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2008.11.22 09:50 |  診療  |  研究  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 0

日本の医療政策分析

エジンバラにも雪が降りました。すっかり冬の装いです。深夜遅くに大学から帰ってくるときには、ミミ付きの帽子をかぶっています。このひと月の記憶はずっと机に座っていたものでした…、読んでは書き読んでは書き。新しい分野で議論を追うのが精一杯…まだ修行中です。

そういったなかで、立命館大学の松田亮三先生とさせて頂いた仕事が形になりましたので、報告です。

日本の医療政策に関する記述的分析報告で、今回は2編担当させて頂きました。 

後期高齢者医療制度に関する政策分析

Tomizuka, Taro and Ryozo Matsuda: "New Health Insurance for the Elderly". Health Policy Monitor, October 2008. 

終末期在宅医療に関する政策分析

Tomizuka, Taro and Ryozo Matsuda: "Promoting end-of-life care outside hospitals". Health Policy Monitor, October 2008.

両方ともダイナミックに進行形の政策ですから、今後もフォローアップしながらの報告となります。

内容について気づいたことを書きたいのですが…、ちょっと眠たくて頭がまわりません…。また、近いうちに。

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2008.10.12 08:05 |  研究  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 2

試される大地・英国版

ロンドン大学での1年を終えて、英国の北部・スコットランドにあるエジンバラ大学に移りました。やはり私は北国に縁があるようです。エジンバラという土地は、街の規模や雰囲気が北海道の帯広に似ていて、道産子の私にとっては住んでいて落ち着くところです。

所属は、ロンドン大学(UCL)で1998年から医療政策研究を行っていたグループが、3年前にエジンバラ大学に招聘されて作ったCentre for International Public Health Policy。ディレクターのアリソン・ポロック(Allyson Pollock: 『NHS plc.』などの著者)を筆頭に、かなりadvocateよりの、政策にインパクトを与えることを重視した集団で面白く、ここで学べることの幸せを感じています。医療システム上も、同じ英国内でもイングランドと異なり、プライマリケアトラストがない!8月に日本で講演したジュリアン・ルグラン・ロンドン大学教授が盛んに宣伝した準市場の公共政策(この辺りはリンクの読売新聞をご覧ください)に真っ向から疑問を呈し、あくまでpurchaser-provider integrationを維持していこうという姿勢。大学の入学セレモニーでも「私達は北欧型の社会システムを維持・推進して、英国内でも一線を画し…」と鼻息が荒い。ちょっと調べてみると、日本の道州制の議論で頻繁にスコットランドが先行例としてあがり、日本にもその研究者がいらっしゃる様子。

いいことばかりではなく、スコットランドの代表的な銀行が吸収合併されたり、最近の世界的不況の一端の影響を受け、不況のあおりを免れない状況で、さて医療政策に関して上記の姿勢が維持できるのか?試されるのは間違いないでしょう。引き続き、レポートします。

(「試される大地」は、北海道のキャッチフレーズです!!)

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2008.08.13 16:57 |  研究  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 1

信頼の低下は、監視?で回復できるか

炎天下の中、ハイドパークを自転車で横切っていたら、突如あらわれたドームに驚く。サーペンタイン・ギャラリー・パビリオンの今年の建築家はフランク・ゲーリー。中に入り、ゆっくりと楽しむ(そんな暇ないのに…)。写真でしかみたことのなかった建築家の作品を偶然経験できたのは幸運。しかし、ああいった枠をはみ出した感覚の建築は、場所を選ぶでしょうね。構造上の問題(規制)もあるでしょうし。そうすると、建築家は修行として旅をしなければならないのかな…と想像しました。その土地土地での建築を経験し感じるために。医療政策もそうです(と断定)。紙面やデータからはなかなか他の国の医療の実際(政策実施の結果)を感じることはできませんし。

その後、シンクタンクの図書館と英国図書館、大学の図書館をハシゴして資料収集。これらを読んでまとめる作業は至福ですが苦行、時間との戦い。と、図書館の机に向かっていると悲鳴が!!

「私のラップトップがない!盗まれた!!」

と、学生のひとりが泣いている。早速みんなで手分けして探すが、犯人はもう逃亡後の様子。学校は入り口での身分証明チェックがあり、図書館もIDキーがないと入れませんので、その学生も安心し切ってちょっと机を離れた隙に、盗難にあったようです。本当にひどい。修士論文執筆のこの時期に、この仕打ちはパソコンの金銭的価値以上に彼女が今までかけていた様々なコストに対するダメージは計り知れない…。しかし一方で、内輪(この学校の学生)の犯罪か?と図書館のなかや周囲にいる学生は疑われてしまいました。当然私も。これはセキュリティの程度を考えると当然といえば当然。こりゃ今後またセキュリティも厳しくなるでしょう。ロンドンの街中みたいに、CCTV(監視カメラ)がたくさんついちゃったりするのでしょうか。

盗まれてしまった学生の油断も指摘されるべきですが、ここにいた学生で話していたのは、ある程度の相互監視の必要性。みんな自分の論文執筆ですこし自分のことのみにテンパっているんだよね、と。

保健省の人のプレゼンによると、英国医療政策では、大々的にpeer reviewを導入するとDarzi reportで報告されたとのこと(すみません、未確認です)。いままで、各々のcollegeで行っていたexternal appraiserによる評価はpatchyで不十分・信頼できない、と保健省の人の言。ああ、この信頼の低下を基礎とした監視活動の増加はどこまでいくのでしょうか。見えない不信の力動の力強さを感じます。これは日本では起きないように先手を打つべきことですね。

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2008.07.26 12:52 |  研究  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 0

わかった気になる危機

昨日は、いろいろとお世話になっている先輩の方に時間を取って頂き、英国医療に関するヒアリングをさせて頂いた。っといいながら、先輩お勧めのパブに行き、エール(例えばこのESBIPA)を楽しみながら、「日本の医師・医療の素晴らしさ」をふたりの日本人医師が声高らかに、ペニシリンを発見したアレキサンダー・フレミングがよく通ったというパブで語り合う…という感じ。で、充実。ほんとうに有り難うございました。ウチのすぐ近所にもフレミングの家だった場所というBlue plarqueがあり、家族で「左手の法則っ」なんて指の形をつくっていましたが、ああっあれはフレミング違いだったのですね…。無念。(ちなみにそのジョン・フレミングもロンドンにゆかりのある人です)

その先輩はNHSで働いていらっしゃるのですが、お話を聞かせて頂いて痛感したことがあります。「いかに自分がみたいものを見ているか」。

当たり前と言えば当たり前で、私のバックグラウンドが家庭医で、かつ英国での医療経験は友人の優秀な家庭医のもの。出産は前首相のブレアもつかったChelsea & Westminster Hospital(もちろんウチはNHSで)。子供の入院も小児救急の施設のあるSt Mary Hospitalがご近所にあり、迅速かつ清潔・安心。納得いかないことがあれば、医師であることを明かし、ネゴできる…、とくればかなりポジティブに偏っているはず。その上に、”政策のフットボール”と揶揄されながらも、多くの資源を投入し作り込んだ英国の医療政策を見て学びながら、「結構いいかも…」とすこし視野狭窄になりかけていたところに、実際の病院内のお話を聞き、すこし目が覚めました。できるだけ実際の効果・実務に即し、批評家になりなくなくて、自分の直接の経験を重視していましたが、政策の学びでは、それが全然足りていない。

同じようなことが、日経ビジネスオンラインに書いてありました。「大回りして、けもの道を往く」

医療政策の専門家/研究者としては、全くの駆け出し、1年生。表面的な政策やデータを追うのは上手くなってきたが、まだまだです。これを口実に、できるだけさまざまな場所に出向いて経験を積みたいと思います。って、またパブに行きたいだけかも。

追伸:同時に、アマルティア・センの恩師、アミヤ・ダスグプタの「現実にあまりに直に向き合うと、なにが大事であるかを見失ってしまい、現実と接点をもつどころか大間違いを冒す危険がある。現実の社会問題を正しく見るためにこそ、その準備として理論が必要なのだ」 という指摘を忘れたくないです。

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クラスの友人夫婦が休暇を利用して日本に行き、本当に本当に思い出深い旅をしてきたと聞き、本当に嬉しい。

特に大阪で素敵な年上の女性に巡り会い、なんと日本語を話せない彼らの為に京都案内をかってでてくれ楽しい時を過ごした、と。京都でも尼の方がさりげなく案内してくれたと同時に、お抹茶もごちそうしてくれたとか。伊勢参りも鳥羽も満喫し(いいね)、大阪では見知らぬおっちゃんが駅で切符を買ってくれ「金はええで!」(想像)と豪快に立ち去ったり…。本当に嬉しく日本が誇らしかった。なぜか友人は関西のみの観光。オトナの観光にはそれもありかな…、いいんちゃうか…。

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先日授業をしてくれたAnna Dixonが記事を書いていました。

病院の閉鎖や統合が進むなどの英国医療への市民の不安に応えて、今月初めに英国保健省が出したレポート:Our NHS Our Future: NHS Next Stage Review - Leading Local Changeに関するコメントです。(以下、引用)

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Public eye
The NHS, but not as you know it
Anna Dixon, The Guardian,
Wednesday May 14 2008

Reforms to an institution as beloved as the NHS will inevitably generate public controversy. Despite record investment in the health service during the last 11 years, the government's reform programme has not been without its critics. Of all the reforms, those that result in changes to local hospitals appear to attract the most resistance, and require the most skilful managing. Many will remember how, in 2001, the doctor and independent candidate for Wyre Forest in north Worcestershire, Richard Taylor, unseated a government minister because of the strength of local feeling about the proposed downgrading of Kidderminster hospital. He is now serving his second term as an MP.(以下、本文続く…)

ーーーーー

元のレポートでは政府が国民に対して「医療をどうやってより良いものに改革していくか」という基本的姿勢をしめしていること、そして患者の利益を中心に据え、改革は医学的臨床的な知見を元に行われれると謳っており、市民・医師・政府の共同で医療をよくしていくという決意が示され、(実現すれば)素晴らしいと感じましたが、記事ではAnna Dixonが各項目の議論の可能性を示し、過去の反省と起こりうる問題で釘を刺している。

彼女は代表的な独立系医療政策シンクタンクであるKing's FundのDirectorであり、こういった医療政策に関する利害集団から独立した専門機関から発言し、みなによりよく考える議論を促すことは本当に意味があるなあと感じる。どうしても各々の利害を背景とする発言の空中戦になりがちな医療政策議論の中で、願わくば日本にも…、と感じるが、その為にはこの事業によりよい人材を惹き付け、育て、また思い切り働ける環境を作る決意と努力(とお金)が必要だと思う。気の長い話しだけれど、自分の目標のひとつとして是非その一端を担えたらと、努力を続けたい。 

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2008.01.05 10:30 |  研究  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 0

でもどうでもいい。

新春からちょっと抜けています。というのか、月曜から始まる新学期に備えて、すこしでも肩の力を抜こうとしています。

最近ヘルスポリシーの学習のなかで感じているのは、政治の一回性と実証研究の限界、でしょうか。

言い換えると、いままでこう言った政策があり施行され、その分析でこういう結果がでている。それは非常に参考になるし、同じ間違いを繰り返さない為には重要もしくは同様の状況であれば同様の政策・過程が有効な可能性もあり、必ず踏まえなければならないことではある。

しかし、箱の中から99回赤い玉がでてきたからといって、100個目が赤いとは限らない、じゃないか。政治に関わる人・組織、環境・状況(特に直前の経過や決定)、そこまでの歴史などがひとつも同じとは言えない世界に、どれだけ実証研究が説得力をもっているのか。

私が興味があるのは、さあ100個目も赤い玉を出してみよう。もしくは白い鳩を飛ばしてみようじゃないか、という感じ。

というのは実証研究ではないですが、ある日本の医療政策形成過程に関する研究を実施したいと考えて、先行研究の例として介護保険政策に関する文献を漁っていたら、ほとんどが審議会や厚労省資料などの分析に紙面を費やし、それが当然であると言った感じだったからだ。そこで出てきた、方法論や前提に関する不信感。私の研究方法に関する学習がまだ途上で、理解していないだけかもしれませんが。その辺りの不信感からもやもやしてきて、今までの学習すべてに至り、先の感覚にたどり着きました。まだお子様レベルのナイーブな思考だとは理解してます(統計解析とテキスト分析混ぜてますし)。この辺りの納得も今年の目標のひとつです。

そこで思い出すのは、名郷先生がまだ作手村にいて、天才博士!なんてやっていらっしゃった時に研修に行った時のこと。丁度LancetにPROGRESSが掲載されて、外来で”3分で読める医学論文”なんて話しをしてもらっていた時、もう私のアタマがもう血圧正常脳卒中既往患者に降圧しまくりますなのを見透かしたように

ーでもねえ、tarogo君。患者を目の前にして思うのだよ。

「エビデンスはこうだ、でもどうでもいい。」ー

いままでエビ固めを何人も経験している指導医の一聞トリッキーな、はっと目を覚ますひと言。 もちろんEBMのStep 4の話しなのですが、今改めてその時のことを思い出します。

さあ、今年も自分の信じる道に邁進します。早く皆さんのお役に立てるように。

覚え書き: 今エッセイを書いている医療貯蓄口座(Medical Saving Accounts: MSAs)は被保険者のモラルハザードを抑制することによって医療費削減を意図して導入されたけれども、Singapore, USでも医療費増・格差増の結果となり、先進国が現状の保険 を見直して導入するほどの魅力は無い。

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「優れた指導医が優れた指導医を育てる、という正の連鎖」

「自信を失いがちな若い指導医が『自分も一緒に勉強すればいい』と肩の力を抜けるよう」な指導医教育

医師不足が注目され、その充足のみに目を奪われると、それは危険だと感じていた。 良医を育てる。どう医師が医師を教育していくか。どうよりよい医師を育てていくか。ー 今までは、先輩医師の背中をみて育ち、座学の「教育法」や「カリキュラム作成」研修で武装した”指導医”による教育が主流だった印象がある。 本当にこの方法でよい医師が育っていくのだろうか…、と自分が医師となり指導する立場になり直面した疑問でした。

そのひとつの回答が読売新聞に紹介されていました。(以下、引用と抜粋)

ーーーーー

教育ルネッサンス:読売新聞

医療人を育てる(10)関連サイト:指導医blog)

(略) 今月上旬の週末、京都大学医学部の地下会議室で行われた指導医研修(FD)のプログラム「HANDS(ハンズ)」の合宿。亀田ファミリークリニック館山(千葉県館山市)の岡田唯男院長(37)が主催する。 指導医は、研修医を指導する立場にある。HANDSは米国で家庭医とFDの専門教育を受けた岡田さんに2003年、若手医師が教育法を学びたいと求 めたのが始まり。試行期間を経て05年からは半年間で4回、計9日間の合宿形式にした。2年間で19人が修了し、今年は13人が参加する。

◎ 

HANDSの特徴は、単発ではない上、プログラムがユニークなこと。教育の手法だけでなく、IT活用や時間管理、経営管理、人材活用法まで、ビジ ネス理論も積極的に取り入れる。病院内で研修会を開くための交渉や医局のチーム作りなど、組織の中で働く医師に求められるのは教育だけではないとの考えか らだ。

 研修して終わりではなく、成果を現場に生かすことを重視する。活用がすぐできるよう研修医への指導場面をビデオ撮影して評価しあう。参加者は、職場の上司が研修に理解があるかを確認し、より成果を反映できそうな組織から戦略的に招待する。

 合宿の時間は討論に使うため、大量の「宿題」が出る。課題図書のリポートなどの個人の課題に加え、模擬授業や、病院の医師採用試験のモデル作りな ど共同作業も多い。多忙な仕事の合間を縫い、全国の仲間とメールやインターネット電話で打ち合わせを重ね、チームワークも学ぶ。

ーーーーー(引用終了)

指導医同士が育てあい、自分もよりよい医師になっていく「正の連鎖」。こんな指導医研修があったのか!というのが、自分も3年前このプログラムに参加した印象だった。連鎖反応はリニアではなく幾何級数的に振る舞うもの。この動きは必ずや大きな広がりをもって、皆でよりよい医師になる・育てる・育てあううねりになることを期待しています。

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1971年にJulian Tudor HartがThe Lancetに発表した"The Inverse Care Law"は当時の英国医療界に大きなインパクトを与えましたが、これは現在でも生きているようです。

GP(英国家庭医)であり疫学を学んだDr Tudor Hart(私が通っている大学院の大先輩でもあり)は「ヘルスケアを最も必要としている人たちが最もケアを利用できていない」という事実を発表。一方で専門職や経営者など社会的地位や高い収入がある人たち、またその人の住む地域はよりよい医療を受けやすく、病院へ紹介されても技術を必要としない労働をしている人たちよりもうまく希望する治療やケアを受けることができることを明らかにし、英国の目指す医療を問い直しました。

さて、現代ですが。 スコットランドはヨーロッパの中でも、心疾患の罹患率が高く平均寿命も短いことで知られていますが、そのスコットランドで「 the inverse care lawは今も生きているか?」を調査した人たちがいます。 ーーーーー

Stewart W. Mercer and Graham C. M. Watt

The Inverse Care Law: Clinical Primary Care Encounters in Deprived and Affluent Areas of Scotland Ann Fam Med 2007 5: 503-510.

RESULTS Compared with patients in least deprived areas, patients in the most deprived areas had a greater number of psychological problems, more long-term illness, more multimorbidity, and more chronic health problems. Access to care generally took longer, and satisfaction with access was significantly lower in the most deprived areas. Patients in the most deprived areas had more problems to discuss (especially psychosocial), yet clinical encounter length was generally shorter. GP stress was higher and patient enablement was lower in encounters dealing with psychosocial problems in the most deprived areas. Variation in patient enablement between GPs was related to both GP empathy and severity of deprivation.

ーーーーー

この結果を見ると、最も恵まれない(deprived)地域の住民はより多くの健康問題を持ち、精神心理的な問題をもつ傾向にあり、より多く医師に訴えがある事実と、その地域で医師(家庭医)はより多くの訴えを扱い、心理社会的な問題への対応も行う一方で診療時間は短くなるし医師側のストレスも大きく(3人に一人の患者が心理的問題相談を希望し、3人に2人は2つ以上の問題を相談したい状況は結構大変)、患者との共感が少なくなってくるという。the inverse care lawは今も健在、という訳だ。

先のDr Tudor Hartがこの法則を発表した背景は、住民の安全を守る医療を”市場”や”自然”まかせにすると、社会経済的な格差拡大、社会的な不安を被る結果となることへの警鐘だった(彼はマルキシストです)。

さて、病気をしたことがない、病気のことはあまり知らない、どうして病気になってしまうかも知らない(これは難しいですが)、病気をしたらどうなってしまうかも知らない、どう人生が変わってしまうかも知らない(それが良くても悪くても)、生活に問題の無い、恵まれている人たちが努力し、deprivedな部分に配慮し政策をつくっていくのはかなり困難なことと想像できる。その困難にどう立ち向かっているか、向かっていないか。しばらく確認項目にしてみよう。

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学期が終わり、クリスマスも終わって、新年に向かいながら今年のことを振り返っています。

臨床医としての職務・規範から距離を置いて、ヘルスポリシーの入り口に立つ。 ヘルスポリシーの今日的将来的話題から、それにまつわる学問分野の知識を理解し、その実際的運用を学ぶ…という大きな流れに流されながら、はた、考える。 臨床医として直接、患者さん・家族のために自分の医師としての能力を精一杯ストレッチしてより良い医療を提供することに一段落をつけて、より多くの人の健康に役に立てるようにと考えてここまできたが、さあて、医療政策のなんとなくの権力的な姿勢というのか、健康への関わり方にすこし戸惑っているようだな、と。

対象となる人口が大きくなればなるほど、政策的決定はelitismなtop-downなアプローチをとって、みんなからお金を集めて(税金)、規制やインセンティブで誘導し、ある政策の実現を目指す…とfinancingやhealth economics、policy analysisなど細分化された学習をしていると、ビッグピクチャーとしてはこう感じる。一方で、医療政策、医療政策といっているが、政策・政治が人々に健康をもたらすかは幻想で、政策で病気が治る訳ではないし、亡くなった方が帰ってくる訳でもないー...個々の生物学的病的状態は影響を受けない。とも感じる。(その中でも、予防は政策が権力を持って人々の健康に介入できる点で魅力的なのかもしれない。メタボ対策等) このあたりは、クラスでディスカッションしていて感じる違和感だった。医療政策が人々の健康を害することはあるが、健康に貢献することは少ないのではないか?では、どの辺りに価値を置くかー...特に医学のバックグラウンドを持たないクラスメートに、効率や効果について議論するたびに不安に感じたことだった。どのくらい個々の人々の健康への責任に対して当事者意識をもっているのかなあ、と。(追記:この辺りマクロでのアプローチに対する自分の’感覚的’納得感が不足しているのと、マクロだけの教育を受けている場合の危うさに対する危機感、だと思います)

医療政策で特に重要なのは、個々人の健康被害にまつわるリスク(特に経済的な)・不利益を社会でシェア出来るようにすること、健康被害のどの範囲をどの様にカバーするか決めること、人々がより健康によい生活ができるよう環境を作ること、医療者がよりよい医療を提供できるよう環境をつくること…と考えながら、自分の腑に落ちるところまでには至っていない。

あと今年も残りすこしですが、この辺りの問いを抱えながら過ごしたいと思います。

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2007.12.12 11:36 |  研究  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 1

患者の自由な選択は公平を意味しない

選択の自由は素晴らしい。

(つい、○○選択の自由、と聞けばアハハンとつぶやきたくなるくらい。憲法22条の歌。古い)と自分は刷り込まれていますが、すこし戸惑っています。

今日はTony Blairのhealth adviserだったProfessor Julian Le Grandの最終授業。やはり時折挟むDowning Streetの話しが面白い。学生もソコを突っ込みたい。

でも、私の関心事は「自由な選択」の不公平性でした。 自由な選択があると、より教育のある、またより収入のある、仕事を持っているひとがよりよい選択ができる事実がある、と。 より主張が上手で、より情報があり、より支払い能力があるひとが、自由な選択の中からよりよい選択ができるのだ、と。

まあ、ここまで聞いて、選択がない場合の方が、より先にあげた条件が影響して、不公平が広がることは感覚的に明らかでしょう。なぜって、選択の狭め方は、より声の大きい、より主張が上手で、社会的に影響力のあるひとの影響を受けやすいでしょうし。

そこでJulianは問います。「じゃあ、選択があるのと、よりよいケアが受けられるのと、どっちがいいか?」

日本の医療のアクセスを念頭に置いて、グッとくる。でも、それは間違った質問。だって私たちはよりよいケアを求めているのであって、選択はそれを獲得する方法なのだから。選択と良質との曖昧な関係と、人々が求めるものの本質の話しが、私の選択観を改めさせる。

「さあ、よりよい医療の質の追求に注力しようじゃないか。」

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