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授業で何を聞いても、自分の患者さんのことが思い出される。
先週の授業は「患者による医療の選択」についてで、広く患者の医療への選択肢を増やすことは、患者にとって良い医療をより容易に得られる(効果・効率)ことや公平性を増やすことになるのか?について扱うものだった。
「選択」は一般に患者に好まれ(政治家にも。その選択を広げます!という政治家の行動が、得票に繋がる)ているが、さて医学的にも経済的にも適切な医療を選択することが可能か?もしできれば、いかにして可能か?もし不可能ならなぜ不可能か?を検討していた。そう、選択の結果が「満足」や「質の高い医療」にたどり着くかは疑問で、「後悔」や「短期的な結果」につながることや、効率の低い医療システムを推進する結果ともなるのである。この負担を患者・国民が負い、利を得るのは誰か。
さまざまな根拠で論陣を張ったクラスディスカッションの途中で考えていた。どう考えても、医療関係者や政府、患者・家族・国民が手を取って判断しないと、よりよい、また効率的(医学的にも経済的にも)な医療が提供できないことは明らかだ。その時の最新最適な医療は医療関係者が理解しているであろうし、より広く国・地域の、また医療機関の情報を集めたり分析するには政府の果たす役割もあるだろう。そしてその判断は患者・家族・国民にゆだねられるが、先にあげた医療関係者や政府の協力あってこそ賢明な判断が可能なのだ。
自分の患者さんたちは、迷った末に自分を選んだ。自分が適切な医療を提供していたかは、自分の判断の中にあった。
それが最適だったのか?
覚え書き:Essential readings
Rice, T. (2001). Should consumer choice be encouraged in health care? The social economics of health care.
J. B. Davis. London, Routledge Hanoch Y and T Rice (2006), Can limiting choice increase social welfare? The elderly and health insurance, Milbank Quarterly 84(1): 37-73
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