相変わらずマスコミが犯罪性を見つけようと血眼になって執拗に追い回している万波医師。彼も仕事で多忙な身の上だからこれほど追い回すのはやはりおかしい。また、報道が過熱するあまり、どう見ても個人情報保護などすっ飛んでいる印象。これまた異常と言うしかない。==========================================================そんな中で、万波医師は会見の中で『捨てる腎臓は気が楽』という発言をしたらしい。日本では脳死基準が極めて複雑であり、ハードルが高いため死体腎移植は非常に少ない。そこで、生体腎移植が圧倒的に多いのだが、健康な人の腎臓を取り出すことについては、いくら片方あれば機能的に問題ないとは言うものの、どうしても納得しかねる方法である。私と同じく、健康な人から健康な腎臓を手術して取り出すことが理不尽だと感じている人は一体どれくらいいるのだろうか?。それに対して、万波医師の考え方はある種合理的だ。病気で摘出する腎臓の中で使えるものがあれば移植に使う、これなら確かに『捨てる腎臓は気が楽』の発言どおりだ。==========================================================現在、問題となっているのは、(1)取り出した病気の腎臓が、本当に取り出す必要があったものなのか、そして、(2)取り出したら実は使える腎臓だった、というのが事実なら取り出さなくても良かったのではないか、ということ、さらに、(3)腎臓がんなど再発の危険のあるもの、移植に使うべきでない腎臓を使ったのではないか、というあたりではないか。無論、(4)同意書をきちんと文書にしないで口頭で住ませたことや、(5)その際、ウソをついていたのではないか、などの問題も騒がれている。....確かにすべて問題ではあり、解明が必要だとは思うのだが、いつものマスコミによる審判、マスコミによる犯人探しに加担する気は毛頭ない。医学的に『捨てる腎臓』が使えるかどうか、というのが非常に気になり、可能性があるのなら実に魅力的な響きを持つことばではないか、と思ったのだ。================================================言うまでもなく、移植の現場で働く先生方の大部分は、そんな冒険は冒すまい。学会で定められた指針にできるだけ抵触しないように、慎重にコトを運んでいるはずだ。しかし、そのようなまじめな先生ほど、生体腎移植にあまり抵抗がなくなってしまっているのではないか。健康な人の健康な腎臓を取り出す、という暴挙?に対してだ。他に選択肢がないからどうしようもない。多くの医師は仕方ないと半ば諦め、現状で許される生体腎移植に精を出されていると思う。そこへ『捨てる腎臓は気が楽』、という発想だ。言わば、発想の転換。そこにはマスコミにあれだけ叩かれるだけの疑問もある。だが、一挙両得とも言えるこの方法、本気で可能性を探ることはできないのか、とも思ってしまうのだ。知恵を出し合い、腎移植を待つ一万数千人を一刻も早く助けるために、この邪道?が、実は突破口につながらないのか?。これは、専門外の私としては極めて興味を引く事象である。専門家からはアホか、と言われるかもしれないが、批判を覚悟で、このような提言をしてみたい。================================================================マスコミのやり方で実に気に食わないところをもうひとつ。当初、万波医師は腎移植のカリスマで、彼を信頼する患者がほとんどである、ということだった。ところがここ数日、万波医師から詳しい説明を聞かなかった、とか、知らん間に腎臓とられた、とか、話が違うと申し出た患者ばかり紙面や画面に出てくるのだ。この人たちは、自分の手術について、だれからどんな説明をされたのだろう?。ひょっとしてマスコミ関係者が専門でもないのに吹き込んだのではないか?。万波医師の行為に異論を唱える人ばかりクローズアップして、より犯罪者らしく仕立てようとしているのではないか?。とにかく見ていて医師よりマスコミに疑念がふつふつと湧いてくるのだ。公平な報道ってこんなにあざといものなのか?。それとも、私がマスコミに不信を持ち過ぎているのか?。誰か、もっと正しい情報をくれないものか?。ちなみに、こういう事件に惑わされず、移植の現場にいる先生たちは、とりあえず目の前の患者さんを救うことに勢力を注いでいただきたいと願っている。そして、ちょっとでも空いた時間があったなら、捨てる腎臓を使う、という方法が可能かどうか、真剣に考えてみてほしいと願う。
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