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今日のBBC Worldでは、繰り返しサダム・フセインの死刑執行の映像が流れています。英国では1965年より、死刑判決は人道的な観点や殺人などの発生率に抑制効果がないことなどの大議論の末、廃止となっており、今年日本で44人死刑判決がなされた事実を話すと、多くの場合それについての自分の意見を求められます。
直感的に「他人の生命および生命を維持する権利を恣意的に奪った犯罪者への死刑判決は認められる」と言う考えが頭をよぎりますが、果たして人が人を殺すという許可を下すことができるのかと迷い、自分の意見を主張するには根拠が弱く説得性に欠けると感じて話をそらし、「じゃあ他の方法ー例えば無期懲役とするなら、そのコストはだれが負担するの?」なんて金銭的問題で議論を引きつけたりしてしまいます。
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