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< フリーアクセス考1 | メイン | 地方からの改革は可能か? >
2007.11.07 08:15 |  開業 / 病院経営  |  医療制度 / 行政  |  海外留学  |  tarogo  | 推薦数 : 0

フリーアクセス考2

「週末は…」、なんて書いた前回の予定もつかの間、すっかり風邪にやられています。 久しぶりの全身倦怠感、節々の痛みとのどの痛み、嗄声・咳、発熱。 起きては寝て起きては寝てですが、深く眠れず、うなされていると家人は言います。いつもクラスメートと話してる夢だからかなあ。

ふたたび、日本でのフリーアクセス擁護について考えてみる。医師側としての。

医師としては、自分の外来にかかってくる患者さんを原則ことわることはない(救急車や受診”依頼”、入院”依頼”などは断ることがあるようですが…)。 自分の診療できる範囲(能力や経験、施設的制約など)で診療し、必要であれば更なる検査や治療のため入院もしくは他施設へ紹介を行う。 どの医師にもてもらうかは、患者さんが自由に選んでくれればいいんだよ。自分は医師としてできるかぎりのことをするし、必要であればケアのコーディネーションを行う。 それがフリーアクセスということで、患者さん自身の選択で、一番良いようにしてもらえればいいです、という考え。 そうすることで、良い質の医療機関が選ばれもするし、質の悪い医療機関には患者は集まらなくなる。また患者もひとつの診療に疑問のあるときは、自由にほかの医師に受診し意見も聞けるし、不必要な医師患者関係の固定もない。人には診療上の関係だけでなく、相性ということもあるし。という風に。

しかしすこしうがった見方をすると、事前に質や相性のわからない医師にかかって、合わなかったら逃げてもいいよ、ほかを探してもいいよ、というのが本音なのかとも感じる。実際、私(患者)に”より”合う医師の存在、はいつまでも不明であるし、その次が、より合う保障もない。医師たちは、「いずれ相性のよい医師に出会えるよ!じゃあ、私はこれにてご免!」と責任を放棄できる。

フリーアクセスというよりはフリーエスケイプ:逃げる権利?(変な英語ですか…)なのかもしれない。お互いに。 質の選択に関しても疑問が残る。実際患者さんは病院選択に関して、全体の3割の人がなにか情報を参考にしてかかる病院を決め、またその8割弱は家族知人友人からの情報であるというデータ(厚労省「受療行動調査」)から考えて、情報を参考にする人の少なさと情報源の医療の質との相関の低(そう)さを見ると、それがどれだけ診療の質と受診行動とに関係しているのか不明だ。実際は家の近くだったとか通勤・通学途中で便利だったなどから決められている可能性が高い。再び、医師の質や相性に関しては情報自体が限られている(フリーではない!)わけですし。

診療所・病院の収入、という点でも医師の視点からはフリーアクセスを擁護したくなる。 現行制度では基本的には診療回数に応じて報酬が支払われるので、全体合計の外来回数が多い方が医師の収入にとってはよい。裏返すと、例えば今話題?後期高齢者に対する「総合医」への登録などにすると、ひとつのクリニックに受診できる患者の数自体がある程度固定されてしまうので、増やせるのは各患者の診療回数のみとなりそれはたかがしれており、収入が減るのは必至であると。(実際はその年齢の患者さんは定期的に同じクリニックにかかってることが多いので、多診療所受診は多くないかもしれない。よって数の制限による医師収入の低下はそれほどではない可能性高。それよりも定額支払い制の方が大きな影響がある。)

こうみると、フリーエスケイプが日本の現状では一番の利点ではないか。 ちょっと冗長、風邪で思考が迂遠しているとご容赦ください。

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私が思うに、日本のフリーアクセスの一番の問題は、secondary/tertiary hospitalにもアクセス出来てしまう点ではないかと思います。もっとも、初診料の設定などである程度対処はしているようにみられますけど。制度的には難しいかもしれませんが、個人的にはprimary careはフリーアクセスにして、2nd/3rdは紹介制っていうのが理想的だと思うんですが。。。どうでしょう。

日本の患者さんの医療機関の利用頻度が非常に多いことは私も注目しています。外来もそうですし、病床数・平均在院日数は、長期療養病床を分離することで数字上ある程度改善されているとはいえ、いまだにずば抜けて大きいのが現状です。日本人って病院好きなんですかね?なお、某省はこのアクセスの多さを是正するためもあってか、OOPをどんどん引き上げていますが、情報提供も含めた患者さんのpathwayをきちっと設定することで、無駄なアクセスや医療費の削減が可能だと思うんですけど。。。

ちなみに、関係ありませんが、日本でいま盛んに言われているメタボ対策ですが、実はメタボが疾患に与える影響に関するしっかりしたevidenceがないという話を先日聞きました。もしや聞き間違いかなーと半信半疑なのですが、何かご存じですか?
written by kototora / 2007.11.07 16:21
日本ではprimary care・secondary/tertiary hospitalの区別自体が医師・患者/市民・行政でそう明確ではありませんし(救急医療に限っては一次〜三次と比較的明確です)、各次担当医療従事者の診療能力・内容もさることながら、設備なども大きくオーバーラップ。それだけ分類不能ななかで、私は端攻めの様にプライマリケアでのアクセス整備を主張しています。同時にプライマリケア担当医師に必要とされる能力のコンセンサスや研修・生涯教育なども必要かと考えます。実際これが実行可能かというと、上で書かせて頂いたようなカタチですから…。書かれていたようなpathwayの設定については同感です。

メタボですが、概念もさることながら”基準”も議論の的です(この辺りはウィキペディアでも詳しいです)。日本でのデータでは久山町研究で心血管疾患発症の相対リスク1.4程度、その他の研究でも1.7程度と記憶してますが(間違ってたらすみません)、その程度です。
written by tarogo / 2007.11.08 06:44
コメントのお返事有難うございました。私はあまりPrimaryとそれ以外の区分けをしっかりつける必然性はないと思っていますが、効果的なgatekeeperの存在は重要だと思います。

そういえば、先日GPを訪問する機会があり、そこで導入されている患者管理システムを拝見しました。すごいですね。日本の10年先をいっている感じ。もっともセキュリティ対策はお粗末でしたけど。ともかく、情報を武器により密接に患者さんと接することで、より良い医療を提供しようという姿勢は日本でも学ぶべきことが多いように思います。

メタボ関係の情報ありがとうございます。ふむ。これを政策の中心に置くことが良いのかどうか、ちょっと考えちゃいますね。たしかに健康向上が第一ですが、もっと別のやり方があるような。
written by kototora / 2007.11.10 12:36
primaryについて私の考えは医学の(FP/GPの)technocrat的なものですね(私の根がFamily physician/General practitionerですので..)。地域で起こる医療問題の多くはprimary careレベルで対処され( Green LA et al. 2001で推定)、その問題の範囲はなかなか広範で複雑なものなのです(山田隆司、吉村学他. 2000)。そして同時にprimary care担当医は健康に”見える”多くの地域住民にも様々な形で関わりがあります。例えば症状・疾患(自覚・無自覚ともに)を抱えているが医療機関にかかっていない人や、さまざまな健康リスクに暴露されている人(感染症、環境、精神…その他)などです。そしてそこに関わる知識や技術も必要と考えます。プライマリケアも”専門科”としてプロフェッショナルとしての仕事の提供するのであれば”専門分野の深い知識”と”技術”、それを習得する”トレーニング”(初期でも生涯教育でも)を最低必要とします。こういった医師をプライマリケアのフロントラインに置く…、というのがプライマリケア整備の条件ですね。こういったプライマリケアの”専門科”としての認知とプロフェッショナルがいなければ、逆にプライマリケアの受診ルートの整備は危険で、kototoraさんのおっしゃるとおりPrimaryとそれ以外の区分けをしっかりつける必然性はないでしょう。

患者情報のITネットワークはすごいですよね。先日私の家族の受診の際には端末上はGP、病院診療科、関連施設ともたちどころに基本的な情報が共有されていました。大きな予算を使った国家的なプロジェクトのチカラを感じます。現場レベルでは私の知っている40代後半以降のGPは、ITに対応するのにかなり大変そうです。日本でも問題になるのはITに対する認識の年代による違いと、ITリテラシーの少ない年代が動かない(決定権はある)構造かもしれません。
written by tarogo / 2007.11.10 21:53

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