| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
ウイーンへは1990年8月27日にハンガリー国境を越えて国際列車で行くはずだった・・・ http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20061221/4
ハンガリー、スイス、イタリア、ドイツと東西南北の国々は巡ったが、いまだかつて人気の高いオーストリアへは行ったことがない。貧相な開業医はパスポートも持ってないし当分はいけないだろうから、【Aメキシコ型インフル】騒動から逃れるように久しぶりに【世界の車窓から】のDVDで妄想の旅に出た。
どこもかしこも綺麗な風景ですね、汚れた中年男の心が洗われます。オーストリアは音楽もお城もいいですが、僕はやっぱり山岳風景ですね。ザルツブルグから西、チロル地方が特に好きです・・・想像では。
ザルツブルグの南には映画「サウンドオブミュージック」にも登場したシャーンベルグ山とそこへの登山鉄道があるようですね。

このマリア先生、僕が高校生の時に来日してくれて、一人で?コンサートに行ったのですが、ちょうど彼女(ジュリーさん)の誕生日の夜で、「ハッピーバースデイ」を全員で大合唱したのを覚えています。前から5列目くらいでした・・・
この登山鉄道、頂上近くまで行くようですが、頂上にはホテルがあって、この季節は特に気持ちいいでしょうね。官僚支配の規則規則で実に鬱陶しい日本、いつの日か逃げ出してやる・・・税金なんて払ってあげないぞ。
でも、何といっても反対側の断崖絶壁・・・絶景です。今すっごく行ってみたい場所です。でもですよ、映画の中でトラップファミリーをマリア先生が連れ出してたようですが、とても歩いていける場所じゃないですよね。そうとう遠いし・・・
もう一か所、とっても行ってみたい場所がDVDに出てきました。ハルシュタットという街です。この辺りはローマ以前から岩塩で栄えた地域だということで、ハル・シュタットとは「塩の場所」という意味だそうですね。ハルシュタット文化というのは中央ヨーロッパで紀元前15世紀ころから栄えた文化らしく・・・実に古い歴史ですね。高速交通手段のなかった古い時代にはやはり、内陸では「塩」こそが貴重だったんですね。
でも、僕にとっては「ハルシュタット」とは懐かしい馬の名前なんですね。大学の馬術部で同級生のM君が乗って大活躍した我らがエース馬・・・国体も出たんだったかな?
上の写真はハルシュタット自身ではないけど、サラブレッドやアラブやクオーターホースとかとは全然違って、上の写真のペルシュロン種(バドワァイザービールの馬)をコンパクトに鍛え上げたような雰囲気の馬でした。もしかしたら雑種だったのでしょうか? 馬顔が特徴的で、前脚が短く体高もさほどでないものの、160cm程度の障害は軽々とクリアして行った記憶があります。
僕も何度か乗せてもらいましたが、他と全く違ってました。雲に跨った感じでした。まるでフェラーリみたいでした・・・乗ったことないですが。僕らの馬術部に居た(借りていた)障害飛越馬の中では間違いなく史上最高の馬だったと思います。
あぁ・・・過ぎ去った日々は美しいなぁ
チロル地方でイタリア側へアルプス越えをしてみたいなぁ
いつになったら外国旅行出来るかなぁ
読んでくれてどうもありがとう
アホウの統治するジパングから眼をそらして、もう少しだけ阿呆が統治する世界最悪の国「ジンバブエ」を眺めてみることにした。あ~、考えてみると 我が日本は天国じゃ・・・
それにしても、グレート・ジンバブエ・・・ 一体全体どうしちゃったんだろう? あんまりサブプライム問題とは関係ない自滅なんだろうけど、数年前に両親が「ビクトリアの滝」を旅した時には全く安心して送り出したのだが・・・

世界保健機関(WHO)は9日、アフリカ南部ジンバブエで流行しているコレラの感染者が、最大で6万人に達するとの推計を発表した。ジンバブエ政府は4日、コレラの大流行で非常事態宣言を発表。国連機関や各国に対し、支援を求めている。
WHOによると、コレラ感染者は今月だけで1万4000人に上り、死者はすでに600人となっている。この数は、病院や医療機関で診察や治療を受けた人数を元に算出しており、ジンバブエの経済疲弊状況や、保健衛生政策の欠如を考慮すれば、死者はこの数を大きく上回るとしている。
感染者数についてWHOは、ジンバブエの人口120万人から算出したと。人口の半数に感染リスクがあり、このうち1%が感染すると見て、6万人とはじき出した。
また、感染者が治療を受けて回復した後も、ジンバブエ国内の衛生状況から、再感染リスクは非常に高いと指摘。国を挙げて抜本的な対策が必要だと訴えている。
政治情勢の混乱が続くジンバブエでは、長期独裁政権を敷くムガベ大統領が国際的に批判を受けている。政治だけではなく、年間インフレ率が2億3100万%を記録するなど、経済的にも崩壊状態に陥っている。
僕も1990年のルーマニアで「コレラ禍」に遭遇して逃げ帰ったが、これだけの大流行ともなると大変だなあ。大体がウルトラ・ハイパー・ミラクル・超インフレでテンヤワンヤの国家事情なのに、観光客はどうなっているのであろうあ?
連日の「世界の車窓から DVD編」の第25巻は「ジンバブエと南アフリカの豪華列車の旅」だった。
とんでもない経済状況のジンバブエには世界一豪華と謳われる「ROVOS RAIL」という国際観光列車が存在する。南アフリカの有名な「BLUE TRAIN」にも負けない豪華な列車のニックネームは「PRIDE of AFRICA」である。今のジンバブエの独裁者に教えてあげたいものだ。
ビクトリア滝駅から出発するROVOSRAILは、途中の停車駅で乗客をサファリへと招待する。
アフリカの野性を満喫して、豪華列車のラウンジと食堂車を満喫した世界中からの乗客たちは豪華な寝室で心地よい眠りを楽しむ。中には眠らずに熱い夜を楽しむ情熱家もいるかもしてないが、なんとも素敵な寝室である。
ただ、このような国家情勢の中で安楽にジンバブエを楽しめるかという心配もしているが、いつの日か・・・僕にビクトリア滝を訪れる機会がもしも到来するならば、是非ジンバブエの人々の笑顔にも会いたいものだ。

さて、豪華な寝台といえばこちらも負けてはいない。南アフリカの誇る「BLUE TRAIN」である。我が国から消え去ろうとしてる「ブルートレイン」とは全くの別物であるが、それはそれで郷愁を誘う。
ただ、寝室はその豪華さより 誰と共に過ごすか が最大の問題であるが、この密かな妄想が妻に知れると家庭崩壊の危機や予期せぬ殺人事件を招きかねないので、当面は沈黙を保ちたいと思う。
それにしても、アパルトヘイトから解放された南アフリカ・・・実に魅力的な国だ。国民の笑顔は素晴らしい。帚木蓬生さんの「アフリカの蹄」の描かれた時代が少し遠い過去に感じられるようになってきた。
しかし、この世界金融危機を恐らくはモロに被っているに違いない南アフリカ・・・迫るサッカー・ワールドカップを無事に開催できるのであろうか?
読んでくれてどうもありがとう
なんとなく最近の僕は気持が落ち着かない。その一つの例が「世界の車窓から DVD編」の視聴ペースに如実に表れている。左のカテゴリーを見て驚いたが、9月26日を最後に、2週毎に書き綴った「世界の車窓から」シリーズの記事が滞ってしまっていた。
その後も2週毎に送られてくるDVDブックを手にとっても、どうにも見たいという気持ちが起こらなかった。実は9月26日の前には10日以上のブログ空白もあって、9月中旬以降ずっと気持が落ち着かない状況が続いていることに改めて気付かされた・・・
その理由は、やはり自民党総裁選と世界恐慌突入・・・ 麻生総理誕生や「リーマン」ショックを境に 僕は「悩める人」になってしまった。日本もアメリカも、その他の旧い価値観や世界基準が壊れて行き、今後数年間の「カオスの到来」を予感すればするほど、開業医という平凡な世界で「常識的な生活」に流されていくことが罪悪のように感じられてくる昨今である。
実のところ、アメリカ中心の世界支配体系とユダヤ・ナチスの旧世界体質から 新たな新基軸の世界が誕生しようとしているだけかもしれないので 僕らはもっと楽観的になっても良いかもしれないのだが、かつて暮らしたアメリカ社会が崩壊しようとしている様に戸惑いを隠せない自分が落ち着かない最大の理由だと自覚している。
例えは非常に小さいかもしれないが、江戸幕府の終焉と明治維新の只中にいるような気さえしてしまう。
今回、久しぶりに見てみようと思った第26巻は「チェコ・ハンガリー・ルーマニア・ブルガリア」を巡る旅だった。まだまだ気持は娯楽どころではないのだが、18年前の旅の記憶、2年前のブログの記憶が蘇り、少し時間を割いて気分転換をしたい心境に至った・・・
http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20061222/1
この他にも、前後に東欧を含めた沢山の旅の記事を書いているので興味を抱かれた方は「旅行」のカテゴリーを覗いてほしい。
サブプライムローン問題に端を発した世界恐慌、ハンガリー国家もIMF支援を受けたようだが、ルーマニアやブルガリアの田舎を車窓から眺めてみると、やはり「別世界の出来事」なんだろうと思う。
旅する人々の平和な姿は当時とは別のようだが、18年前とほとんど変わらぬ人々の生活をDVDの映像の中に見ることが出来て懐かしさを感じている。まだまだ馬車が生活の中心のルーマニア、列車には食糧持参で乗り込んで食堂車を利用しない穏やかで正直そうな人々。
憂いを帯びたようなトランシルバニア地方からバルカン山脈、そして黒海への地域に暮らす人々・・・ 彼らにとって世界恐慌・サブプライム問題などはどんな意味があるのだろうか? 数年前にEUに加盟したことが吉なのか凶なのか・・・普通の人々の長閑な生活スタイルに影響が及んでいないことを祈る。
それにしても、久しぶりに見た「世界の車窓から DVD編」は気持ちを和ませてくれる。開業医として、旅行とは縁がない「非常識な生活」をしていると、世界の人々を つい先進国中心に考えがちである。でも、アメリカには3億人しか暮らしてはいないのであって、その他の60数億の人々が世界中で暮らしているのである。(いつも書くように人口爆発は危険だと思うが・・・)
以前も書いて君に呼びかけたのであるが、1990年8月にチャウシェスク体制崩壊直後の戦車が一杯のブカレストの街を一緒に歩いて名前も聞かずに別れてしまった早稲田大学政経学部の男性・・・ ぜひ連絡がほしい。
別れた後に君が向かったブルガリアの車窓の風景をDVDで楽しんだが、あの後の君の話を聞いてみたいと思っている。僕の旅の顛末はブログに書いたので読んでみて欲しい。連絡を待っているよ・・・
読んでくれてどうもありがとう
日本の皆さん、お久しぶりです。随分と長くm3ブログを更新しませんでしたが、僕は今スイスに来て鉄道で旅をしています。
『生きてますか?』と一部の方に心配をおかけしましたが、アラスカの大自然の中で流離ってはいません。一応、元気に生きて「いつ終わるかもしれない人生」をエンジョイしています。
9月14日の記事を最後に約二週間近い空白は、多作・駄作の僕としては(昨年秋の休止宣言時期を除けば)初めての経験です。何となくブログより大切なものがあるようで・・・完璧な50歳に成る事を目指して、しばらく病院から離れて一人旅をしています。
きっかけは・・・近所の開業医さんが若くして立て続けに亡くなったからかもしれません。50代での癌と心筋梗塞・・・一人は自院内での突然死でした。開業医は交代がいないのが致命的ですね。自民党総裁みたいに投げ出すわけにも行きません、借金がありますから。
何かをしなきゃ・・・今のうちに・・・でも書き残すことも大切でしょう・・・未来の自分に?未来の子供達に?
この間も日本では色んなことがあったようですね。こちらスイスでもネットで自由に報道が観られます。
今日は小泉元首相が引退宣言をされたとか・・・ 『立派だ』という声もあるようですが、『セコク最高の世襲のタイミングを画策しただけ』という声もあるようです。福田前首相も来週あたり『世襲引退宣言』をするのでしょう・・・ 世襲議員は立派なのでしょうか?
【あ~そう?内閣】も 裏では「森法皇」の院政のなすがまま・・・【あ~そう?首相】は森法皇の待つNYでコッソリ「ご指南」を仰ぐために飛び立ちました。森元首相に対して『あ~そう?』とは言えないあたりが現内閣の弱いところでしょう。
なにやら閣僚名簿を口をひん曲げながら陰気な顔と湿った声で読み上げたそうですね。あの人は森首相の官房長官だとばかり外国人には思われているようです。企画は面白いですが、内容は希薄で、お好みの漫画のようでした。ついでに、顔ぶれは・・・やはり希薄なメンツです。

福岡の子殺し・・・悲惨な事情でしたね。5歳児に自分の排泄介助を頼まねばならないとは・・・さぞ辛かったのでしょうね。少々同情したいですが、千葉の方はどうなんでしょう?
事故米・・・販売先が医療・介護関係に偏っているのは何故でしょう? 安い価格に手を出さざるを得ない診療報酬制度が問題でしょうか? 医療に医師免許を持たない民間企業が手を出しちゃ行けない「本質的な理由」を感じます。
リーマン問題・・・小泉引退とタイミングが一致したので、最初は「郵政汚職・大疑獄に発展か?」とマジで疑ったぐらいです。あの人、たんまりもらって無きゃいいんですが・・・ 知人が社員だったのですが、野村に再就職は幸運なのでしょうか?
AGIの不平等救済・・・10年前の開業時に「AIG保険に加入しろ」とコンサルタントに強制され、『嫌だよ、勘だけど何となく信用ならん・・』とコンサルごと縁を切ったことを思い出します。保険診査を多数請け負っていますが、(そのことが有って)AIG関連だけはお断りしています。救済理由が「企業間の補償保険」らしいですが・・・あれは正に「逆ネズミ講保険」だと思います。ボス鼠がAIGで・・・こねずみが引退で・・
後期高齢者医療制度の(自民党による)抜本改革・・・結局、外来6,000円包括制度は消えるべきものなんでしょうね。官僚も大臣も凄くお気軽ですね、恥ずかしさは感じないんでしょうか? 「マスゾエ大臣再任」の理由が『説明能力の高さ』らしいですが、どう考えても『言い訳能力・はぐらかし能力』を買われてだと感じます。

ここ最近、歯が痛くて困ります。ここZermattにも歯医者がありますが、日本のように可愛い歯科衛生士さんがいませんので淋しいです。
スイスに旅立つ前に【痩せるパンツ】を2枚7000円で購入しました。あまりにピッチリ股間にフィットしているので、ナニとかアレをどう納めて穿きこなすのか・・・今も馴染めません。結局、穿くだけでは無理なようで、毎日6000歩以上歩くことが絶対条件ですから、本当にパンツが有効かどうかは分かりません。ガードルみたいで・・・少々M的快感です。でも、スイスの山歩きは楽しいですね・・・
ココ最近は医学書も沢山読んでます。スイスへ向う飛行機の中で、若い医者向けの本も3冊ほど読みました。
【心房細動診療は一般医でもOKです】と薦める循環器専門大病院勤務医の本、【軽症でも全部糖尿病専門医がみるベキ】と主張する糖尿病専門クリニック開業医の本、【研修医のバイブルは俺達若手が書くよ】という有名病院チーフレジデントの本・・・などです。
心房細動の管理・・・簡単そうで循環器専門医でも難しいです。本当に一般医にほとんど任せるのでしょうか?
糖尿病・・・全部専門医が診るべきというなら、他の病気も全部専門医が診るべきでしょう。事実、この都心の先生は「一般医は既に時代に合わない」と主張されていました。でも、開業医としてちゃんとやるつもりなら「研究もし、留学もすべし」という意見には僕も大賛成です。
若手の先生の本、僕の専門領域の項目を読んで・・・『こりゃ偏りすぎ』と感じて先に進めません。いくら有名病院でも「市中研修病院の手法の偏り」は少々恐いな・・と感じました。
さて、僕の遅めの夏休みもそろそろ終わります。北イタリアから「ベルニナ急行」に乗ってサンモリッツに行き、「氷河特急」でツェルマットに8時間かけて向かいゆっくりと滞在しています。新婚旅行で来て以来、17年目のマッターホルンは素晴らしいですね。
さすがにマッターホルンの頂上は今の僕には無理ですので、ゴルナグラード展望台へ毎日せっせと通う日々です。登りは電車、下りはハイキング。左手のモンテローザから右手のマッターホルンまで・・・あの向こうは檸檬の国イタリアか、と思うと『このまま息苦しい日本に帰って文句も言わずに医者をするのが幸せなのかどうか・・』悩んでしまいます。人生の残りは長くないかもしれません・・・
この冬、【新型インフルエンザ】が【世界的経済不況】に重なれば・・・・世界は変わりそうですね。いや、繁栄は終わるかもしれません。それにしても日本の税金は高いですね。
世間の人は通常型インフルエンザの予防注射すら興味が無いようです。「発熱外来」の存在すら実感が湧かず、議員活動そっちのけで熱心に「子作り」を一度だけした世襲お嬢様に少子化大臣を任せる始末。ナニを考えているのでしょう、この漫画思考のボンボンは?
世も末・・・引退は世襲目的・・・麻生政権は蜃気楼傀儡・・・不況は本物・・・官僚は無責任・・・チルドレンは捨てられた・・・murajunブログはウソばかり・・・
久々に妄想で記事を書いたが、恥ずかしい出鱈目ばかりで・・・・ 黙って引退がよかったかも・・・
読んでくれてどうもありがとう
尊敬する佐野元春さんの20年前のアルバム「カフェボヘミア」の中に、地味ですが【ボリビア 野生的で冴えてる・・】という曲があります。

その歌詞の中に、『ボリビアから来た小さな天使・・・ 黒いウールに抱かれて 誰よりも強く踊っている・・・ その静かな瞳に映るのは何?・・・』といったフレーズがありました。

その「小さな天使」が、文字通り「天使」を指すのか あるいは「コカイン」を暗示しているのか僕にはわかりませんが、確かに ボリビア ~ ペルー の辺りは「Cocaine」の大産地でもあります。勿論、平和的な「世界の車窓から DVD編」にはコカインの話は一切登場しませんが・・・ このオバチャンが持ってるのはコカの葉です。山間部で栽培していて「ヤバイお金」が人々を惑わしているかもしれませんね・・・

今回の【世界の車窓から DVD編】は、「ペルー と ボリビア」が紹介されていました。そして、そんな元春の歌を懐かしく思い出しながら眺めていました。地形的に興味深い両国ですね。アンデス山脈の富士山山頂の標高にボリビアのラパスも ペルーのクスコもあります。下はクスコ・・・です(ちょっと あらぬことを想像してしまいます)
ちなみに「クスコ」とは産婦人科の神聖なる医療器具ではなく、少し頭側の「へそ」の意味らしいです。距離は近かったですが・・・ 下はボリビアの地図ですが、川は北へ流れ、南東側には川のない「パンタナール」が拡がり、雨期には洪水みたいになるようです。いずれにしても、過酷な土地のようでもあります。
ボリビアやペルーの選手達は北京五輪で活躍してメダルを獲得したんでしょうか? 映像を観ていますと、メダルなんてなくても活き活きといきていけるよね・・って気がしてきます。インドなんかもそうですね・・・

聖なる山が見守る首都は富士山より高いところにあるようですね。「平和」を意味するボリビアの首都ラパスには不思議なことに「鉄道」が走っていないようです。10年ほど前に廃止されたそうで、廃墟になった立派な駅舎が残っているようです。鉄道が走らない「首都」は世界中にどれくらいあるのでしょうか?

ボリビアの高地には世界最大のマン湖、じゃなかった援交、じゃなかった「塩湖」があるようです(失礼しました)。アンデスも昔は海だったんですね。その「ウユニ塩湖」に向うための鉄道は駅のない首都ラパスから70kmほど離れた街が始発という不思議さ・暢気さです。

勿論、有名な湖は「チチカカ湖」ですね。ペルーに跨る大きな高原の湖は富士山より高い場所にありますね。トトラで作られた人工の浮島、チチカカ湖は琵琶湖の12倍もあるそうです。

チチカカ湖畔の町「プーノ」からクスコへと向う高原の観光列車は何と外国人専用・・・ 最後尾には展望車もあり、車内ではフォルクローレ演奏のサービスまであります。

どうもペルーの列車には国民用と外人用の区別があるようですね、不思議です。治安や生活水準の問題からでしょうか? 途中の最高高度は4319m、有名な「ラ・ラヤ駅」です。

直ぐ傍には5420mの美しい山が聳えています。恐らく若くないオバチャンがアルパカを従えて土産を売っています。素敵な笑顔です。
線路上の青空市が興味深いフリアカ駅?・・・アジアにも似たような線路上の市場が確かありました。人々が考えることは似ていますよね。でも、これもまた観光の楽しみでしょう。

クスコからは人気ナンバーワンの世界遺産「マチュピチュ」へ観光列車が走っています。この赤いシャツが少し前の僕の姿です。今では見る影もありませんが・・・

外国人専用列車とか、豪華特別列車とか、バックパッカー用とか色々に分かれています。天井がガラスの「ビスタカー」も人気のようですね。意外にもペルーの列車は全席指定が多いようです。

車内ではなんとコカ茶がサービスされています。ボーっとしてる間に天空都市「マチュピチュ」に着きますが、驚いたことに・・・天空都市と言いながら、クスコより標高は低いようです。眼の錯覚、「秘境」の刷り込み現象なんでしょうね。
「マチュピチュ」に行ったことのある幸せな日本人は多いですよね。両親は少し以前に行きましたが、僕は当分のあいだ恐らく南米までの旅行は無理でしょうね。妄想・夢想・幻想・思い込み・・・・ 『死ぬ前に一度は行ってみたい・・・』
読んでくれてどうもありがとう
「北京五輪」特集といいつつ なかなかM先生ブログには オリンピック・スポーツ競技自体の話題が出てこない。いつになったら出てくるのか? とりあえず、オグシオの緒戦は順当に突破・・ 潮田~ カワイイ~
今回は またしても予想を覆し、マイナーな旗に関する話から・・・

開会式を直前に控え、中国政府は【旗や横断幕】に関して非常に厳しい規制を敷いたという。【国の正式な国旗以外を掲げることを禁ずる・・・】
要するに、右のチベット自治区や 左の新疆ウイグル自治区の旗を禁止せんがための統一見解が お馴染みの イングランド旗や 旭日旗などを排除してしまったようだ。イングランド・スコットランドなど UKの旗に関しては厳しすぎる気がしないでもない・・・
しかしながら、上の台湾独立派の旗などもあるし、武力併合を繰り返し発展した他民族巨大国家というのは 平和な長期存続がなかなか困難だと思う。下右の現・香港の旗もようやく下左の英国領のものより馴染みやすくなってきたところだ。
「自治区の旗」を自治旗と呼ぶかと言うとそう単純ではなく、【自治旗】とは少数民族自治組織の呼称だというから 旗というより「委任政府単位」といった感じかもしれない。
さて そろそろ今回の本題に進もうかな?
おっと その前に、今年の「ツールドフランス」の出発地は5連覇達成のフランスの偉人「イノー」を称え、彼の故郷ブルターニュ BREST だった。谷村発言をいじって混乱させるようだが、中国と最近不仲だったフランスにも当然ながら少数民族はいる。恐らく大半の国家には少数民族・先住民族は居ると思われる。そして、先住民族の先住民族も、そのまた先住民族も居るだろう・・・
今回の【世界の車窓から 第18巻】は、フランス編の2回目、ノルマン人の「ノルマンディー地方」と ケルト人の小さなブリテンである「ブルターニュ地方」を巡る地方列車の旅だった。
北方バイキングが上陸したノルマンディー海岸には最近連合国艦隊が決死の上陸作戦を決行した。トンネルで繋がるように、英国とフランスは距離的にも民族的にも近い関係のようだ。兄弟喧嘩みたいなもんであろうか?


「穏やかな海」なので かつての戦争を思い浮かべたくは無いが、映画【男と女】の舞台であるドーヴィルや 【シェルブールの雨傘】の舞台も 映画【ラストコンサート】の舞台である モンサンミッシェル などが点在する「ノルマン人」の暮す地域なのである。ノルマン人は バイキング・なのか・・?

その「モンサンミッシェル」は8世紀から13世紀にかけて建築をされた修道院、壮大な保存計画が進行中の人気の世界遺産なのだが、ブルターニュとの境界に近い。

そこで本題?に戻るが、ノルマン人以上に ケルト人の民族意識は強そうである。だから・・と言っては間違いだろうが、【ブルターニュの旗】まで存在し、今でも使われているようだ。

そう言えば、北京五輪の入場行進でもバグパイプを用いたスコットランド音楽の演奏があり、なにも国旗まで差別しなくて良さそうと思いましたが・・・
さて、もう一度【世界の車窓から】を観てみますが、パリの出発駅は「サン・ラザール駅」でした。あのクロード・モネが移り住んで40年も暮らし 有名な睡蓮の作品群を描いたことでも知られる家は印象派の巨人の揺籃の地なのでしょう。明るい光が見えるようです。

ルーアンにもほど近く、有名なノートルダム大聖堂の連作も実に見事な着想・出来栄えであると感心する。

北京五輪から フランスへ・・・暑さで妄想も暴走しだしたようだ・・・
読んでくれてどうもありがとう
日本に帰国する途中で少しだけですが【チュニジア共和国】に立ち寄りました。先日のモロッコと同じく北アフリカの国ですが、首都チュニスから程近い海辺の街 「シティ・ブ・サイド」の風に吹かれていますと、『地中海沿岸の国』としての印象がはるかに大きく感じられます。
ギリシャと見紛うばかりに街全体が白い壁と青い扉や窓で統一され、自然と爽やかな気持ちになってしまいます。馬鹿げた息苦しい日本の社会にウンザリしたらフラリと訪れてみたらいかがでしょう?
暖かな地中海気候で、国土の南半分は「サハラ砂漠」が占めていますが、世界中の観光客にも人気の「イスラム国家」です。
しかしながら、この国の独立は非常に遅く、なんと1956年のことでした。宗主国フランスから独立後も、王政廃止後に大統領制の社会主義化し、ようやく現在の自由主義路線に辿り着いたのが1970年のようです。勿論、この国の数奇な運命は古くからず~っと続いています。
下の地図のピンクが【ローマ】、グレーが【カルタゴ】の領土ですね・・・
現在のシリア付近で誕生した【フェニキア人】が、交易拠点として紀元前814年頃に「フェニキア人の村」の意味の【カルタゴ】を建国し地中海貿易で繁栄しましたが、新興勢力のローマと3度にわたる【ポエニ戦争】を戦ったのち紀元前146年に滅亡しています。

この時のカルタゴの総大将が有名な「ハンニバル」であり、象の大群と共にスペインからフランス南部、冬のアルプス越えでイタリアへ攻め込んだことはあまりにも有名です。義経の奇襲なんて比較になりません。
数日前に書きましたが、今年の「ツールドフランス」のアルプス越えのルートと近いのでしょう。凄いですね。
ローマ支配下では優良な属州としてローマ化が進みキリスト教も伝来し北部を中心に多くのローマ遺跡も残っています。
7世紀にはイスラム教のもとに糾合したアラブ人が侵入し、北アフリカ土着の遊牧民族ベルベル人を支配し、イスラム世界に入りました。

やはりイスラム文化が中心的な香りのようで、国中いたるところに芸術的な風景をみることが出来ます。特に旧市街のメディナにはアラブが溢れています。
ここのお店、僕にはちょっと・・・評価できません。(行ってませんから)


その後、1878年のベルリン会議でフランスの宗主権が列国に認められると、フランスによる侵攻が行われ、事実上の統治はフランス人総監が行い、さらに政府および地方自治の要職もフランス人が占めました。
あのサルコジ大統領が美しき夫人を連れて真っ先に訪問していましたね。
ああそうそう、本当は【世界の車窓から DVD編】による妄想旅行ですから、鉄道の旅を少々書かないといけません・・・
美しいオリーブ畑がひろがるんですよね・・・ アーモンド畑も・・・ Extra Virgin Oil ・・・美味しそうですね。
でもこの国の鉄道の旅で最も魅力的だったのは、何と言っても中西部の「メトラウイ」を出発し往復90分の【レザー ルージュ】という観光列車ですね。
この峡谷の中を走る列車には一度は乗ってみたいものですね。「インディージョーンズ」の場面みたいですね・・・
読んでくれてどうもありがとう
暑苦しい、息苦しい医療崩壊の日本でお暮らしの皆さん、お元気ですか? 僕は爽やかな「フランス・アルプス」から、レジスタンスの都、「カサブランカ」に今日は来ています。カサブランカといえばジュリー(沢田研二)・・、ジュリーといえばザ・タイガース・・、タイガースといえば大阪じゃなくて京都・・ てなことは冗談です。【世界の車窓から DVD】を鑑賞しての妄想の旅です・・
日の沈むところ「マグレブ」におけるレジスタンス活動の対象は勿論、日の出ずる亡国の荒牢省でありますが、ここモロッコ最大の都市は1912年以降にフランスの影響で急成長したモロッコらしからぬ街です・・・ でも、当時のイングリッド・バーグマンは美しかったですね。彼女が精神科医になった映画は知っていますか? 彼女なら狂った僕もカウンセリングに通い詰めたいと思います・・・
そんなボギー風の哀しみを胸の奥に抱えても絶対に生き抜いて不死鳥のごとく再びやり直す・・・フィラデルフィアのロッキー・バルボアの魂をどこかで読んでくれているであろうtakaちゃん先生に今宵は捧げます。
実は貴方が他のブログ記事にコメントを残したのは僅か数名だったようですね。その中に僕がいたことを初めて知り嬉しく思いました。ただ以前、貴方の記事に対して『ホントの話ですか?』って安易なコメントを書いて傷つけたようで反省しています。
僕は、いつもウソというか冗談っぽく記事を書いて憂さ晴らしをしています。もちろん、騙されたフリをしてくれる読者に甘えて書いているフランスとかモロッコとかウソですし、僕が賢くてハンサムで名医で盛業中だなんて全部ウソです。でも人生は気楽に行きましょう・・・ 僕も最近、健康のため診療時間を減らしましたよ、これは本当です。
ブログで気分転換、妄想も夢想も憂さ晴らしも精神衛生には大いに結構でしょう。ただ、ちょっぴりユーモアのスパイスをお忘れなく・・
例えば、先日のtakeちゃん先生の「あ屁あ屁」記事を大きな声を出して読んでみましょう。僕はスタッフに笑い声が聞こえてしまって大変でした。院長が壊れた・・と噂になりました。
ま、先に進みましょう。モロッコでの休みは長くは取れません。
【世界の車窓から】ではイスラム圏は初めてでしたが、車掌さんが例の白いイスラム服を着ていたのには驚きました。
古都マラケシュ~聖地カサブランカ~首都ラバト~古都メクネス~帽子フェズで有名な7世紀の素晴らしい城壁に囲まれたメディナを抱くフェズ・・・北モロッコの雪景色には驚きました。
列車の旅は北モロッコだけでしたが、旧市街「メディナ」の雰囲気は素敵ですよね。実際にはゴチャゴチャして暮しにくいんでしょうけど、セコセコした日本人には理解出来ない暮らしがあるんでしょうね。
水売りのオジサン、ペットボトルなんてダメですよね。水売りが正解ですよ、鴨下さん。
でも、時がユッタリと流れていて所得水準や医療水準とは逆に豊かな感じがします。日本の暮らしはどこかおかしい・・・
さて、北モロッコの旧市街「メディナ」も素敵ですが、モロッコといえば『カスバの女』にも出会いたい、な~んちゃって。若い人達は知らないでしょうが、『カスバの女』って日本だけの歌のようです。勿論、「カスバ」はモロッコにある要塞・砦って意味ですけど・・・
マラケシュの東に「オート・アトラス山脈」が走っており、その南側にはオアシスに「カスバ」という要塞都市が連なる【カスバ街道】なる全長250kmの地域があります。
何となく、カサブランカさえなければ南モロッコの風景こそ【Morocco】だと僕は思うんですが、アトラス山脈には雪も積もるんですよね。ここはアフリカなんですが・・・
「カスバ」って響き、いい感じですよね。眼のキリリと輝く裸足の美女が鮮やかな布で顔を隠しながら現れそうで・・・ でも、実は泥レンガの砦遺跡なんですよね・・・
しかし、かの有名なベルベル人の故郷ですから、勇者と美女の産地です。
モロッコというと何となく砂漠の駱駝を思い浮かべる方が多いでしょうが、実は僕のイメージでは「ベルベル勇者の騎馬」の方が強く刷り込まれています。これも馬術部時代の影響でしょう。
ローマとアラブの融合にフランスの香りの北モロッコ・・・
ベルベル人が砂漠とオアシスを馬で駆け回るカスバの南モロッコ・・・
どっちも素敵なモロッコであります。
これを書いていて、南モロッコの名物「クスクス」料理を思い出しました。留学時代にユダヤ人の上司が家庭に招いてくれた時、窓辺にハニュカ(蝋燭)、テーブルに奥さんの手料理の「クスクス」という奇妙な組み合わせを思い出します。
クスクスがイスラム料理と思い込んでましたが、「クスクス」はアラブ料理というよりベルベル料理なんですね。14年前の謎が解けて、今夜はグッスリ眠れそうです。
どなた様も気分転換には睡眠が一番・・・ 明日の朝は鬱陶しい日本へ一旦帰国して、日曜日には再び成田空港へ向う予定です。
読んでくれてどうもありがとう
二週間ごとに毎回楽しみにしている【世界の車窓から DVD編】も既に半分が終わり、後半最初の【ドイツ編②】を今回観た。
全30巻の中で二度登場するのは、ドイツ・フランス・スイスである。僕としては、ドイツを二度出すより他に見せて欲しい場所もあったのだが、かつて行った場所も登場したので贅沢は言うまい・・
僕がライン川左岸を「国際特急」で楽しんだのは、1990年の夏だった。この年は実にドイツの鉄道史にとって微妙な年だったようで、東西ドイツ統一を数ヵ月後にひかえ、インターシティー(IC)と呼ばれる都市間高速鉄道網の再構築が行われていたようだ。その結晶として翌1991年夏に登場した超高速のICE(IC Express)は、日本の新幹線の様に専用軌道を新幹線並みの猛スピードで走り抜けるが、残念な事にフランクフルト~ケルン間は素敵な眺めの「ライン川沿い」をどうやら走らないようだ。
かつては、「ラインゴルト号」などの名TEEが走った<フランクフルト~ケルン~アムステルダム>のルートから惜しまれつつTEEが撤退したのが1987年だったというから、僕が<フランクフルト~アムス>間で利用した国際特急は既にICと呼ばれる列車だったのであろう。ただ、ICEも無かったのでTEEの様なICだったと思われる。
しかし、今では新幹線より速いとされる最新鋭のICEがいかに速く快適であろうと、ライン川左岸を豊かな流れに沿って幾度も曲がりくねりながら車窓の風景を楽しむ楽しさには決して敵うまい・・・ 船では遅い、ICEでは速い、自動車では不粋・・・やはり国際特急列車なのである。
今回のDVDは「メルヘン街道」がそのメインであるが、僕が興味を覚えたのは、それとは異なる【ハルツ狭軌鉄道】と【蒸気機関車モリー号】だった。
北ドイツはバルト海から250km程は極めて平坦な土地で、僕もベルリンへ向う経由地のハノーバー空港に降り立った時は少々驚いたのを覚えている。ただ、そこから少し南には急にハルツ山地が聳え、その最高峰が1142mの「ブロッケン山」である。
「ブロッケン現象」というのを御存知だろうか? 循環器系では心房中隔を突き刺す「ブロッケンブロウ法」というカテーテル手技があるが、上の写真の様な霧の中の光の不思議な現象のことである。元来寒冷な北ドイツの山地、幾ら1142mといえど夏でも涼しいらしく、霧の中に不思議な光景がしばしば見られ、昔から魔境・神秘の山として知られている。
その代表例が、ゲーテの代表作「ファウスト」の中で描かれる「Walpurgisの夜」の舞台である。今でも全国から集う仮装した「魔女」達が登場するお祭りで賑わうらしい。
そんな「ファウスト」の大切な舞台としても名高いブロッケン山頂に向う蒸気機関車があるという。【ハルツ狭軌鉄道】である。東西ドイツが統一されるまでは軍の重要拠点で民間人は利用できなかったらしい。
北側の眺めは水平線を観るが如し・・・のようだ。ただ、DVD映像からは魔女の集う神秘の山にはどうしても見えなかった。
バルト海に近い有名な街リューベックから東に少し行くと、【蒸気機関車モリー】で有名なバート・ドーベランという街がある。カンカンとせわしげに鐘をならしてモリー通りという狭いメインストリートの石畳の街路を進む【Molli号】は何とも驚きの蒸気機関車である。規制規制の日本ではありえない大らかさとでも言うのであろう。
昨年のサミット開催地となった海辺の保養地「ハイリンゲンダム」を経由して静かな保養地へと人びとを誘う【蒸気機関車モリー】には是非とも一度は乗ってみたいものだ。
昨日「ヘルマン・ヘッセ」の記事を書いた後なので、気持ちがとりあえず「ドイツ風」でスンナリ入れた。何となく、下らない規制やピントハズレな通達などで日本のシステムに対してウンザリしていた時期なので、心が自由にアチコチ浮遊して持って行き場の無いムシャクシャ感も少しばかり解消できたので、とりあえず良かったヨカッタ・・・
読んでくれてどうもありがとう
全30巻の【世界の車窓から DVDシリーズ】も第15巻の「イギリス編」で折り返しを迎えた。1987年に始まった長寿番組も既に20年以上が経過したそうだ。ナレーションは石丸謙二郎さん、今回の記念番組のために英国を訪れ、自身でロンドンからマレイグ(スコットランド)まで旅をした。近代的で快適な列車・・・邪魔な電柱がないのが嬉しいが、どうして日本は電柱だらけなのだろう。「美しい国」には電柱は不要なのだが・・・
さて昨日は、1984年、85年、86年という古い年賀状をご覧頂いたが、あの頃に番組はロンドンのキングスクロス駅を出発したという。上は、古きよき時代のリバプール駅、もちろんロンドン市内のリバプール駅。本当のリバプール市内には宮殿の様なセント・パンクラス駅がある。ロンドンには13ものターミナル駅があって、ロンドン駅というのは存在しない。20年目の番組もキングスクロス駅を出発する列車を見送るところから始められた。
僕がロンドンに一人で最初に出かけたのは、多分1989年夏のこと・・各地で共産国家の崩壊が起こっていた時期だった。前に書いたが、翌90年夏には崩壊直後の東欧を旅した。その2年も前に番組が始まっていたなんて・・・やっぱり凄い。ちなみに、佐野元春がロンドンで「カフェボヘミア」をレコーディングしたので僕も行かざるをえなくなった?ことを告白する。
僕はその旅では鉄道をほとんど利用しなかったが、鉄道が好きで、ビクトリア駅にあるホテルに一週間滞在して、毎日駅構内を散策した。実はバスに便利で、ミュージカルにも便利、色々便利で大変気に入った。
どこの国でも駅は実に楽しい、駅は文化の交流地点である。
そして、英国こそは鉄道発祥の国・・・ ロンドン市内の科学博物館内の鉄道展示は歴史を感じさせてくれた。
でも、悔やんでいるのは、これまで2回、各一週間も旅をしながらイングランド以外には行った事がないことだ。
スコットランドもウェールズもアイルランドも・・・ イングランドすら南半分だけ、これでは死んでも死に切れない。湖水地方もネス湖もセントアンドリューズゴルフ場も見たい・・
今回のDVDで特に行きたくなったのがスコットランド、ハイランド地方・・・ ハリーポッターのロケ地でもあるグレンフィナン高架橋には是非とも行ってみたい。別に空飛ぶ自動車じゃなくてもOKだ。
荒涼としたイギリスの大地を駆け抜ける列車・・何とも味がありますね。
ハリーポッターといえば、魔法学校の最寄の駅(ゴースランド駅)が人気だとか・・覚えてます、覚えてます。そうですよね、夢があります。これが作り物じゃなくて本物なのが素敵です。
テーマパークじゃなくて本物の味わい・・イギリス人はこんな風景に似合いますよね。
あ~、今度一週間の休みが取れれば・・・英国を鉄道で思う存分旅してみたいものだ。
読んでくれてどうもありがとう