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ブログ906htm

事故調の前に法律を知ろう



え、あの..大野病院事件はめでたく控訴断念、無罪確定となりました。

ですが、事故調の設立を急げ、という世論をマスコミが無理矢理作ろうとしている現状をかんがみ、われわれも改めて法律の勉強をすべきだと考えるに至りました。

 そこで、本日は、医療訴訟に詳しい弁護士先生のお話を謹んで承りたいと存じます..。

本日の講師は、井上清成先生です。先生は、日経メディカルオンラインでも意見を述べておられますし、8月号のMMJ(毎日メディカルジャーナル)でも持論を展開しておられます。

 先生のご紹介です。

井上 清成(いのうえ きよなり)氏

 1981年東京大卒。81年弁護士登録(東京弁護士会所属)。89年井上法律事務所開設、2004年医療法務弁護士グループ代表。病院顧問、病院代理人を務める傍ら、医療法務に関する講演会、個別病院の研修会、論文執筆などの活動に従事。現在、日本医事新報に「病院法務部奮闘日誌」を、MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。



 では、先生、(コホ..) よろしくお願い致します..。

(注:大野病院事件の判決の前に書かれたものです..)

  ===================

2008-07-04 09:57:56

「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に対する意見

   − 弁護士 井上清成氏



http://ameblo.jp/kempou38/entry-10112692104.html



1 第3次試案や第2次試案と同一

 第3次試案と第2次試案は、表現こそ変化しているが、その内容において同一である。既にそれぞれの試案に対する意見として提出しているとおり、賛同しえない。この大綱案も第3次試案の法案化に過ぎず、法技術的にいくつかの修正を加えただけのものである。よって、この大綱案に対しても、賛同しえない。



2 大綱案の法技術的な難点

 民主党が公表した患者支援法案と比較検討すると、この大綱案には次のとおりの法技術的な難点が存すると思う。

 1)医師法21条の拡大強化

 2)医師の黙秘権の剥奪

 3)行政処分権限の拡大強化

 4)現行の業務上過失致死罪の追認

 5)医療の行為規範化

注:民主党の患者支援法案は、「産科医療のこれから」のブログ記事でどうぞ。

 
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/06/post-1341-49.html



3 医師法21条の拡大強化

(1)コロンブスの卵

 民主党案によれば、医師法21条全部を削除することとなっている。これは「コロンブスの卵」であろう。今までは、医師法21条自体は存続することを大前提として、いかにして医療事故死を除外するかばかりに腐心していた。しかし、そもそも、殺人による死亡など一般の異状死に医師が接した場合に、その
警察への届出を刑罰をもって強制することには、現代において何ら合理性がない。つまり、応招義務(医師法19条)などと同じく、医師の倫理に任せれば十分であり、刑罰によって担保する医師法21条自体が廃止されるべきであろう。



(2)大綱案の逆行性

 これに反し、大綱案はむしろ実質的に医師法21条を拡大強化してしまった

 医師法21条の脅威の除去という
当初の目標に逆行してしまっている。



(3)「届出をしない」場合にどうなるのか?

 医師法21条最大の問題点は、「届出をしない」と医師法21条違反で逮捕されたり処罰されたりすることであった。担当医が合併症などで問題はないと考え「届出をしなかったらどうなるのか?」こそが議論されるべき設定状況である。

 大綱案(第33)によれば、検案医が病院管理者への医療事故死の報告をしなかったとすると、まず、医師法21条本文により、従前と同じく
処罰されてしまう。そして、それのみにとどまらない。大臣より届出命令が下され、体制整備命令も下される(第32(5)1)。届出命令および体制整備命令に従わないと、

やはり刑罰により処罰されてしまう。(第32(9)1)。
報告義務違反の刑罰もある(第32(9)2)。



(4)二重の処罰

 現行は、医師法21条に違反しても、まさに医師法21条違反というだけであった。ところが、大綱案になると、医師法21条違反の逮捕・処罰は従前通りで、さらに、届出命令違反・体制整備命令違反・報告義務違反という刑罰も加わってしまう。これは今までの単独処罰を二重処罰に拡大強化するものであって、不当である。





4 医師の黙秘権の剥奪

(1)憲法38条の黙秘権保障

 医師法21条での届出に引き続く犯罪捜査においてすら、憲法38条に基づき、医師の黙秘権は絶対的なものとして保障されていた。具体的には、質問に対して回答を拒否できることと、質問に対して虚偽の回答をしても処罰されないことである。ところが、大綱案は、これらの絶対的な黙秘権保障を、実質的に剥奪してしまう。



(2)虚偽回答への処罰

 犯罪捜査において警察官に対し虚偽の報告・陳述その他の回答をしても、容疑者たる医師は何らの法的責任を負わない。ところが、地方委員会の医療事故調査においては、その報告徴求・質問に対して虚偽の報告や陳述をすると、直ちに刑罰によって処罰されてしまう(第17の1 1-3、第30 1-3)。これは、現

行法には存在せず、
大綱案によって初めて導入された刑罰である。



(3)質問回答拒否への行政処分

 地方委員会の医療事故における報告拒否や質問回答拒否に対して、大綱案は表面上は刑罰を課していない。この一事をもって、強制ではないと評したいようではある。

 しかし、報告拒否や質問回答拒否は、実際は、別個の行政処分の存在によって、封じられてしまった。
大臣の届出命令・体制整備命令・報告命令・改善命令とその裏付けとしての刑罰がそれである(第32(5)の2・2、(6)、(9)の1・2)。



(4)黙秘権剥奪

 医療事故調査における虚偽回答の処罰、大臣の行政処分による回答拒否の実質的制圧は、医師の黙秘権を実質的に剥奪するものと評しえよう。憲法38条の黙秘権保障を潜脱するものとして、不当である。



5 行政処分権限の拡大強化

 そもそも、医療事故調査委員会の議論は、医師法21条の脅威を除去すべく、警察への届出から中立的第三者機関への届出へと改めるべく始まった。これが当初の目標であったはずである。犯罪捜査の脅威を縮減することが第1の目的であった。

 しかるに、その結果は、
行政処分権限の拡大強化ばかりが目立っている。大綱案では、網羅的な医療事故情報収集システムの整備と、新たな行政処分権限の創設とが突出してしまった。第32の「医療法の一部改正」は、そのことばかりである。

 今、
重要なのは、医療安全のための医療現場からの提案・改善システムの構築であって、行政庁の権限強化ではない。行政改革の国家基本方針にも反する方向性であろう。

 医療安全調査委員会の議論に行政処分権限の拡大強化を紛れ込ませるべきではない。大綱案による
大臣の届出命令、体制整備命令、報告命令、改善命令等の創設は、不当である。



6 現行の業務上過失致死罪の追認

(1)刑法への対応策

 民主党案では、「中・長期的課題」として、医師への刑事処罰を見直す方向性を打ち出した。「医療者による自律的処罰制度の進捗状況などを勘案しつつ、刑法における故意罪と過失罪の在り方や業務上過失致死傷罪などについて諸外国の法制度などを参考に検討し、必要があれば見直す。」とのことである。医師を刑

事処罰する悪弊の根幹が、刑法211条1項に定める「業務上過失致死傷罪」の医療への拡大適用にあることは明白であろう。この根幹への対応策を示していることは、新たなステップである。



(2)大綱案による現行法の追認

 第3次試案では「重大な過失」と言い、大綱案では「標準的な医療から著しく逸脱」と言い換えるなど、迷走している感は拭えない。重要なことは、そのいずれにしても、医療への業務上過失致死傷罪の適用を大前提とし所与の要件としていることである。この業務上過失致死傷罪の医師への適用こそが根本に横たわっている大問題だ、という問題意識に乏しい。

 このまま大綱案を医療界が認めてしまうことは、
医療界自身が医療への業務上過失致死罪の適用を認めたことになってしまう。つまり、医療界が現行法解釈を「追認」したことになってしまうのである。

(注:あ、筍ENT先生は、このあたりをくり返し強調されています。もっとも、筍ENT先生は、業務上過失致死傷罪そのものが危険だと言っておられます。)



(3)法解釈論ではなく法政策論を

 今、議論すべきことは、現行法の解釈論ではない。医療に関わる法律をどうすべきかという法政策論である。

 大綱案は、現状の国民意識ないし現行法を、それ自体正当な所与のものとしているに過ぎず、妥当ではない。



7 医療の行為規範化

(1)警察への通知

 警察へ通知すべきものとして、第3次試案では「重大な過失」という法律用語が使われていた。そもそも医学的判断をする基準が法律用語であるというのが、矛盾である。

 しかも、「重大な過失」の具体例(単純ミスは重大な過失なのか?クーパーの使用は無謀な医療として重大な過失なのか?)さえ、何ら論じられていなかった。

 そのためなのか、大綱案(第25 2)では「重大な過失」は削除され、「
標準的な医療から著しく逸脱」した場合が、警察への通知対象とされた模様である。だが、このため、逆に、大綱案の問題性がより鮮明になった。



(2)結果回避義務の明文化

 もともと過失の本質には争いがある。予見可能性(予見義務、注意義務)を中心に過失を考えるか、それとも、結果回避可能性(結果回避義務、行為義務)を中心に過失を考えるか、という対立と言ってもよいだろう。

 文言から明らかなとおり、「標準的な医療から著しく逸脱」というのは、後者(結果回避可能性)を中心に据えた過失論に立脚している。

 しかしながら、不確実であって限界も多い医療の特性に鑑みれば、結果回避可能性を中心に考えると、往々にしてそれこそ「結果論」で論じることになってしまい勝ちであろう。

 大綱案は、
結果回避可能性を中心とした過失論を医療の世界に自ら招き入れる端緒となるものであり、著しく不当である。



(3)「標準的な医療」の法規範化

 懸念は尽きない。「標準的な医療」を、誰がどのような形式で定立しようというのであろうか。

 もしも「標準的な医療」を厚労省が療養担当規則のような法形式で定立する目論見だとしたならば
、医療の国家統制が極大化してしまうことになる。

 国民皆保険制を堅持すべきであるから、診療報酬の公定化は甘受せざるを得ないであろう。しかしながら、
医療内容の公定化は、医療が臨床医学の実践であって学問の自由に属するものであることなどからしても、是認すべきことではない

   ===================

 井上先生から、大変有意義かつ有難いお話を頂きました。

 なお、今回のお話よりさらに基礎の部分からお勉強したい方は、是非、次のご講演をご覧下さい



2008-01-17 02:18:04

井上清成氏の意見

http://ameblo.jp/kempou38/entry-10066253968.html

単純ミスは「重大な過失」か

業務上過失致死罪の謙抑的適用はいかにあるべきか



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ブログ905htm

産経正義ヅラ報道

 こういうのを正義ヅラとでも言うんでしょうか。まあ、この記事には相当数の先生がブログで徹底的に批判されているようですので、いまさらかもしれませんが,,,。

とりあえず、イケナイ報道の典型例ということで私も取り上げることにしました。

 いかにも患者の遺族の心情に配慮したようで、その実、要は新聞が正義だと言いたいだけではないでしょうかね?



 ところで...私など、勤務医時代、患者さんが亡くなられたら、どんなに自然な亡くなり方でもがん末期でも、ご遺族には「申し訳ありません、残念ながら私の力ではどうにもなりませんでした。」などと、頭を下げたものでした。治療が良かろうと悪かろうとすべての責任は主治医である自分にある,という気持ちでした。

 こういうクソマスコミにかかれば、「医者は申し訳ありませんと言ったんだ! 謝ったんだ! ミスがあったんだ!」と突っ込まれて...100回以上誤認逮捕されかねなかったね...。

 よくぞ無事にここまで来たものだ..。



【視点】無制限に医師の裁量を認めるものではない 大野病院事件

2008.8.20 20:37



 手術中に医師が最良と判断した手法で患者が死亡した場合、医師個人は刑事責任を問われるべきか?。福島県立大野病院事件で、福島地裁は、臨床の場で通常行われる水準で医療措置をしていた場合、罪は問えないとの判断を示した。

 判決は、医療行為を「身体に対する侵襲を伴うものである以上、患者の生命や身体に対する危険性があることは自明」と表現。結果責任だけが問われる医療関係者から上がる「リスクの高い医療はできない」などの切実な叫びをくみ取った結果が、今回の無罪判決といえる。

(まるで医療へ配慮した判決、と言わんばかりですね。配慮ではなく、医師の判断が正しかったということですよ。少なくとも逮捕されるような問題はない,と。)

 だが、判決は、加藤医師の医療行為と女性死亡の因果関係を認めた。大量失血も予見できたとしたうえで、検察側が指摘した通り、癒着胎盤の剥離を中止して子宮を摘出していれば、最悪の結果を回避できた可能性を指摘した。

因果関係などと安易におっしゃいますが...あくまで可能性の一部を示したものと理解すべきでしょうね。偏向報道をくり返したメディアが判決文にまで手を出すってのはどうもね...。いつまで後出しじゃんけんにこだわってるのかね? 可能性を言えばキリがない..。それより、大病院でも剥離をせずに子宮摘出しても死亡例が出ていますね。どっちにころんでも、可能性は出てしまうわけで...それを記事にすりゃ、どんな無茶も通りますね。

 公判で弁護側の証人に立った産婦人科の権威らが「一切過失はない」と言い切る姿は、国民に「医者のかばい合い」と映ったに違いない。

この一文は見逃すことができません! 何も知らない国民の一部には、「かばい合い」に見えたとしても、事情を知る多くの国民は、そんなことを思うはずがない。「違いない」と断言するところに、産経の体質がよく見える。

 今回の事件を契機に、医療事故調査専門の第三者機関、いわゆる医療事故調を設置しようという機運が高まっている。

 だが、医療界が医療ミスをめぐり「かばい合い」の姿勢をみせるようなら、事故調が事故原因究明や公正な判断を下せなくなるのでは、と懐疑的な見方が出てきても仕方あるまい。

ここでも、あくまでも産経の主張に基づいた仮定の話になっちまう...

 今回の判決は「適切な手術」という前提付きで、医師の裁量を認めた。医療界は、なおいっそうの注意義務と医療を受ける患者、家族が十分納得するような説明責任が求められていることを忘れてはならない。(小野田雄一)



 このバカさ加減はいささか愛想が尽きるというものだ。

医療界は、いや、医療従事者は、それこそ、「適切な」医療を行うために必死になっているのだ。それでも事故が起こるのだ。最大の原因は、言うまでもなく、医師不足、過重労働である。これが事故やミスの最大の原因であることは、世界的常識であろう。決してゼロにはできないが、ヒューマンエラーをなくすには落ち着いて仕事をするに限る。眠くて疲れて追いまくられて、ヒヤリハットが膨大な数に上るのだ。言わせてもらえば、現在の医療環境の中では、最大限の注意義務を果たしているのだ。これ以上を望むなら、ロボットにでも頼むしかあるまい。

 そして、説明責任と随分安易に言ってくれるが、説明の時間を作るだけでも大変なのだ。説明したことを書類に残すだけでも大変なのだ。医師の説明が難しすぎるなどという言いがかりもほどほどにすべきだ。時間的余裕がない中で、今の医師は相当に説明をしているはずである。他の患者のことで呼ばれたりして説明不十分になることはやむをえないものだ。「医師である以上、できないと言ってはならない」という考えもわからないではないが、「人間の能力には限界がある」ことも常識として知っておくべきだ。

 なお、大野病院の件だが、患者が子宮摘出に難色を示したことは年齢的にも当然であり事実でもある。医師がなるべく子宮を温存したいという気持ちをもっていたことは誰でも予想できることである。また、なぜ、大病院へ移送しなかったのか納得できない、という声があるようだが、医師が“この症例なら、まずウチで手術できる”と信念を持って判断したとすれば、それが真実のすべてだと思う。それ以上理由を探しようがない。私はこの事件については、ほぼ真実はほぼ語り尽くされていると信じている。

 この事件を例にとって説明責任など語るべきではない。

 それとも、産経は、医療に関する偏向報道をくりかえす中で、一度でも被害者であるわれわれ医療従事者の心情を汲んで説明責任を果たしたことがあるのだろうか?

 私には、垂れ流し報道の垂れ続けにしか見えない。

  −−−−−−−−−−−−−−−−−−

 さて、この記事で不快になった人に...



ネット記事もいろいろありますが、次の記事など、非常に良心的で正直はないでしょうかね?



ohmyNews(オーマイニュース)8月28日

http://www.ohmynews.co.jp/news/20080827/28133





福島県立大野病院事件無罪判決後の課題

医師が前科ものとして扱われる現在の司法のあり方





栫井 雄一郎(2008-08-28 16:00)

    



 すでにご承知とは思いますが、福島県立大野病院で産婦人科の医師が業務上過失致死に問われた裁判で、8月20日に無罪判決が下りました。



 この事件は、2006年2月18日に故意や明確なミスがない通常の医療行為で医師が刑事犯として逮捕され、しかも、有罪が決まったかのように、手錠をかけられた医師の姿がテレビなどで繰り返し放映されるなどしたため、社会的に大きな反響がありました。



 刑事事件は、書類送検という形を取ることも多いのですが、通常はこうした事件で事件発生から時間がたった時点で逮捕まで踏み込むようなことはありません。本件が逮捕という形を取り、しかもテレビなどで放映があったということは、それだけでも特異な事件であったわけです。



 この事件のおかげで、福島県立大野病院の産婦人科が閉鎖されただけでなく、大野病院のほかの科でも診療ができなくなったりしました。また、福島県立病院の産科医療ができなくなっただけではなく、全国の病院の産科や外科や救急外来という刑事犯にされそうな分野の医療が大幅に萎縮(いしゅく)して、医療崩壊の大きなきっかけとなりました。



 医療界には、とりあえず安どの空気が広がっていますが、今後の課題も多いのでその周辺を探ってみたいと思います。



 まず、検察庁が本件を上告することで仙台高裁で裁判が続くかどうかですが、そもそも下級審が出した刑事裁判の結論を、検察庁が重罰を望んで新たな重要証拠もないまま上告するという行為が、法治国家として許されるのかどうかという問題があります。



 諸外国においては、このような場合、下級審が出した結論を上級審も尊重することが多く、また、今回のような故意や明確なミスがない通常の医療行為で刑事罰を受けるということは考えられないでしょう(例外があるかどうかはわかりません)。



 検察が、この事件を控訴することは医療現場の混乱を長引かせることになります。なぜ、この事件を荒立てたのかについては、今後解明が進むものと思われますが、なにか特別な事情があったと思わざるをえず、この問題がこじれればこじれるほど、国民的な損失が大きくなるとともに、検察の意図も明確になると思われます。



 次に、医療事故調査委員会なるものを作ろうという動きがこの事件と関連付けられて広がっていますが、これに関連して、保険会社など、利害関係者の動きがあることについて注目しておく必要があります。



 そもそもこの事件は、県立大野病院医療事故調査委員会が2005年3月22日にまとめた「県立大野病院医療事故について」と題する報告書をきっかけに検察の介入が始まったという経緯があります。



 医療事故調査委員会ができたとしても、今の素案では医療裁判が減るということではなく、一時金が支払われたりすることで、むしろ裁判がやりやすくなり、医療はますます混乱することが予測されます。



 大野病院事件の判決以後も、今回の件について、遺族は納得しておらず、遺族からみて原因究明にも再発防止にもなっておらず、医療や司法にかかわる問題は逆に大きくなったとも言えます。



 安易な医療安全調査委員会の設置は、医療事故調査委員会ができたからといって遺族などが納得するということでもなく、ますます医療が受けにくくなるだけで、かえって事態をおかしくする可能性すらあるのです。



 福島大野病院事件に伴う医療崩壊に対しては、誰も責任を取らないばかりか、県立大野病院の医師を逮捕した富岡署は県警本部長賞で表彰されているのです。



 誠心誠意、患者さんのために行った故意や明確なミスがない通常の医師の治療行為が、業務上過失致死罪として刑事訴追され、医師が前科ものとして扱われる現在の司法のあり方に問題があるということについては、大方の意見が一致しているのが現状だと思います。



 なお、福島大野病院事件についても、今後、民事事件として裁判になる可能性があり、刑事事件として成立しなかったからといって、民事での司法解決の道が閉ざされているということではないことを付け加えさせて下さい。



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