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『愛の流刑地』は、いきなり全裸の情事シーンから始まる。
豊川さんも寺島さんも、凄いですね。渡辺先生らしいというか・・。
そして
「本当に愛しているなら殺して!」
と女が懇願しつづけたのを聞き届けて、男は首を絞めて殺してしまう。
いきなりのスタートに、少し嫌な気持ちになってしまう。
なぜ、女は殺されたいと願い、男は殺したのか?と、映画の宣伝では行っていたような気がしたが・・。
渡辺先生は、今は、純愛ブームだという。
冬ソナとかの影響なんですかね。
「肉体関係がない、精神的なつながりだけの愛が純粋だと思いこむ。
だがそれは単に未熟な幼稚愛にすぎない。
精神と肉体と両方がつながり密着し、心身ともに狂おしく燃えてこそ、愛は純化され、至上のものとなる。」
と、渡辺先生は言う。
「愛ルケ」は、その純愛の極みのエクスタシーがテーマであるらしい。
その頂点に昇りつめて感じた人と、未だ知らぬ人との戦いであるとも言う。
私は、未だ知らぬ人ということか。
渡辺先生は、昇りつめたのだろうか?
最高の愉悦を感じるか否かは、知性や論理の問題ではなく、感性の問題だと言うことだが、ということは、わからない人には何時になってもわからないと言うことか?
人間が知性や倫理を捨て、動物?人間だけが持つ欲望や執着を丸出しにして生きる。
私には、それが純愛だと皮肉混じりに表現したかったとしか思えない!
しかし、心の何処かで倫理観と葛藤する。
その苦しさから逃れるため、また欲望に走る。
究極の欲望達成と葛藤からの永遠の逃避が死という形で皮肉られている。
医師として一番虚しいシーンである。
人間とは、なんと切ない動物なのか!
さらに、法廷シーンでは、タイトなミニスカートにノースリーブのトップで胸を強調し、潤んだ瞳で被告をにらみつけるセクシーな検事、長谷川京子さん。これも皮肉なのか!
確か、原作では、この法廷中に、女性検事の胸を見ながら、淫らな妄想に耽る被告がいたはず。
所詮、男なんてこんなものだ!と感じさせられた。
結局、渡辺先生のコメントとは、別な感想を抱いてしまった私。
現代社会に対する痛烈な批判をするための映画と感じた。
これが熟成した純愛というなら、私には一生わからない世界と思いたい。
以前の日本では「浮気は男の甲斐性」などと男の不倫に限り容認する風潮が長く続いていましたが、女性が浮気をすることは容認されず、女性の不倫は1947年までは姦通罪という罪に問われたわけです。
しかし、現在の日本では、既婚女性そして既婚者同士の不倫も広がりを見せているらしいです。
まあ、本当かどうかはわかりませんし、一部の雑誌の話題取りかもしれませんが。
「恋愛と結婚は別物」とする、割り切った考え方も一部の女性にあり、「女性の不倫は男性の不倫とは違い、純愛であり美しいもの」と正当化する人もいる。
「婚外恋愛」と称して、既婚男性の不倫と区別するような雑誌を以前見かけたが、論理的におかしい気がする。
「婚外恋愛」という考え方をする女性が、既婚男性の不倫の相手となる場合が多いわけで、やっていることは、全く同じものである。
女性は心の拠りどころを求め、男性は体の拠りどころを求める違いがあるにせよ・・・。
不倫をする男性なかには、女性が抱える孤独や忍耐を察することが出来る人もいるらしい。
そうなると、女性は、もう、抜け出せない?
というわけで、『愛の流刑地』見てきました。なんか、複雑ですね。
皆さんはどんな感想を持っているんだろう。
「本当に愛しているなら殺して!」
これについては、また、後で感想を書きます。
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