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穴場・花街・ビアホール
皆さん、京都の花街をご存知ですか?
祇園甲部(ぎおんこうぶ) 祇園東(ぎおんひがし) 宮川町(みやがわちょう) 先斗町(ぽんとちょう) 島原(しまばら) 上七軒(かみしちけん)・・・さて、いくつご存知かな?
では、本日は、これらの中で、穴場といえるスポットをご紹介しましょう。といっても、私はほとんど縁のない世界...実は、花街育ちの友人が誘ってくれたので、ある穴場へ初めて出掛けたのですが..
それは、上七軒...京都最古の花街です。
ここには北野会館と称する中心的な施設があり、中には歌舞練場があります。そして、歌舞練場のすぐ横にはしゃれた中庭があります。
実は、この中庭は、7月1日から8月31日までビヤホールが開設されています。これが今回めざした穴場です。
私と友人と、ウチのスタッフ4人(看護師2人と事務2名)の計6名は、歌舞練場のすぐ横の廊下に置かれた席に案内されました。友人が予約してくれた席です。早速中ジョッキと2品が運ばれてきました(基本セット1900円也!)。2品とは、枝豆と冷や奴(中にからしの入った上等なやつ)でした。
さて、友人を簡単に紹介しましょう。高校の同級生なんですが、彼は、上七軒と関わりの深い家に生まれました。大学を出て、東京の一流企業に就職し、何年も海外出張を経験し、それなりに出世していたのですが、あるとき取引企業の上司に見込まれてトラバーユ、そして、その後も数回の転職を経験し、いつの間にか、京都に戻ってきていました。今は、その新天地の海外事業部でまた事業欲に燃えています。なかなかのつわもの、なかなかの企業戦士です。
30年の東京暮らし、一流企業で磨かれた人柄は、ウチのスタッフの心をしっかりと捉えました。「先生のお友達はほんとにいろんな人がいるんですね...」スタッフが感心して発した言葉....その目は...『なんでこんなぼ〜とした先生に、こんなにステキなお友達がいるの...』
ええ、確かにそう言ってました。明らかに上から目線で、鼻でふ〜〜ん、って感じでしたから.....(しくしく...)
あ、そうそう、話を戻しましょう。美味しいビールで乾杯!(飲めない私も1杯なら何とか...)
すると、とってもかわいい浴衣姿のおね〜ちゃんがこちらへ。
そう!、そうなんです。舞妓はんどすえ!
ここは、交代制で毎日、上七軒の舞妓、芸妓(絶対、芸者と呼んではならんそうです)連が午後5時から閉店の午後10時まで来てくれているんどすえ!(浴衣姿がこれまたええんどす)
さすが、この地で育った友人!、「おお!、来てんのか。おねえはんは今日は来てへんのか? ちょっと疲れてんのちゃうか?」まるでオトモダチ!、ど〜やら舞妓、芸妓はんたちはほとんどお知り合いらしい....(すげぇ...)
さて、ウチのすたっふ達(推定年齢30〜50歳)はというと...
「かわいい〜〜!」を連発。なにせ18歳。適度なお色気、しっかりした話し振り...15歳でこの世界へ入り、お仕込みの2年ほどを女将さんの元で過ごす。その間、三味線、太鼓、長唄、どどいつなど、10科目ほどの習い事、毎日が教育、毎日が訓練...。
そして舞妓さんになると、自分の髪を結うことになるが、一度結うと1週間はくずさないように寝ないといけない。昔ながらの高まくらを首に当てて、横を向いて寝ないといけない。これは相当に大変そう。そして、休日は、年に2日!...奴隷医真っ青!...
どんな質問にも、にこやかな表情を崩さず、「そんなことあらしまへん。もう慣れました。はははははは.....」
その笑い方がまたすばらしい!、
おばさんの、はっはっはより、「は」が5倍ほど多いまるで小鳥のさえずりだ!...スタッフみんな...舞妓さんが笑う度に、「かわいい〜〜!」を繰り返し、ほとんど両目がハートマーク...
「なんてかわいいの!、なんてしっかりしてんの!、...あ!、うちの子と同い年やのにィ...この差は何!???、ど〜してこんなにスゴイノォ〜〜!???」もう、おばさんたちは絶賛の嵐...
そして、私も同様に、いたく感動した次第...。ここは、お座敷ではない..。ちょっとおしゃれなビヤホール...でも、そこに、こんな可愛くて、芯が通って、頑張っていて、屈託がない...こんなすてきな女性が来てくれて、ほんとに気楽に話してくれる...
ほんと、花街にはおよそ縁遠い生活の私でしたが...とても素敵な時間を過ごせたと思いました。そして、さらに交代で、二人の舞妓はんが来てくれて、全く敷居の高さを感じさせない話術で楽しませてくれました。むろん、この場を仕切り、話を盛り上げてくれる友人の存在もすごいと思いました。脱帽です!(こいつにこんな面があったんや、と感心することしきり)
ちなみに、追加のビールなどのお酒と、料理(鳥の唐揚げ、チーズ、海老餃子などいろいろ)は、いずれも900円、ソフトドリンクは450円どす。よっぽど腹が減ってたくさん食べたり、ガブガブ酒のんだりしない限り、一人3000円+αくらいで十二分に楽しめます。
友人の案内で、館内を歩いて回りました。歌舞練場の中もゆっくり見て回りました。舞台にはいろんなラベルの上七軒ビールがならんでいて、ラベルコンテストをしていました。花道もゆっくり見ました。そして、庭をぐるり。庭の中にも40人くらいのお客が楽しんでいました。ざっとみて、4、5人の舞妓、芸妓はんが席をまわってサービスをしていました。
最後に喫茶室に場所を移し、友人は、京都の文化がいかにすごいか、芯の通った女性の素晴らしさ、そして、なんとこの場がオトクか、など饒舌に力説していました。まあ、聞くまでもなく、ほんとに素敵な場所だと思いました。スタッフの中には京都へ来て2年という娘(人妻ですが)もいて、全身で喜びを表していました。
そして、そこへやってきたのは、芸妓はん! きりっとして美しい! さわやかで、きさくで、、やさしくて、、、笑顔がステキ...
芸妓になるとカツラが使える,,毎日カツラをはずして自分の髪を洗える。
「今日は、私が班長どす。そやから、5時ちょっと過ぎて出勤どす。」
友人は、凛(りん)とした人と表現しました。花街の女性はみんな凛としている!
あちゃ〜..うちのスタッフ(女性ですよ)..みんなぼ〜〜と見とれてる...
この年になって、こんなことを言うのもシャクではありますが...やっぱり京都は奥深い...伝統は..いいですよ。
あなたも、上七軒の北野会館ビヤホール、いちどは来てみる価値がありますよ。周辺にも、いろいろ美味しいお店がありますし、探検は楽しいでしょうね...。もし、おさいふが心配なら....私の友人が、きっといい情報を教えてくれるでしょう。
この日は...オゴリはちと辛いけど,,,
「今夜は最高!」の気分でした..。
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ふろく:上七軒豆知識
上七軒の歴史
上七軒の歴史沿革は、古文献記録その他伝説等
に依て之を要約すると、文安元年(西一四四四
年)室町幕府武営の頃、北野社殿の一部焼失し
時の将軍、十代足利義植は所司代細川勝元に命
じて、社殿の造営をさせました。
その際、社殿御修築の残材を以て、東門前の松
原に七軒の茶店を建て、参詣諸人の休憩所とし
ましたので人呼んで七軒茶屋と稱したのがその
由来であります。
その後、天正十五年(西一五八七年)八月十日
太閤秀吉、北野松原に於て晴天十日間の大茶会
を催し「茶の湯熱心の者は、若党町人百姓以下
によらず来座を許す」との布令を発したため洛
中は勿論、洛外の遠近より集まり来る者限りな
く、北野付近は時ならず非常の賑わいを呈しま
した。その際、この七軒茶屋を、豊公の休憩所
に充て、名物の御手洗団子を豊公に献じたとこ
ろ、いたく賞味に預りその褒美として七軒茶屋
に、御手洗団子を商うことの特権と、山城一円
の法会茶屋株を公許したのが、我国に於けるお
茶屋の初まり、であると伝えられています。
現今上七軒花街が、五つ団子の紋章を用いるの
は実にこの名物御手洗団子に由来するのであり
ます。
━歌舞会記━
上七軒(かみしちけん)は京都最古の花街で京都市上京区真盛町から社家長屋町に位置する。 室町時代に北野天満宮の再建の際に残った機材を使って7軒の茶店を建てた。これが「上七軒」の由来で、桃山時代に豊臣秀吉が北野で大茶会を開いた折に茶店側は団子を献上したところ大いに誉められて以来、また西陣の結びつきで花街としての繁栄を極める。毎年春になると『北野をどり』が上演されて少数ながらにして良い技芸を磨き披露している。 舞踊の流派は花柳流。 主な芸妓は勝喜代、福鶴、尚子、梅ぎく、梅嘉、尚鈴等である。
現在、お茶屋11軒、芸妓、舞妓合わせて25名である。(Wikipedia)
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==== 五花街合同公演 ====
各花街では、それぞれの流派の踊りを歌舞練場で披露している。だが、5つの花街の踊りをまとめて鑑賞できる機会がある!
それは...
京都五花街合同伝統芸能特別公演です。
残念ながら6月ということで、今年は無理ですが...
(参考までに、一昨年のデータを掲載しておきます。来年のカレンダーはチェックだよ!)
平安建都1200年を記念して、平成6年から開始された興行です。花街により異なる流派の舞や踊りを見ることが出来るのはこの公演の最大の良さだと思います。
公演終了後には、五花街の夕べ(有名料亭で舞妓さんや芸妓さんを呼んで食事ができるプラン)もあります。
2005年 第12回京都五花街合同伝統芸能特別公演
会期
6月第三土曜、日曜
時間
14:00-16:30
会場
京都会館第1ホール
所在地
京都市左京区岡崎最勝寺町12
アクセス
市バス5系統「京都会館美術館前」徒歩5分程
地下鉄東西線「東山」徒歩10分程
MAP
料金
特等席 9,000円
1等席 8,000円
2階席 5,000円
全席指定予約制
問合せ
075-561-3901
(京都伝統伎芸振興財団=おおきに財団)
Web Site
演目
宮川町 長 唄「梅の栄」 若柳流
祗園東 清 元「傀儡師」 藤間流
上七軒 長 唄「島の千歳」 花柳流
先斗町 常磐津「角兵衛」 尾上流
祗園甲部 地 唄「石橋」 井上流
五花街合同 「京を慕いて」「祗園小唄」
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国保も社保もサボるほど医者をいじめられる...
開業して実感するのが、レセプト返戻の遅さ!
たとえば、今頃に昨年の請求ミスを言ってくる。
でも、これって策略?
わかりやすい例をひとつ...
たとえば、ある患者さんに昨年10月から○○という薬を出したとしよう。
ところが、うっかりして、○○という薬に対して適応病名を付け忘れていたとする。
もし、ミスが直ちにチェックされて『適応病名がないから○○という薬のお代は保険で出せません。カットします。』と連絡があれば、すぐに訂正できるだろう。
ところが、この連絡が、9か月後の今月に届いたとする。
すると、9か月間、うっかり○○という薬に適応する病名をつけ忘れていたら..
なんと、9か月分、まるまる減点を求められるわけだ...。
安い薬1種類くらいなら、まだましだが、非常に点数の高い指導管理料なんかだと、1か月で1万とか2万円。もし、10か月後に返戻がきて、10か月分戻せ、と言われたら、10万〜20万円もカットされる。
となると、返戻の時期さえ遅らせたら、どんどん医者の被害は大きくなる。
つまり、国保・社保の診査はサボればサボるほど、だらだらやればやるほど、医者がもらえるはずのカネを取り上げることができるのだ....
あるいは、ミスをみつけてもしばらく放置して..数カ月分たまってから返戻すれば、ごっそりカット!
しかも、病名漏れなど、ほぼ申し開きのチャンスもなく、ぬけたらシマイ。もう戻らない....。
要するに、医者がたまたま間違っても、それは、まるで犯罪者扱い。
どんなにキチンと医療をしても、書類の記載が抜ければすべて水の泡...
まじめに医療をしている者からみれば、
国保も社保も、診査より、医療費を削減するために存在する。
患者の立場など、ど〜でもいい。
医療者の疲弊などカンケ〜ない。
ミスを見つけて、削ってやれ!
(本来は、ミスをへらしていい医療を!、のはずが、助言ではなく押し付け、締め付け。まさに、お上!。 マニュアルだけで医療者をいじくりまわずどしろうとに、なぜ、これほど振り回される必要があるのか...
日米同盟と同じくらい不公平だという事実..)
その程度にしか見えない...。
社保庁を潰すというなら、国保もついでに..
と、思うのは、私だけではあるまい..。
いずれにせよ、こういう制度を望んで作っているのは厚労省である。
●日医よ。なぜ真剣に立ち向かってくれないのか?
●法律家の皆様へ、これは不公平な制度ではないのですか?
●誰か、われわれに反論・反抗・改革のすべをおしへたまへ....