今、産科の医師不足で、なおかつ救急担当医不足のため、地域ごとに産科医を集約する動きが目立っている。ただし、現実には急に産科医を一か所に集めれば、集まった病院では高度医療が可能になるかもしれないが、一方で産科医が不在となる病院が今以上に多くなる。これは病院によっては経営的に死活問題になる。患者にとっても近くの病院にかかれない、妊娠したら遠方まで足を運ばなければ診てもらえない、という著しい不安と不便をもたらすこととなる。やはり、患者本位、国民本位で物事を考えなければならない。
「完結型病院」とは、文字どおり「ゆりかごから墓場まで人生で起こるほぼすべての病気に対応する病院」ということである。患者からすれば、困った時にその病院に受診すれば、とりあえずほとんどは対応してもらえる病院というのは最もありがたい。内科はあっち、整形外科はこっち、耳鼻科はむこう...という具合に複数の医療機関にかかるのは患者の立場では非常に厄介なもの(開業医になった私としては、そういう患者様がいてくれなければ困るのだが....)。==================================================一方、老人ではこんなことがある。痴呆症状がひどくなり、自宅で面倒をみられなくなり、精神科急性期病棟に入院。少しおちついて精神科療養病棟に転院。そこで脳梗塞を起こして一般病棟(内科)に入院。急性期が過ぎて回復期リハビリ病院に転院。車椅子生活のまま退院したが、転倒骨折して一般病棟(整形外科)へ入院手術。回復期リハビリ病棟へ移ったが肺炎を起こして一般病棟(内科)へ。そこで安定したが退院してもADLが悪化したため自宅で介護する人手が無い。そこで医療型療養病棟へ。半年過ぎてそろそろ退院を打診されたがやっぱり自宅で診られないため、介護型療養病棟へ。そしてここでも長くなるので老人保健施設へ入所。また肺炎を起こして一般病棟(内科)へ。そして老人保健施設へ戻った後、特別養護老人ホームへ移り、最後は原因不明の高熱で一般病棟(内科)へ入院してご臨終。....あまり冗談っぽく言いたくない話だがわかりやすくするためご辛抱を。.......さて、患者さんとその家族は一体何回入退院、入出所をくりかえしただろうか。その度に長時間、説明を聞かされて山ほどの書類にサイン。そして施設を移る度に、診断書やら診療情報提供書、入退院時の諸々の説明書、かかりつけ医の意見書など、どうして同じ患者にそれだけの時間と手間を浪費すれば気が済むのだろう。医療機関、介護施設にとっても同じ。わかりきったことを何度も何度も入退院の際に説明し、わかりきったことを文書にして残す。確かに文書で残さないと後で問題が生じるからだが、元を正せば、制度があまりに複雑すぎるからである。もっともミスをなくすには単純化しなければならない。その逆を行っているのが現在の厚労省の方針である。そして、ただでも人員不足できりきり舞いしてる中で、事務職員はおろか、看護師(病棟婦長や主任)が患者のケアそっちのけで、新規の入退院患者に1時間以上も対応することも稀ではない。
患者はヒトであってモノではない。それが、制度の都合であっちの病棟、こっちの病棟へ、そして向こうの病院、こっちの施設へと移動に継ぐ移動。平均在院日数を守るためには強引に追い出すことは全国で日常茶飯事。あっちこっちでやっているからわからないだけで、実は連日民族大移動。こんな人生誰が望んでいるだろう。でも、自宅でろくに介護されないでひからびてゆくよりましかも。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ならば、もう一度原点に帰って、一つの病院で多くの診療科を有し、大部分をまかなえる病院を主体にすべきではないか、なるべく病棟移動も減らすように、病棟機能を多機能化した方が患者さんのためではないか。もし、病院の職員を(医師も看護師も、その他のパラメディカルも)増やすことが出来れば、そういう地域の基幹病院は地域にとって宝物のような存在になるのではないか。============================================一方では産科医の集約化で高度医療、救急に対応できる病院を作るかわりにその他の病院を切り捨てる、ところが老人となると、病院から遮二無二追い出して、24時間対応診療所など、機能の低い医療機関に押し付けようとする。これを同じ厚労省が指示しているとすれば、まさしく逆の施策、患者差別、国民差別、弱者切り捨て、老人殺し。国民を守る基本的な思想がすでに崩壊していて予算さえ削ればいい、ということか。経済・財政諮問会議を隠れ蓑に進める構造改革の本質は、やはり国民より大企業ということか。
ちなみに私はやっぱり完結型病院を主体にすべきだと思う。そのかわり、大病院の外来を減らして、現在増えつつある開業医に回すべきだと思う。大体、大病院が2か月、3か月ごとの外来で生活習慣病を管理するのはおかしい。無理である。そこまでして外来患者数を確保しようという病院が多いのは、診療報酬の過度な削減によるものである。そういう現象を招いた厚労省が、生活習慣病やメタボリックシンドロームをなくそう、などと、よくも言えたものだと思う。
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関東労災病院の院長、柳澤先生の講義を聴いてきました。柳澤先生と言えば元信州大学教授。基底核疾患や運動生理で有名な先生。神経内科医ならほぼ誰でも知ってる先生。前半は、実際の患者さんを招いてのベッドサイド・ティーチング。聴いたというより診察の実技を見せていただいたのが実益だったかな。それと、最初の症例は若い男性で、1年ほどの間に下肢の脱力が進み、速かった走りが遅くなった、という症状で、運動ニューロン疾患のような感じでした。結論はなかなか出ませんでしたが、若いドクターがmyokimia様の不随意運動と表現したところを、粗大なfasciculationと表現されたり、若いドクターが細かな所見にこだわり過ぎるのを、全体の経過から見てちょっと違う、と言われたり、随所に経験を見せて下さったように感じました。さらに2例の症例の診察や解説があり、ちょっとくたびれました。==============================================しかし、今日はそれでは終わらない。基底核疾患についての長い緻密な講演がありました。終わったのが午後7時半を回っていて、空腹とブログ疲れ?で何度か講義中、失神してました(最近、学会行ってもすぐ寝てしまうのはどうして?....)。一度は覚醒した時、え?、ここはどこ?、みたいな感じでよほどしっかり失神してたんでしょう(ただの居眠りとちゃうんか)。========================================================それからやっと待望の懇親会。もうすぐ午後8時!。ええ、そりゃあもう、しっかり食べました。残したらもったいない、って言われた世代ですから。===================================懇親会では、いろんな人に会うのが楽しみです。偶然、別の会場に来てたかつての同僚と再会もしました。彼は、かつての病院時代、私にはマネできない強烈な熱血漢で、10年若いアニキのような存在。とことんがんばれる彼がうらやましく思えたものです。大きな病院ならどこでも、そのような存在があって初めて医療が成立する、というか、仕事が回る、それを実感もしました。彼は何でも京大で研究生活を楽しんでるみたいでした。元々、研究マインドの高い奴でしたから、きっと今は充実してるんだろうと感じられました。こういう戦友と会うのは楽しいものです。(なお、やはり京大でも感染性胃腸炎がかなりはやっているそうです)===================================================老健施設の施設長になっている先輩にも会いました。とにかく、介護保険の改正で収益が減り、困っているとのこと。その先生曰く、「看護師にせよ介護職員にせよ、重症の老人を扱う専門職。専門職にそれらしい給与を払えないのは厳しい。」と言う現状だそうで、介護も崩壊への道を進んでいることが実感されました。==============================================某私立病院勤務の同級生。しんどい、えらい、働かされすぎや、とボヤくことしきり。酒でうさを晴らしているようでした。飲み過ぎはあかんで。===============ところで誰か、ボクの失神ぐせを治してくれないか?。たまに行く勉強会ですぐ寝たら申し訳ない。え?、ブログやめろって?。女房みたいなこと言わないで。
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