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< 説明責任と結果責任 | メイン | 不法滞在者の退去:人情と法だけの話か? >
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 ひとり当直なのに、一次救急....コワい救急は平成3年にはじまりました。自治体病院であるにもかかわらず、やはり民間と同じプレッシャーをかけられる・・・「誰も断ってはならぬ!」・・・・原則として、救急搬送依頼があれば、すべて応じること...。
自分の能力、知識、経験、そして専門性...これはどんな医者でも限界があります。
   =========
 しかし、救急は...電話で聞いたところでは軽症のような....ところが来てみたら、げげっ!、と重症ってこともあります。まさに、医者にとっても危険と隣り合わせ。
   ========================
 さて、中高年の方が、急に意識をなくした...これは以外に多くみられます。神経内科医としては、原則断れません...。しかし、実際には、救急車で搬入されたときには戻っている、という例が多く、大部分は入院もせず、せいぜい点滴治療くらいで帰宅できる人がほとんどでした。===で、私がでくわした意識消失の典型例は、というと、>本人:「久しぶりに友人に誘われて、外食しました。自宅と違って話がはずみ、ご機嫌でたくさんしゃべりました。アルコールも少し頂きました。で、トイレへ行こうとしたら、急にぼ〜としてきて...あとは覚えていません...」
>友人:「とっても楽しくお話してたんです。で、食事はほぼ終わってアルコールは少し飲んでいました。大飲じゃないですよ。それで、多分トイレへ行こうとされたんだと思います。椅子をずらして立とうとされて..で、なんか顔色がちょっと?、って思ったら急にふ〜って体が倒れたんです。もう、びっくりして、○○さ〜ん!、て呼んだんですけどぐったりして全く反応なくて...店員さんを急いで読んだら、救急に連絡してくれたんです...。」
 このパターン、結構多い気がします。キーワード?は...、「久しぶりの外食」「飲酒」「食事ほぼ終了」「トイレ」「軽興奮」...あたりでしょうか?。
 大部分は、すぐ回復してくるので、(ましてひとり救急でいろいろ検査できるわけでもないので...)厳密な意味での診断は困難です。でも、一過性低血圧、迷走神経反射がからんだ例が多いことは多分間違いないことでしょう。
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 ただ、このような例の中には、まさに意外な展開を示す例もあります。ある日、旅行で京都へやって来て、あかがま...あ、いやいや、おかまさん(ニューハーフ?)のショーを楽しんでいて、急に意識不明になって運ばれた72歳男性。救急室で、とりあえずルート確保、心電図は正常。着いたときからしゃべることはできて、ちょっとふらつく感じがあり、「ま、ちょっと点滴が終わるまで休みましょう。」と言って、様子を見てました。約30分ほどして、かなり落ち着いてきた、もうすぐ帰れそうだ...そう確信した時...。「く、くるしい...」見ると、顔色悪く、大量発汗。確かに苦しそうにしています。え?、ショック?、血圧は90/56と、来たときよりかなり下がっています。心電図は.....え”〜?..STが完全にヒックリガエッテイル!。わたしゃ〜神経内科。循環器じゃないよ〜。えらいこっちゃ!。とりあえずヘパリンを点滴で流して、急いで心電図のコピーを循環器のドクターの自宅に送り、ご意見を伺う(深夜に起こしてゴメン!)...AMI(急性心筋梗塞)の可能性はあるという(そうならない場合もある)..!。慌てて最寄りの大きな救急病院へ連絡...ところが..循環器は手一杯でとても診る余裕なし!(おおまいが〜っ!、ここは奈良の産科か!、とは、当時は考えませんでしたけどね...)−−−−−−−−−こちらも大汗かきながら、さらに救急病院を探す...幸い、3つ目で引受先ゲット!。らっきい♪〜...あ、それより患者さんは...お、同じだ〜..悪くはなってないようだが...。救急車に来てもらい、転送を依頼。
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 ここで、悲しい現実が...。本来、この状態であれば、ドクターが救急車に乗って、搬送先のドクターに引き継ぐのが望ましいです。しかし、こちらはひとり救急です。私が救急車に乗れば、医者のいない深夜の病院が存在してしまいます。不安そうな救急隊員には「ヨロシク!」と言うしかありません。本人は、果たしてどうだったでしょうか?。
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 10年以上も前の話です。でも、その頃、すでに自治体病院の経営は厳しかったのです。マスゴミは当時から、「医者余り」という活字を大々的に掲載していました。こんなに医者が足らない病院がいくらでもあったのに...です。

 経営困難なら、診療科を増やし、患者の受け皿を大きくすればよかったんです。特に、私のいた病院のように、内科とリハだけ、という特殊な病院は、改善する気があればできたのです。でも、行政は、まず経営を改善してから...という意味不明の押しつけを続け、新たな医師獲得の予算は一切くれませんでした。当時、医師一人あたりの売り上げ、という意味では、私たちは、全国的に見ても、決して劣っていなかったのに..。

 かくして、ひとり救急は年々増え続け、やむを得ずある年から、4名の研修医が副直として365日をカバーすることとなりました。ただし、この制度が始まった頃は、研修医の当直は一人当たり月2回分しか認められませんでした。一人当たり月7〜8回は当番が当たるので、5〜6回は研修という名のタダ働きだった訳です...。今の研修医にわかるかな?。基本給は月15万程度。週1回はどこかにバイトに行って、それと月2回の副直代です。でも、今の学生気分の(失礼!。でも、どうみても、超温室ですね..。)研修医よりは、はるかに医者らしい仕事をしていたでしょうね。

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実は、海外で仕事をしているとき、似たような経験を何度かしました。というのも、旅行会社に勤めておりましたので、緊急連絡先というものに何日かに一回させられまして、夜中に何回も呼び出されました。例えば、バスルームですべって、プラスチックの石鹸箱でお尻を怪我したオジ様の通訳として救急車に便乗し、お医者様のところで看護師さんがいないため代役をおおせつかり、縫っているところを消毒したりとか、急に熱が40度騰がって、やはり救急車に通訳代わりに同乗して、入院の手続きしたり、夜中結構はたらかせられました。ハネムーン中のお医者様に呼び出されたこともあります。w。新婦さんが出血多量で危ないところでした。ふう~。部屋は血の海と化していました。全くの素人なのに、こんな経験もしてます。w
written by J / 2007.02.23 00:03
J様、それはとても貴重な体験ですね...。かつて一緒に働いた上司に、船医として世界を回った経験のある人がいまして...いろいろ面白い体験談を教えてくれましたっけ...。ぜひ、その体験を詳しく伺いたいものです。
written by Doctor Takechan / 2007.02.23 00:16

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