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私はこれでも、昨年3月まで2年間介護認定審査会に出ていた。およそ30〜35人の対象者の診査を午後2時ころから一気にしてしまう。当時、病院に勤務していたから、副院長業に外来、多数の入院患者まで担当して、なおかつ多数の会議に出席して、その上、好んでもない業務までやらされて、大いに迷惑したものだ。もっとも、その頃、病院に見切りを付けていた僕にとっては、嫌な環境から逃げる時間でもあったのだが...。===========================================介護認定審査会の最初の1年は、私の属する認定グループ5名の中にはすでに経験した人が2名いて、紙に書かれた資料を丹念に分析し、等級をどうするか熱い議論があり、非常に勉強になった(メンバーは医師、歯科医、看護師、大学の先生、施設の職員などさまざま)。厚労省が無理矢理介護保険を導入してわれわれに押し付けた認定作業ではあったが、紙に書かれたわずかな資料から患者の状態をどう把握すべきか真剣に考えた。それでも、資料は1週間前に送られてくるので、予習は必須でかなりの負担になった。相当な予習をして、診査は2時間ほどかかった(30〜35名の診査に)。============================================2年目、メンバーは入れ替わり、雰囲気が変わった。予習しているなら、診査員の意見(どの等級に認定するか、という意見)が全員一致なら議論せずそのまますぐ決定しよう、無駄な時間はいらない、という考えが強まり、1年目ほど議論しなくなった。30名の診査は1時間ちょっとで終わるようになった。何だか、急に機械的になった感じで議論はすすまず、さっさと終わるようになり、何となくすっきりしない終わり方になった。さらに、2年ん目途中から、5名集まるのは難しい(仕事の都合で休む委員が多い)から、基本は4名でよい、ということになった。これは、厚労省の考え方である。ますます議論は希薄になった。==============================================ああれから2年近く、開業しているボクのところへ、地区医師会の役員をしている先生から電話があった。「まだ決定ではないんですが、もし4月からの介護認定の役が回ってきたら引き受けてくれますか?」というもの。ボクは、一応経験はあるし、医師会の新米だから、要請があればお引き受けします、と答えた。そして、今の認定の現場はどんな感じですか?、と聞いてみた。すると、意外な答え。「最近、認定も様変わりして、はじめから結論が出ているようなもので、なかなか委員の意見でコンピューターの結果を覆すのが難しくなってます。だからどの認定グループも1時間ほどで診査を終わってるようですよ。」==============================================みなさん、もうお気付きだろう。介護保険を導入するときは、夢のある制度、参入してそこそこの収入も得られる、老人のために絶対必要な制度、こういうイメージを押し付けて、反対の声を抹殺する。いざ、導入が済めば、報酬は徐々に切り捨て、患者もどんどん切り捨て、診査委員の何とか少しでも介護を受けさせてああげたいという本能はコンピューターで管理。それでも責任は認定審査会に行くシステム。−−−−−−やっぱりタウンミーティングと同じかよ。厚労省のご都合で、振り回されてるのは、介護事業者も患者も医者も看護師も皆同じ。舵取りは厚労省の責任で行うが、現場の責任は、無理矢理制度に従わされている者が行う、そういう図式だということか。=========================================全国的にそうなっているのではないかと思うのだが、もし、異論があれば教えて下さい。とにかく、この国では、誰が責任を持つべきなのか、誰が責任を持っているのか、誰が信頼をえられるべく努力しているのか、皆目見当がつかないのだから。ネット情報は貴重である。(追伸:どうやら、今回は私は診査しなくてよさそうだ。某病院の先生が犠牲になったらしい。でも、きっと来年4月には回ってくることだろう)

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日曜日の午後、NHKであの名曲「明日に架ける橋」の足跡を追う番組があった(再放送)。僕も昔、このレコードを買った。心にしみる曲、心が暖かくなる曲だと今も思っている。かつてはカラオケでも歌ったなあ。サイモンとガーファンクルがユダヤ人街で生まれたマイノリティーだということは、記憶になかった。この番組で初めて知った。画面に9.11テロで旅客機が貿易センタービルに突っ込み、炎上するところが映し出され、「明日に架ける橋」が流れた。解説を聞くまでもなく目頭が熱くなる、そう、この歌はつらいことがあればあるほどに、聞いた時、心に響くのではないか。彼等はテロの犠牲者と家族のためにコンサートを開いた。そこで歌われる「明日に架ける橋」はきっと多くの人々の心に、耐えて生きてゆく力を与えたことだろう。==============================================この歌が生まれた時、米国は泥沼のベトナム戦争で苦しんでいた。人々の心がすさみはじめた頃にこの歌が生まれ、ある番組で発表された。全米から問い合わせが殺到し、たちまちNo.1ヒットにのし上がった。君が悩み、うちひしがれ、途方に暮れているとき、君の涙を乾かしてあげよう。.....濁流の上に架かる橋のように、君に手を差し伸べよう。多くのアメリカ人が多大な影響を受けたと語る。つらい人生も耐えていれば、いつかきっと誰かが助けてくれる。そして、自分もいつか誰かを助けてあげよう。そんな気持ちが芽生え、生きる希望へと変わったいった、...まさに人々の心に染みる曲。そして、アメリカではユダヤ人がアメリカでは非常に熱心に教会へ通っていたことも関連するのか、間もなくこの曲はゴスペルとして教会で頻繁に歌われるようになった。==============================================所変わって南アフリカ。ゴスペルを歌う聖歌隊が流れる。悪名高き人種差別(アパルトヘイト)が続いていた南アフリカ。世界から非難を受け、ついに1969年、アパルトヘイト政策は打ち破られる。このときも「明日に架ける橋」は差別に苦しむ黒人たちによって歌い続けられたという。作者のポールサイモンがアパルトヘイト撤廃の前年に南アの隣国で国外脱出した南アのミュージシャンらと大々的にコンサートを開いたことも初めて知った。このコンサートもアパルトヘイト撤廃の動きに少なからぬ影響を与えたことは言うまでもない。=======================================まさに世紀を刻んだ歌、こころに希望の灯火を与える歌。今も南アの教会で聖歌隊が、そして学校で少女らがこの歌を歌う。銀の少女よ、今、旅立ちの時。これから君の時代が来るんだよ。それを見て不覚にもまた目が潤む。......NHKも結構いい放送してるのに。また職員が男子高校生の尻を触って痴漢で逮捕?。そりゃあないだろう。この歌をいじめられている子供たちに聞かせたいな。でも、英語だし、小学生や中学生にはわからないかな?。君たちにどうしても聞いてほしい歌なんだけど。歌詞をひとつひとつ辿ってごらん。口ずさんだらきっと好きになると思うな。そして、病気で苦しんでいる人、生活保護を打ち切られそうな人、国民健康保険を取り上げられた人、呵責の念を持ちながら虐待を繰り返している人、イジメられている生徒にイジメを認めない校長や教委、上司のいじめに耐えている会社員、さらに病院で苦しんでいる医師や看護師も。古い歌だけど、聞くほどに心がふるえ、そして洗われて行くでしょう。==========================================替え歌でちょっと悪のりしている僕だけど、笑いは笑いできっと力になるはず、そして感動はさらに強い力となるはず。音楽はいいなあ。12/23にはウチのコンサート。もう定員になってしまったけれど、何か感動を持って帰ってもらえたら、嬉しいなあ。ささやかだけど、誰かのための「明日に架ける橋」になれば、とも思う。考えてみれば、今、ひどい労働環境の中で第一線で働いている医師たちも、ほとんどは「明日に架ける橋」になろうと頑張ってるんじゃないか。安易に医師批判をくりかえしたり、恣意的に悪い医師像を報道する人たち、あなたは「明日に架ける橋」になってるんですか?、それとも橋に爆弾落とそうとしてるんですか?。この歌でも聞きながら、人生を振り返ってみては?

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