』と言って出て行く。歪んだ時代なんだって。公務ですらホテルのバーでという時代ですから」

あほう「外務大臣として働いた方のうち、私ほど、外交について多くを述べた方は、かつてただの1人もいらっしゃらないと思います」

しっぺ「総理大臣として働いた方のうち、私ほど、原稿にフリガナを多くつけた方は、かつてただの1人もいらっしゃらないと思います」

あほう「はっきり言って医師は社会的常識がかなり欠落している人が多い」

しっぺ「はっきり言って麻生は社会的常識がかなり欠落していると思う人が多い」

あほう「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」

しっぺ「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(麻生)の分の金(給与)を何で国民が払うんだ」

    ==================

 さて、あほう総理のことですから、消費税アップの時期を明示すると言い張っていたのに、そろそろ修正案を考えているようです。(やっぱりね〜



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