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時々思うんです。
私の人生ってなんなんだろうって。
昨日は、夕方と夜中に2人の方を看取りました。
入院したばかりとはいっても、ターミナルで入院してきたので仕方がないわけですが・・。
もともと私の患者だったわけではなく、在宅で頑張ってこられた方なので、家族との面識もなく、僅か数日で信頼関係など築けるわけはなく、それなのに、最後の場面に私がいる。
患者さんや家族の皆さんは、私をどんなふうに思っているのか?
聞きたくても聞くことはできない。
医者になって、何人の方の臨終を宣言してきたであろう?
私のしていることは意味があるのだろうか?
意味があるとしても、人の最後を看取る私の人生は、なんなのだろうか?
悪魔と変わらないではないか?
そう思うと産科医になりたくなる時がある。
ちなみに、私はターミナルの人の蘇生はしません。
入院時に家族に説明して蘇生を行うかどうか尋ねるわけですが、実際は蘇生をしない方向へ誘導しているようなものです。
儀式的に心臓マッサージをされる先生方もいますが・・。
少し、面白いお話を。
確か、オーストラリアの救急医でカッター先生という方が、自分の胸に「DO NOT RESUSCITATE」とタトゥーを入れております。
救急で蘇生を仕事としてきた先生が、自分の意思で蘇生を拒否されているんですね。
それも、遺書ではなく、ご自分の胸で、意思表明をしているのです。
どんな名医でも、蘇生時には胸を露出するでしょうから、その時点で意識が無くても、家族がそばにいなくても、蘇生拒否の意思表示ができるというわけです。
凄いものです。
私も蘇生は要りません。
あっ、恋愛の蘇生は必要です。