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2200億すぐ出せる埋蔵金



 東洋大教授の高橋氏と言えば【さらば財務省!】を書いて話題となった元財務省官僚。コイズミの懐刀というところに注意は要するが、埋蔵金発掘はお得意らしい。彼の提案する社会保障費を守るための埋蔵金利用法。一読の価値はありそうだ。

     ===================



厚労省は5兆円の埋蔵金を出せ



  2008/08/15 13:37
   キャリアブレイン


【第24回】高橋洋一さん(東洋大経済学部教授)



 政府は来年度の予算編成で、真に必要なニーズに財源を重点配分する「重要課題推進枠」を設ける一方、医療や年金など社会保障関係費の自然増については、従来通り2200億円の削減を決めた。社会保障費の削減に対しては、医療界からの反発が強いものの、財政再建型路線は今後も続くことが懸念される。これに対し、医師の不足や過重労働などで疲弊する医療現場から「せめてOECD(経済協力開発機構)加盟諸国並みの医療費を」と求める声は大きくなる一方だ。社会保障についてどう考え、年々増加する社会保障費をどう捻出(ねんしゅつ)すべきか。小泉政権時代に改革の懐刀として郵政民営化を成し遂げ、公務員制度改革の素案作成にもかかわった、元大蔵官僚で東洋大経済学部教授の高橋洋一さんに聞いた。(熊田梨恵)

【略歴】

東大理学部と経済学部を卒業後、1980年に旧大蔵省入省。理財局資金企画室長、プリンストン大客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官などを歴任。特別会計の資産負債差額である、約50兆円の“埋蔵金”を暴露。「小泉・竹中改革」の懐刀として、郵政民営化や道路公団民営化、公務員制度改革などを実現。今年4月から現職。

     ++++++++++++++++++

医療界では、毎年の社会保障費2200億円を削ることによって総額1.1兆円の削減を決めた、経済財政諮問会議を敵視する声がよく聞かれます。日本医師会も先月、削減反対の意見広告を新聞に出していました。先生は当時の経済財政諮問会議に裏方としてかかわっておられましたね。



 社会保障費2200億円削減は、「骨太の方針2006」で決まりました。「骨太の方針」は、「2005」までは会議本体で作っていましたが、「2006」は実質的に自民党で作られたから、諮問会議はあまり中身にかかわってないのですよ。「2006」を作成する時に経済担当大臣が竹中平蔵さんから与謝野馨さんに代わったのですが、与謝野さんが主導すると財政再建型になり、財務省ががちがちになると思ったので、当時の小泉純一郎首相の裁定で自民党政調会長の中川秀直さんが主導することになったのです。



 では、2200億円がその当時どう考えられたか説明しますね。財政については、国と地方を合わせて ▽社会保障 ▽公共事業 ▽人件費系 ▽その他 ーの大きく4つに分けて考えていきます。それぞれの自然体の伸び率で放っておくとどうなるかを計算し、どう削れるかを見ます。



社会保障は重視されている■社会保障は重視されている

 「2006」の考え方はこれ=表=に集約されます。06年度は国と地方で合わせて107.3兆円の歳出が見込まれ、11年度にはそこから自然増で約20兆円膨らんで、128.2兆円と試算されました。この中で最も伸び率が大きく、額が多いのが社会保障費です。例えば、公共投資などは自然増で約3兆円増(18.8兆→21.7兆)ですが5.6兆円の削減、人件費も5兆円増(30.1兆→35.0兆)で2.6兆円の削減です。これに比べて社会保障費は、20兆円増と圧倒的に伸びていますが、削減額は1.6兆円と一番低い。削減額を自然増に対する割合で見ると、社会保障18%、公共投資193%、人件費53%、その他104%。つまり社会保障は一番重視されているというのが事実です。



 その削減額1.6兆円を分解すると、国が1.1兆円で地方が5000億円。1.1兆円を5年間かけてやるから、2200億円になったということです。どこをどう削減するかは、当時は厚生労働省にお任せで、わたしたちは「無駄を省いて、機械化や合理化などでできます」と担当者から聞いていて、どこを削るとかは知りませんでした。各省庁が、科学技術振興費やODA(政府開発援助)などいろいろな予算を抑えている中、削減割合だけ考えると、厚労省が一番低かったのです。医療関係者から見たら、自分のところが減らされているように見えるかもしれませんが、全体として見れば社会保障費はずいぶん伸び、削減額も少ない。そしてあくまでシーリングで、増収分の中で削るということなのです。これが見方のすべてです。



この2200億削減をめぐって診療報酬が削られたりと、現場にしわ寄せがきているため、どう工面するかで毎年苦労しています。



 全くもって単純な話です。約5兆円の“埋蔵金”が厚労省の中にあるのですから、それを使えばいいのです。厚労省の一番大きい埋蔵金は、雇用保険特別会計です。今まで余ったストックが5兆円くらい、フローベースで来年度余る繰越金の8000億円があります。これを2200億円に充てればよいだけの話で、それでも余っていますよね。一般会計を削ったということにして、特別会計の余り金を充てる。このやり方なら、シーリング目標である財政再建にも反しないでしょう。おまけに財務省が見逃していて気付かなかったものですが、一般会計から雇用保険に2000億円の繰り入れまでしていたのです。さすがに最近は気付いて渋るようになりましたが、これを社会保障費に回すことだってできますよ。



「厚生」「労働」壁をなくせ

 では、余った雇用保険特別会計で何をしていると思いますか。「私のしごと館」などを造っているわけです。あんな役に立たない箱物を造るぐらいなら、何とかしてほしいと叫ばれている2200億円に充てればいいでしょう。厚労相の一声でできますよ。

 「厚生労働省」とはいえ、実際の中身は合併前のセクショナリズムが働いているので、「なぜ『労働』の財源を『厚生』に回さなければいけないのか」という声が労働側から上がっていて、できないのでしょう。でもそんなことは外部からしたら関係ない話だから、あえて言います。「厚生労働省」という一つの組織の中でなぜできないのか。全くおかしな話です。



 もっとも、注意しなければならないのは、2%台を予想されていた名目経済成長率が07年度で0.6%、08年度では0.3%ぐらいまで下がっていて、そのせいで税収が落ちています。「骨太の方針2006」で5年間シーリングが決まっていますが、このままでは達成できないので、本来は「2008」の内容は変えなければなりません。その意味では変な状況が続いているということです。税収が落ちている時に2200億円を削るか削らないかという議論があってしかるべきですが、2200億円よりさらに削減額が増えたとしても、ストックが5兆円あるでしょ(笑)。それに回せばいいだけなのに、2200億円でどうこう議論しているなんてばかばかしい話です。



そのストックとフローを使ってしまっても、運営は大丈夫でしょうか。また、埋蔵金は増えているのでしょうか。



 増えていますよ。また、雇用保険特別会計の中からどれだけ使えるかについては雇用保険の運営にかかわる話ですが、わたしから見るとかなり使えます。少なくとも2200億円をあと3年出すのは、何てことないですね。そもそも雇用保険には保険数理の専門家がいないから、適当にやっているのが問題なのです。省内でお金を動かすことには財務省は何も言わないし、他の省庁も厚労省がどう動くかを黙って見ています。



「諮問会議の責任」は厚労省の方便?

 「骨太の方針2006」の前に、諮問会議と厚労省との間で多少議論があったのは事実ですが、何も決まらなかった。そこで、「2006」で自民党主導により削減が決まって、諮問会議は受け入れた。と同時に、諮問会議では“埋蔵金”を指摘した。つまり、“埋蔵金”で削減に対処すればいいということです。それにもかかわらず、医療費削減は諮問会議の責任というのは、厚労省がセクショナリズムで“埋蔵金”を回せないことをカムフラージュするための方便と邪推したくなりますよ。



   ====注:ここから下は、テーマが別です。====

 (読めば分かりますが、彼は医療制度を語るべき人物ではなさそうです。)



医療界では、医師の不足や過重労働など、疲弊する現場を改善するためにも医療費増を声高に求めています。しかし、一方では地方の公立病院の中に高額な医療機器があったり、DPCの不正請求が相当あるといわれたりするなど、医療費の偏在もあります。このままでは国民の理解を得るのは難しいと思いますが、国民にとって見えにくい医療費の流れを見えやすくし、理解を得るにはどういう方法があるのでしょうか。



 一つのアイデアですが、診療報酬で医療者側に回す分を減らし、患者側に回すようにすればいいのです。本来、お金は供給側でなく最終消費者に渡すほうが市場メカニズムが働き、見えやすくなるものです。例えば、文部科学省は大学に補助金を与えるので、大学側は文科省に顔を向けているでしょう。同じお金があるなら、奨学金として大学生にまいて、学生が授業料の形で納める方がいいですよ。行政にとっては、提供側に供給する方が業界とつるめるし、制度設計が簡単。一般の人に回す仕組みは面倒くさいですからね。でも、どこに目が向くかということを考えれば、供給側に与えるのはよくない。最終消費者に回すようにする方がまともな仕組みになりやすいのです。



医療費の場合だと、どんな制度設計が考えられるでしょうか。



 保険で占める部分が多いと分かりにくくなります。だから、診療報酬という形で、診療報酬基金を通して医療機関に渡すのでなく、患者に自己負担させて、一方で患者に税額控除などで補助金を渡すようにするのがいいと思います。要は立て替え払いということなので、結果は一緒です。費用が掛かったその時に払う方が、患者にとっても分かりやすいでしょう。自己負担を5割ぐらいにしたり、診療券などクーポンを患者にあげたりする方式も考えられます。生活保護者など税金がない人には、生活保護費の中の医療扶助を多くするなどの方法が考えられますね。もっといえば、欧米で導入されつつある生活保護と所得税をシームレスの制度にする「負の所得税」にすれば、税金を払っていない人に対しても、実質的に「税額控除」が適用できます。



患者自身が考える

 今までは個人負担を少なくする仕組みで考えられてきていますが、仕組みが見えにくい。個人が払う形の方が、チェックが効きやすいのです。患者と医療者の情報の非対称性といった議論もあり、患者が医療の内容が分からなくて言われるままにつぎ込んでしまうのは問題だから、供給側に対する規制も必要です。でも、そういったことを差し引いても、患者がイニシアチブを持っているほうがまだいい。過重に「お金を払え」と言われたら、ちょっと考えるでしょう。「こんなに薬が必要なのかな」とかね。立て替えとはいっても当面負担するんだから、その抵抗感をうまく活用するということです。つまり、確定申告して、お金の動きを自分の目で見た方がいいですよ、ということです。

 また、意識の問題もあります。お医者さんから見たら、患者でなく支払基金からもらっているように感じてしまう。患者も自己負担が少ないから払っている気がしない。その意識の差が両者のバランスを崩すこともあるでしょう。



先生は道州制も提案されていますね。



 道州制の中での社会保障は、年金など保険を使うことは国レベル、医療のインフラ整備は道州などの広域単位、サービスが具体的になり現物給付に近づくほど、市町村などのレベルでやっていくのがよいです。ただ、道州制の議論は、中央省庁が自分たちの権限をどこまで捨てられるかということになります。厚労省は旧内務省の系譜なので、厚生行政は都道府県に行ってもいいのですが、中央省庁の官僚は権力が地方に行くのをいやがりますからね。



話は変わりますが、厚労省は先ごろ、ついに医師不足を認めました。これには、厚労省が作っていた医師の需給に関するデータが間違っていたという指摘もあります。



 よくある話で、需要予測なんてそもそも当たらないものですよ(笑)。一般的に考えると、増やすべきか減らすべきかの判断がつかないときは、余分にしておくものです。だって、過小に見積もって間違ったら悲惨でしょう。医師が余れば、海外にも仕事はあるし、製薬会社なども医師の働き手を必要としています。医師数を絞る必要はありません。だから医師の国家資格についても、免許制ではなくて登録制でもいいと思いますけどね。「私のしごと館」を造らず、米国のようなメディカルスクールを地域に造ったらどうでしょうかね(笑)。



今の日本は「議院内閣制」ではなく、「官僚内閣制」だとも指摘されています。金科玉条のごとく前例を踏襲し、縦割りに動く省庁の体質は何とかならないものでしょうか。先生は6月に成立した「国家公務員制度改革基本法」の原案作成に携わられました。



 法が成立したことは高く評価しますが、ただ「一括採用」(職員を省庁ごとではなくまとめて採用すること)がなくなったのは残念でした。一括採用されると今の公務員制度が完全に崩れるから、民主党が官僚の守旧派の意向をのんだ形になったのでしょうね。

 それでも、遅くとも3年後には天下りができなくなるから、官僚たちは省庁に忠誠を尽くさなくなり、国家のことを考えるようになるでしょう。人事にかかわる幹部職員も内閣人事局の職員になり、各省庁とは別組織になりますしね。天下りさえなくなれば、省庁の縦割りは簡単になくせます。もちろん官僚の抵抗がすごいから、先の内閣改造人事で戻そうと思っているかもしれませんけど。



 「国民年金基金」なんて知っていますか? あんなものは国がやる必要は全くなくて、民間保険のスキームを使えば簡単かつ合理的につくれますよ。国にやらせると、天下り先をつくってしまうのです。今だって社会保険庁の受け皿をつくるために必死でしょう。懲戒免職になった人まで雇ってあげるシステムをつくろうとしているのだから、とんでもない話ですよ。



●2200億円の議論が、意味のないものに思えてきますね。



 こっちにお金がたくさん余ってるのに、あっちで「足りない足りない」と騒ぐのは尋常じゃないですよ。お金は天下の回り物、ということです。



     ===============

 大野病院事件に無罪判決が出た今、もちろん控訴断念を目指す事が重要ではあるが,いっぽうで医療崩壊過程を何とか早く収拾するための施策が急がれる。



医療事故調査委員会は、ますます世界基準の重要性が話題になるだろう。

法整備の促進も並行しなければならない。

そして、医師不足は、いくら大学の定員を増やしても効果が出るのは遥か先の事。

今の人材をいかに有効に使うか、埋蔵金ならぬ埋蔵医師をいかに働かせるか、その環境を作るか、これまで全く有効な手を打てなかった政府の動きに注目したい。

そしてそして、
最も重要な社会保障費、国民医療費の確保。とりあえずこの2、3年は埋蔵金に注目せざるを得ないのかもしれない。その間に政権交代が起こり、これまでの政府、官僚が隠し続けてきた日本の財政の暗部に光を当ててくれる事を是非願いたい。









更新:



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大野病院事件:社説の比較



 判決の翌日の大手マスコミの社説を読み比べました。いずれも大きな差はなく、判決はほぼ妥当という論調でした。しかし、よく読んでみると、まだまだマスコミに反省がないことがよくわかります。だいいち、K医師が逮捕されたとき、犯罪者扱いした反省がカケラもありません。マスコミがみずから医療崩壊を促進したという事実には完全に目をつむっています。それどころか、「まだ医療川が患者側の不信を払拭し信頼されるためには努力が必要」という方向の記載が目立ちます。滅多にない悪質な事例をさも日常茶飯事のごとく書き立てる、まるで医師性悪説です。医師は事実を隠すものとでも言うような書き方もあります。最前線で必死に人命救助をする医師たちへの侮辱とも思えます。さらに、患者の不信を払拭するために「事故調」が必要、という解説もあります。医療安全対策の世界基準は、まだまだマスコミには浸透していない事を痛感します。正義感ぶった社説は、益々医療を混乱に陥れるのではないか、そんな恐ろしささえ感じます。大野病院事件の無罪判決は、始まりに過ぎない、これからが大切なのだと改めて知らされました。



社説:帝王切開判決 公正中立な医療審査の確立を

   
毎日新聞 2008年8月21日 0時21分

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡した事故で、福島地裁が業務上過失致死罪と医師法違反に問われた執刀医を無罪とした。医師の裁量を幅広くとらえ、「過失はなかった」とする判断である。

 「癒着胎盤」という極めてまれな疾患に見舞われたケースだが、判決は手術中の大量出血のおそれを予見したり、手術方法の変更によって「結果回避の可能性があった」と認定した。
刑事責任は認められないが、最善の医療ではなかった、とも読み取れる内容だ

 事故は産婦人科の医師不足が深刻化する中で起きたため、医師が萎縮(いしゅく)すると懸念する声が医療界に広がり、福島県警の捜査で産婦人科離れが加速した、と指摘された。日本産科婦人科学会などは「通常の医療行為で刑事責任を問われたのでは医療は成り立たない」と執刀医の逮捕、起訴を批判した。

 しかし、こうした考え方が市民にすんなり受け入れられるだろうか。
医師の資質を疑いたくなるような医療事故が繰り返されており、医療従事者の隠ぺい体質や仲間意識の強さ、学閥を背景にしたかばい合いの常態化などを考慮すれば、慎重な調査、検証は欠かせない。県警が異例の強制捜査に踏み切ったのも、社会に渦巻く医療への不信を意識したればこそだろう。

こともあろうに、あの恥知らずの毎日は、いまだに医師を犯罪者扱いしているのだ! みずからの無知を恥じる事なく、事実誤認記事への反省のかけらもなく、医師への侮辱をくり返すのだ。

 もちろん、警察権力は医療にいたずらに介入すべきではない。刑事責任を追及する対象は、明らかな犯罪行為や常識からかけ離れた医療行為などに限定すべきだ。経験や技量の不足に起因するものは、民事上の損害賠償で償ったり、行政罰に処するのが先決だろう。結果として患者を死に至らしめたとしても、懸命に救命を図った医師に手錠をはめることが社会正義にかなうとも考えにくい。

 多発する医療過誤訴訟に対応するためにも、公正中立な立場で、医療行為の適否を判断するシステムが求められる。日本産科婦人科学会も提言しているように、第三者による専門機関の設置が必要だ。厚生労働省も医療安全調査委員会の新設を目指しているが、先進諸国には法医学者が役割を担っている例もある。医師が主導することが望ましい。医療現場に司直を踏み込ませたくないのなら、なおさら設置を急ぐべきだ。

 カルテやレセプト(診療報酬明細書)の開示の徹底など開かれた医療の実現が前提条件となることは言うまでもない。判決は、医師に警察署への届け出を義務づけている「異状死」に、患者が診療を受けている疾病で死亡した場合は該当しない、との判断を示したが、事故死については第三者の判断を仰ぐべきだ。医師は事故を隠さず、患者側には納得のいく説明を尽くす。それが医療の信頼回復にもつながるはずだ。

順番が違うのだよ、毎日よ。医師が不当逮捕される事がないという仕組みを作らずに、すべてを明らかにする事はできない。なにせ、勝手な思い込みで犯罪だと書き立てるマスコミがあるんだからね。そして、マスコミにつられて十分な捜査もせずに手錠をかける警察もいるからね。



産科医無罪 医療安全調査委の実現を急げ

    
821日付・読売社説)

 医療事故の原因究明や責任追及は、どのような形で行われるべきか。それにひとつの答えを出した判決とも言えよう。

 福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、執刀した産婦人科医が逮捕・起訴された事件で、福島地裁は被告の医師を無罪とした。

 女性は、子宮に癒着した胎盤をはがす処置で大量出血し、亡くなった。検察と警察は、胎盤をはがさずに子宮ごと摘出するのが「医学的準則」だった、として業務上過失致死罪などに問うた。

 しかし判決は、「医学的準則」とは同じ場面に直面した医師のほとんどが選択するものでなければならず、今回のケースはその証明がない、とした。医学的見解が分かれる中で刑事責任を追及した捜査当局への批判が読み取れる。

 事件が医療界に与えた衝撃は極めて大きかった。医師が逮捕された後に、全国で多数の病院が出産の取り扱いを中止した。医学生は産科のみならず、外科など命にかかわる手術を行う分野を避けるようになった。

 そもそも、医師を逮捕までする必要があったのだろうか。疑問を禁じ得ない。

 まだ1審であり、医師の無罪が確定したわけではない。だが、医療事故に関して、警察がいきなり捜査に入る現状は危うい。

 刑事責任を問うべきほどの事案かどうかは、まず中立的な専門機関で判断した方がいい。厚生労働省が検討中の「医療安全調査委員会」の創設を急ぐべきだ。

 厚労省の構想では、医療安全調査委は中央と地方ブロックごとに設ける。メンバーは医師だけでなく、法律家や他分野の有識者も加え、中立性を図る。

有識者って誰だ? まさかおたくの論説委員じゃあるまいな??? その前に新聞の、マスコミの中立性とは何だ? 真実より遺族感情に配慮して誠意ある医師を叩く事が中立であってはならない。

 予期せぬ形で患者が死亡した場合などに、医療機関から調査委への届け出を義務づけ、遺族からの調査依頼も受け付ける。調査委は個人情報に配慮しつつ報告書を公表し、再発防止策を提言する。

 故意や重大な過失、カルテの改竄(かいざん)といった悪質な事例のみ、警察に「通知」する。警察は調査委の判断を尊重し、通知の有無を踏まえて対応する。

 調査委構想は法案化目前まで煮詰まってきた。ところが医療界の中に、警察に通知する仕組みがある限り反対するとの声が強く、足踏みしている。

 悪質な事例を通知するのは当然だろう。犯罪の可能性があるのに通知しないのならば、調査委ができたとしても、警察が直接捜査に乗り出す状況は変わるまい。

事故調を作る前に法的整備が必要な事くらい、バカでも分かる話だが...





【主張】産科医無罪判決 医療を萎縮させぬ捜査を

    2008.8.21 02:48 MSN産経ニュース

 産婦人科医が逮捕された大野病院事件で、福島地裁は「医師の判断と処置に過失はない」と無罪判決を言い渡した。医療のリスクに理解を示した判決である。

 事件は医療のさまざまな問題を投げかけた。捜査当局や厚生労働省、医療関係者は問題解決の努力を怠ってはならない。

マスコミの努力はどこへ行った???

 手術中に死亡した妊婦は、胎盤が子宮口をふさぐ前置胎盤のうえに胎盤がはがれない癒着胎盤だった。珍しい症例で治療も難しかった。医師は帝王切開で子供を取り出した後、癒着した胎盤をはがしたが、大量出血を起こした。福島県警は医療過誤を認める県の調査報告を手掛かりに業務上過失致死と医師法(異状死の届け出義務)違反容疑で医師を逮捕した。

 しかし、判決は検察側の立証を認めず、剥離(はくり)を続けた医師の行為を「標準的」と判断した。

 大野病院事件はカルテの改竄(かいざん)や技量もないのに高度な医療を施した医療過誤事件とは違った。それでも警察の捜査は医師の裁量にまで踏み込んで過失責任の罪を問うた。当然、医療界は「最善を尽くして逮捕されるならもう手術はできない」と反発し、産科医離れに拍車をかけた。

 医療を萎縮(いしゅく)させないために、捜査当局は幅広く専門家の意見を聞くなどもっと慎重に対応すべきだった。逮捕せずに書類送検で在宅起訴して刑事立件する捜査手法もあったはずだ。ただ、今後、医療過誤に対する捜査も萎縮するような事態は避けたい。

 手術には医師の予測を超える事態も起こり、大なり小なり危険は付きものである。だからといって救命の手は緩めてはならない。(
当たり前の事を言うな。だれが救命の手を緩めるというのか? ついでに言うと、高齢者医療に金をかけるな、終末期医療に金をかけるな、というのは、手を緩めろということではないのか? それこそ現実に起こっている事だと言うのに....)医療は患者のためにある(当たり前のことを言うな!)。治療の前に患者側にインフォームドコンセント(説明と同意)を十分行い、難しい局面を経験と知識で乗り切って患者の命を救おうと努めるのが医師の使命だろう(医師不足で地方では一人医長で人命を救ってきた歴史,現実に目を向けよ。説明と同意にかける時間と余裕がない現場はどうせよというのか? 人手が足りない現場ではどうせよというのか? 理想論で正義ぶるのは何の解決にもならない事を自覚せよ。)。

 判決は「警察への届け出義務はなかった」とも判断した。医師法は病死と断定できず、異状があると認められたときは警察に届け出るよう医師に義務付けている。だが、異状死に明確な定義がない。これも
法律整備が求められる。

 今回の判決は創設が検討されている「医療安全調査委員会」制度にも大きな影響を与えるだろうが、この制度は
事故原因を究明し、真に再発防止を目指す組織でなければ意味がない(そのための人的資源、法的整備、予算がどれほど莫大なものになるか、知って書いているんだろうね?)。





産科医無罪医療再生のきっかけに

    8/20 Asahi.com

 医療界がかたずをのんで見守っていた裁判で、無罪判決が下った。

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した医師が業務上過失致死などの罪に問われた。福島地裁の結論は、手術はほとんどの医師が行っている標準的なもので、過失はない、というものだ。

 赤ちゃんは手術で無事生まれた。しかし、普通は産後に自然にはがれる胎盤が子宮に癒着していた。このため、医師は手術用ハサミ(
おいおい!)を使って胎盤を切り離したところ、大量の出血が始まった。その後、医師は子宮そのものを摘出したが、母親は失血死した。

 検察側は「癒着した胎盤を無理にはがさずに、子宮を取り出すべきだった」と医師の過失を主張した。しかし、判決は、胎盤をはがすことは普通の医療であって中止すべき義務はなかった、として退けた(
患者が子宮を温存してほしいと願っていた事は知ってるよね?)。

 判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。控訴をすべきではない。今回の件では、捜査するにしても、医師を逮捕、起訴したことに無理があったのではないか。

 慣れない手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんする。そうした悪質な行為については、これまで通り刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきだろう。

 今回の立件は、医師の間から「ある確率で起きる不可避な事態にまで刑事責任が問われるなら、医療は成り立たない」と反発を招き、全国的な産科医不足に拍車をかける結果にもなった。産科の診療をやめた病院も多い。

 無罪判決に、全国の医師らはほっとしたに違いない。だが、捜査当局が立件しようとした背景に、
医師に対する患者や家族の不信感があることを忘れてもらっては困る。この判決を機に、医療の再生を図れるかどうかは、医療機関や医師たちの肩にかかっている(いやいや、マスコミに対する不信感も相当なもの。そして、マスコミの反省の度合いにもかかっている事を忘れてもらっちゃあ困る)。

 まず、診療中に予期せぬ結果が生じたときに、原因を突き止め、患者や家族に誠実に説明することが大切だ。そのうえで、再発防止策を取らなければならない(
医師不足、重労働の中で、これでも精一杯やっているのだが...)。

 医療にはさまざまな危険が伴う。だからこそ、何が起きたかを明らかにするのは、プロとしての医師の責任であることを肝に銘じてほしい(
せめて全例病理解剖するくらいの制度になればもっと明らかにできるのだが...。病理医も全く足らないのに....)。

 当事者の調査や説明だけでは患者や家族が納得しないこともある。政府が準備を進めている第三者機関「医療安全調査委員会」をぜひ実現したい。

 調査の結果が警察の捜査に使われることへの反発が医療界にあるようだが、きわめて悪質な行為以外は捜査に使わないことを明確にしたうえで、発足を急ぐべきだ(
明確にならないから困っているのだ。)。それが患者側の不信感を取り除き、医師が安心して仕事をできる環境づくりにつながる。



社説2 産科事故判決が教えるもの

    NIKKEI NET(8/21)

 産婦人科医師が減るきっかけになったともいわれる福島県立大野病院での患者死亡事件で、福島地裁は担当の医師を無罪とした。医師に過失はなかったとの判断だが、患者への説明など医師側の対応に問題がないとは言えない(だが、本件では患者側が告訴したのではない。マスコミがいい加減な記事を書き、それに警察が飛びついたのだよ。)。再発防止につながる真相究明こそが求められている(本件では真相はほぼ究明されており、医学的にやむをえなかったということ。)。



 2004年に同病院で帝王切開手術を受けた女性が大量出血で死亡した。子宮に癒着した胎盤を切り離す際に手術方法や判断にミスがあったとして、医師は逮捕、起訴された。



 最大の争点だった術法の適否を巡り判決は「医療行為の結果を正確に予測することは困難」とし、治療法選択で医師に広い裁量を認め、判断ミスを否定した。産科学会などの「現場では何が起こるかわからないことが多い。結果だけで刑事責任を追及されると、医療現場に混乱をもたらす」との主張をいれた格好だ。



 医療事故は後を絶たない(
後を絶たないのは事実誤認のマスコミ報道ではないか!)。そこで問題になるのは、患者や家族に十分な説明をし、同意を得たかという点だ。この事件でも家族は病院側の説明に強い不満を抱いている。大出血など緊急の場合には他の医師などの応援を求めるべきだが、これについても不十分だったと言わざるを得ない。日本医師会の調査でも、「医療者の対応によって訴訟が減るか」との問いに患者の86%がイエスと答えている。説明と同意、緊急時の対応などを、病院側はシステムとして確立しておかなければならない(何度も言うが、本件では患者側が告訴したのではない。マスコミが憶測で書いた記事に警察が乗ったという図式なのだ)。



 大野病院事件をきっかけに国は、事故が起きた際にいきなり警察ではなく専門家による第三者委員会で調査する制度の創設議論を急いだ。医療安全調査委員会(仮称、医療事故調)設置の大綱案を厚生労働省が6月に公表したが、事故調がどのような場合に警察に通告するかの基準を巡り意見が対立している。事故原因の究明、再発防止、さらには萎縮医療を避けるためにも事故調は必要であり、議論を進める必要がある。



 裁判の結果がどうであれ、地域の産科医の減少で住民が安心して出産できない不幸な事態は続いている。国は各都道府県が周産期の医療計画を作成するよう求めているが、地域にまかせるだけではなく、産科医の確保、医療機関の連携など具体策を早急に実現しなければならない(
国に対してはもっともっと書いてくれよ! 国のせいで医療がおかしくなってきたのだから...。それと、安易に連携などと書いてくれるな。必死に連携しようとしているのに厚労省がおかしな制度改革をやるから現場が混乱するばかりなのだ。)。



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マスコミ各社を代表する論説委員のおことばではあるが、残念ながら、現実無視の理想論?も多い。それができりゃあ苦労しないよ!的なご意見ばかりである。判決が妥当だと書いて頂いたのは進歩だが、今の医療の状況は、そんな甘いものではない。本当に真剣に人的資源と予算を増やし、現在休職やパートだけの医師をもっと現場に引き寄せられる策を講じなければ、理想どころか,もっともっと事態は悪くなるのだ。悪徳医師への批判ならどんどん書いてくれたらいい。しかし、精一杯働いている医師にムチ打つような無理難題を並べて正義の味方のフリをすることだけは、今すぐやめて頂きたい。





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