| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 | 31 |
選択の自由は素晴らしい。
(つい、○○選択の自由、と聞けばアハハンとつぶやきたくなるくらい。憲法22条の歌。古い)と自分は刷り込まれていますが、すこし戸惑っています。
今日はTony Blairのhealth adviserだったProfessor Julian Le Grandの最終授業。やはり時折挟むDowning Streetの話しが面白い。学生もソコを突っ込みたい。
でも、私の関心事は「自由な選択」の不公平性でした。 自由な選択があると、より教育のある、またより収入のある、仕事を持っているひとがよりよい選択ができる事実がある、と。 より主張が上手で、より情報があり、より支払い能力があるひとが、自由な選択の中からよりよい選択ができるのだ、と。
まあ、ここまで聞いて、選択がない場合の方が、より先にあげた条件が影響して、不公平が広がることは感覚的に明らかでしょう。なぜって、選択の狭め方は、より声の大きい、より主張が上手で、社会的に影響力のあるひとの影響を受けやすいでしょうし。
そこでJulianは問います。「じゃあ、選択があるのと、よりよいケアが受けられるのと、どっちがいいか?」
日本の医療のアクセスを念頭に置いて、グッとくる。でも、それは間違った質問。だって私たちはよりよいケアを求めているのであって、選択はそれを獲得する方法なのだから。選択と良質との曖昧な関係と、人々が求めるものの本質の話しが、私の選択観を改めさせる。
「さあ、よりよい医療の質の追求に注力しようじゃないか。」
Powered by ScribeFire.
「医師が国政を目指す。」リーディングリストへ
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)