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最終試験の準備期間にも関わらず、友人が英国家庭医学会の国際会員のワークショップに誘ってくれたので参加してきました。
主に英国家庭医学会と協力して各国のプライマリケア専門医養成を行っているヨーロッパ、南アジアや中東・アフリカのシニアレベルの家庭医が集まり、 専門医認定に関わる評価の方法や内容、統計的検定にまつわるレクチャーとグループワークがみっちり。各国で姿勢や進行状況にばらつきがありますが、特にEUに参加する国では専門医養成過程と認定を確立することが必須であり(医師免許はEU域内で有効となるため)、必死に質の高い医師を養成するプログラムと専門医認定を確立しようとする学会の様子が印象的でした。こういった場に行くといつも感じますが、ほんとうに参加している医師は皆integrityに溢れた人たちばかり。どうしてか?という疑問を正直に夕食で横に座ったスリランカの家庭医学会長にぶつけると、「そうじゃない人は医学部に入れないでしょ」とさらっと。どんな入試してるのか…、興味あるところです。
英国の医療制度は医療費が公費の一般財源から拠出される税方式であることもあって、政治が医療制度を大きく決めていることから、制度の硬直化、官僚化や医療従事者の士気低下などがいわれますが、いやいやそんなっということがありました。先のワークショップで知り合ったイングランド南部の家庭医は、私が医療政策を学んでいることを話すと、「ちょっと、どう思うかなあ」と自分のしている試みを話してくれました。家庭医はおおよそ3人や6人など複数人数で共同してひとつのクリニックを運営し診療を行っているのですが、その彼のクリニックでは地域の病院と共同して、そのクリニックが管理する病棟を確保、入院患者の診療も始めたというもの。
「ほら、よくいるじゃない、数皮節にわたる帯状疱疹とか併存症のない肺炎とか紹介の微妙な例。だけど家庭医が病棟で管理できるし、必要だったら病院で専門医にコンサルトできるし。待ち時間もないし、いいでしょ。」
グループ診療のメリットも最大限にいかして、病棟管理を分担している。患者さんにもすこぶる評判だとか。「でも、多くの患者さんは選択肢を示すと入院したがらないんだよねー、家がいいんだよ。」という。南部ののんびりしたところなのかなー、と想像しながら、夏に見学に行く約束をしたのを今から楽しみにしている。 かわいい息子ちゃんの好きなスシ、もっていこ。
一方で日本でも新しい試みがある。以前一緒に働いていた北海道家庭医療学センターの同僚たちが新たな船出から、新規事業を始めている。家庭医3人の派遣を希望する地方自治体を 公募するというものだ。彼らが本気で行う新事業。それを求め共同する地方自治体とがっちりタッグを組んで、必ずやその地域の人に役立つものを提供するに違いないと確信している。
参考記事:家庭医派遣しますーあるセンターの試み(日経メディカル)
参考記事:地域医療に新発想(どさんこワイド180:動画ニュースあり)
参考サイト:北海道家庭医療学センター
自分が北海道で働いていた時、さまざまな事が上手く行かず、自分の成長も地域への貢献も見えない時、先輩が言ってくれた言葉:「tarogoくん、今はよく自分の成長が見えないかもしれない。でも私には見える。きみが地域の人々の役に立っている姿が。現在の日本の家庭医療の状況もそうだ。でもね、諦めちゃいけない。下からレボルーション、やればできる。そうだろ。」
イギリスでも日本でも着実に起こっている、フロントラインからの地道なレボルーションが実を結ぶと信じている。
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クラスの友人夫婦が休暇を利用して日本に行き、本当に本当に思い出深い旅をしてきたと聞き、本当に嬉しい。
特に大阪で素敵な年上の女性に巡り会い、なんと日本語を話せない彼らの為に京都案内をかってでてくれ楽しい時を過ごした、と。京都でも尼の方がさりげなく案内してくれたと同時に、お抹茶もごちそうしてくれたとか。伊勢参りも鳥羽も満喫し(いいね)、大阪では見知らぬおっちゃんが駅で切符を買ってくれ「金はええで!」(想像)と豪快に立ち去ったり…。本当に嬉しく日本が誇らしかった。なぜか友人は関西のみの観光。オトナの観光にはそれもありかな…、いいんちゃうか…。
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先日授業をしてくれたAnna Dixonが記事を書いていました。
病院の閉鎖や統合が進むなどの英国医療への市民の不安に応えて、今月初めに英国保健省が出したレポート:Our NHS Our Future: NHS Next Stage Review - Leading Local Changeに関するコメントです。(以下、引用)
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Public eye
The NHS, but not as you know it
Anna Dixon, The Guardian, Wednesday May 14 2008
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元のレポートでは政府が国民に対して「医療をどうやってより良いものに改革していくか」という基本的姿勢をしめしていること、そして患者の利益を中心に据え、改革は医学的臨床的な知見を元に行われれると謳っており、市民・医師・政府の共同で医療をよくしていくという決意が示され、(実現すれば)素晴らしいと感じましたが、記事ではAnna Dixonが各項目の議論の可能性を示し、過去の反省と起こりうる問題で釘を刺している。
彼女は代表的な独立系医療政策シンクタンクであるKing's FundのDirectorであり、こういった医療政策に関する利害集団から独立した専門機関から発言し、みなによりよく考える議論を促すことは本当に意味があるなあと感じる。どうしても各々の利害を背景とする発言の空中戦になりがちな医療政策議論の中で、願わくば日本にも…、と感じるが、その為にはこの事業によりよい人材を惹き付け、育て、また思い切り働ける環境を作る決意と努力(とお金)が必要だと思う。気の長い話しだけれど、自分の目標のひとつとして是非その一端を担えたらと、努力を続けたい。
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天気のよい休日に、友人達と郊外の森を散策してきました。少し歩くと青紫の可憐な花が一面に咲いていて感動的。この花、ブルーベルは英国の桜よろしく、4月後半から3週間だけ一気に咲く花。北海道の芝桜を思い出しました。おいしい空気とうつくしい風景、素敵な時間にすっかりエネルギーを充電!です。
いくつか日本の医療についての主張を読んでいて気になることがありました。 喫緊の問題である医師不足や偏在、過重労働や医療費の量に関して、救急医療体制の不備・整備や刑事責任追求の是非ときて…、なんだか医療を外側から触っている感じと言うか、かえって医学界と市民(や行政・政府)との隔たりを感じました。なぜかなあというと、ひとつそこには医療内容に踏み込んだ議論が乏しいからかなあ、と思い当たりました。どうでしょうか?先に挙げたそれぞれの問題にも必ず関わっていると思います。
「医療の質…」とくると、いくつかの指標が提示されて、「だから日本の医師の診療の質はよい」と多くの議論なく結論づけていることが多いようです。例えば平均寿命や乳幼児死亡率。残念ながらこれらの指標と医療の’質’との相関は、明らかな結論として提示されていないのかなあ、と思っています(もしくはあっても低い。McKeownやMcGinnis JM, Russo PG, Knickman, JR. Health Affairs, April 2002だと先進国の平均寿命前死亡に対して医療の影響は10%以下のようですし、日本だけ違うとは結論できない…)。また時には、OECDの医療システム比較(時に、避けられる死亡の数に関するデータだったりもする)を例にとって世界一の医療システム!なので、医師の質もよい、という関係の少ないものを結びつける無理のある展開もあり、苦しい。日本の医師は様々な意味で最大限の努力で診療能力を高めその質を維持し、良い医療を提供している、それを示すよすがが非常に乏しいのです、寂しいことに。なんとかしてその質を測定・証明し示して、市民(行政・政府やマスコミほか)にも世界的にも信頼を得たいですよね。
質の議論はとても複雑で難しい。特にこれこそ技術的側面やコンセンサス形成などがあり医師の外側からするのがとても難しい。だからやはり医師自身が医師内部から行うことだと認識しています。医療を語るオピニオンリーダーから医療の質の議論がでてくれば…などど期待しています。できればEBMなんて話しだけに目を奪われずに。
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日本からいらっしゃった先生と年上の英国人の友人とで連れ立って夕食に行ってきました。
”根っこ:racine”と名付けられたフレンチビストロで、メニューを吟味し…、ウサギを食べてみました。「フランス人はすべての部分を食べるんだよ」という友人の話しに続いて、美しく並べられた料理(腎臓・肝臓含む)が来る。実際、かなり美味しい。「待ちぼうけ♬待ちぼうけ…」と昔聞いた陽気な歌が口をついたので不思議に思っていると、ああ、この歌はうさぎが木の根っこにひっかかって転がる歌ですね…。
後期高齢者医療保険制度についてすこし知人と話す機会がありました。この新制度の「導入に際する不手際・準備不十分」があり対象の方々や医療機関が混乱。その感覚を引きづりながら、制度自体への不満も衰えない。
そのなかでも今回は、「後期高齢者診療料」についてすこしだけ考えたい。 患者の同意を得た上で、計画的に診療を行った場合、月1回600点算定できる、という診療料。 点数の多少や登録・主病・主治医うんぬんは、ほかに山盛り書いてあるので割愛。
仮にこの診療料が高齢者医療費抑制を目的としているのであれば、疑問が残る。だって医療機関が自由に患者を選んで「後期高齢者診療料」算定をお勧めできる制度のようですから、リスクの低い月1回〜2ヶ月1回受診の併存疾患の少ない方を選んでおススメするのが道理。もちろん他の方には、今まで通りの出来高払いをお薦めして、全体として診療報酬を増やすことが可能だ。
と、甘く考えていると罠があるかもしれない。それはリスクの負い方。対象が75才以上の後期高齢者だけなのを忘れてはいけない。この年齢は急性慢性軽症致命傷問わず病気にかかる頻度が高く、医療費がいくらかかるかは直近であっても不確実。そのリスクを「後期高齢者診療料」を算定したクリニックが負うことになる。もしくは無意識に負わされることになる。定額支払いのサガ、包括項目(検査・画像診断・処置など)への抑制インセンティブがかかった状態で、すべての医師がフツーに必要な検査や治療が行えるよう祈っています…。
国民の健康への安心を提供する医療保険制度も、国民が被るであろうリスクを他のメンバーに付け替えることに終始してはいけない、のではないだろうか。
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