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なにも新しいモノが良いと限ったことはなかろうが、どうも最近は新しいものに手が出にくくなりつつある。恐らくは立派な老化現象なのだろう。
白髪も増えたけど、抜け毛も気になりだした。遠近両用メガネをかけていながら近くを見るときはハズしてメガネの端っこを唇で咥えて・・・欧米の映画スターのつもりだが腹が出てては様になりませぬ。
最近は新薬や新しい治療法や検査なんかにも簡単には飛び付けなくなって、どうも時代遅れになりつつあるようだ。
最近、ある旧友(数名)からフェイスブックへのお誘いをいただいた。その旧友達はこのブログの存在は知らない。匿名ブログという禁断の味を捨てたくないから永遠に、死ぬまで教えるつもりはない。もし僕が死んだら・・・永遠に埋もれてしまうよりも誰かが明かしてくれても構わないとは思うのだが。
さて、フェイスブック・・・
実名ウンヌンよりも、まずはSNS自体も未経験ゾーンなのである。ミクシーとか有るそうですね。もちろん経験無しです。かつてAkagamaさんからお誘いを受けたのも何かありましたがNo thank you と言って忘れました。そもそもSNSって何の頭文字なんでしょうか? My Space とかいうのもあるんでしょ? って知った様な口をききますが未経験です。
フェイスブックを含め、なんでアンなのが巨額のマネーに変身するのかが全然わかりませんが、なんでですかね?
Twitter とかも当然の様に未経験です。
iPhone みたいなスマートフォンとか触ったこともありません。
iPod みたいな音楽保存器具も触ったこともありません。
iPad とかは電気屋さんで触ったのですが、難しく感じて買えませんでした。
携帯電話は持ってますう・・・けど、お財布機能とか電車に乗るやり方とか未経験です。電話して、写真撮って、メールして、目覚まし機能を利用して、時々サイトを眺めて・・・それで全てです。
話が相当飛んでしまいましたが、そう言う訳で、フェイスブックに行く前の様々な進化?を未経験なので踏み出し切れません。
実名っていうと、このブログの様な「エロい記事」とか「恥ずかしい告白」とか「妄想」とか「政府批判」とか「温暖化はホントか?」や「少子化の方がいいだろ?」とか様々な常識外れの本音がつぶやけないし書き残せないので・・・実名は困るんです。
旧友達は友人の輪が広がるとか、飲み会の案内が容易だとか、知らない人とも出会えて役に立つとか利点をいいますけど・・・、遊ぶ時間もないし、本音を隠した人達とホントの友達になれるか心配だし、そもそも・・・恥かしい。
フェイスブックだとホントに有名人とも友達になれるんですか? 勝間女史とか興味無しですが、例えば佐野元春とか、吉永小百合とか、国谷裕子とか、菅直人とかとお友達になれるんでしょうか? 学校が同じなら友達? ならば、100億円寄付の孫さんとも友達になって2億円寄付してもらって早く借金地獄から抜け出したいものだ。
そんな時代遅れ医師なのだが、当ブログは地道に1600記事を超えてマダマダ続くかもしれない。
やはり真実を語るには匿名が基本であり、実名になるとどうしても自分を飾ろうとする嘘の部分が混ざり込みそうだ。
フェイスブックは学歴や職業も書くようだから、恐らくイワユル社会的に上層の人々のネットワーク・コミュニケーション・ツールなのであろう。
もしもフェイスブックで世界の美女100人とリアル友達になって幸せな余生をエンジョイできるなら僕も登録してみようかな?
またしても先の日曜日の話題だが、録画していたNHKの番組【 ワイルドライフ 京都法然院 いのちの庭 】という番組を観た。
京都東山の哲学の道にほど近い法然院は昔から大好きな浄土宗の寺で、m3ブログに僕はなんと17もの記事を書いている。興味があれば、左の検索欄からチェックしてみてください。これが18記事目・・・少々オタクかもしれない。そのうちの最初の記事を一つ・・・
http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20061103/My_Favorite__1
さて、このNHKの番組は大文字の下、善気山に抱かれた法然院の森と境内の様々な小さな生き物たちの一年の命の営みを梶田住職の静かな語りとともに描いていた。
そのほとんどを僕は知ってはいたものの、これほどの自然を「ありのままに」育みうる文化というか度量というか余裕が今も法然院にあることを再認識して嬉しくなった。
いま僕が住むド田舎ですら、コンクリートと農薬と排気ガスとゴミと洗剤などで自然が自然であり続けることが出来ないのに、あそこの森には庭には二羽鶏が・・・じゃなかった、自然が残され育てられている・・・実に素晴らしい。
僕も法然院の墓に入って森の中で自然の一部となって土に還りたい・・・という秘かな願いをもっているのだが、いまだに梶田住職には言いだせないでいる。
読んでくれてどうもありがとう
今年は落語を楽しもうかなぁ?と今年1月に書いた。そして、それなりに楽しんでいる。
http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20090124/1
実際に名人と呼ばれる人々の落語を聞くのは味わい深いものである。しかし、落語というものは本来は寄席などで同じ空間の中で落語家の飛び散る唾や滴る汗や湯気の立ち上る様を身近に味わいながら聴くのが楽しいのであろう。
しかしながら、いくら昭和の名人の落語の名演といってもCD収録だとなかなかそうもいかない。そこで、せめて映像だけでもと DVDを買い求めることにした。出来れば、デイサービスで高齢者にも楽しんでもらいたいからだ。実際、先に書いた「小津安二郎の映画シリーズDVD」もデイサービス内で高齢者に観てもらっているが、大好評のようだ。
そうなると、DVD・・・なかなか落語のDVDで安くて気合いの入ったシリーズが探してもなかなかないのである。高そうなのはあるのだが、演目が少ないと何となくダメだし、好みの演目をチョイスするだけの眼力もない。やはり誰かのシリーズ物が最初は適切であろう。
そこで僕が選んだのが、【桂枝雀】
今年は生誕70年、没後10年の年で記念発売になったようだ。ただ、演目はほとんどが昭和54年以降の50年代で、60年代が数本あるものの、平成は8年の一本のみの収録である。ほとんどが、大阪ABC放送が長く放映してきた「枝雀寄席」という枝雀の落語だけの人気番組から収録したようだ。これだけでも当時の桂枝雀の人気度がわかる。
実は僕は桂枝雀を中学か高校の時に一度だけ生で観て聴いたことがある。学校主催の全生徒参加落語会だった。しかし、枝雀が真打だったか、落語会のトリを務めたかは覚えていない。だが、枝雀の落語は強烈に思春期の僕の心に取付いたようだ、彼しか覚えていない。
桂枝雀・・・神戸大学中退で落語家になり、学生時代から得意だった英語を駆使して英語落語のパイオニアになった。
天才であり努力家であり、ある意味でパイオニアでもある。その彼が10年前に自殺してしまったことは何とも惜しいことである。
でも、これで永遠に彼を忘れることはないだろう。
読んでくれてどうもありがとう
最近なんとなく「新型インフルエンザ」の専門ブログ化してしまった感のある僕のブログ・・・すっかり勘違いをしてる新しい読者もおられようが、本来は某中年医師の趣味のブログですので、テキトーに読み流してください。
そんな訳で、今回はちょっと話題をかえて・・・ 【 昨日と今日の「昔の話」 】
今朝、愛車の中でNHK-AM放送(朝8時過ぎ)を聴いてたら、20年前の天安門事件の話が出てました。1989年5月から6月にかけて北京で取材に当たっていたNHK記者の話でした。今のインフル騒動でもそうでしょうが、後になって色々出てくる話は貴重です。特に面白かったのは、「北京では衛星放送が禁止されてしまい、事件の模様を撮影したビデオテープをテープ部分だけ外して、薬の瓶の中に詰め込んで、日本に帰る人に託して運んでもらった。皆さんが記憶されている映像も多くはそうして運ばれたのです・・」というくだり・・・ そうですよね、大事件に遭遇するとはそういう感じですよね。
なぜ、天安門事件の話題に僕が今朝がた敏感に反応したかというと、昨日の日曜日の衛星放送(局は忘れた)で名曲【風に吹かれて・・】の誕生秘話が放映されていたから・・・ その中で、PPMが『1963年って何があったか知ってるかい?』って現代の観客に問いかけていた。

その答えは・・・『ワシントン大行進が行われた年だ。そして、PPMがそこで Browing in the Wind を歌ったんだ・・・』だった。もう45年も前の話だ・・・僕は記憶にない。
これはBOB DYLAN が世に出した歌だが、名曲中の名曲だと思う。ちなみに、上の写真・・・僕の憧れ、涙が出る。もう帰らぬ青春の造形美・・・若い男女の愛の始まり
この番組は番組名は知らないが、この前「Sound of Silece」の誕生秘話をやっていて、とっても良い番組だと思う。マイナーなBSではなく、若い人々に知ってもらえるように地上波メジャーでやって欲しいものだ。

【若い人に知ってもらいたいから・・・ぜひ「あの日の映像」が欲しい】というコメントを今日見知らぬ人から頂いた。 まだ、天安門事件が起こる前の伝説のコンサート・・・
http://blog.m3.com/BackToTheStreet/20070703/1
僕の古いブログ記事へのものだが、1188記事程の中で断トツに多いコメントをいただいている記事・・・いわば、僕のブログの宝物である。2年も前なのにいまだにコメントをいただけて、有り難い・・・古い時代にも素晴らしきものがあることを若い人々にも知ってほしい。でも、佐野さん・・・なんとかDVD化して発売してほしいよ。
新型インフル騒動から逃れるように、この土曜・日曜日は「少し心を静めて・・・」古い映画や音楽をゆっくり楽しんだ。1966年のヘップバーンの【おしゃれ泥棒】、【パリの恋人】・・・久し振りに観たけど、彼女はいいなあ。特にコミカルなのがいいなあ。久し振りに心が晴れた・・・

ロングドライブ・・というほどではないが、土・日・月と愛車で移動する時間が持てたので、最近買い求めた「アバ」と「カーペンターズ」のベスト集を聴きながら過ごした。疲れた心が晴れるし、手放しで明るくなる・・・近ごろ長く忘れていた「素敵な人生・明るい青春」を取り戻したような気分になれた。子供らが『iPODに曲をいれさせて・・・』と言ってくれたのも嬉しかった。
過ぎ去った日々はどうしてこんなに美しく疲れた心に蘇るのだろう?
読んでくれてどうもありがとう
This is MOROHARU RADIO SHOW・・・
歳月の経つのは速いもの・・・ 昔、FM雑誌を眺めてカセットテープでエアチェックをしていた頃が懐かしい。ボロいラジカセでは予約録音もままならず、病棟業務を一休みしての録音作業が凄く大変だった。
しかし、今こうして火曜の夜にFMラジオを聴きながら、別のラジオでUSB端子への録音中・・・明日には僕のPCへ保存されるMRS。カセットテープに比べると雲泥の差・・・素晴らしい。
あの頃はPCも無かったけど、今回は番組HPもあって、オンエアされた楽曲もきちんと直ちにアップされる。楽曲の人気投票なんかも放送直後に参加出来て、番組の感想やリクエストもネットで凄く簡単になった。
番組の出来も、途中のジングルも・・・ 以前より確実にパワーアップですね。
楽しい時間です・・・ 元春は天才です、ハイ
読んでくれてどうもありがとう
なかなか派手にやってくれますね~【北京五輪】、なめらかに筆が進みます。

本日の感動の瞬間は、8月8日の降雨予想40%だった【開会式】・・・ もともと「悪人面」が似合うとはいえ、チャン・イーモウ監督も少々やり過ぎです。
お陰で「出演ギャラ」が一気に跳ね上がった?女の子もどうしていいか、多分『困ったな~ ホントに私が口パクやるの? 絶対バレナイの?』って念を押して世界中に共産党推薦の「完璧な容姿と表現力」の笑顔を見せたんだと思います。でも、『シ~謳うな って言ってたじゃないの?』とか、『黙ってればバレナイって言ったでしょ?』って感じているだろうな。
でも、あの「口パク」・・・僕は完璧に生で見た瞬間わかりました。循環器科医ですから耳は音楽家並に良いですから・・・
巨人の「足の花火」・・・こっちはマンマと騙されました。でも別に批判もしません。少女も花火も 僕は「偽装」とは思いません。両方とも、よく出来た「演出」だと素直に評価しています。特に飛行機は警備上問題だったでしょうから、仮に花火が本物でも絶対に撮影は無理でしょう・・・

でも、あれが「CG」とか「替え玉」だとすると、北京五輪全体への【信頼性の揺らぎ】は否めません。僕はむしろ「ピアノを弾く天才ピアニスト」が 本当は芸人・出川哲郎が演奏していたんじゃないのか? とか、「四川地震の子供」が誇張や美談の捏造、あるいは「絆創膏の下の傷は完治していたんじゃないか?」と疑われる心配の方が気になります。
あんな面白い花火、完璧に打ちあがって『日本の花火も負けたな・・』とは感じましたが、神国の「NHKの放送」は疑っても信じるべきで、マスコミは死んでも「ウソとかCGの使い回し」とかするはず無いので、「おかしい」というより「凄すぎる」という感想でした。
でも、もっと驚いたのは【人工消雨】のロケットを1000発以上も北京周辺の雨雲に打ち込んで、周囲に豪雨を降らせ北京市を未然に雨から守ったという大作戦の方ですね。以前から噂は知ってましたが、開会式のときに全然天気の事をNHKが言わないので、雨は降らなかったんだな~って信じてました。
あの開会式にもしも豪雨が降ってきたら、ブッシュや プーチンや オランウータンを招待していただけに会場は凄まじい大混乱だったでしょう。それと、花火のCGも「雨バージョン」があったかどうか? そして、電飾絵巻物の電気系統がショートして映像が消えて暗くなった瞬間に 某都知事が狙撃されたり・・・ やはり絶対に雨が降ってはいけない開会式の演目だったわけですよ。
そういう意味で、「人工消雨」なる環境に極めて悪い大作戦も、「必死の努力の賜物」といえそうです。そこまで無理しなくてもね~ って感じなんですがね。
こうなると、【北京五輪】の楽しみ方が幅広くなって素晴らしい世紀の大会になったと感じます。
【見せたいものは演出して騙しても見せる。隠したいものは必死に努力して完璧に消す】
競技会場以外では何が本当は起こっているのか・・興味深いですね。
読んでくれてどうもありがとう
先日、当ブログに「拳銃を持つ患者」の話を書いた直後に偶然にも痛ましい佐世保の乱射事件が発生した。東京の医師の息子達が加害者と被害者になるという悲劇とはまた違った事件だったが、武雄市の病院内での人違い殺人、大牟田市の病院玄関前での銃撃など医師や医療機関も銃社会を意識せざるを得ません・・・
この佐世保の痛ましい事件は現代の世相を反映した、まさに「犯人の生活の軌跡」が良くあるミステリー小説のようでした。詳しくは書きませんが、体格に恵まれながらも安定した就労に付かず親の退職金を使い続けるパラサイトシングルが、車や船や銃などの贅沢を知り、働かずとも保護される現代社会の何不自由ない生活の果てに、やっとテレビドラマの様な恋を知るも、当然なる失恋と未来への閉塞感から、理屈の通らない復讐ともいえる殺人を派手に起して無責任にこの世を後にする・・・このママのプロットで小説が書けますね、きっと。
今の日本には30万丁の散弾銃と4万丁のライフルが登録され存在しているようです。結構すごい数ですよね・・・ でも我が家にも4~5丁の散弾銃が存在していた時期がありました。あれから30数年・・・またまた想い出話にお暇な方はお付き合い下さい。
ちょうど父が今の僕の年齢の頃を中心にしばらくの間、猟銃を鴨や雉の狩猟目的で所有していた時期があった。
僕の家の裏手には今でこそ家が増えてきたものの、当時は道路の整備もなく自然環境もよく、毎年沢山の鴨がこの時期になると渡ってきていた。父は一人で出かけたり知人と数人で出かけたり、時には小さかった僕を誘って鴨撃ちに出かけることを趣味としていた。
稲刈りが終わった田畑の中のクリークと畦道を 時には急ぎ、時には静かに、飼っていた数頭のイングリッシュポインターと白い息を吐きながら僕は父の後に続いた。早朝と夕暮れ時が主な狩猟の時刻であったが、僕はクリークから飛び立つ鴨を仕留める父の姿を今でも良く覚えている。
ポインターも僕らの家族のようで、クリークに潜む鴨を追い出し、撃ち落された獲物を加えて静かに戻ってくる姿にも野生の感動を覚えたものである。
我が家には厳重に鍵のかっかる猟銃保管庫があって、そこに銃は保管されていたが長期間使用しないときは銃砲店に預けていたようだ。狩猟の期間が始まるのは11月1日だがその前には父と度々銃砲店を訪れ「将来は僕も狩猟をするのかな~?」と漠然とした想いを抱いていた。
結局、僕自身が成人した頃には我が家の近くが猟場としては魅力が無くなり、僕は狩猟を趣味とすることも無くなった。父も僕が医学部に上がる頃には狩猟を止めたようだ。仲のいい狩猟仲間が亡くなったことも影響したと想う。あるいは生命を奪う趣味を医学生の僕に配慮して止めたのかもしれない。そう言えば理由を聞いたことは無かった。
あの頃の狩猟解禁日「11月1日」といえば今より確かに寒かったような記憶がある。日の出の時刻になると、我が家の裏手の方で「ダン、ダ~ン、ダン」という音が鳴り響き、僕はそれで眼が覚めていた。「あ~、今年もオヤジが出かけていって鴨を仕留めたのだろうか?」という事を想いつつ暖かな布団の中で再び眠っていた。小学校から帰宅すると準備万端の父が猟銃を片手に僕を待っていて、「さ、行こうか・・ こっちを持て・・」と散弾を込めていない猟銃を僕の方に掛けて、母に見送られて二人して陽が傾きだした裏の方に駆け出していった。猟銃は子供の肩にはあまりにも重たかったのであるが、その重さを父は僕に背負わせたかったのであろう・・・
今では新興住宅地として沢山の家が次々に建ち、全く渡り鳥も近づかない可哀想な土地になってしまった。開発によって確かに道路もよくなり便利にはなったが、あの頃と今とどちらが良いかと問われれば、躊躇無くあの頃の自然が残る田舎の風景が好ましいと僕は思う。移り住んできてくれる人たちには分からないだろうが、猟銃を肩に親子で走り回っていた田舎の姿がもう近所で甦る事はありえないだろう・・・
猟銃乱射事件を見ると、僕も物騒だったアメリカ留学当時を思い出すのであるが、当時の父の年齢になった僕は少し父の気持を分かりかけてきたようで、「目的外使用」に対する悲しさも胸に秘かに感じている。
読んでくれてどうもありがとう。
昨日、僕ら家族は東宝ミュージカル「Les Misérables」を観に出かけた。劇場内は携帯電話妨害電波のため患者さんからの緊急電話が通じず、これからの高齢者主治医制で携帯電話への常時接続が要求されたら、医師は観劇も飛行機も無理なんだ・・・人間じゃないんだ、バルジャンの様に奴隷なんだ、と改めて認識した次第だった。
まあ、こんな愚痴はさておき、1987年に日本にミュージカル「レ・ミゼラブル」が上陸して今年で記念すべき20周年らしい。鹿賀・岩崎・斉藤・島田などが勢ぞろいしてスペシャル版が演じるらしいが、その21日昼の部は既に完売だったのも知りもせず、後の祭り・・と相成った。
僕は島田歌穂のエポニーヌ役がどうしても見たいが、詳しい情報を集めもせずに興味の少ない人に任せたのがまずかった。21日は「夜の部」ならOKです・・と言われても「昼の部」にしかスペシャルメンバーは出ないのである。ま、昨日の知念里奈も悪くはなかったが・・・
なんと野口五郎や斉藤由貴、滝田栄なども最初の87年メンバーらしいが、僕がどうしても見たいのは フォンティーヌ役の岩崎宏美と エポニーヌ役の島田歌穂。ジャン・バルジャン役の鹿賀丈史と 斉藤晴彦のテナルディア役 も見たいと思うが、今年から初登場のジャン・バルジャン役の橋本さとし、ジャベール役の阿部裕、テナルディエ役の三谷六九らは 実に素晴らしかった・・・と感じる。
ただ、重要なコゼット役とマリウス役には輝くものが欲しい。何となく普通の配役じゃ、何のために命を賭けてジャン・バルジャンが・・・と思ってしまう。ついでに、テラルディエ妻役の田中利花は素晴らしいと思う。
さて、僕にとってもミュージカル「Les Misérables」は実は20周年だった。20年前にも僕は観たことがあったのだが、不思議と筋書きは良く覚えていない。というか、ちょっと寝てたのか 台詞が理解不能だったのか・・多分 天井桟敷から観たので良く見えなかったのだと思う。
LondonのPalace劇場で、ちょうど20年前の1987年の夏休みに実は僕は観ていたのである。老朽化した劇場の狭く汚れた階段を登りつめた凄まじい高さの天井桟敷の最高(度)の客席からは残念ながら顔の表情までは見えなかった。Londonで丸々一週間に6~7本のミュージカルや芝居をハシゴした僕は 時差ボケもあってちょっと草臥れていたのかもしれないが、やはり原作の粗筋を知りもせず「レミゼラブル」を観るのはミゼラブルである。
昨日も、僕の娘達は(多分、家内も)良く筋書きが判っていなかったようだ。僕も1789年7月14日のバスチィ-ユ襲撃は知ってるものの、その後の1820~40年頃のフランス史が非常に曖昧なのである。
でも原作は凄く濃い内容のようですね。フランス史に再度興味が湧くかもしれないので 今度読んでみようかな?と思っている。娘に「あの頃の 1フランって今の幾ら位?」と聞かれてポカン・・である。髪の毛を子供の為に売って10フラン・・・子供も僕も気になりました。
でも、最後はヤッパリ泣けますね。ちょっとミュージカルにしては重たすぎますが、良い作品です。やっぱり歌がいいんですよね。テナルディエの存在がとても面白いのですが、原作では彼の家族は重要なんですね。先程遅まきながら知ったのですが、エポニーヌは彼の長女で砦の少年は息子だとか・・・ 知らずに観てましたが、それでも充分に観劇して感激しました。
僕は Londonでも NYでも 以前は沢山ミュージカルを堪能してきたつもりですが、この歳になって 日本語ミュージカルもなかなかいいな・・と感じました。特に、内容が複雑な「レ・ミゼラブル」の様な場合には、日本語作品がいいかもしれません。
小学生の娘は素直に「面白かった」と言ってくれましたが、中学生の娘は観る前から「私 ミュージカルはあまり・・」と言って高額チケットを買い求めた家内を困らせるような事を言ってました。終わってからも素直に面白かったとは言い難かったようで、「あんまり・・・」と気取ってましたが、後でコッソリ「面白かったと、連れてってくれてありがとう」とメールをくれました。きっと恥ずかしい年頃なんでしょう・・・
僕と家内はミュージカルに関しては趣味が合うようだが、この気持ちが娘達にも伝わればいいけど・・・と20年ぶりの「Les Misérables」を観ながら感じました。
子供の前で涙を隠すのは難しいテクニックが必要ですね。
読んでくれてどうもありがとう。
前回 「エリザベス テーラー」を取り上げましたが、彼女の12歳の時の出世作【緑園の天使】(1944)を是非とも書かねばならないだろうと感じました。
とにかく愛くるしい12歳の少女リズは、「乗馬の天才かも」と思わせる能力まで持っていたようです。レースの場面は当然でしょうが、調教の場面すら凄すぎるので 多分騎乗スタントガールがいるのでしょうが、アップの際に登場する騎手はどうみてもリズで、彼女の騎乗の様子は乗馬を相当経験してるようにしか思えないし、絶対に只者ではない。どこまでがスタントか?非常に興味がある。でも、何より自馬を手に入れる前の「部屋での紐練習」は実に雰囲気があって楽しい。見習いたいものだ・・・
僕は大学時代は馬術部だったので少々馬には詳しい。競馬場でアルバイトの経験もある。原題は【National Velvet】というが、12歳の頃の馬を眺めるエリザベステーラーの姿が悩ましいほどに愛くるしい。ポチャポチャしててホッペが赤くて快活で美しく大人びて・・・
これは、素晴らしい「馬の映画」である。更に母親の存在が素敵だ。夫婦の関係も興味深いし、親子の関係も理想的だ。夢を追い、熱心に努力し、その夢がその人の人生を支える柱となっていく。この映画には数多くの素晴らしい言葉が散りばめられているが、多くが母親の口から発せられるのがなんともいえない。是非、若い家族に観て欲しい映画の一本である。
1978年にはテータム オニールが【International Velvet】という「続編もどき映画」を出したが、こっちは障害競馬ではなくて障害競技の馬術だった。僕は当然競技馬術派なのだが、映画となるとまた別だ。内容から考えて、やはり【National Velvet】には全くかなわない。
しかし、「馬の映画」で僕がどうしても「最高」と推したいのは 【モンタナの風に吹かれて】(1998)である。原題は【馬と話す治療者】といった意味だし、原作の小説とは随分と顛末も異なるが、僕は映画の方を奨めたい。どうみても大人の映画だし、馬そのものを愛する人にもたまらない。モンタナの大自然、母と傷ついた娘との愛、不倫ではあるが真実の愛、傷ついた馬への愛・・・それにしても、ロバート レッドフォード様は美しい。
傷ついた馬を再度調教していく様は非常に勉強になった。ただ、僕が馬を下りた後の映画だったので、もっと早くにめぐり合いたかった名画である。モデルとなった天才調教師の本も読んだが、確かに馬の性質を知りぬいた人のようだった。
これは、やはり僕みたいな「夢を置いてきぼりにした仕事中毒の大人たち」にこそ観てもらいたい映画ですね。都会中毒の人もどうぞ・・・ 馬は乗れなくても恋愛上手ならOKでしょう。
自慢じゃないけど、僕はレッドフォードと50cmまで接近した事があるんです。映画 【クイズショウ】を彼がNYで監督してた時に、エンパイア ステートビルの前で偶然にも出くわしたのだ。僕らのそばに監督用車があって休憩の為に向ってきてくれたのだ。眼があった家内は失神しそうでしたが、そばの僕の顔をみると復活してしまいました。近くで見ると顔中皺だらけでしたが、なんとも渋かった・・・・羨ましいですね。
2003年の【シービスケット】も人気があるようですが、残念ながら見ていません。競馬映画は何となくパスだ。名子役の出た【ドリーマー】も同じく競馬映画なのでパスしちゃいました。
僕はウエスタンでもブリティッシュどちらのスタイルも好きですが・・・馬の眼を見ながら「散歩させる」のが一番大好きだったな~
読んでくれてどうもありがとう。
9月25日は「十五夜」、中秋の名月でしたが御覧になりましたか? 「十五夜」は旧暦の8月15日ですから毎年少し変わります。ここ10年間でも9月11日~10月6日と幅があって、今年は9月25日が「十五夜」でした。
十五夜といいますといかにも「満月」を思いますが、少々ズレのある年もあるようで、今年の満月は27日の午前5時だそうです。ですから、「十六夜」の26日深夜に南天に達する月が本当の「中秋の名月」かもしれません。
でも今年は暑い秋ですから「中秋」って感じはしませんよね。ススキの穂なんかも見当たりません。でも、日本人にとして星座よりも月を愛でる心は大切にしていきたいと思います。
さて、美しい月を仰ぎ、2冊の月に関する本をご紹介したくなりました。少々古い本ですし、「名月」とも関係がありません。
まず一冊目は、【人類、月に立つ】です。【A MAN ON THE MOON】という原題の邦訳がNHK出版から1999年に上下2冊900ページで出版されました。
今ではアポロ計画や月着陸を知らない世代が多くなり、若者の間には「月着陸は捏造だ」とする説まで広まっているそうです。様々な陰謀説が大好きな僕でも「アポロ月着陸」は信じています。小学生の時にリアルタイムで寝ずにTVを眺め育った世代としましては、アポロ計画の全貌をヒューマンタッチで描き尽くす本書は素晴らしいの一言です。NHKBS10周年記念海外ドラマとしても放映されました原作ですが、「プロジェクト XXXXX 」位の格別の冒険でした。月着陸を知らない世代、僕の子供たちにもいずれは読ませたい本です。
次の二冊目は、【月の裏側】という恩田陸さんのホラー小説です。でも「月」は不思議な事に登場しません。既に幻冬社から文庫本が出ていますが、不思議な「人間もどき」の登場する傑作です。九州のある実在の街がそのまんま?登場します。
むかし、「月の裏側には宇宙人の秘密基地が存在する」という説を少し信じた僕としては、惹かれた題名と内容のギャップに怒りを覚えそうになりましたが、その怒りが簡単に収まる面白い作品でしたので皆さんにもお勧めしたいと思います。「中秋の名月」を見ながら読んでみてください。
先頃、日本の月探査ロケット「かぐや」が月の裏側を調べに飛び立ちました。折角なら「かぐや姫」と命名すればよかったのに・・・とセンスの無さを嘆いております。でも、月の裏側・・・あんまり綺麗じゃないですね。ニキビだらけの高校生の顔のようです。ウサギはいそうも無いですね。
読んでくれてどうもありがとう。