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以前から疑問に思っていて、私のアタマの悪さからか、全く筋道が見えないことについての覚え書き。たまにこういう主張がされていると感じて。
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医療費の公的負担を増加して、医師の給与・待遇・労働環境の改善を!
これらがどう関係するのかが全く見えてこない。
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なんらかの理由で、病院や診療所、医療法人などの収入・利益が増えた結果、果たして結果として医師の給与・待遇・労働環境は改善していくのだろうか。
医療機関の収入・利益増は公的負担の増加以外でも起こりうる。
病院や診療所、医療法人の経営戦略(より利益になる医療内容の提供や自費診療の提供拡大:富裕層対象、などやコストダウン:事務のアウトソーシングほか)や多様な診療形態のグループ運営(病院、診療所、福祉施設ほかのグループ運営、ほか)などで、現在でも十分な利益を享受しているところは多くあると考えられる。その利益もしくは収入が増加すると、医師の給与・待遇・労働環境が改善するのだろうか。私が勤務していた経験からいうと、さまざまな理由があり難しく感じる。例えば収入が増えたとしても、将来の収入の不確実性を理由(来年はどうなるか分からない:リスク回避型)に利益の保持を訴え、その利益の還元を保留できる、もしくはその利益を投資(機器購入や他の医療機関運営・買収ほか)に回すことができる。未来はいつも不確実だから、その理由はいつも正しい。さあ、どういうきっかけで医師の給与・待遇・労働環境が改善していくのだろうか。
一方で公的負担が増加したとして、それが診療報酬の増額改定だったとして、どうなるのだろう。政治マターで決まっていく診療報酬の変化額が増える方向にいったとして、その報酬方法が出来高払いだとしたら、上がった単価分をまた働くために、引き続き同じだけの診療を繰り返すことになるはず(仮に診療量が減るのであれば、それは医師が診療の量をコントロールしていることになり(SID)、ちょっときわどい内容のような…)。そうすると多少の収入増はあるかもしれないが、果たしてそれがいまここにある医師の給与・待遇・労働環境の改善に貢献すると期待できるのだろうか。
私が働いていたときは雇用契約内容というものを見たことがなかった。年俸制と名うった収入がどれくらいでどうなっていくのかもよく分からず、まあ生活するには十分であったし、年度替わりに一喜一憂する程度で、医療法人がその年度始めに決めていたものを受け入れるだけだった。その曖昧さは諸刃の剣で、一方で医師が集団で退職するとなると、特に雇用契約内容に規程がある訳でなし、それを拒むすべがなく受け入れるしかない。古くからあった医局と病院との”信頼関係”の証が、”水臭い”明示的な雇用契約を排除していたのかもしれない。いずれにしても結局、医師の給与・待遇・労働環境の改善というのは、国との関係ではなく、個々の医療機関のポリシーによるのは、全く明らかだと思うのだ。
医師を分類して「経営者」医師と「雇われ」医師の2つに分けて考える必要があるかもしれない。
医療費を増やしていくことは、必要な医療を提供していくのに必ず必要だが、さてどう増やしていくのか、と医師の給与・待遇・労働環境の改善がとても遠い関係に今も感じている。
追加:社会保険の在り方、公的医療機関と私的医療機関の混在下での国家の医療提供の責任と私的医療機関のcream skimming…とまでいかなくても境界の曖昧さ、contracting再考、も今後の課題です。
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すっかり早朝の体感気温は氷点下ですが、天候が許せば家から3分のところにあるHolyrood parkでジョギング。ロンドンマラソンのballotがはずれたのでくさっていましたが、まあ古傷の足底筋膜炎が疼くので…と自分を納得させて公園を一周。気持ちいい。
英国では病院を評価しその星取り表(リーグテーブル)を発表することや、 施設の清潔さや院内感染の情報を公開するなどの、医療機関の「質」に関する情報公開が(試行錯誤で)試みられていましたが、今度は患者参加型”グルメガイドスタイル:ザガットスタイル”医療機関利用ガイドを提供することが計画されていると報道されていました。
(以下、引用です)
By Jeremy Laurance, health editor
Monday, 27 October 2008: The Independent
Ministers are planning the first "Zagat-style" user's guide to the NHS, which will rate hospitals and GP practices on the basis of comments from patients.
Star ratings could be given to the most popular NHS establishments in the same way as guides to eating out rank restaurants on the number of positive responses they receive.
More than 6,000 comments from patients on individual NHS trusts have been recorded on the NHS Choices website. The scheme is due to go live next year with a TV campaign and dedicated website that patients will be encouraged to use to rate the service they received.
Lord Darzi, Health minister and a practising surgeon, said the move was a part of the drive to improve quality in the NHS, set out in his "next stage" review, published last summer.
In the US, the international restaurant rating company Zagat, has teamed up with WellPoint, an American health insurance company, to allow consumers to rate their doctors.
Lord Darzi said: "We will have a Zagat-style guide here. We plan to do that as part of the NHS, providing a guide to hospitals and GP practices. In my hospital [St Mary's in London] there could be a Zagat rating for the colorectal service, in which I work."
(原文更につづく…)
ザガットは日本語版もあるレストランガイドですが、利用した人の口コミ(アンケート・レーティング等)で評価をする、今はよく見られるガイド形式のハシリ。アメリカではこのザガットガイド自体が医師個人個人の口コミ・評価を提供するサービスも始まっているようですが、さて、英国はいかに。
対象となっているのは病院と家庭医診療所(GP)で、医師個人ではないようですが、 印象的なのははっきりとHealth Minister(現役の外科医でもあります)が患者の病院・診療所での主観的な医療経験を重要な医療の「質」の指標だと言って、それを明確にし、個々について公表しようとしている点。
こういうのはどの内容に対してだれがだれをどうやって情報提供して、その結果を公表するのかしないかなど、つめるところ沢山だが、公表すると決意し、国をあげて患者の医療経験指標をあげにいくのだから、恐れ入る。医療費削減・増大などの金銭的評価や健康指標の改善、人員不足の解消等を越えて、医療の国民への貢献を追求する価値観は、さて結構チャレンジングだがどう受け入れられ活用されるか。日本だと「そんなことにお金を使わずに、○○につかってくれ」という横やり必死ですか…。
参考に、既にいくつかの病院はNHS Choiceというサイトで、患者さんのコメントを受付公開しています。こんな感じで。
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医師の辞職が問題になる報道は、必ずといっていいほど給料の話題になる。医師が給料が低いことを理由に辞職している、というものだ。
「医者をなめないでほしい」
そういった声が医師から聞こえる。正直私も同じ気持ちだ。そういう報道をされる方の内にある、monetary valueを優先した価値観が透けて見える。すこし寂しい。
しかし一方で、医師の中にもさまざまな方法で金銭的などの自己の利益を優先し追求している人がいる可能性は否定できない。 いつだってそうなんだ、そういった少数の人たちの特徴で大きな集団が判断されてしまう。しかしそれが”少数”なのだと、誰がいえよう。統計で求めた数字では説得力に欠ける。
英国でも少数の医師の質の低い診療や犯罪が注目され、医師と患者・社会との不信感が拡大してしまった。このことと、英国家庭医の教育について、日本医事新報に時論を書かせて頂きました。
以下、引用です。
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【時論】プライマリ・ケア再考 ─英国家庭医制度から学ぶ(2)
家庭医の役割・倫理教育と規制 ─特に医師免許更新制度を巡って
はじめに
英国家庭医の自律的な診療の質追求への努力と実績、pay-for-performanceの功罪を紹介した前回(葛西ほか 2008)に引き続き、今回は異なる側面における英国家庭医の質追求への試みと政府による規制について言及したい。日本を含めたさまざまな国で、医師は、よく訓練された知識・技術を個々の患者に最大限提供する専門職として期待されていると同時に、公共の利益、特に医師法第一条にて述べられているような「公衆衛生に寄与する」ことが期待されている(医師法)。しかし、この二つは時に相反する。例えば十分な診療の行える最大数の患者を受け入れた救急外来が、現在進行中の患者への診療の質を保つ為にさらなる救急患者の搬入を断った場合、ほかに救急を受け入れる医療機関へのアクセスが確保されていなければ、その地域での救急救命率が下がる可能性がある、という具合である。
また、医師側の診療姿勢も二つの相反する側面がある。Brewer(2000)が指摘しているように、医師は職務において公共の利益にかなうよう行動するといった公共精神が養われ備わっている一方で、やはり医師個人の効用を最大化する理性的経済的個人としての志向や嗜好があることは否定できない(Lightほか 1988)。英国では1990年代より、家庭医を含めた医師という専門職が内包するこういった相反する価値や倫理観を前提としながらも、大いなる職業的自律を得ながら診療していることに対する市民・患者・行政による不信が問題となっていた(Irvine 1997)。特に1997年に明らかになったBristol Royal Infirmaryでの小児心臓外科手術の高死亡率に対する追及や1998年に明らかになったHarold Shipman医師による連続殺人などのごく一部の医師による犯罪をきっかけに、英国社会の中で医師の資質に対する不透明性・不信が決定的なものになってしまっていた(Welshe 2003)。それに対し、英国家庭医療学会を含む専門医学会や英国医師会、患者団体や行政が協力し、信頼・自律回復と同時に継続的な医療の質向上に向かっている過程は、医療というものが構造的に持つ問題とその解決策を知る為に参考になる。
本論文では、はじめに英国家庭医療制度と医師-患者関係の構造から医師の役割を読み解き、専門職として医師に期待される役割とその内容に言及する。さらに、専門職集団の責任行動の一つとして英国家庭医の倫理教育に焦点を当て解説し、一方で構造的に必要とされる規制について、特に英国における医師免許更新について述べた後、日本の医療への示唆を示したい。
(以下、文章つづく)
ーーーーー
この中で、医師の中にあるKnights(騎士)としての行動規範・価値観とKnaves(ならず者)としての行動規範・価値観に触れています。ならず者は必ず存在する、それをどう扱うか…、を医師自ら問うことは大きな苦痛を伴うかもしれません。自らの沈黙を守っているならず者に光を当て認める、その自覚が大きな集団でのならず者の存在に対する対処・対策への必要な一歩かも知れません。
二項対立では決してない。敵は自らの中にある。
日本医事新報の本文も読んで頂けると嬉しいです。
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最終試験の準備期間にも関わらず、友人が英国家庭医学会の国際会員のワークショップに誘ってくれたので参加してきました。
主に英国家庭医学会と協力して各国のプライマリケア専門医養成を行っているヨーロッパ、南アジアや中東・アフリカのシニアレベルの家庭医が集まり、 専門医認定に関わる評価の方法や内容、統計的検定にまつわるレクチャーとグループワークがみっちり。各国で姿勢や進行状況にばらつきがありますが、特にEUに参加する国では専門医養成過程と認定を確立することが必須であり(医師免許はEU域内で有効となるため)、必死に質の高い医師を養成するプログラムと専門医認定を確立しようとする学会の様子が印象的でした。こういった場に行くといつも感じますが、ほんとうに参加している医師は皆integrityに溢れた人たちばかり。どうしてか?という疑問を正直に夕食で横に座ったスリランカの家庭医学会長にぶつけると、「そうじゃない人は医学部に入れないでしょ」とさらっと。どんな入試してるのか…、興味あるところです。
英国の医療制度は医療費が公費の一般財源から拠出される税方式であることもあって、政治が医療制度を大きく決めていることから、制度の硬直化、官僚化や医療従事者の士気低下などがいわれますが、いやいやそんなっということがありました。先のワークショップで知り合ったイングランド南部の家庭医は、私が医療政策を学んでいることを話すと、「ちょっと、どう思うかなあ」と自分のしている試みを話してくれました。家庭医はおおよそ3人や6人など複数人数で共同してひとつのクリニックを運営し診療を行っているのですが、その彼のクリニックでは地域の病院と共同して、そのクリニックが管理する病棟を確保、入院患者の診療も始めたというもの。
「ほら、よくいるじゃない、数皮節にわたる帯状疱疹とか併存症のない肺炎とか紹介の微妙な例。だけど家庭医が病棟で管理できるし、必要だったら病院で専門医にコンサルトできるし。待ち時間もないし、いいでしょ。」
グループ診療のメリットも最大限にいかして、病棟管理を分担している。患者さんにもすこぶる評判だとか。「でも、多くの患者さんは選択肢を示すと入院したがらないんだよねー、家がいいんだよ。」という。南部ののんびりしたところなのかなー、と想像しながら、夏に見学に行く約束をしたのを今から楽しみにしている。 かわいい息子ちゃんの好きなスシ、もっていこ。
一方で日本でも新しい試みがある。以前一緒に働いていた北海道家庭医療学センターの同僚たちが新たな船出から、新規事業を始めている。家庭医3人の派遣を希望する地方自治体を 公募するというものだ。彼らが本気で行う新事業。それを求め共同する地方自治体とがっちりタッグを組んで、必ずやその地域の人に役立つものを提供するに違いないと確信している。
参考記事:家庭医派遣しますーあるセンターの試み(日経メディカル)
参考記事:地域医療に新発想(どさんこワイド180:動画ニュースあり)
参考サイト:北海道家庭医療学センター
自分が北海道で働いていた時、さまざまな事が上手く行かず、自分の成長も地域への貢献も見えない時、先輩が言ってくれた言葉:「tarogoくん、今はよく自分の成長が見えないかもしれない。でも私には見える。きみが地域の人々の役に立っている姿が。現在の日本の家庭医療の状況もそうだ。でもね、諦めちゃいけない。下からレボルーション、やればできる。そうだろ。」
イギリスでも日本でも着実に起こっている、フロントラインからの地道なレボルーションが実を結ぶと信じている。
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日本からいらっしゃった先生と年上の英国人の友人とで連れ立って夕食に行ってきました。
”根っこ:racine”と名付けられたフレンチビストロで、メニューを吟味し…、ウサギを食べてみました。「フランス人はすべての部分を食べるんだよ」という友人の話しに続いて、美しく並べられた料理(腎臓・肝臓含む)が来る。実際、かなり美味しい。「待ちぼうけ♬待ちぼうけ…」と昔聞いた陽気な歌が口をついたので不思議に思っていると、ああ、この歌はうさぎが木の根っこにひっかかって転がる歌ですね…。
後期高齢者医療保険制度についてすこし知人と話す機会がありました。この新制度の「導入に際する不手際・準備不十分」があり対象の方々や医療機関が混乱。その感覚を引きづりながら、制度自体への不満も衰えない。
そのなかでも今回は、「後期高齢者診療料」についてすこしだけ考えたい。 患者の同意を得た上で、計画的に診療を行った場合、月1回600点算定できる、という診療料。 点数の多少や登録・主病・主治医うんぬんは、ほかに山盛り書いてあるので割愛。
仮にこの診療料が高齢者医療費抑制を目的としているのであれば、疑問が残る。だって医療機関が自由に患者を選んで「後期高齢者診療料」算定をお勧めできる制度のようですから、リスクの低い月1回〜2ヶ月1回受診の併存疾患の少ない方を選んでおススメするのが道理。もちろん他の方には、今まで通りの出来高払いをお薦めして、全体として診療報酬を増やすことが可能だ。
と、甘く考えていると罠があるかもしれない。それはリスクの負い方。対象が75才以上の後期高齢者だけなのを忘れてはいけない。この年齢は急性慢性軽症致命傷問わず病気にかかる頻度が高く、医療費がいくらかかるかは直近であっても不確実。そのリスクを「後期高齢者診療料」を算定したクリニックが負うことになる。もしくは無意識に負わされることになる。定額支払いのサガ、包括項目(検査・画像診断・処置など)への抑制インセンティブがかかった状態で、すべての医師がフツーに必要な検査や治療が行えるよう祈っています…。
国民の健康への安心を提供する医療保険制度も、国民が被るであろうリスクを他のメンバーに付け替えることに終始してはいけない、のではないだろうか。
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今まで大学院での学習に埋もれていて距離を置いていた日本の医療政策について、いくつかの視点から考える必要があって、手始めにエムスリーの記事をざっと読む。
おおっ「舛添会議」と銘打たれ、「安心と希望の医療確保ビジョン」の第7回会議の様子が報告されていますね。 会議が今まで、毎回の事前準備やその後のフォローアップ含めどう運営されてきたか分かりませんが、「こりゃ大変だなあ」というのが初めの印象。 すこし引用してみると…
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「医学部定員増は精神安定剤にすぎず」 舛添大臣の定員増の提案に、矢崎委員が回答
ーーーーー
舛添要一・厚生労働大臣は、医師不足の現状を指摘し、「今年度は医学部定員を395人増やした。あとどれくらい増加すればいいのか」と3人のアドバイザリーボード(委員)に質問を投げかけた。 委員の一人、独立行政法人国立病院機構理事長の矢崎義雄氏の回答が冒頭のコメントだ。矢崎氏は、2006年7月に報告書をまとめた「医師の需給に関する検討会」の座長を務めた。矢崎氏は絶対的に医師が不足していることは認めつつも、それは医学部定員増ではなく、今いる医師をはじめとするスタッフで、いかに「仕事」を行うかを検討することが必要だとした。 (中略) 矢崎氏は、「ここ十数年、(医師の需給の)ギャップが大きくクローズアップされてきたのは、高齢者が増加した上、医療の専門化・高度化、国民の医療に対する目が厳しくなったことなどが上げられる」と前置きした上で、「現状で医師は絶対的に不足しているが、医師の養成には時間がかかり、将来、医療ニーズがどうなっているかも分からない。仮に医学部定員を10%増やしても、需給がクロスするのが1〜2年くらい早くなるだけ。また一度、増やした定員はなかなか削減できない。私は、医学部の定員増で医師の絶対数の不足は埋められないと思う」と述べた。 矢崎氏は、まず医師やコメディカルの業務範囲の見直しを行った上で、(1)病診連携の活用による、高齢者の入院の在宅への移行、(2)高度な機能を持つ診療所による救急の受け入れ体制の充実、(3)訴訟リスクの回避——などで対応すべきだとした。今いるスタッフで何とか解決する方法を講じるのが先決だとした。
(引用終わり)ーーーーー
舛添大臣が「医師の量的不足」というアジェンダに対して既に実施されている「医学部の定員増」の効果評価と今後期待できる効果・このアジェンダに対する他の解決方法とその期待できる効果を問うたのに対して、矢崎氏はそのアジェンダ設定の段階からの疑問を提示し、「医師の病院からの退職を減らす」を新しいアジェンダに持ち出し、いきなりズレている。がしかし、このあたり、医師らしい「対症療法ではなく、根治的な治療を!」という思考法・意志を感じる(がしかし、「医師の量的不足」を脇に追いやるだけの議論の根拠を提示できなかったので、舛添大臣に「政治の言葉で語るには、数値目標が必要」と言われてしまっている…)。
結局、会議としては各自の持論の空中戦。医療問題をどの”軸”で設定し議論・解決法の実施に向かっていくかのコンセンサス(アジェンダ設定)の段階で足踏み(というか、逆戻り?)か。次回の「提言のとりまとめの議論」大丈夫でしょうか。
しかし一方で、各論点に国内・国外のデータや研究結果でサポートを加え、今後の計画や予想を明示できると、こんなに大臣・プロフェッショナル・市民代表が意見を言い、公開されている(予算概算要求に反映させていく!)議論というのは、とても期待できる魅力的なものですよね。
大臣・各委員の方が、どういう政策スタッフで動いているか分かりませんが、その人たちの出すであろう議論や根拠を想像しながら、自分の来週末締め切りの宿題に戻るとなんだかやる気がでますなー(なんだかうなぎの蒲焼きのにおいを嗅ぎながら、ご飯を食べるような…)。
追記:ロハスメディカルでもこの 「安心と希望の医療確保ビジョン」の第7回会議の様子が報告されていますが、傍聴された方も会議の混乱ぶりを感じていらっしゃったようです。
追記2:どうやら上記のずれは、矢崎氏が座長をなさった「医師の需給に関する検討会」で検討・解析/予測し結論を提示していた内容を、舛添厚生労働大臣が踏まえていなかったことによるようです。少ない時間で大臣に必要な現状までの分析を伝えることも委員の役割であったかもしれません。
参考サイト: 「医師の需給に関する検討会報告書」
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週末はコンサルタントの体験セミナーに参加してきました。
能力と志のあるメンバーに基本的なスキルを提供しトレーニングした後、指導者のもとでグループで課題に取り組み、成果をプレゼンする。いかにバリューを出すかを求め、複数の切り口から指導(”軸”は適切か?”問題”としたものはデボトルネックすると目的に寄与する問題解決するのか?など)を受けながらの楽しいセッション。短い期間でしたが、特に2つの気付きがありました。ひとつは改めてスキルと知識の重要性。特にこの2つが成果達成のスピードを飛躍的に変えることを認識。そして2つ目は能力と志のあるメンバーの重要性。各々が異なったバックグラウンドを持ちながら、共通のスキルと課題を抱え、補い深めあいながら、成果に至ることのチカラ。ものすごいレバレッジ感。
その思いを込めて先日、週刊医学界新聞に「医師が学ぶヘルスポリシー」という文章を書かせて頂きました。
臨床のバックグラウンドをもち、自分の臨床が関わるヘルスポリシーについて学ぶことについて、今の思いを伝えようとしています。皆で学びながら目の前の問題に対処すると同時に、大局観・insight・feasibilityにバランスした医療の問題解決に繋がるように。
(以下、引用:タイトルをクリックで本文にリンクします) ----------
「医療は医学の社会的適応である」と言ったのは戦後日本の医療制度に大きな影響を与えた元日本医師会長・武見太郎氏でしたが,サイエンスの側面の トレーニングを受け社会に出た医師が臨床の場で多く直面するのは,医学の知識のみでは解決できない,一筋縄ではいかない「社会的」な問題です。医師免許の 付与・剥奪,診療範囲の規制が政府・行政機関によって行われていることで,基本的な存在条件自体が「政治的」な医師が,日常的に直面する医療や社会的な問 題に関わる健康にまつわる政策とその周辺について知らないのは,少しナイーブかもしれません。
私は政治家の得票を意識した発言やマスコミに煽られた「政治」ではなく,学問的な“ヘルスポリシー”を学ぶことで得られる洞察や知見に よって,医師がよりよい診療・研究に集中でき,継続可能なよりよい医療制度の構築に貢献し,より多くの人の役に立てるのではないかと考え,英国で学んでい ます。本稿で私が学んでいるヘルスポリシーの概要をご紹介します。
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私が注目しています「臨床+α」主催のセミナーが先日あり、皆でより学び・ネットワークし医療をよりよくしよう!という多数の同世代、先輩世代、若い世代が集まったようです。
”臨床”プラスと名うっているところに、最前線で直接医療を提供する医療関係者の重要性を十分理解している臨床家・臨床経験者の意志を感じています。私も「すべては臨床からはじまる」と、根っこのところでは感じています。
例えば、医療機関の管理運営のこと。
英国でも医療機関を管理するマネージャーと医師たちの齟齬が問題となり、それは医療内容を十分に理解できずマネジメント言語を話すマネージャーと、マネジメントを理解できない(もしくはしてるつもりになってるけど実は不十分な…)医学言語を話す医師たちとがコミュニケーション不全を起こしていることが、管理運営に支障をきたしていることは常態です。かといって、医師がすべてを管理しようとすることは、非効率・不透明性・不十分な管理技術・不信などなどあり既に現実的ではないでしょう。 しかしマネージャーが医学を学ぶことより、臨床を経験している医師が医療マネジメントを学ぶことの方が容易なこと。 さて、どうするか。英国では「臨床+α」…として、パートタイムやフルタイムで医療マネジメントを学ぶ大学院などの提供が行われ、また例えばインペリアルカレッジでは医学生対象に同校のタナカビジネススクールがマネジメント教育を提供している試みも行われているようです。息の長い試みですね…。
この日本でのネットワークのそれぞれは個人の努力やキャリア志向によって行われているものですが、それが「臨床+α」という考えでひろく繋がっていくことで、新たな「なにか」を生み出すのでは…と期待しています。
今後も継続してセミナーやネットワーク、情報提供が行われるようです。楽しみです。
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自分の前職場が新たな船出ということで、応援したいと思います。
志のある医師たちへ、皆様も応援お願いいたします:)
ーーーーー(以下引用)
北海道家庭医療学センター(北海道室蘭市) 医療法人を設立し独立へ 町村への「提案型」で提携進める
記事:Japan Medicine
提供:じほう【2007年12月26日】
地域医療の第一線で活躍する「家庭医」を養成している北海道家庭医療学センター(草場鉄周所長)が、医療法人母恋(ぼこい。勝木良雄理事長、北海道室蘭 市)から独立して、来年4月から医療法人北海道家庭医療学センター(仮)としてスタートする。13日の同法人理事会で了承された。これまで同センターは、 母恋の1部門として、道内の更別(さらべつ)村、寿都(すっつ)町の診療所に医師などを派遣し地域医療に貢献してきたが、1医療法人の1部門としての活動 には限界があるとして、独立に踏み切った。理事長就任が予定されている草場氏は、町村の医療政策などにも踏み込んで「自治体と一体になるような業務提携が できる、『提案型の提携』を進めていきたい」と抱負を語っている。
(略)
また、これまで教育・研修施設は母恋の系列病院などが中心だったが、他法人との提携も進めることにしている。「更別については、拠点となる本輪西と同じ位 置付けにして、教育機能を高めていきたい。(更別村のある道東地域の)公立芽室病院や帯広協会病院、北斗病院などとも連携して教育機能を高める」とした。 また、町立松前病院(松前町)と勤医協(札幌市)などとも連携することにしており、病棟研修を行うための施設確保を進めている。
これまで同センターは、本州にも提携施設を設けるなど、全国版的な家庭医養成を目指していたイメージがあった。しかし、草場氏は新組織移行後は北海道を重 点に活動を進めていくとしている。独立後の課題にもなっていた、病棟研修施設の確保もできて、「これら施設とのネットワークが組めることになった」と説 明。「全道をカバーするネットワークができたと実感している」と述べ、今後の活動に期待を膨らませている。
ーーーーー(引用終わり)
政策分析の分野でも、組織や所属に関係なくcore beliefで結ばれたcoalitionがひとつの政策実施の鍵となることが提唱されています(Sabatier)。今回の変化が北海道家庭医療学センターの進む道をより明確にし、所属に関係なくcore beliefで結ばれた連帯が形成され、新たな連携で地域への貢献へさらに歩みを進め、更なる成果に向かっていくことと期待しています。応援!
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エッセイの提出がようやく終わり、すっきりしています。
膨大なリーディングの海を泳ぎながら、最後にエッセイをまとめると、各理論の主張や根拠、議論が明確になって本当にすっきり。 自分の文章を読むと「なんて分かりやすいんだ」(自分のアタマの構造と一緒)となってしまうことに気を付けながら、読者(教授)を説得したり、適切に問いを分析し答え議論(argument)する意識を最後まで持続できるかが、エッセイの質を決める…って、社会学的論文の書き方に親しんできています。
いくつかあると考えられる「英国GP(General Practitoner:家庭医)に関する誤解」について今日はすこし。
それこそご近所のうわさ話のレベルで批判したり、蔑んでみたり、哀れんだりしている方がいらっしゃって(盲目的に、英国は医療崩壊先進国!みたいな)どおかなあ、と思っていたので。 端で聞いていると、「ネッシーを見た!(古い…)」「首が長いらしい」「時速300キロで泳ぐらしい」ぐらいのこともあり、ハラハラします。 (そういいながらも私に誤解のあったときは、ご指摘ください!私の根拠はGP研修を1ヶ月弱し、GPの友人たちと話した内容に加え、『NHS A GUIDE』ほかを読み(成書はその程度です)、授業で触れた事項と細かい事項に関する数編のリーディング(たとえばNSFやQOF、The New GMS Contract)程度によるものです。あしからず。)
誤解その1「英国GPは公務員であり、診療も官僚的で一生懸命働かない」
回答その1「英国GPは有名な受診時無料の国民医療サービス開始(NHS 1948年)時から、診療的にも経営的にも独立した地位(independent contractor)を確保しており、地域行政機関(PCT)と契約を結ぶことで収入を確保している。90%以上のGPがグループ診療(1つのクリニックに複数の医師が勤務)をしており、そのなかでもパートナーと言われる経営権(?)を共有する医師たちが利益から収入を分配し得ている。他のGPは月給制である。ほかにパートタイムやローカムといわれる期間雇用の形態があるが、いずれも公務員ではない(注:公設のクリニックで勤務する場合は”公務員”と言えるのかもしれませんが、一般的ではありません)。よって、bureaucraticというよりも、small business ownerの観が強い。これは日本の開業医とよく似ていると感じます(個人的に)。多くのクリニックにはプラクティスマネジャーという、日本でいう事務長職がいて、経営管理を行っている。診療に関してはほとんどのGPが英国家庭医療学会(RCGP)認定のトレーニングを受け、その能力を評価され、専門医認定を受けた上で診療しているので、質の標準化が図られている。また現在は年に1回、その1年間の臨床活動ほかについて、PCTに委任された他のクリニックの家庭医(GP appraiser)による形成的評価(appraisal:訳語は適切でないかもしれませんが意味はこれです)を受けることが義務づけられており、診療内容・質の密室性は少ない。以前はGPでさえ予約が取れない状況があったが、政治的な介入もあり数値上は90%程度は48時間以内に家庭医受診ができるようになっている(10年前は風邪の受診に1週間かかるという悪評だったが…。まあこんなサイトもあるが…)。これは個人的な経験だが、友人のクリニックでは毎年10%程度が登録を移動するため、新規の患者を引きつけることが経営上も重要であり、患者に対する質のよい診療・クリニックとしてのサービス(予約、時間外対応、適切な紹介、検査結果の連絡等)と近隣医療機関・病院・福祉との良好な関係はとても重視され、維持に対して努力しているということだった。」 …、ということで、プライマリケア専門医としての質と診療・経営の自律性をもっています。
ほかの誤解については、そのうちまた回答したいと思います。
参考資料:New GMS Contract
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