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2008.08.05 18:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 1

院長は金髪がお好き

自身が紳士かどうか自信はありませんが、M院長の診療所には金髪患者は開院以来全く来ません。白髪とか銀髪とかばかりで、熱帯夜には金髪患者が夢枕に時折り登場します。

 

 

【紳士は金髪がお好き】は麗しのマリリン・モンローの映画ですが、本日 8月5日は モンローが36歳でこの世を去った悲しい日です。ううううう~シクシク

                  

あの日、僕はショックのあまり幼稚園を数日間休んでしまいました。先生から『Mちゃん、どうしちゃったの?』と心配されたことを昨日のことの様に覚えてる・・わけないですね。

 

      

そんな彼女は必ずしも「パーフェクトな身体」を持ってはいなかったし、心を無視したような「セックスシンボル」という言葉ではなく、気持ちの可愛さを含めて【麗しのマリリン】と表現されるべき愛しの女性だと僕は思います。

ノーマ・ジーン時代の彼女が 後に大統領に「ハッピー・バースデー」ソングを捧げるまで、その全てがM院長の胸に染入って来る切ない人生です。

 

 

でも映画での成功は必ずしも彼女を幸せにはしなかったようですね。【七年目の浮気】がキッケケで大リーグのヒーロー、ディマジオとの短い結婚生活は終わりましたし、三人目の脚本家とも上手くは行きませんでした。

 

その後のしばらくは、深い悲しさが彼女を覆っていた時期だったのでしょうね。でも映画スターらしい女優として、彼女を秘かに求めていた「悪い奴ら」の誘惑にも抗することは簡単ではなかったのでしょう。スクリーン女優のマリリンと、大物に求められる女としてのモンロー・・・、落ち着ける「普通の時間」が彼女には無かったのでしょうね。

 

 

『誰がマリリンを殺したのか?』 それは『誰がケネディーを殺したのか?』と同じくらい興味深い話ですが、「決して知らないほうがよい話」なのかもしれません・・・

 

 

僕にとっての【Marilyn Monroe】は、この写真のように リラックスした微かにほほ笑む女性です。つまり、普通の「美しい金髪女性」です・・・

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.08.05 01:03 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 1

既に「移民国家 ニッポン」

呆れるほどに何度も何度も 「日本は今の人口減少社会を多いに歓迎すべきで、緩やかな少子化は人口が膨張しすぎた日本にはのぞましいこと・・」と書いてきたが、なかなかM3ブログ(だけではないが・・)では反応がない。

【緩やかな自然の人口減少】こそが「狭い日本と 熱くなる地球」を救うベストアンサーである・・・と僕は繰り返し主張してきたが、産み増やした子供を労働者と位置づける産業界と 年金納入者と期待する政府関係者の【少子化ストップ】の悲願が国民には不思議と受けるようだ・・・ 僕には全く理解出来ない。

 

子供を納税者・年金納入者として考えるとしても、将来の社会保障費用を「受け取る額より納める額の多い人がどれだけ増えるか・・」が実際には意味があるのであって、受け取るだけの生活保護受給者やワーキングプア・ニートなど生活困窮者を量産して総人口だけを減らなくしても本来の(彼らの期待する)目的を果すことなんか出来無いのである。

 

考えてみて欲しい。人口が増えると地球温暖化の原因がドンドン増える。

保育園も幼稚園も必要。道路も必要、生活保護費も多分増える。狭い住環境は改善しない。職住距離の短縮も期待できない。凄まじい食料危機には絶対に対応出来ない。大地震被害や温暖化海面上昇被害にも対応出来るはずがない。恐らくは社会治安も改善はしない。社会保障費自体も増大する。当然ながら医療費も更にかかる。くだらない裁判も増える、ゴミも増える、おかしな奴も増える。そして恐らく戦争の危機も増大する。新型インフルエンザのような新興感染症も増えてくる。

 

人口がゆっくり減っていけば全てが逆に良くなっていくが・・・

日本の「その場しのぎの財政立て直し」ではなくて、一度ぜひ地球規模で考えてほしい。

何度も提案するが、人口爆発を止めるモデル国家に日本はなるべきである。もしも僕が政治家・首相なら、胸を張って国連総会の場で【日本は適度な人口密度で高品質生活な国、地球に負荷をかけない国連モデル国を目指します・・ 常任理事国にしてください】と演説します。

 

・・・・って口癖を念仏の様に唱えていたら、以下の様な報道に昨日新聞で接し、愕然としました・・・ 外国人を親に持つ日本国籍の子供がドンドン生まれていても未だに「少子化」と言う事は、既に「両親が日本人」の子供達は物凄く減ってしまっているようだ。この先、子供達が「沢山納税する側」に育ってくれることを期待します。

 

日本は僕の生まれた頃の日本とは既に大きく文化的には違っているようだ。僕が死ぬ頃には日本は中国領や韓国領になっていそうな印象である。中国は大陸棚の関係で琉球列島の領有を繰り返し主張しているし、韓国は竹島だけでなく対馬を本気で欲しがっている様だ。中国の人間が溢れれば、日本列島は簡単に中国になるだろう。

オリンピックに照準を合わせてか、西の新疆ウイグル自治区で独立運動が激しくなっているが、東の新彊ヤマト自治区では永遠に独立運動も起きそうも無い・・・ 

 

昨年外国籍を持つ外国人を親に持つ子供が、全体の3.2%も生まれたと云う。昨年の新生児110万人の内、父親を韓国・朝鮮籍に持つ子供が約4300人、中国人の父は約3500人、ブラジル人は約2400人。母親が外国籍では、中国が約6800人、フィリッピン籍が約6300人、韓国・朝鮮籍が約4400人になっている。

 

「大量に移民を受け入れる」という政策を自民も民主も社民もどこも熱心なようだが、移民なんて受け入れなくても、国際結婚すれば後から一族郎党連れ立って入ってきて日本の完備した社会保障制度を 安く安~く 長~く享受しますから、何も「少子化」のご心配には及びません。

恐らくは、人口が減った分を上回る人々が間も無く西側(といっても極東地域)からドンドンやってくるでしょう。どうやったら日本に戻れるか悩むでしょうが、その頃には国会議員もマスコミ関係者も過半数が移民でしょうから・・・悩みも消えていくでしょう。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.06.28 00:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 2

ヤバイ・・

満10周年を機に昼休み時間を長くして休憩時間を増やし体力を保つつもりだったが、思わぬ「女性の罠」に嵌まってしまった。そう、今後さらに深く嵌まってしまいそうで恐いのである。

 

これまで頑なに「韓国ドラマ」を避けて?無縁で生きてきた僕であるが、最近お昼にやっている『19歳の純情』なる連続ドラマを最近筋も判らずなぜかしら無視出来ずに毎日の様に観ている。それも、一人の女優さんの表情を観るためだけに・・・

 

つい先ほどまで、ドラマの名前も女優の名前も知らなかったが、ネット検索で知ってちょっとドキドキ・・ 「ク・へソン」だったかな、とっても好みの女優さん。

 

 

何となく、ずっと一緒に居たくなる可愛い女性。明るく純粋で透き通る美しさ、穢れとは無縁の屈託のない見事な表情を見せる。特に笑顔が何ともいえず僕を魅了する。秘密だが、家内より少々可愛いのである。

何となく世間の人々が韓国俳優に嵌まるのが判らないでもなくなった・・・ あ~可愛い可愛い、貴方の奴隷にしておくれ・・・

ちょっとヤバイ 中年医師の独り言でした・・・

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.05.02 21:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 1

世界一の美女と、その母

昨日のヤフーニュースに「世界一の美女」として下の写真の女性が紹介されていた。残念ながら彼女の名前も聞いたことが無かったし、出演映画を僕は観たことが無い。でも、彼女の母親の出た映画は観たことがある。

 

母の名は、Goldie Hawn ・・・ 1970年代のマドンナの一人。【好きな女性と勢いで結婚する前に、彼女の母親をまず見よ】・・という格言は誰が言い始めたか知らないが、確かに美女の母も美女だった。ちょっと個性的だったが・・・

 

でも、娘の方が僕の好みかな・・・

 

 

ところで、その母親の出演する映画で、僕が最初に感激して最近DVDを購入し再見した映画に「Shampoo」という映画がある。

 

何を見ても何を聞いても、あらぬ想像だけで ビンビン になって勉強も手につかない高校生の頃、コッソリ友達と見に行ったこの「エロ映画」に心魅かれて、一時は医師ではなく「美容師」を憧れたほどだ。

 

最近では、美人?の家内が「行きつけの美容師」の話をする時に、ムラムラと嫉妬心が湧いてきて心穏やかならぬのも映画「シャンプー」の発情したカリスマ美容師による「トラウマ」だと思う。

「カリスマ美容師」なる言葉が、1975年当時にあったかどうか知らないが、35年前の映画のDVDを今頃買わせるなんて、非常に凄い映画だと思う。驚いたことに、アカデミー助演女優賞を貰った映画だというが、その女優はエロシーン以外の出番は少なく、暗闇で激しい喘ぎ声を上手に出していただけだった・・・と思うが、なぜアカデミー賞を受賞できたのか? それが僕には不思議である。

 

それと、主演のウォーレン・ビーティ・・・・ コイツは本当にひどい。あの素晴らしいエロ映画を、なんと製作・脚本・主演までしている。当時の「日本公開版」では何箇所も結合部付近に「ボカシ」が入った映画で、自分で脚本書いて相手選んで主演するなんて・・・幾らなんでも勝手すぎ、羨ましすぎ・・・しかも相手は美女揃い。いくら姉が、アカデミー賞女優、シャーリー・マクレーン だとしても勝手すぎだ・・・・どあほ。

今回購入したDVDにはボカシは無かったが、アノ程度で夜も寝れないほど興奮して鼻血を出していた高校生の頃が懐かしい。

何も隠すほどの露出は無かったのに・・・うぶな高校生だったものだ。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.04.11 21:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 2

5分の壁(時間と満足度)

このところの後期高齢者医療制度のドタバタで外来管理加算の<5分ルール>が早々に忘れ去られようとしているが、どうも僕はこの<5分ルール>が引っかかっている・・・

 

何事にも「満足度」があると思っている。診療時間にしても然り。たとえ時間をあまりかけなくても相手が満足してくれれば5分でなくても良いのではないだろうか? 

何事にも「テクニック」というのもあって、長い期間に豊富な経験を積み技術を磨けば、たとえ5分をかけなくとも相手の満足は得られると思う。

 

そんな深い疑問と悩みを抱えて四月を迎えた僕に飛び込んできた興味深い記事があった・・・

 

かねて尊敬する「内科開業医のお勉強日記」ブログの4月7日の記事だ。元ネタは、CNNの4月2日の記事のようで、翻訳なので誤字が少々あったようだ。

 

内容は、受け手(女性)側のストップウォッチによる2007年の計測データだが、集めたのが「1500例」というのが凄い。よくも冷静に時間を計ったものだ・・・と思うが、3分~13分程度が満足を得られる範囲のようだ。確かに「1~2分はあまりにも短すぎる」という意見には同意しますが、平均で7分強というのは・・・ う~~   

しかも、これには厚労省の原課長がQ&Aで言うように、「脱衣・着衣」の時間は含まれないようだ。「中に入って・・・出る」までの実時間のようです、ハイ。

 

やはり、5分以内でも充分に満足は得られる場合が多いが、「平均で7分強」と聞いて・・・自分を振り返り、反省やシキリ。なかなか「実時間」が7分というのも、毎度毎度というわけにも行かないのではないか? 皆さんはいかがであろうか?

そりゃ、丁寧に長く時間をかけるほうが相手の満足度も高いであろうが、技術を磨けば短時間で充分だと思うし、忙しい時などは仕方ないことではないかとも思う。それが経験の差・・ともいえるのではないか? しかも、医師は身体の構造や機能を熟知しているので、そのあたりも考慮して欲しいところである。

 

http://intmed.exblog.jp/6982577/ 

ちなみに元のサイト「内科開業医のお勉強日記」の記事は上に載せました。

しかし、1500例も良く調査しましたね。ストップウォッチで計測しながら・・というのも何とも興ざめで恐ろしいものですが、アメリカ人と日本人は少々違う・・・と思います。

<5分ルール>に関連して?なんとも考えさせられるタイムリーな話題だったと感心しながらも、辛い気持ちを抱き続けるような記事でした。

 

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2008.02.25 22:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 1

色 (欺 恋 悔 犠) 戒

2007年のヴェネツィア国際映画祭グランプリ【金獅子賞】受賞作品である【色 戒】(LUST CAUTION)を観てきた・・・

ちょっと個人的な先入観が強すぎて、入る前からドキドキ・・・ 窓口の前に並ぶカップル達の卑猥な寄り添い方にドキドキ・・・ 女性だけの客や中年カップル・・・ そして白髪交じりの怪しい行動をする中年医師が一人・・・

 

診療所向けの院内感染対策研修会に出席後、市内でただ一箇所しか上映されていない【ラストコーション】を観るべく秘めやかに映画館に向った。家内には内緒・・・子供にも当然内緒・・・

 

始まった・・・ 1942年の上海 なんとも期待させる映像、そして時代背景。マージャン卓を囲む女性たちの中に若く美しい「アノ女性」が映し出されていた。

 

ご存知の方も多かろう。過激ともいえる性愛のシーンで有名な映画だ。しかし、それだけで金獅子賞受賞は無理なはず・・・ 僕はこの女優が今から繰り広げる状況を想像して過呼吸症候群になりかかっていた。生唾を飲み込む音を後ろの若いカップルに聴かれたら困る・・・ だが、なかなか始まらない。

 

そうこうしているうちに、この映画の持つ本来の魅力にグイグイ引き込まれていく自分に気付いた。なんか凄い映像・・・性愛のシーンへの期待などとうに失せて1939年の香港と1942年の上海へタイムスリップする。なんとも不思議・・・抗日運動の味方であるべきか? 敵は日本軍傀儡政権のスパイのボスの味方であるべきか? 美しき女性「王」と、彼女を穢し惹かれる冷徹な「易」・・・ 日本人の僕の心は定まらない・・・

 

そして始まった・・・ 愛と性と恋の「闘いのようなセックス」の日々。僕は易と同じく彼女の魅力に惹かれて行く・・・ 

期待した以上の迫真の性愛のシーン。大袈裟なボカシがなんともイヤらしい・・本物疑惑が起こるはずだが、真実は・・・無修正DVDの発売を待つことにしよう。あの腋毛・・・チャイナ服からのはみ出しはエロ過ぎる。

 

しかし、彼女の演技や監督の技量などは掛け値なしに素晴らしい。あの無修正の激しい性愛のシーンは最後の悲しい別れへの欠くべからざる過程であり、過度のボカシはR-18なのに残念だった。表情の一つ一つが1942年の上海の姿を上手く表現していたのではないか?

こんな美しい女性があんな裸体と性愛の表現をスクリーンで見せるなんて・・・ 心乱される中年医師。

 

僕は色々映画を観てきた方だと思うが、この【色 戒】という映画は文句なしに素晴らしい。是非皆さんにもお奨めしたいのであるが、男性も女性も一人で行くより愛する人と行かれた方がより素晴らしく感じるのではなかろうか?

しかし、鑑賞後に何が起こっても僕は責任を取らないのでアシカラズ・・・

 

色・欺・恋・悔・犠・戒・・・・ 色んな感情が巡る素敵な傑作映画である。

 

読んでくれてどうもありがとう

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2008.01.02 20:55 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 4

同窓会③(最後)

先日の同窓会に出て感じた事を忘れないうちに書き残しておきたい・・・これが最後だとおもう。

年末の高校の同窓会、実に30年ぶりだった。男子校だったので女性はおらず、変に気を使ったり気まずい思いも少なかったが、やはり30年の月日は短くはない。

 

前にも随分と僕は「想い出話」を書いてきたが、高校を卒業しての30年間に沢山の出来事があり、中学高校の同級生と大切な「想い出」を共有できる事ばかりではないが、「思春期」という恥じらいを帯びた言葉が今も使われるとするならば正に思春期の尊い仲間達だった。

皆と一緒に卒業して・・・

  みんなと違う誰も知らない予備校に行った。

  大学・医学部では同級生は一人だった。

  卒後・入局後も同級生は一人だった。

  留学してた時は当然誰も同じ都市にはいない。

  透析医療を正月もしてる同級生は全部で三人だけ。

  同じ医師会にはやはり同級生は一人だけ。

考えてみると卒後に随分みんなと違う道を歩んできた。恐らく同級生の誰もが似たようなものだろう。どんな人生を歩んできたのか知ってる友人は極少ない。どんな伴侶と長い月日を歩んできたか、それも知らない。日々何を感じ何を周囲の人々に語って暮しているのか、それも僕は全く知らない。

同じ高校を一緒に卒業して僕らは・・・

恋愛に溺れ、クラブ活動に夢中になり、思想的に苦悩し、ただ一人の女性を決めて結婚をし、新しい命を育て、仕事の修行をし、他者のために仕事に責任を持つ・・・ そして30年。

坂を這い上がり登り、崖をよじ登り、嵐をやり過ごし、眼を凝らして岐路に佇む。時には眠らず心躍らせ、時には疲れ果て泥の様に眠り、酒を浴び、歌を謳う・・・そして30年。

 

ある女性から頂いたコメントにこんな言葉があった。

人は誰でも「選ばなかった」あるいは「選べなかった」道に想いを残しながら生きているような気がします・・・

 

僕も全く同感だ。それは仕事であったり、結婚相手だったり、学校や趣味や住まう土地だったり、暮らしの文化や国だったりするかもしれない。恐らく人によって様々に違うであろう。僕ら男性と、コメントを頂いた女性でも異なるかと思う。恋愛に関しては共通の想いがあるのかもしれないが、女性の方が誰と結婚するかによって運命も人生も大きく左右されるかもしれないし、人生を選択できるのかもしれない。

同窓会の夜更けに観た映画「愛と青春の旅立ち」の中に二組のカップルが登場するが、女性を愛し愛されながら求婚するも仕官学校を退学した男性は「仕官候補じゃなきゃイヤだった」女性に受け入れられるはずだった求婚を拒絶されショックで自殺する。「生活というウスノロ」が人生にはどうしても付きまとう。いずれ仕官となる訓練生や、いずれ教授となる研修医・・・分かっているようで20年後30年後の未来の状況は分からないものだ。

 

手放した夢、選べなかった夢を、数十年も後になって「あれは悔むほど大したことは無かったし、今の自分の生活が一番だよ、幸せだ・・」って確認したくって誰もが頑張るのかもしれませんね・・・ とも彼女はコメントしてくれた。 

  夢は無理しても掴むべきか? 

  他の夢を追いかけるべきか? 

  手放した夢を再び追いかけるべきか? 

  いつまで夢を追いかけ続けるべきか? 

  夢は相手に伝えるべきか? 

  夢は家族と共有すべきか? 

  夢は最後まで掴まえなくてもいいのか? 

  そして 恋愛も夢の一つか・・・? 

同窓会も真夜中を過ぎた頃、ある同級生が突然、「@@ちゃん綺麗だったね」って言い出した。僕らには女性の同級生がいなかったが、周囲の皆が「@@ちゃん」のことを知っていた。僕自身も12歳の時からず~っと好きだったし、今誰と結婚しているかも(知りたくないけど)知っている。でもまさか女性の名前が同窓会で出るとは想像もしていなかった。みんなが「何故お前が言うのか?」と驚いたのだが、三次会は一気に@@ちゃんの話で盛り上がってしまった。

 

『俺のマンションに@@ちゃんを泊めた事ある、何もしなかったけど・・』とか、『コイツが蛇の様にしつこいアイツに紹介したばっかりに・・・』とか、『そのコイツと俺は、乗馬とローンテニスのデートに行ったけどテニスが苦手だったから悔しかった』とか、『バーで秘かに準備したBouvardiaの花束を渡したけど、花言葉を緊張で忘れた』とか、『彼女が医者の娘だったので俺は文系から医者に転向した』とか、『内科の娘だったので内科になったら実は外科医が好きで振られた』とか、『医者になって告白したら既に婚約者がいたので長く落ち込んだ・・』とか、沢山のエピソードがドンドン出てきた。その多くに僕は絡んでいたが、知らなかった話もあって・・・「もし彼女と結婚していたなら、今頃俺はどうしていたのかな?」と少しだけ想像してみたが・・・何故か何も具体的には浮かばなかった。あれほど好きだったのに・・・

 

家に帰り、娘達と妻の寝姿を眺めながら、もう一度この30年間を振り返ってみた。そして朝早くに妻を起して僕は耳元で囁いた・・・

『俺が同級生で一番幸せだったようだ。全部お前のお陰だ、感謝している。これからも仲良くしよう、子供も頼むよ・・』

 

たくさんの夢を適えられずに過ごしてきたかのような30年間ではあったが、「選ばなかった人生」 「選べなかった人生」 を無理に忘れなくても良いんじゃないか?って開き直れた同窓会の夜・・・・ これもまた、いつか「想い出」になることだろう。

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.11.28 01:00 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 2

助手席のイヤリング

先日の事、僕の車の助手席に「イアリング」が落ちているのに気付いた。高級そうには見えないし、片方だけ・・・ もちろん僕には女装の趣味は無い。

僕の車は若い女性が恐らく助手席に乗りたがるであろう二人乗り高級外車、誘った事は無いが誘えば簡単にOKが出るかもしれない。ただし、運転手の顔と体型から考えると、あえて誘わない方が賢明かもしれない。

 

このスポーツカーで時折看護師を乗せて往診にも出向くし、家族も当然乗せる。その日の数日前にも実際に往診をしていた。夢の中では若くて美しい女性を何度も乗せてドライブしたことがあるのだが、実際には家族とスタッフ以外にはここ数ヶ月乗せたことは・・・絶対に無い。だが、スタッフが勤務中にイヤリングをしてるのをみた事はない。だから、キット家族のものに違いない・・・ハズだ。

 

しかし、僕の胸は異様に高鳴るではないか・・・

この安っぽいイヤリング・・・妻がしているのを見た事は無い。買ってやったことも無い。他に男が出来てプレゼントに貰ったのか? 娘がイアリングをしてるのもいまだかつて見た事は無い。しかし、中学生なのでお洒落に興味が出てきている年頃だ。多分、たぶん妻か娘のイヤリングだろうが、全然探していた様子も無い。

どうしたものか? 

キリストにもブッダにもマホメットにもアマテラスにもショウコウにも誓って言うが、僕は浮気とは縁が無い男である。しかし、もしももしも誰かがイタズラで助手席にイヤリングを置いていたとしたら・・・ しかし、もし妻や娘が探しているとしたら・・・ どうしたものか?

 

先に妻に聞こうか? それとも娘に聞こうか? あるいは最近乗せたスタッフにまずは電話できいてみようか? どんどん僕の胸が高鳴る・・・

もしも妻や娘のイヤリングでなければ、妻からは永く解除されそうもない「浮気の嫌疑」をかけられ、思春期の娘からは「穢れたエロオヤジ」のレッテルが貼られることを覚悟しなければならない。でも僕は絶対に不倫などやってはいないのだ。

どっちに聞こう? 妻はリアクションが恐い、娘にそれとなく聞いてみよう・・・ 安そうなので娘の可能性が高い。でも娘がイヤリングを使用し始めているのを知るのも父親としては辛い。どっちも恐い、どうして助手席に落としてくれたのか?

 

結局、イヤリングは最初に訊いた娘のものだった。見れば見るほど安っぽくて、100円ショップで買えそうなものだったので、本人も失くしたことを気にしていなかったらしい。しかし、もし妻に先に訊いていたら「チョッとした修羅場」だったかもしれない。浮気調査員に備考される羽目になったかもしれない。

ホッとはしたものの、だんだん成長していく娘にドギマギしてしまっている気の弱い父親の姿がそこにあった・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.11.20 00:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 2

海辺の家

昨日書いた「象の背中」では海辺のホスピスが死の舞台となった。田舎者なので良くは知らないが、千葉県には東京人の為にあのような海辺の豪華なホスピスがきっと実在するに違いない。海辺というのは「景色が変わらないので死を迎える場所にはいいかな・・」という趣旨の言葉を主人公が語っていたが、本当にそうだろうか?

48歳という設定からして僕とほぼ同じ人生経験をしているであろう主人公にとっての海・・・「変わらない景色」を連想させるのであろうか? 天候の良くない時の海、嵐の海、夜の海、冬の海・・・つらい雰囲気の海の姿も僕には色々と浮かんでくるのだが、小説と違って映画では最期の半年を春にスタートさせていたことは物語を明るくした一因かもしれない。不謹慎かもしれないが、医療の現場に永く居るものから観ると「とっても明るい死の物語」だったように感じる。

 

さて、「海辺の家」という映画をご存知だろうか? 原題は「Life as a house」である。これも同年代の男性が手遅れの胃癌に侵されて、それまでの仕事を止めて最期の夏を息子と共に家を建てながら死を迎えるという映画である。

 

こちらは別れた妻と息子、それに妻の再婚相手とその息子などが登場する。一見不幸せな男性のようであるが、お金は無くとも自由を手に入れたその男の一夏が、僕にとってはやはり理想的な最期のステージに思えてしまうのである。妻となる女優は「モンタナの風に吹かれて」でも好演している大好きな女性なのだが、夕陽を浴びながら海辺の建設中の家の中で子供らに見守られながらダンスをする二人の姿は限りなく美しい。

 

彼女の気持が元夫に揺れると、現夫が離れていくが、元夫の息子と現夫の息子たち・・・総勢5人の男性に無くてはならない彼女の存在は実に悩ましい。離婚再婚がごく普通のアメリカ、しかも南カリフォルニアの海辺の崖の上の家での最期の夏・・・命の燃え尽きる様は、海の中から眺めると、太平洋に沈む夕陽のように爽やかな陽気な風の中のほんの一瞬の出来事だったかもしれない。

 

「象の背中」では過去の女性たちを心が巡っていったが、「海辺の家」では別れた妻と別れた息子と、死別した憎かった父親を心が巡っていた。不良息子に魂を吹き込んで、自分の姿を無理やり刻み込んで死んでいく父親の想いは確実に息子に伝わり、既に他の男性と暮している元妻にも伝わった。人は大それた想いなど死を前にしては考えないのであろうか? ただ子供たちと、別れたとはいえ愛した女性にストレートに向うのであろうか? 僕らはどうしても病院内で最期を迎える人々のつらそうな姿しかなかなか目にしないものであるが、それが死を迎える態度の全てとは言えそうも無い。色んな最期の姿を医師としてどうサポートしていけるのであろうか?

 

僕自身が(この歳で)あと半年で死ぬとしたら・・・多分、医師としての仕事はキッパリと止めてしまうだろう。最期に何をしようとするのか? 誰かに想いを伝えにいくのか? 何かを最期に残そうとするのか? 「入院」は・・・・手遅れならば多分しないだろう。癌死は確かに苦しいが、この二つの映画の様に治療はせずに最後まで活動しながら過ごすと思う、医療者として批判はあるかもしれないが・・・・

 

読んでくれてどうもありがとう。

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2007.11.19 18:14 |  恋愛 / 結婚  |  murajun  | 推薦数 : 3

象の背中

小説「象の背中」を読んだのは一年以上前のことだったが、単なるタレント作家と軽く見ていた秋元康氏の作品が妙に心に響きず~っと忘れないでいた。医療関係者にとっては身近な問題だと思うので、医師としてだけではなく一人の人間としても参考になるのではなかろうか?

 

最近映画化されて、(大泣きしそうだったので)先日一人で観に行ってしまった。先入観は大有りだったが、出演者も知らずに映画館に足を運んだ。「続三丁目・・」などと違いガラガラだったが、邦画をほとんど観ない僕も感動した。一番の感動?は、妻である今井美樹と愛人の井川遥、初恋の人の手塚理美の人選だった。

原作には結婚前の交際相手であるIT企業社長の女性が登場するが、時間の関係からか映画ではカットされていた。ただ、肺癌を報告しに行ってその元交際相手が主人公をパークハイアットに誘い泣きながら最後のセックスをする場面は大切なはずなのにカットしてはダメだろ?みたいな中年の感想はここでは述べない。

死を前にして過去の女性たちを振り返る・・・なんていうと、ここ一年間の某ブログと似ていて、そういえば「象の背中」の影響があったのかもしれない。

 

小説に比べ、奥さんの今井美樹は格段に良かった。なにより、話し方や言葉のトーンが素晴らしい。音楽の様な会話・・・かな。愛人の井川遥は大人しい雰囲気でマアマアかな。僕も死ぬ前にはあんな素敵な女性たちに囲まれて死にたい・・・と本気で思いながら帰宅した。

今井美樹は魔性の女だと思う。実生活でもきっとああなのだろう・・・

 

でも、小説の方が過激だった。愛人を奥さんにマトモに告白するし、息子にも愛人を紹介して後を頼む・・・ 昔の彼女と別れのセックス・・・

肺癌の末期・・・タバコをすうから自業自得さ、などと言いつつも、羨ましい最期だと感じた。あそこの海辺のホスピス・・・良い感じだった。

小説と比べ、映画化された作品は少々美しすぎる。

 

こまったのは、娘が「象の背中」を読み始めてしまったことだ。僕は、「お前は映画の方が良いんじゃない?」と言ったが、どうしても小説を読むという。「もう子供じゃないよ・・」と恐い事を口にする年齢になった。

僕は本当は妻に読め読めと奨めていたのであるが、娘が先に読むとは少々計算違い。

妻に「今井美樹みたいな妻になれ・・とか、愛人が居ても許せよ・・」とか無言の圧力をかけたかったのであるが、素直に納得する事はなかろう。そのうち我が家で「象の背中」論争が勃発しそうだが、女三人に男一人ではとうてい勝ち目はあるまい・・・・

ただ、もう一つカットして欲しくなかった場面は、妻の脳梗塞後の父親がホスピスに最期の別れに来てくれるところ。死期が近い人が死に行く人を見舞う・・・僕らがシバシバ病院内で見かける風景ではあるが、秋元康氏のこの作品は名作といえるのではなかろうか?

 

読んでくれてどうもありがとう。

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