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 今年の3月で10年を終える介護認定審査委員を、きっぱり辞める気になった。
1年目は行政も委員も手探り状態で、「何かオカシイ」を思案して2年目に論文にした。
現場に対する一次判定ソフトのバグを修正するのが、委員会の仕事と思っていた。

 そういう委員が多かったのか、我が市では一次判定を覆す割合が高かったようだ。
それも軽くなるより重く判定することが多かったのは、私の論文でも考案に加えた。
一次判定のロジックが公開されていたから、多くの問題点が指摘された。

 一次判定の元になった論文を読むと、その時点で既に多くの問題点が示されていた。
各方面から修正が求められたが、しばらく無視されて使われていた。
一次判定が重い方に覆される頻度が高いのを止めさせたいのは、役人の考えること。
なだめすかすのではなく力で押さえつけるように、躍起になって開く講習会は無駄作業。

 増え続ける介護費用を賄うために、上げ続ける介護保険料も限界がある。
判定を軽くさせるしかないと取った作戦は、一次判定をいじくるのだが。
ロジックを公開すると企みがばれるため、非公開にし政府のやりたい放題になった。
あくまでも個人的な意見だが、ロジックは触っていない様な気がする。

 全てを一からやり直したのではないことは、実際にやってみると明らかで。
想定介護時間と一次判定や変更指標の%に、以前にも増してずれが生じたことでも分かる。
少しマシになってきた医師の意見書とも、ギャップが大きくなったことでそれが伺える。

 修正したバグのバグを取り繕うために、覆される一次判定をどうにかしたいようだ。
その一環として、我が市でモデル事業が行われた(嫌みたらしいと思ったのは私だけ?)。
この結果を基に作戦を練っているようだが、ここまで来ると委員の思いは同じ。

 国民の介護判定に対する文句を押し返すために、この委員会があるんじゃないッ!
この国を作ってきたお年寄りに、感謝と労いをするための介護保険じゃなかったのか?
確かに介護保険を悪用する家族もいるが、本質を見失ってはいけないゾ!

 恥も外聞もない政府のやり口に呆れ、節目の10年を口実にして委員を辞めよう。
我がグループ4人の委員だけかも知れないが、来年度は全員が委員を辞するようだ。
誰とも無く口から出たのは、「こんなんだったら、介護認定審査委員は要らん」。
この現実を、桝添さんは何処まで知っているのだろうか?

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 迷走する医療改悪は研修医制度を一昔に近づけ、学生の不安をあおるだけで済ませず。
モグラ叩きじゃあるまいし、定員増やしたり減らしたり猿知恵にも劣る浅はかさ。
現場を知らない役人が、泥縄式のその場限りの政策を打ってもダメなモノはダメ。

 産科と小児科の診療報酬を増やせば、学生はそっちへ流れるなんて誰が考えるのか?
病院経営者はそれ程甘くないから、役人の想定を越えた行動をするのは私の想定内。
純ちゃんの悪の遺産を引きずったままでは、どう変えても根本的に変わりようがない。

 私が卒業した大学だけかも知れないが、昔から産科と小児科はマニアックな科で。
そちらへ進んだ同級生の数は、我が内科のようにごった煮状態ではなく。
取りあえずつぶしが利く内科ではなく、精鋭だけが産科と小児科に行ったような気がする。

 純ちゃんが地方を疲弊させたのは、フツーの地方の生活だけでなく我が業界もしかり。
良きにつけ悪しきにつけ古き医局制度は、研修医に禁断の金と派手さのエサをぶら下げた。
そうでなくても世間知らずの医者だから、医学生はその上を行ってしまうのは必定。

 我々の時代なら、「田舎の生活もエエで、1年経ったら帰すから」で流浪の旅に出た。
経験は不足しても活きの良い研修医は、魅力ある先住先輩に惹かれて1年を過ごす。
感動の日々が次の研修医に語られ、田舎の医者も結構良いモンだと勘違いするのも青春。

 それに何より、教授の威光(動かすのはその下辺りだが)は眩しい限り。
一度は研修医をしごいて憂さ晴らしをしながら、講義で学生のケツを叩く快感も良い?
いきなり患者さんから「センセ、センセ」と呼ばれ、偉くなった勘違いも是正される。

 確かに今の医学生さんは我々の時代より、詰め込む知識は倍になったかも知れないが。
精神的教育は半分以下になり、医者の哲学が見えなくなっている。
技術と経験が金科玉条であり、患者を心と体全体で診るのが苦手なのか?
アート的な医療の提供をする修行が、出来ていないと感じるのは私だけか?

 世間知らずの学生を煽って医局制度を崩壊させたのは、ある意味凄いことだが。
大きな弊害をもたらして、大学での学生教育も研究も劣化させてしまった。
私が研修医時代を知らないのは、パワフル恩師のおかげで卒後研究生活を勧められ。

 フツーは1,2年研修医を経て大学院に進むが、「それはムダ」で一蹴した元教授。
おかげで5年間オーベン(指導医)が付いて、診療と研究の二股生活だった。
死にものぐるいの時代も、今になれば青春の懐かしさしか残っていない。

 オーベンの呪縛から解き放たれると、教授(直接には助教授)から指示が入る。
「**病院に1年行ってこい、貯金しなさい」は、経験と現金を蓄えろと言うこと?
先輩の性善説を疑うことなく、良いか悪いかは別として多くの若い医者が県内を流浪した。
医師の偏在と地方医療の疲弊は、何とかナランのか?平和な昔を懐かしむ事は出来る。

 いっそ「研究系」「内科系」「外科系」の3群に分けて研修病院も全部シャッフル。
行く末をあみだくじで決めるのは如何か?そして医学部の定員を倍にしても良い。
その代わりに医師70才定年制を導入すれば、医師の数あわせと職場の若返りになる。

 ボクより耳が加齢が進んでるかも知れない日野原センセにも、お願いしよう。
「誠に申し訳ないのですが講演と執筆に専念されて、聴診器を外されては如何でしょう。
 若い医者の職場確保のために、1つ分の席を空けていただけません?」と。

「若いうちは、医者といえども丁稚と思え」を疑わない時代は、今よりましだった?
少なくとも活き活きと研鑽生活を送って、橋本・小泉ライン以前はこれほど酷くなかった。
報道を聞きつつ昔の生活を思い出しながら、純ちゃんの悪行に再び怒りがこみ上げる。

 TVショーに出演した与党若年議員の、「もう一度純ちゃんを!」に完全アホや!と叫ぶ。
インタビューされた市民は、「また国民を騙すつもりかッ!もう、誤魔化されん」は同感。
医療難民になりそうな苦情や悩みを訴える家族には、「全部、純ちゃんのセイ」と言う。

 政権与党がこんなことじゃ、いつまで経っても悪くなるばかりの改悪三昧。
それでも野党第一党に交代して貰って良いのか、未だ分からない。

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 昨夜の夕暮れほろ酔いの中、産業医研修と言うことで2時間も頑張っちゃいました。
「新型インフルエンザと職場のリスク管理」がテーマで、講師は公衆衛生の専門家。
診断や使う治療薬で納得が行かないことがあったけど、私は臨床医じゃないの先制攻撃。

 職場のリスク管理をまとめてみると(ここは全部パクリ)
(1)体制の検討・確立
A:危機管理体制の整備、A-1;意志決定方法の検討、A-2通常時の体制の運営
B:情報の収集と共有体制
B-1;発生時における情報収集、B-2;連絡体制、B-3;従業員への情報提供体制
C;サプライチェーンの確保・マネージメント
(2)感染予防策の検討
(3)事業継続の検討
(4)教育・訓練
(5)点検・是正
(注)医療機関の場合のサプライチェーン・マネジメントとは、施設間の交流を一つの内部に限定することなく、複数の施設間で統合的交流システムを構築し、医療の成果を高めるマネジメントのこと。施設の中には救急病院も後方支援病院もあって、互いの密な連携が求められる。

ボク的インネン
1;何はともあれタミフルを使え!は、ウイルスに耐性のあるものが増えているので?
 タミフルはプロドラッグで、ウイルスが低濃度の薬物に晒されている時間が長いこと。
 このおかげで、ウイルスは弱りかけて復活したりパワーアップしたり。
 リレンザは、その点高濃度の薬物が直接アタックするが吸入は面倒で小児は使いにくい。
2;診断方法が確立されていない。A型の異型が多いとは言うが、何か良い方法はない?
普通のインフルエンザの症状の特徴は、急に38度以上の高熱が出ることや、頭痛、関節痛、筋肉痛などの全身症状が出ること。鼻水、せき、くしゃみなど、いわゆる「かぜ」症状があることも。新型の場合はサイトカイン・ストームと呼ばれる症状により、若い健康な人の致死率も高く、乳幼児、高齢者を含め全世代に影響がある。インフルエンザウイルスは、その特徴や臨床症状の点でAもBもよく似ている。特に臨床症状からはA型とB型の区別はできない。一説にはAは消化器症状(嘔吐や下痢)が多いという。
※サイトカインストーム:ウイルス感染に対し、宿主が様々なサイトカインを分泌させ炎症反応を起こし対抗。この生態防御反応が過剰になると、自身の組織を損傷させ多機能不全を起して死に至る。

3;症状の多くは発熱に伴うもので、普通のインフルエンザと新型は判別しにくい。
4;未だ見たことのない新型インフルエンザだけに、難しいのは分かるが。
  ガイドラインが曖昧な部分が多くて、分かった様なワカラン様な。

結局、体温が急に38度を超えたら早めにインフルの検査を受けて。
インフルエンザと診断がつけば、躊躇せずにタミフルかリレンザを使い。
あとは栄養と水分を充分にとって、10日間はじっと寝て外を彷徨かないってか?

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 何の病気でも、治ってそこそこ元気になるか最後を迎えるかどちらかしかないのだが。
入院患者さんの平均年齢が80才に近いと、闘う病気も複数が入り交じっている。
一度ことが起こると、行き着くところまで行くことも多いのも事実だ。

 入院患者さんの殆どが、何処かの病院や施設からの紹介なので。
入院の申し込みはまずご家族で、義理にしろ実にしろ娘さんか息子さんが来られる。
お話を聞いて今後予想されることから、DNRに話が進む。

 99%の方々が、「無理な延命はしないで、こちらで出来ることだけで結構です」。
残りの1%も話が進むうちに、「そこまでは・・・、やはり・・・」で同じ意見に落ち着く。
患者さん第一を中心に、ここで出来ることを全てお話しをしておよそ20分程度。

 この時、私の最後の台詞は決まっていて。
「痛くなく、苦しくなく、可能な限り安楽な気持ちが続けられると言うことで。
静かな看取りで最後を迎えると言う考えで、ホントによろしいですか?」
了承された頷きと安堵の表情を見せ、ベッドが空くまで待っていただくことになる。

 お帰りになってから30分、転院されてきた時のチェックポイントをお復習いし。
この時に気になる部分の検査を追加し、必要最小限の投薬を考える。
転院されてくると、初めの1週間は静かな格闘になる。

「紹介状の診断は合ってんやろか?イラン薬を出してないんやろか?」
他の医者の診断と治療を端から信じないのは、意地悪な気持ちからではなく。
あくまでも患者さんのためと言うことで、指先も鼓膜も全身をアンテナとして診察。

 不足する脳みその回転は、帰宅してジャズと言う油をさしまくり。
時に焼酎、しょっちゅうビール、思い出してはウイスキーと止まるところを知らず。
ほろ酔いの時に出るアイディアはメモを忘れず、翌日見直せば真実を突いてるかも?
納得行く診断、納得行く治療が決まれば、これから本当の戦いが始まるボク的DNR。

注;DNR(do not resuscitate)とは一般的に 「蘇生するな」。
死を覚悟した患者や家族のみ、この決定権がある。
容態が急変し心停止に至っても、心肺蘇生法を行わず。
静かに看取って欲しいという、意思表示と言える。

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「あと1ヶ月で母の誕生日なんです、その日が越せますでしょうか。なんとかして下さい」
そう言って涙を浮かべながらセンセにお願いしたのは、私の長男です。
弟は親より先ににガンでなくなり、息子は1人になってしまいました。
あの子は直に70を迎えますが、毎日私のことを気にかけてくれて有り難いことです。

 あたしは金森ハツ(仮名)と言いまして、農家に嫁に来て60年ほどが過ぎました。
10年前に2度の脳梗塞を患い寝たきりになってから、お国の政策とやらで病院を転々として。
6年前から飲み込みが悪くなり、3度の肺炎を機会に胃瘻の手術を受けた96才です。

 この胃瘻はお腹に小さな穴を開けて、外から栄養を注入するんです。
手術自体は1時間もかかりませんし、局所麻酔で胃カメラを使います。
外国じゃ日本ほどは胃瘻で長生きさせないそうですが、宗教とか国民性の問題でしょうか。

 今まではご飯の度にお世話する方が、とっても気を遣いながらスプーンを運んでいました。
いつも私の食事は普通の方の2倍はかかるので、心から申し訳なく思っておりました。
でもこの胃瘻を使い始めて、ボタンと呼んでる器具に繋げば2時間少々で終わります。
食事で咽せることもなくなりましたが、唾液は出ますので喉元にたまってゴロゴロ言います。

 お風呂も入れるし、車いすで散歩することも出来ます。
まあ散歩とは言っても息子に押して貰ってですけど、桜の季節は良かったです。
息子が頬を撫でたのかと思ったら、舞い降りた花びらだったと聞いて。
驚くやら嬉しいやら、こんな気持ちになったのは何年ぶりでしょう。

 1日に2度の栄養補給と、間で水分補給がありそれで充分なんだそうです。
美味しいとか塩味って何だったか、思い出せなくなったのは歳のせいでしょうか?
そうやってあと何年生きて行くのでしょう、息子も歳を取り気にかかっております。

 なんせ心臓に持病を抱えておりますので、見舞いに来た顔を見ると安心します。
せめてあたしより先に逝かないようにと、麻痺して動かない手を合わせております。
あたしの時の流れはとってもゆっくりですが、お世話をしていただく方達は忙しそう。
孫と同じ歳なのに、ジイバアの下の世話を何気ない顔でしてくれます。

 あんまり良い給料じゃないので、夫婦共働きをしないといけないんだそうです。
最近はあたしらを「医療難民」と呼ぶことにさせた政治家さんに、お願いしたいモンです。
介護士さんと仰る方の給料が、もう少し上がるようにはならんモンかと。

 あたし金森ハツの担当はMIHIセンセで、おヒマと見えて毎日回診されます。
1ヶ月に5,6回、朝早く回診をされますが、当直室の寝心地が悪いのでしょうか。
MIHIセンセが早朝5時過ぎに回診する頃、あたしは目が覚めてるんです。

 聴診器を息で気持ち程度暖めてから胸に当てるんですが、直ぐ分かります。
それと同時に腕の皮膚を2本の指で摘むのは、およそ15秒程度でしょうか。
薄目を開けてセンセを見れば、秋だというのに額にうっすら汗をかいてらっしゃいます。

 看護婦さんの話が聞こえて知ったことで、驚いたことがあります。
冷え込みが強かった今朝だと言うのに、出勤してきたMIHIセンセは短パンだったそうです。
担当のセンセはもう少し体に気をつけていただかないと、心穏やかに寝てられません。

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「あら、キレた」
「へエー。いつも温厚、まったりでおじゃるPセンセもキレるんですか」
「こうなったら不安ですねー」

「キレるのと不安と、複雑な心境なんですね」
「何の話ですか?」
「キレるのが不安だとか」

「携帯を切った覚えがないのに、キレてるから。こういうのって、不安でしょ?」
「ゼンゼン。どっちかと言えば、超ラッキーみたいな」
「センセはそう言うとき、ホントに不安じゃないです?」
「そう言う不安は、惑星がぶち当たって地球が粉々になる程度のモンでしょ?」

「Pセンセ。MIHIセンセの最大の不安は、冷蔵庫のビールが最後の1本になるか。
 地球上の牛が全部狂牛病になって、焼き肉とかステーキを目の前にした時ですから。
 あ、忘れてた。奥さんが30分見えないときも、逃げられたんじゃないかと不安ですよね」

「センセは、奥さんに逃げられやすい体質なんですか?」
「Pセンセ。そんな体質は、教科書には書いてないでしょ?」
「ネットで調べましょうか?」
「そこまでやるセンセの方が、不安ですけど」

「MIHIセンセ、ケースカンファレンスの時間です」と言うことになって。
入院が長くなってくると、色々口数(文句や心配事?)の多くなるお年寄りは多いもので。
普段のご家族との会話の中では、「心配性ですから、気にしないでエエですよ」だったのに。
今までお世話をしてきた家族は、退院の話が出ると急に色んな「不安」が出てくるようだ。

 むかし心筋梗塞をしたことがあると、「再発したらどうしようと思うと不安で」。
脳卒中を患っていると、「2度目の発作が来たら不安で」もある。
糖尿病のコントロールをしていると、「言うこと聞かずに食べまくったら不安」とか。
骨粗鬆症があると、「夜中にトイレに行った時、転んで骨を折ったら不安で」まで。

 こういう場合、私の最後の台詞はいつも決まっていて。
「病状が安定していたら。不安だけじゃ、入院する理由にはナランのですわ。
 世の中に、1つも不安のない人は居ないでしょ。ボクなんか、毎日不安ですよ。
 もし皆さんに不安があっても、それで入院しないでしょ?」

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 訪問診療患者さんが増えたのにこじつけて、サボっちゃおうと思っていたのだが。
なかなか作戦は成功しないものらしく、「センセしかいないんですウ、ヒマな・・・」。
結局は今年の秋から2年目に突入する医学概論の講義を、2人体制でやることになった。

 さらに1年分の国家試験問題を紐解き、練習問題を追加する羽目になってしまった。
PT・OT・STの試験問題から、医学概論に関係がありそうなものなんてあるはずがないのに。
基礎関係で「哲学的」な言葉があれば、それもあれもと取り出した50問に創作問題5問。

 4,5年の問題を見ていると、ホントに覚えて置いた方が良いことは繰り返して出題され。
出題者が変わっても、試験に「出るものは出る」と言うことらしい。

 無試験で全員合格させて進級でフルイにかけた方が、教える方は楽で良いかも。
そう思っていたら、彼らの入学試験はその手で行っているらしいのを聞いて胸をなで下ろし。
1年坊主を医学概論が「第一のフルイ」にしようと思ったものの、医学の哲学で留年なんて!

 「勉強しない学生にも、専門で1年間の猶予を与えよう」、そう思い直し(気が楽だし)。
オマケに自分の学生時代を振り返れば、昼食後の刺激のない授業ほど眠いものはなく。
目を開けているのさえ苦痛だった想い出は数知れず、我が身を振り返りじっと手を見る。

 格差社会是正と言われるが、走りっこと同様に一列に並んでゴールしたら成立しない。
だから本気で頑張ったら、1秒でも先にゴールしって順位(差)がつくのだが。
ズルして順位を上げるのは下品なのに、そのズルが堂々とまかり通るからイケナイ昨今。

 目覚めの言いヤツもいれば、起きるときはぐずぐずするヤツもいる。
なかなかエンジンがかからないけど、一度かかれば結構な速度になるヤツもいる。
一発勝負に強いヤツ、敗者復活戦で燃えるヤツ、モタモタしていて突然閃くヤツ等々。

 世の中には色んなヤツが居て、そろそろフルイの仕方を考え直す必要があるかも知れない。
医者を増やすのに学生の定員数を増やす安直な手は止めて、社会人枠を設けては如何か。
色んな世界・違った経歴等を持つ人に門戸を開いて、医者を増やす方が良いかも知れない。

 一度医者になっても、運転免許の更新と同様に数年おきに講習を受ける義務づけも良い。
現場が長いと自信が全くないが、専門外の試験成績は学生レベル以下になってしまう。
1週間缶詰で朝から晩まで講義を聴いて、ブレインストームも良いだろう。
聴診器より株式市況放送が耳に馴染む医者よりは、少なくとも良い仕事が出来そうだ。

 「講習休暇」を総ての医者に義務づけるのは、ムダではない。
もちろんご褒美として講習後の4,5日は、本当のリフレッシュ休暇を許して欲しい。
それでも出来ない医者は、さっさとリタイアしていただく必要がある。

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 2008年7月、厚生労働省が定める国の医療費適正化計画の概要が判明。
慢性疾患の高齢者が長期入院する療養病床約35万床のうち15万床まで6割削減すると言う
当初目標を緩和して、約22万床を存続させる方針に転じた。
退院患者の受け皿となる、介護施設の整備や在宅療養の支援が進まず。
行き場のない「医療・介護難民」が生じるとの批判が上がり、方針転換したもの。

 医療費削減が先ずありきで起こったこの医療政策の改悪?は、このままで済むのか?
そう思うと、この医療費削減方法は形を変えて遅かれ早かれ現れることは想像しやすい。
市場原理を持ち込んだアメリカ医療の失敗、まだましな英国医療政策。

 市場原理を反省して米英オランダで導入されたのが、P4Pを元にしたモノ。
わが国はその歴史もないし、今からデータを積み重ねていたのでは間に合わない。
手っ取り早いのは、米英のP4Pの動きを焼き直して(パクって)導入すること。

 もし私がのび太首相なら、先ず第三者評価機関を選んで。
診療報酬を基本ラインを低めに決めて、上位3割にはボーナスで下位4割にはペナルティ。
ペナルティで浮いた分をボーナスに回しても、余ることはあっても不足はしない。

 平均すれば単純計算で1割カット出来、努力できない下位は立ちゆかなくなって。
無理に減らさなくても自然消滅して行き、15万床になったところで手綱を緩めれば。

 「自己責任」の名の下にベッド削減が進み、その頃には団塊の世代があの世へ逝って。
医療費を食う我々世代の年よりは、跡形もなくなってこれを言い出した政治家も居ない。

 こうなって行くと、日本はどうなっちゃうんだろ?でも、まっ良いか。
それを見届ける前に、どうせあたしら団塊の世代はこの世にいなくなるでしょ。

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 レポートを読ませていただきました。いままでの若い先生と同様に共通して言えることは、1つの文章を一息で読み終えないほど長い文があることです。今後に書かれるであろう科学論文では、途中で息継ぎを必要とする長さは適当ではないと思います。句読点をどこで打つかも、論文の評価になることを覚えておいてください。
 今回のF先生の文章は殆どが感じたことであり、それに関してはコメントしません。それを読ませてもらって、私なりに考えて追加しました。それを付けて当センターでの研修を指示されたO院長先生に報告します。
 在宅支援システムには多様なものがあることを、具体的に体験されたようですね。家族負担の多さを感じ取られた上で、社会保障制度の充実が求められると実感したのも良い経験であったと思います。
 訪問診療の中で私と関わって、医療行為の基本である「話を聞く・見る・触る・音を聴く・考える・応える」の大切さに思いを馳せたことで私の指導は達成されました。また地域医療におけるチーム医療・チームケアの重要性を認識したことは、これから医師として歩んで行く中で大切なことと思います。
 時間の制約がある中で、恐らく今後ないかも知れない在宅支援システムの体験をされた成果は形が有る無しに関わらず活きてくると思います。
 オマケとして私がいつも思っている「普通の医師としてどうあるべきか」について、2、3述べてみたいと思います。
1;チーム医療・チームケアの中で
 チームの中での医師は、真摯で僅かに高い目線でのリーダーシップが要求される。そのリーダーシップの目線は、けしてトップダウンであってはならない。
2;コスト意識を持つ
 治療や検査をする中で、足し算しかできないのでは一人前とは言えない。医療行為は見方を変えれば加害行為であることを、常に認識すべきである。必要最小限必要なことは何か?を考える事は重要である。例えば投薬や検査に、いつも引き算を忘れていないか?を考える。言い換えれば無駄や無理なことを、患者さんやスタッフに強いていないか?の反省を忘れない。
3;医学だけでなく医療システムについての情報を集め、自身のスキルアップと世の中の流れの半歩先を読むことに努める。
4;趣味を広げることによって、患者さんとの関わりに深さを増すような気がするのは私だけかも知れないが勧めたいこと。
5;いつも「何故?どうすれば?」の精神を忘れず、その努力の成果を論文にして欲しい。
---
 そして個人的意見として、「後期高齢者を総合的に診る医師の研修」を受けた時の感想を述べたいと思います。
 その研修会は、厚生労働省保険局からの通知(平成20年3月5日)が発端で。これを終了したことを届け出ることによって、取りあえず施設基準をパスする。研修内容は老年医学会専門医なら殆どが常識的なものであり、確認に近い内容であった。
 厚生労働省保険局からの通知と今回の研修の関連を考えると、4,5年先の診療報酬体系の改正を解くキーワードは「P4P:Pay for performance-医療の質に対する支払い方式」かも知れない。医療に市場原理を持ち込んで失敗したアメリカは、それに代わる方法としてプロジェクトチームを作って検討してきたのが「P4P」である。我が国においてその進化過程を再現し、独自のものを作る余裕はない。従って、米英の「P4P」を焼き直したものを我が国の状況に当てはめる事を想像するのは容易である。
 クオリティの高い施設として認められるのは、簡単に言えばPDCAサイクルを維持することである。その上で独自の努力の跡を残して、クライアントのQOLを高める行動を行っている証拠の積み重ねであろう。さらに言うならスタッフのモチベーションを高め、それを維持できる体制を作ることである。
 現在の診療報酬体系では、増え続ける高齢者の医療体制を維持できない。一律の診療報酬に問題があり、米英・オランダに見られるように「P4P」の考えで「ボーナス」と「ペナルティ」が出てくることは想像に難くない。第三者機関により判定されたクオリティの高い施設は生き残り、低い施設は維持できなくなって自然に淘汰されて消えて行く。現在あるのは「病院機能評価」であり、「ISO」である。どちらも最終試験ではなく、更新も含めて永遠に「中間試験」で有り続けるから常に努力と工夫が要求される。
 療養病床ベッド削減数を緩和し、そのままにするほど政治家は甘くない。自助努力が出来ない施設が減るのは自己責任という考えで、施設が減っても政治家に責任が問われることがないとするのであろう。「後期高齢者を総合的に診る医師の研修」の修了証で感じるのは、形を変えて新たな格差を生ませる方向で進んでおり。高齢者医療界のバトルは激しさを増していると言うことである。以上
 来月に3人で反省会を持ちたいと思いますが、日時と場所は後日連絡します。S先生にもその旨をお伝え下さい。

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 茶ラブの哲っちゃんとは、「あ・ワウッ」の呼吸でコミュニケーションがとれるが。
トラ猫の寅ちゃんとは「あ・ニャウ」とは行かないのが残念で、いつも一方通行。
ネットのホームページもブログも迷惑配信メールも、双方向性にしてあるが殆ど一方通行だ。

 受け持ち患者さんおよそ40人中1/3は、ものが言いたくても言えない方達で。
日々の回診は一方通行の会話というか、ヒマオヤジの呟きにも似ている。
ひたすら声をかける中、内容が同じじゃ芸がないから出来るだけ違うものにする。

 季節の挨拶から始まって、気温や湿度から明日の天気予報まで。
失敗したことや、滅多にない誉められたこと、ネタに出る相棒の哲ちゃんは定番。
身内のこと、悪友のこと、先輩のこと、ネタに尽きることはない。

 患者さんが聞いて理解しているのかどうかは、反応がないから分からない。
それでも声をかけていると、額の皺に変化があったり手がピクッと動いたり。
それを勘違いとは思いたくないから、こちら側から「そうなんよ!」で返す。

 後は聴診器を胸に当て、皮膚を摘んで乾燥具合をチェックして移動するだけ。
日々この繰り返しの中で、残りの2/3の方から返ってくる反応は新鮮だ。
奥深い言葉じゃなくても、何らかの言葉が返ってくれば会話が続いて嬉しい。
ほんの2,3口で終わることが多いのは、彼らが病院という閉鎖社会生活者だからか?

 言葉にならなくても、皮膚を摘んだ私の手の甲をもう一方の手でスリスリすることもある。
ボディランゲージとはほど遠くても、何か温かいモノが伝わってくるのが有り難い。

 人生の先輩をお世話するチームの一員として、感謝しながら何某かをいただき。
ちょっと得する論文を書いているうちに、歳を取って行くのだろうか?
年1編ノルマにしている今年の論文は出来きあがり、次の構想を練っているのは余裕だ。

 だが6年後に私を待ち受ける医学的高齢者ゾーンを思うと、うかうかしておられない。
こんな生活をあと何年続けられるのか?、と言う疑問もさることながら。
自分の人生設計と言うか、人生の舵取りを見直す必要があると反省した午後であった。

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毒とるMIHI
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