安普請の2階建てで天日と医局居住区を隔てるのは、白いセロファンか?
それとも透けて見えないところを思えば、1mmか3.3mmの鉄板かベニヤ板じゃ?
ガード下の焼き肉屋か失敗したスモークハムじゃあるまいし、こんがりねずみ色かもオー。
熱波の中、脱水気味で粘度を上げた脳みそは開店休業で湧く白昼夢。
屋上は一日中火事かも知れんから、消防署連絡はエエんか?ボーボーかもオーって。
ジッちゃんとバッちゃんの交流キャンプファイヤーの最中なら、マイムマイムか盆踊り?
そんな2階にある医局は、地球過熱化を実体感するにはサミットどころじゃない。
アフリカの方でも、「こねエな暑いんは、ワシんとこじゃ年に1回あるなしやで」かも。
茶ラブ哲のグータラ場所でも、もっと快適かも?そう思って昼食往復で通りかかれば。
「ワフィー、ワフェー」虫の息で、両手足を投げ出してグータラの真っ最中。
「哲ーっちゃん、ビスケやでエ」
「こんな日に限ってビスケか。ワウッ。喉カラカラなのに、ビスケが唾吸い取って。
またシャブシャブ水を飲むやろー。んで、だぶだぶになるんは胃袋か腹周りか。
加齢で脳細胞が溶けていくけど、暑さで39倍ドロドロ。よー、ワカランッ!ワウッ」
機嫌良く乗り込むのは、サウナ風熱帯往診車。
「ワシの大事な目玉が、ゆで卵になるかもオー」
「ウズラみたいにゆで上がって、串刺しでおでんの具にでも?」
同行の研修医センセ、このアホ会話について行けずだんまり。
「センセは、聴診器の使い方知ってる?」
「ハイ、そのくらいは」
「ほっほー、頼もしいねエ。次のバッちゃんの、胸の音を聞かせてもらってね」
「ハイッ。大丈夫ですッ」
「そーとー、自信がありそうじゃねー」
1軒目のお邪魔を終えて、
「んで、どうやった?」
「ハイッ。心音正常、呼吸音では右下肺野に乾性ラ音」
「あのさ、心尖部に汎収縮期雑音。左下肺野に湿性ラ音と軋轢音じゃ?」
「あら、そんな音してました?」
「センセの聴診器、ワシのより高価なヤツかも?そんで、聞こえが違うとか?」
「3万もしたから、きっと良く聞こえると思うんですけどオ」
「スマンのー、ワシのは8年前に買ったヤツ。1本5万やけど、3本ぶら下げてあるで」
「それって、ただの自慢ですか?」
「まあ、値段じゃないからネ。気にしなくてエエよ。聴診器の先が問題じゃからね。
あ、先と言っても金属部分じゃなくて耳の奥ね。人呼んで、脳みそってんじゃけど。
患者さんの体からセンセの鼓膜までは、みんな殆ど条件一緒じゃし」
「はア」
「聴診器は、脳みそで聞くってことヨ。腐った脳みそで聞くと、アカンで。
頭傾けると耳だれと一緒に、とろけた脳みそがタラタラ流れ出るで」
「センセ、何処までホントの話ですか?」
「前半の2%くらいは、なんとか・・・」
「ダメですよ、センセ。マジメな研修医のセンセを、オバカ医者がいたぶっちゃ」
運転中の婦長さんにイエローカードを出された頃に到着する、我が病院玄関。
「じゃあ、卒業試験で昨日の新患。じっくりと、聴診していただきますか?」
「ハイッ、頑張りますッ」で、お部屋に侵入させていただいて。
「スンマセンねー、ちょっと聞かせてあげてくださいね。胸の音」
神妙な表情で5分間の沈黙の後、「どうね、何が聞こえた?」
「ハイ、心尖部で汎収縮期雑音ですから。僧帽弁閉鎖不全症がありました」
「んで他には?MR(僧帽弁閉鎖不全症)の音なら、耳栓しても聞こえるでしょ」
「ハア?」
「胸骨右縁第2肋間に、LEVINEⅠ/Ⅵの荒い盛り上がるような収縮期雑音は?」
「それなら、大動脈弁狭窄症です」
「音は?」
「聞こえませんでしたけど・・・」
「聴診器は良いのを持ってるのにねエ、残念やねー。聴診器の奥が問題かア」
30年前にこうして、私たちは先輩から温かい激励の指導を受けた。
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