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開業後初めての死亡診断書

 先日、夜診を終えて自宅へもどってほどなく、私の知人から電話があった。
「おう、先生か、..あのなぁ..すまんけど、今から○○病院まで来てくれへんか?」
 「え?、今から?....いったいどうしたんや?」
「いや、実はな、ついさっき、オフクロが死んだんや...。」
 「ええっ? ホンマか? さっき?...って、ボクが往診したのは3日前。わりと元気になった、て思てたんやが....? で..どうしたらええんや?」

 知人のオフクロさんは、パーキンソンで寝たきりとなり、ついに今年、寝たきりとなり、徐々に食事が入らなくなり、別の病院で胃瘻をつくってもらって2週間ほど前に退院してきたばかりだった。経口摂取も併用したいという家族の希望があったためか、その病院では栄養量と水分量が少なく設定してあった。私が退院の3日後に訪問したときは、明らかに脱水状態であり、意識もなく、危険な状態だった。
 家族に栄養と水分を徐々に増やすよう指導し、若干の治療を行った。そして、脱水のため粘稠になった喀痰でいつ窒息するからわからない状態でもあったので、家族に喀痰をしっかりとるようにと話していた。
 それから10日ほどして、オフクロさんは開眼するようになり、刺激に反応するようになり、少し元気が戻った様子だった。知人の奥さんも、看病はしんどいけど、自分ががんばって面倒を見る、と強い決意を持ち、献身的に在宅介護を実践していた。
  だから、その数日後にこんなことになるとは、ちょっと想定外であり、ショックであった(むろん、寝たきり患者にこのようなリスクは常につきまとっているのだけれど,,,)

「すまんけど、死亡診断書を書いてくれへんか?」
 「え?、病院で書いてくれんのか?...あ、病院に着いた時には心肺停止やったのか...?」
「どうもそうみたいや。オレらにはようわからんけどな..。で、病院から検死が必要やて言われたんやけどな。警察も事件性がないし、もし、在宅の主治医が診断書書いてくれるんやったらそれでエエ、っちゅう話になったんや。」

 つまり...自宅で、急変し、救急車を呼んだ。車内で蘇生術が行われた、つまりおそらく心肺停止に陥った。救急隊から警察に連絡が入った。救急病院には、救急車が到着する頃に警察も到着。ここで、救急病院で一旦蘇生されてその後に死亡したとなると、一般的には病院死と扱われて、警察による検死という作業はいらない。いっぽう、病院へ着く前に死亡していたとなると、不審死と扱われて(その死に事件性が疑われる場合もあるから)検死が必要となる。
 ただし、検死となると、警察の嘱託医を呼ばねばならない。しばしば嘱託医は開業している高齢のお医者さん。呼ばれた時にはお酒を引っかけていたりして、遠くから呼ばなきゃならないこともある、警察としては、どうみても事件性がなさそうな場合は無駄な作業になるからあまり積極的にやりたくはない。なにせ、遺体を根掘り葉掘り調べて写真を撮りまくったりするからね。2時間ほどかかるのだ。
(あくまで私見、というか、過去の例の印象だが...比較的若い年齢の女性だと、警察は引き下がらないような気が....?)
 以前書いたことがあるが、昔あるとき、高齢の嘱託医は、腰椎穿刺で髄液を調べることに慣れていなかったようで...長時間、さんざん針を腰椎へ刺しまくり、針がひんまがるほど刺して(多分、ホネを?  だって、ホントにひんまがってたもの...)、遺体の背中側をみると、ベッドのシーツは、まるで殺害現場のように、血だらけになっていた。
 その年老いた嘱託医は....、「死んだらやっぱり硬くなる...」と、ひとことつぶやいた...。聞いた私はひっくりかえりそうになった...。
 あ、いやなこと思い出しちゃった....。

 それで、私は慌てて○○病院へ駆け付けた。一生懸命介護を続けていた知人の奥さんは、頑張っていただけに相当ショックを受けていたようだった。
 「奥さん、ほんとによく頑張っていたね。でも、この病気はえん下障害が出てくるから...。あまり気を落とさないで。病院でも痰が詰まったりして急変することは、残念ながらよくあるんだよ。」
 あまりなぐさめにはならないだろうと思いつつ、奥さんをねぎらい、知人と、救急室へ。でも、他の救急搬入患者の蘇生をやっているようで、殺気立った雰囲気。
「すみません、もう少し、外でお待ち下さい。」
と言われてしまった。

 警察官が3名ほど救急室の前に来ていた。そのうち上官らしき人がこちらに来て
「DrTakechan先生ですか?」
 「はい、そうですが。」
「私、△△署の□□です。先生は、あの××交番のお向かいですね。お世話様です。」  「あ、はい、そうですが...。」
「私もあの交番によく行っております。ご苦労様です。」
 ・・・・・・・・・・・
 と、しばし、雑談のような....
 で、彼は、死亡診断書のことを話し出した。

「これまで先生がずっと診ておられたということですので、病院からは検死の依頼が出ておりますが、どうしましょうか? もし、先生の方で死亡診断書を書いていただけるのでしたら、我々の方はどうしても検死ということではありません。まず事件性もないと思われますので。」
 「はい、そうですね。私も事件性はありえないと思いますので...、では、私の方で死亡診断書を書くということでよろしいでしょうか。」
「ええ、ぜひお願いいたします。」

 かくして、開業後、はじめての死亡診断書を書くこととなった。これまで、長い病院勤務の間、おそらく2〜300通は書いたと思うが、開業してからは遠ざかっていた。
 こんなこともあるんだな、と改めて、医者という職業を実感した次第。

 残念なことに、病院にはその病院の名前の印刷された死亡診断書しかなかったので、市役所まで死亡診断書をもらいに行き、クリニックに戻って書類を書き、知人宅まで届けて....、寒さが身にしみて時計を見ると、もう10時半を過ぎていた..。

 開業医ならではの経験をまたひとつ、積み重ねたんだな...。

 自宅へ戻り、ふと、大変なことに気が付いた。
 「あ!、オフクロさんの顔見ないで帰っちゃった....。」....切腹!

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