医者不足が少しは世間に知れるようになった(といっても、まだまだ相変わらず「お医者さんって優雅で金持ちで...」などとのたまう人達も多いが)。Doctors Blogも多少は役立っているのではないかと思う。ただ、病院が大変なことになって来ている一方で,都市部の開業医の中には力を持て余している医者もいる。ここ2〜3年の開業ブームに乗って開業したはいいが,なかなか患者が集まらず苦戦しているところも多い。かく言う私のところも、正直なところまだ目標の半分程度。友人の先輩開業医から、1〜2年はこんなもんや、まだましなほうや、などと慰められているのが実情である。======================================さらには開業医の老齢化も進んでおり,仕事はしておられるが,いつ引退されてもおかしくない先生達も数多い。===================================てえことは、開業している医者でヒマのある奴が、病院へ手伝いに行けばいい?。まあ、確かに仕事量だけ見れば、それも多少は可能だろう。しかし、本質は解決しない。============================================とにもかくにも医療費を異様に削減し続け、研修医制度をいじり(その影響が大きいと現場の医師は危惧し続けたにもかかわらず誰もその声を聞かず)、医師不足に拍車をかけ、病院で働く医師が病院の未来に希望を持てなくなり、現在の急激な不足を招いたことは、現場を知るものなら、当然至極、予想的中の事態なのだ。最大の責任は厚生労働省にある。次にコイズミ、その次に財務省あたりか。=====================================医師不足に何一つ有力な対策を出せず、医療格差拡大を放置しているのは厚生省であり、政府なのだが、つぎのようなニュースが出ている。SkyTeamさんやDr. Marketさんが詳しく書いてるよ。 「厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)、医師の技能に応じて診療報酬にランクをつける検討を始めるらしい。手術のうまい医師の収入をアップさせる競争原理の導入で、個々の能力を高めるのが狙い。次期診療報酬改定(08年度)での導入を目指す予定。」−−−−マスコミは、厚労省の発表の意図に沿って報道するので、「医師側には能力評価への拒否反応が強く、どのように、どこまで差をつけられるかなどが課題になるだろう。」と、医師が能力評価を拒否するような書き方がしてある。しかし、病院で働く前線の医師は能力評価など怖がっていない。恐いのは、厚労省の意図と、その無責任である。過去,20年以上、医師の努力、能力を評価してほしいと医師は訴え続けて来た。ところが厚労省はすべて無視した。日本医師会の上層部など、高齢の開業医は能力差をつけられては困るから反対したが,若手の伸び盛りの医師は望んでいたはずである。===================================================今になって,誰がどのような基準で能力を決めるかわからない状態で、そんな無責任な案でごく一部の医者の意欲を高めたところで、医者不足の改善と何の関係があろうか?。要は、官僚として医者なる集団を管理下に置きたいだけのこと。そのために、今はそれどころやないやろー!、っていうタイミングでまた制度をいじくりまわすのだ。制度が複雑になって,医者が仲間割れでもすれば彼等は喜ぶのではないか?。とにかく、もっと大事なことを先に改革しなさい。その改革の青写真をまず示しなさい。先の見えない改革を、コイズミ風に?「単なる思いつき」って呼ぶんじゃないかな?。=================================================さっきの患者数の話だけど,もう少し適正に病診連携ができて、大病院に溢れる患者を開業医が診られるようにして,大病院の方も外来が減っても安心して経営出来る制度にしたら、少しはましになるよ。−−−−でも、医療費削り過ぎたから患者の確保にやっきになって、大病院もなかなか外来患者数を減らせない。(大病院志向、ブランド志向の患者教育も本来政策として重要だったが、厚労省も病院も日本医師会も患者の立場に立って提言してくりゃ良かったんだが,カネがほしいのが見え見えで、これまでは失敗だね。)
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昔話が意外に好評?なのでもう一題。「基礎医学のススメ」。=====医学部を卒業した医者のタマゴさんたちの大部分は研修医として2年間、臨床医の基礎を学ぶ。でも、100人卒業したとすると,中には基礎医学(解剖とか病理とか生理とか)の教室に進むアマノジャク?も1〜2名くらいはいるはずだ。実は、この私も卒業してすぐ生理学教室に入り、5年間助手を務めた変わり者?である。6回生になり,ハテ、何を専攻しようかと考えていたとき、私の所属していたテニスクラブの部長が、「ウチへ来ないか?。助手のポストが空いているけど。」と、のたまわった。生理学?、臨床を目指す医者が基礎へ行くのは大体、学位(医学博士号)を取得するためである。でも、基礎を初めから目指す人は別として、研修医+1〜2年の臨床の勉強をして、アルバイト(パート医)くらいはできるようになってから基礎医学の教室に入るのが一般的ということだった。いろんな先輩に相談しても、やっぱりまず臨床をしてからの方がいい、という御意見だった。しばらくどうしようかと考えていたが、私の頭の中では、研究するなら若いうち、という気持ちが強くなった。もとより肩書きや昇進には疎い性格もあり、基礎で5年かかって学位を取ってから臨床に行っても何とかなるだろうと思ってしまった。(大学院を受験して入れば4年で学位が取れるが,助手は給料付き(といっても初任給14万なにがしだったが)で、正規の公務員。一方、大学院は試験を受けなければならぬ、受かっても学生だから給料どころか授業料を払わねばならず、親のスネはかじりたくない。という訳で、友人達が医局へ入るための入局試験に向けて勉強しているのを尻目に、私は生理学教室助手になることを決めたのだった。=========でも、入局試験の勉強をしなかったばかりに、卒業試験と国家試験はヤケに苦労した。入局試験を経験した友人達はみんな知識が増えていた。でも、テニス三昧の学生時代を送った私は、入学試験の成績はトップクラス(8位だったそうな:某教授夫人にナイショで教えてもらった)でも、出る時は後ろから数えた方が早かった。で、国家試験は絶対失敗できないと悲壮なまでの詰め込み勉強をした。直前1ヶ月は1日13時間以上受験勉強をした。======================================頭が破裂しそうな状態で、どれだけ出来たか分からぬうちに国家試験は終了。そして、奇跡的に?、医師免許を手に入れることができた(もっとも、国試に失敗しても生理学の学者にはなれたのだが)。============================================私の所属した生理学教室は神経生理学の教室で、ウサギの脳に電極を入れて神経細胞の反応を解析したり、モルモットの脳切片(brain slice)の電気現象を解析している先生などがいた。でも、当時の教授は、あまり難しい研究より臨床に役立つ容易な研究をやったら、って感じであまりレベルの高い研究を求められることはなかった。多分、学生気分の私のノンキな性格を見てそう思われたんだろう。かくして、5年間、研究者風?な生活が続いた。===========================================以下,私の関わった主な研究テーマ(失敗もいろいろあり)。(1)知り合いの先生に誘われて、名古屋大環境医学研究所で低圧タンクを用いての高山シミュレーション実験のお手伝い。(2)ビタミンE欠乏ラットの下腿筋の電気生理学的解析(見事失敗!)。(3)目の動きを電気眼球図で解析する仕事。これはある程度成功。学位論文もこのテーマで書いた。(4)重心動揺計に乗ったヒトの下腿筋の筋電図を解析。重心を移動した時にヒラメ筋に一瞬活動休止が生じる現象を解析。(5)ハツカネズミの行動研究(心理学の先生と一緒に。)。このとき指導していただいた心理学の先生は、今、同志社小学校の校長さん。(5)これは、(3)、(4)の延長だが,喫煙や飲酒が目の動きや
重心動揺に与える影響をしらべた。この研究で、タバコをよく吸うようになってしまったのは不覚!。おまけに、タバコを目一杯吸ったら、ニコチン中毒で足ががくがくするのを新聞が取り上げて、全国紙に「タバコ一服、からだゆらゆら」なんて紹介されるので参ってしまった。われわれ若いもんは取材から逃れようとしていたが,教授一人嬉々として記者に説明していた。===============================================
基礎医学で楽しかったのは学生との交流。学生実習で、カエルの足の筋肉を取り出して電気刺激で収縮する様子を記録させたり、カエルの背中の皮を感覚神経と一緒に取り出して、皮膚をツンツンすると神経に活動電位がバラバラッと出るのを記録したり。そういえば、教室員総出で田んぼにカエル取りに行ったりしたっけ。貧乏な教室だったから。また、OB
づらしてテニスコートに出掛けたり、学生のスキーツアーに同行したのも楽しかった。このころ一緒に遊んだ学生とは今でも出合うと当時の想い出話をしたりして、結構、今の人脈の一部となって生きている。つい最近も講演会の演者の偉い先生が,終わった後の懇親会で、「先生の講義を受けた頃はたのしかったですね。」なんて話してくれたりして。========================================結局、どうにか学位を取って、予定通り内科の教室に入れてもらった。私が神経生理を勉強したこともあって、神経内科の優秀な指導者がおられる教室にお邪魔した。5年遅れの新人ということで、後輩が私の指導者になってくれたが、さぞやりにくかったことだろう。この新米時代のレベルの低さは今もって思い出すと恥ずかしい。===================だが、あえて言いたい。基礎医学の経験も決して悪くはなかったぞ。
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