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PhDの学生の研究計画発表を聞いていて、すこしぼーっとしていた。
バハカリフォルニアの医療政策研究が内容だったが、エンドポイントと分析の部分がものすごく曖昧で”マイ理論”で押している。 早速フロアからやんわりと質問。最終的にこの研究で得られることは何と考えるか?や、分析の枠組みはどう考えているか?など、とてもやんわりと問いただす。慎重に学習者の知識程度と理解を引き出そうとする教官の態度に共感。でも学生は一貫して”I'm sure”の姿勢で埒があかない。
と同時に、日本での一連の偽装について考えていた。
古くは私が住んでいた北海道に激震が走った雪印に始まり、不二家、白い恋人などなどあげたら沢山ある食品関連(「みんなやってる」で開き直った食肉会社はご近所でした…)、A事件を発端とする建築関連、政治関連団体の領収書もれ?などの政治関連、退職後の就職斡旋と利益誘導にまつわる行政関連などなどなど。なんだか自分たちがすっかりナイーブであるように感じ、周囲を信頼していたのに裏切られた感じがする。ひとつのことだけでなく、社会全体への不信感が更に不信を呼ぶ。
今まで信頼していたものを少し再考しよう…などと考えると、はた、自分の足下が一番危ういことに気づく。 医療…は構造的に信頼の上に成り立っている。”プロフェッショナル”という定義やプロ自身の自覚が曖昧な言葉の元で、そのプロの自律を大いなる国民の信頼の元で頂いている。悪診療や不正診療をきっかけとして、また無責任な診療閉鎖などをきっかけとして不信が高まった結果、ほかの産業同様、規制によってより管理・制限を加えようとするのは当然の流れかもしれない。そうなればより管理が複雑となり、経費も時間もかかり、プロのモチベーション含め、その分野が混乱(場合によっては荒廃)して行くのは、現在の建築業界を見れば参考になる。
さまざまなものに守られている業界の常道ではあるが、現在医療関係者が行っている「規制や権力を批判して、同情や理解を求める戦略」により、自分たちの正しさやより手厚い支援を求めるのは正しい戦略なのか?と疑問が残る。競争にさらされた業界なら「私たちの提供するものはこんなにいいのですよ!」と良いところと誠実さ、信頼と透明性をアピール(もちろんそれに対応する透明性や説明責任の強化も必要)するところだ。 このうち一方ではなく両方の戦略で信頼を回復し、再生できるかが、日本の良い医療をより進めて行ける鍵だと考えている。
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