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今年最初の本に選んだのは有吉佐和子の【悪女入門】でした。1月5日に記事にしました。そこでも書きましたが、昨年から悪女にハマってます・・・ 悪女が好きです

でも、「リアルな悪女」にハマる訳にもいかず、妄想で悪女との恋を楽しんでいます。妄想は得意ですから・・・ 鹿島茂氏の【悪女入門】で勉強もしました。悪女に負けないで生き抜くための・・・
現在、m3ブログで御活躍中の「ゆめみ」嬢は、リアルな悪女か、「ネカマ」と称されるチンチン付きの男性か、はたまた「シーメール」と称される両刀使いかはつゆ存じませんですが、科学や医学の純粋なる発展を妨げる悪党どもを切った張ったされる御姿には敬意を表します。どうぞ、闇の世界の圧力に屈せず、その鋭い感性と驚愕のテクニックで世の男どもを魅了してください。
さてさて、前置きが跳んでいって長くなりましたが、その【悪女】・・・いわゆる「ファムファタル」という破廉恥な、いやフレンチな悪女の映画を堪能しました。
【 イヴォンヌの香り 】・・・・この一作しか登場しないサンドラ・マジャールという美女は、映画の中で消え去ったまま二度と映画に登場しないようですが、今どこでどんな生活をしてるのかとリアルな現実を想像したくなるほどの美女です。
悪女に付きモノの「破滅する男性」が登場しますが、実際に肉体関係にあった男性の方でなく、高級ゲイの「女王様」の方だった事は実に面白かった。「悪女」はゲイまで破滅させるのか??? と、感心したモノです。
このサンドラ・マジャールさんにかかれば、僕なんか3秒で骨抜きでフニャフニャですね。一か所だけはビンビンですけど、他はフニャフニャ・・・歩けないでしょう。
レマン湖・・・美しい響きですね。そのレマン湖の遊覧船のデッキの上で脱いだ白い下着・・・モンローにも負けませんね。肝心の映像にボカシが入っていて残念ではありましたが、そのうちボカシ無しを堪能したいと存じます。
【 イヴォンヌの香り 】を観ますと、「悪女」ってイイナァと思います。一生に一度は悪女と恋に落ちたいと思います。
ちなみに、あのグレートデーンは素晴らしいですね・・・・
読んでくれてどうもありがとう
最近とめどなく不安が襲ってきたり、人生の儚さなどが身に沁みて感じられるのだが、幾つもの大きな理由が重なりあって、自分でどうしようもない大きな困難に戸惑う姿を無防備にも周囲に見せてしまった。トップに立つにふさわしくない凄く弱い人間なのであろう、涙もろくなった・・・

そんな時、好きな読書も気が重たくなり、ページをめくるよりも、映画やドラマの世界に身を任せたくなる。先日、NHK-BSで、エマ・トンプソンがアカデミー脚本賞を受賞した【いつか晴れた日に】という映画を観た。1995年の作品らしいが題名は知りつつも初めて観賞した。ちょうどその頃は大学で研究生活にどっぷりつかって、映画どころの生活ではなかったから観てなかった様だ。素敵な作品だった・・・

先日、ある女性から【サラの鍵】の記事に対しコメントをいただいていた。スコット・トーマスも良いが、【愛を読む人】のケイト・ウインスレットも良いわよ・・・という内容で、同感なのであるが、その彼女も【いつか晴れた日に】の中で若き日の瑞々しい姿を見せている。【Sense and Sensibility】というのが原題で、【分別と多感】という意味らしい。長女のエマが分別娘で、次女のケイトが多感娘なのであろうが、三女も良い味を出していた。女性だけの暮らしというのも、少しだけ条件はつくが、美しく素敵なものだと思う。あんな家族は素晴らしい・・・
もちろん、分別と多感は、ヒュー・グラントやアラン・リックマンなどそうそうたる男優陣にも当てはまる言葉なのであろう。【ハリーポッター】で先生役をしていたアランは素敵な大佐役を演じていた。男なら、ああでありたい・・・
しかし、登場する馬や馬車なども素晴らしいし、イングランドのなだらかな起伏の田舎町の美しさも素晴らしい。時代背景や年代などもう一つ詳しくは判らないが、英国の古き良き時代なのであろうか? 馬術をやったことのある者としては、憧れの舞台であり、憧れの男性像でもある。良い馬ばかりであった・・・
このような純粋な恋愛を今さらは出来ないのであろうが、純愛で魅かれあう男女は、いつの時代もどこの世界でも素晴らしいし、叶うことなら生まれ変わって、この映画の様な「美しく清らかな純愛」をしてみたいものだと願う。

監督はアン・リー、どっかで聞いたことがあったと思ったら台湾系のれっきとした亜細亜人・・・ 英国をこうも美しく撮れるものだと感心する。実は、この監督の作品は以前ブログで一度記事にしたことがあり、大好きな作品だった。【ラスト、コーション】という2007年公開作品で、トニー・レオン様のベッドシーンで?話題をさらった美しくもエロい素晴らしい作品だった。

確かに古い中国を美しい映像で感情表現豊かに描いていて、英国と中国との違いはあれど、監督の力量も確かなものだと感じた。もちろん、その後にアカデミー監督賞も受賞しているだけに、単なる亜細亜人ではないのであろう。
清らかで美しくセツナイ純愛をもう一度してから死にたいと思うのだが・・・ムリだろうなァ
井伏鱒二原作で【 本日休診 】という1952年の映画がある。今週、昼休みに数日かけて観たのだが、開業医のお手本の様な初老の主人公(医師)の雰囲気に惚れ惚れすると同時に、昔から開業医ってのは大変だったんだなあ・・と我が身をダブらせたりと、実に楽しくも考えさせられるいい映画だった。
先日、【男たちの旅路】というドラマシリーズDVDの記事を書いたが、その主人公であり、僕の憧れの男性像である吉岡指令補、鶴田浩二さんも出演(上の写真の最上段)していた。ほっそりと爽やかで男前、まだまだ若すぎる佐田啓二(上の写真の下段)とは比べようもない超イケメン俳優だった。
イケメンといえば、三国連太郎(上の写真の中段左)もさすがに美しい超の付くイケメン俳優だ。考えてみれば、大スター競演の豪華な開業医映画だった。
そして、その鶴田浩二の愛人役の薄幸の美女が、2月16日に89歳で亡くなった淡島千景さん(最上段)だった。

優秀な看護師約でふっくらとした若き日の岸恵子さん(上の写真)よりも、淡島さんの美貌は一際輝いていた様に思う。声なら岸さんなのだが・・・
まあ、昔の映画って素敵なものの宝庫だと思う。この渋谷実監督も小津安二郎監督の助監督だった時代があるそうで、雰囲気も実に似ているが、その時代の社会情勢や東京の風情がそうであったのであろう。もう60年も前の作品で、「あの日よ、もう一度・・」と言ってみても叶わぬことなのだが、貧しいながらも豊かな精神のある日本だったと思う。今の日本社会は経済的にははるかに豊かになったが、夢も希望も何も楽しいことが無い貧しい国になった。働かず遊んで暮らす人々には天国の様な日本なのかもしれないが・・・
本日(もう昨日だが)は、午後のある時間にショックなことが生じ精神的にマイッテしまい、1時間程勝手に「本日休診」として風邪の患者さんなどを他院に行かせた。居留守を使って不貞寝して泣いて過ごしたわけなのだが、「本日休診」とは言いながら全く気が休まらず患者と切っても切れない多忙な生活こそ開業医の【本日休診】なのであって、ウンウン・・とテレビに向かってうなづきながら1952年の素晴らしい映画を堪能した。
明日は再び立ち直って、また良き開業医として頑張って行こうと思う・・・
読んでくれてどうもありがとう
先日のこと、ワンコの一匹が預けてた「犬の保育園」みたいな所で、何かのハズミで頭を強打したらしく、急に意識が無くなったためそこから最寄りの獣医さんに連れて行ってもらった。
何がどうなって頭を強打することになったのかは今もって詳細不明であるが、連絡を受けた時は非常に危ない状況だったらしい。
後で説明をうけたが、事故?から40分以上たっても昏睡状態に近く、開眼していても眼で人を追わず、立ても座れもせず、除脈で、痙攣様の硬直をみせている・・・ということで、受話器を手に僕はワンコの死を意識した。少なくとも後遺症は残ろう。場合によっては頸椎損傷か何かで寝たきりの犬生を送るのかもしれない・・・と一応の覚悟をした。覚悟はしたものの、やるせない想いがしてしまう。
人間なら、救急車で搬送され、頭部のCTスキャンやMRI検査、必要あらば緊急手術し、少なくとも集中治療室での管理となろう、上記の病状ならば・・・
しかし、ワンコ故に、緊急CTスキャンも集中治療室も縁が無く、夜間無人のクリニックのケージの中で一夜を明かし、場合によっては一夜が明けぬかもしれない不安が心を占めていたたまれない感じがした。
「このワンコ、特別小さいですから・・・厳しいかもしれませんねェ」とたまたま運び入れた初対面の獣医さんに言われても、そうそう納得できる訳ではない。
そう思いながら、夜の仕事を抜け出して急いで時間外面会に行った。連絡していたので、普段なら無人になるクリニックの獣医師と看護師が待っていてくれた。
ついた時はまだ意識もうろうとし足取りも悪いながら電話の話とは違って意識は回復して立つことも出来ていた。場合によっては信頼しているかかりつけ獣医師の所へ移そうかとまで思いつめて面会しに行ったが、生命の危険は無さそうな位に回復しつつあった。
僕の顔が判ったのか、ゆっくりと近寄ってきて、ゆっくりと指をなめ、よろけながらも立ちあがって尻尾を振りだした。そして、その後20分ほどの間に急速に元気になりだし、僕の姿をしきりに追うようになりいつもの元気な姿に急速に回復して行ってくれた。
それでも最低一晩だけは入院させて診てもらうことにしたが、まさか急速にここまで回復出来るとは嬉しい想定外だった。
たった一キロしか体重が無い小さなワンコのCTやMRIは、どこでどうお願い出来るのだろうか? 土日や夜間でも可能なのだろうか? 診断がそれで付いても、肝心の治療は出来るのだろうか? 頸椎損傷の犬の世話は相当悲しく辛いものになるのであろうなァ・・・との想いが様々に駆け巡った。まだ短い犬生・・・死にたくはないだろうなァ と、犬に生まれた運命を受け入れるしかないのであろう。東京なら助かるのだろうか? 犬専用脳外科病院があるのだろうか?
で、翌日家に戻ってきたのだが、それまでワンワン鳴いていたのに、その後しばらくたっても全く鳴き声を出さなくなってしまった。「歌を忘れたカナリヤ」ならぬ「鳴くのを忘れたワンコ」状態になって家族みんなで心配したものだ。いままで「ヤカマシイ、うるさい」と常々なげいてきた妻も、こうも鳴かないと「鳴いてよ、鳴いてちょうだい」と不安に言い出す始末であった。
一週間以上経過してようやく今までの20%くらい声が出る様になりもう大丈夫だろうが、最初は僕も獣医師も「もうダメかも判らんね」と死ぬかと思っていたのです。
でも犬の意識障害はとっても怖かったですね。死ぬかと思いました。
どうやら単なる脳震盪で済んだようで、安心しました。
生活保護費は今や3兆3千億円にも上るという。207万世帯だったか、207万人だったか・・・いずれにせよスゴイ数字である。消費税アップしても恐らく焼け石に水である。「ヤケになった医師に水をくれ・・」となりそうな危険すらある。
まあ、医者と看護師だから連休中の往診であろうが文句は言わない。愛人との安らかな眠りを邪魔されようが、愛犬との散歩を邪魔されようが、病める患者のためなら文句は言わない、ましてやインフルエンザで苦しんでる患者の味方であり続けたいというのが医療者の(教育された)本能である。
しかし、人間として、市民として、納税者としてみれば話は別だ・・・
生活保護関連費や年金などで親子は手取り22万円の収入があり、家賃は無料、医療費は無料、NHKも無料・・・その他様々な恩恵があるという。納税も年金も何もない。これは額面給与が40万円以上の生活水準ではないか? 市営団地も新しく立派な3LDK、職員の誰よりもいい暮らしが出来る環境にあると言える。しかし、その生活の実態は悲惨だった・・・
掃除道具、例えば帚さえない暮らしはなぜ生じてしまうのか? 健康で文化的な最低限度の生活はなぜ親子にもたらされないのか? 市営団地は市の財産、僕らの高額な税金が生みだしたものであるはずだ。しかし、市の生活保護担当者は親子の暮らしの実態を知らないし、知ろうともしていないかのようだ・・・
毎月一回は親子を訪問するという市の担当者は室内に入らず玄関先で訪問を済ますという。この家の玄関付近だけは物が無いだけに比較的マトモなエリアである。それほど汚れも酷くは無い。しかし、一歩室内へ足を踏み入れると・・・足の踏み場もない凄さなのだ。しかし担当者はこれを観ていない。観ようともしていない。お金(生活保護費)を渡して、生きてるか死んでるかを気にしてるだけの様だ。これでいいのであろうか? いいはずが無い・・・
僕と二人の看護師は親子に掃除道具をプレゼントし、約1時間半の間、3LDKの室内掃除に精を出した。トイレも風呂もどうしてここまで汚せるのか?というほどだったが、市の担当者は知らないだろう。
掃除の後はそれなりにキレイになったが、はたして何日ほど維持されるのであろうか? 今日透析に来た際はスッカリ元気になって感染隔離エリアに収容する必要は無さそうなくらいだったが、コンコンと「週に一度位は部屋の掃除をしなさい・・・それが健康維持にも大切だから。今のママじゃ薬がどこにあるかも判らないでしょ? いい? 掃除してよ・・」と説教してみたが、残念ながら無理かもしれない。精神と身体に障害を持つ彼ら親子のあれが限界かもしれない、悔しいことだが・・・
そんな障害を持つ人々には少々プライベートが無くなっても、老人ホームの様な、あるいはグループホームの様なお世話役がいる集団生活の場の提供がやはり相応しいのではないか? 現金給付ではなく、健康で文化的な生活が送れるようお世話するという現物給付がより相応しいのではなかろうか? こんどの往診を通じてそう強く感じた・・・
掃除で一汗かいて、そうして爽やかな美しい青空を眺めながら日曜の昼前の高速道路を愛人の元に戻るべく愛車をすっ飛ばして帰った。あの親子には無い様な充分なお金と財産が僕にはあるものの、あの親子にはあり余る自由な時間が僕には全く無い様なものだ。所得と財産には累進性の極めて高い税金がかかるが、365日24時間自由な時間には一切の税金はかからない。僕の様に自分自身で自由な時間を捨て去ってしまった生活をいったい「幸せ」と呼べるのであろうか?
せめてもの反抗として自由な時間を取り戻すために、その夜は映画のハシゴに出かけ、24時キッカリのシンデレラ帰宅となった。そして翌朝から再び納税生活のため頑張って働いている。
まあ僕には健康で強靭な精神とメタボな肉体と偏った判断力と僅かながらの自由なお金があるので一先ず良しとしよう・・・自由な時間はハッピーリタイアメントの後にとっておこう。それまで健康でいたいものだ・・・
往診に出向いてヨカッタと思う・・・ でも二度とゴメンだ・・・
呼んでくれてどうもありがとう 終わり (少々フィクションが混ざってます)
世に言う連休二日目の早朝、僕は某所で愛人と暖かなベッドの中で過ごしていた。夢うつつ・・・春眠暁を覚えず、とやらで前夜の興奮を胸に安らかな眠りの真っ最中にその携帯電話は鳴ったのである。
愛人の暖かく柔らかな肌に添えた手を離し、冷たく硬い携帯電話をつかみ耳にあてた。そして先ほどの会話が始まった。
透析間に8キロ位は平気で増えてきてしばしば心不全で緊急透析を繰り返していたのだが、最近はやや安定して緊急透析はしばらく施行していなかったが、日曜日の緊急透析が頭をよぎったのは否定しない。
ただ、確かに精神障害の息子と二人ぐらいの男所帯、生活保護で収入も住まいもあるとはいえ、食生活も何もかも問題を抱えていることは容易に推測出来ていただけに、息子からインフルエンザを移された可哀想な透析患者としてやはり連休中であろうが救わねばならないのである。透析患者のインフルエンザは、患者にとっても透析施設にとっても試練でもあるので・・・重たい気分で患者宅に向かった。
といっても、愛人宅からは高速を飛ばしても1時間近い時間がかかるので、携帯電話でスタッフに応援を依頼した。
透析看護師長・・・出ない。
透析室主任看護師・・・出ない。この二人が出ないことは初めてだが仕方ない。
@@看護師・・・日曜日の緊急応援依頼は初めてだが、患者宅と比較的近いので貧乏くじを引いた様だ。
高速道路で患者宅往診に関する詳細な電話連絡を取るなんて違法であろうが、患者の生死に関する緊急車両なのだから警察には多めに見てもらいたい・・・と、もし捕まったら訴えるつもりだった。しかし、なんだなあ・・・爽やかな青空と暖かな日差しの中で、出来ればこのまま別の愛人宅にでも時化込みたくなるほど良い天気だった・・・という妄想が浮かんだ。
@@看護師に出した指示は、「診療所からカルテと点滴とタミフルと某漢方と解熱剤を持ってきて、患者宅に着いたら電話して部屋番号を教えてくれ・・」といった内容だった。
で、相当にスピード違反をしてすっ飛ばしたので、ほぼ同時に到着した様だが、@@看護師は患者と息子の状況から相当厄介な往診になると自己判断して、&&看護師を応援に頼んでいたようで、患者宅には@@と&&の二人の優秀な看護師が先着していた。日曜日に看護師二人を連れて1時間も高速飛ばして往診に行くなんて、採算度外視も甚だしい・・・経営者失格かもしれない。
しかし、この看護師二人体制の往診が皮肉にも非常に役立ったとは、事実は小説より奇なり、である。
さて、その生活保護家庭が多く住むその市営団地はまだ新しく、鉄筋2階建て、庭付き駐車場付きの日当たりのよい3LDKであった。家賃は払っていないらしく、聞いても知らなかったみたいだ。生活保護なので自動車は所有していないが、介護保険利用なのか、立派な電動カートが玄関前にあった。
その玄関ドアを開けて中に入ると、足元がベタベタするし、いたるところに何かが散らかっていて、患者の所に行くまでに色んなものをふんづけてしまったが、うーうー唸る患者の横で二人の看護師は悪戦苦闘していた。
インフルエンザ患者が二人で暮らす部屋なので窓を開けようとしたが容易に開かなかった様だ。埃とかでベタベタしていたのか、数カ月も窓を開けたことが無いようだった。布団も敷きっぱなしであろう、湿ってカビが布団と畳みの両方に・・・壁にも少しカビらしきものが見えた。布団の向こうには、洗濯しているのかどうか、衣類が山のように雑然と積まれていた。いったい何カ月分の衣類なのであろうか? その周りには幾つもの薬の袋があり、処方した主治医にさえ何が何だかわからない位だから、患者や息子に判る筈はなかろう・・・と、日頃の生活を想像すると怖くなった。
三人で抱えるように身体を引き起こして点滴をし、タミフルや解熱剤を服用させたが、その間に3LDKを見て回ったが、とても≪健康で文化的な最低限度の生活≫のレベルには程遠いものだった。
トイレも入居後一度も掃除したことが無いだろう・・・という様な汚れ様で、空になった匂い消しの芳香剤が10個くらいトイレットペーパーの芯と一緒に転がっていた。
風呂も洗濯機の周りも台所も何もかも・・・掃除とは無縁の汚れ様だった。歩けば埃が舞い、靴下の裏は真っ黒になり、看護師たちは往診に付いてきたことを後悔している様子だった。
息子に聞くと、近所に親戚も世話してくれるご近所さんもないらしい。隣の市に別の息子が居るらしいが行き来はなく、事実上、身障者の父と精神障害の息子の二人暮らしだった。
収入は手取り20万を越え、家賃も医療費も年金保険料もテレビ代も多くのものが無料か格安なため生活は充分に出来ると思うのだが、残念ながら≪健康で文化的な最低限度の暮らし≫が出来るほどではないようだ。
点滴をしてる間に看護師二人と僕で部屋の掃除をすることにした。これじゃ病気になる・・・、治るものも治らない・・・という気持ちからだったが、聞くと箒や雑巾やゴミ箱などの掃除道具を持っていないという。我々3人の常識を遥かに越える彼らの生活スタイル・生活レベルだったが、看護師の一人にポケットマネーを渡して掃除道具を買いに行かせた。
往診に来て、掃除をする羽目になるとは・・・、確かに電話で呼び出された看護師さん達は「貧乏くじを引いた」と思ったようだ。僕は・・・「人生何事も勉強勉強・・」と思うことにし、看護師さんと3人で掃除を開始した。
タイムリミットは点滴終了まで・・・ ③に続く (少々フィクションが混ざってます)
昨日の日曜日、朝から当地は雲一つなく晴れ渡り、夕方まで暖かく爽やかな一日だった。夜になって雨が降り始めたものの山登りにでも行きたい位の青空が広がっていた。前日の土曜日も同じく気持ち良い連休だった・・・世間では。
まあ僕にとっては「連休」はこの10数年縁が無く、とっくの昔に意味さえ忘れた言葉なのだが、要するに、土曜日も日曜日も続けて仕事が休み・・・ということだろう。土日以外の連休もあるのであろうが、日曜日以外に休んだことが無いだけに、「祝日ってなに?」という今日この頃である。
しかしながら、世間ではどうもずっと以前から土曜日も日曜日も続けて休みということは「当然」の様で、何も「連休」と取り立てて言うほどの事ではないのであろう? そうだった・・・そんな事さえ忘れてた。そういえば職員達はみな週休二日制で僕だけが連休を知らない変な奴なのかもしれない。
僕の土曜日は当然ながら仕事で、外来も夕方4時まで、透析は2時まで、介護は・・・日曜日も一応入居者の状況によっては年中無休ということになる。まあ「透析患者」も「介護入居者」も365日24時間ほかに任せられない責任があるという点では同じなので、税金をせっせと納めるために身を粉にして命を削って働いているのである。いまや「必死」に働くでなく、「自然に・当然のように」納税額を必死に増やそうと努力しているわけである。我ながらよく病気もせず身体が丈夫に出ていると感心する。メタボであっても丈夫が何よりである・・・
きっとそのお金は、例えば生活保護家庭で有益に使われているのであろうから気持ちよく納税をしたいと思うことにしている。そうでなくては命を削って家族を犠牲にして開業医なんてやってられないのだ。
しかし、実は生活保護家庭の実情は案外と知らないもので、外来で毎月10名ほどの患者さんを診察しているのだが、家庭生活の実情は良く知らない。テレビを見ても本を読んでもなかなか判らないものである。思えば、一度も生活保護家庭に足を踏み入れたことが無かったような気がする。いや、一・二度あったかもしれないが・・・
そして、この連休のど真ん中?である日曜日の朝早くに、僕の「24時間院長直通携帯電話」がけたたましく鳴り、週に一度の安息日の朝の平安を破ってくれた・・・患者さんからの有り難いお電話、噂していた生活保護の患者さんの携帯電話からだった。冬の暖かな布団の中にもう少し寝ていたかったのに・・・残念。
「父(患者)が苦しがっています。熱が高く、うーうー唸ってます。どうしたらいいでしょう。僕も昨日からインフルエンザで高熱が出てきついです。どうしたらいいでしょう?」
患者と二人で暮らす息子がそう電話で訴えてくる。彼も少し精神障害があり時々精神科に入院をしている。説明能力という点では不十分ながら、苦しそうな父親の姿に不安を感じている様子が手に取る様に感じられる話しぶりだ。とりあえず体温を計らせた。39度を越えていた昨夕から飲み食い出来ていない様子だった。前日に発熱を予測して渡していた解熱剤などの場所さえ判らないという。困った・・・出向くしかなさそうだ。
こうして、連休中の往診が始まった・・・ ②へ続く (少々フィクションが混ざってます)
ようやく司馬遼太郎さんの【翔ぶが如く】を読み終わった。文庫本で全10巻、およそ3500ページはあるだろうか? 同じ司馬さんの有名な【坂の上の雲】は半分も読まずに積み上がっているのだが、【翔ぶが如く】の方は実に興味深く、また面白く、ためにもなった。

あまりに長く、一息に感想を書きあげる器用さも度胸もないが、明治10年9月に西郷隆盛の死を持って終焉を迎えた西南戦争と、翌年に加賀の士族により誅された大久保の死と、官を最強の太政官制度として根付かせた立役者の川路利良の狂死を見届けてようやく現代日本の病魔の様な官僚制度の深い深い闇の様な統治機構を理解しえたような気がする。あくまでも「気がする」だけなのではあるが・・・
最近よく感じるのは、「世の中は不条理に満ちている」ということだ。特に7世紀頃から歴史に辿れる氏姓の連綿たる系譜は僕の様などこの馬の骨か判らぬような庶民には不条理に思えることも否定しえない。
天皇家・・・
藤原家・・・
源氏と平家・・・
そして、薩摩と長州・・・
ヤマト王権の成立から、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・戦国・関ヶ原・明治維新、そして第二次大戦を経て今も続く脈々たる権力の流れ・・・ 日本という国がずっと一本の粘々した様な権力層の流れの中に続いて生きたのだなぁと感じる。
読み終わって感じるのは、「西郷隆盛」の不思議さだ。写真が残されていないので表情から人物像を読むことが出来ず、どうしても伝説の様な伝記や印象深い肖像画が正しい西郷隆盛の理解を妨げているように思うが、彼は有能だったのか虚像に過ぎなかったのか・・・正直よく判らない。恐らくは征韓論争で大久保に敗れ薩摩に帰還した後は、何らかの身体的・精神的、更に言えば統率力や判断力などにも問題を抱えていたのではないか?とすら感じてしまう本書の内容であった。
しかしながら、比較するならば大久保利通よりも西郷隆盛に親しみは感じる。ただ、どうして「あんな、あの程度の西郷」をあの時代の人々は好きになったのだろうとは訝しく感じるのではあるが・・・
まあ、これだけの長編を読んでもなお西郷隆盛に関しての謎はますます深まるばかりであった。でも、面白かった・・・
(追記)
仮に先の衆議院選挙が江戸幕府(自民党支配)の終焉であったとすれば、倒幕派の民主党はもともと思想や気質が異なった長州(菅・仙谷・枝野・野田ら)と、薩摩(小沢・鳩山・ヤワラら)が一時期タッグを組んだものの、大久保(自己をミニ高杉晋作と勘違いしている菅や大久保の様な仙谷)と(自己を西郷と勘違いして、周りも勘違いして担ぎ出そうとしている)小沢とが相容れずに袂を分かって、まもなく最終戦争(西南戦争)に突入しようとしているようだ。鳩山はさしずめ島津久光みたいな感じだろうか?
もちろん、冗談だ・・・誉めすぎて我ながら恥ずかしい。でも、小沢をことさらに奉ろうとする人々が多いことには非常に驚く。既に過去の人、かつ虚像に踊らされているだけと思われるのだが・・・
読んでくれてどうもありがとう
ブログを開始してから早くも3度目の「骨折」である・・・悲惨である
2年に1度ちは・・・ ちと多過ぎやしないかい、アン?
天下の【M3 リッットマン】さんよ、お宅の【マスターカーディオロジー】って、5万円以上もするんでしょ?
勤務医の時の10数年間には1度も骨折したことが無かったのに、開業医になって・・・ビックリでんな。
勤務医の時はそんなに診察回数多くなかったからな。大学病院の外来なんて、週に2回くらいやったし。精々週に病棟回診しても聴診回数なんて100回程度だったかなぁ?
今じゃ、週に500人の聴診を毎週毎週飽きもせず続けてますよってに・・・そりゃ折れまんがな、確かに
貧相な開業医といえども、一応は循環器専門医である故、聴診器はオンボロじゃいかんよってに、またまた万札が飛んでいくのを悲しい眼で眺める今日この頃・・・ 恨めしやァ
不良品売っちゃアキマヘンがなぁ 日本製ってないんどすか?
癒し・・・という言葉は滅多に使用しないし好きな言葉ではないが、我が家のワンコたちには確かに癒される。もし今ワンコたちが居なければ、恐らく僕はストレスで倒れているかもしれない。
そのワンコたちの写真が今年から僕の診察机のパソコンの背景写真になっている。二匹のワンコが並んで座って、つぶらな瞳で僕を真正面から見つめている。元々小さいトイプーなので実物大とそうは違わないが、長い舌をペロッと出していたり、動きさえも感じるような鮮明な写真に横目でドキドキしながら毎日患者さんを診察している。
そして数週間前からはスクリーンセイバー代わりのスライドショーの画像もそのワンコたちの写真となった。ブリーダーの所で生まれた時の写真やら両親の写真やら、我が家に初めて来た時の写真やらで、まだたった2年少々の人生(犬生)ながら、よくぞ生まれてきてくれた、よくぞ我が家に来てくれた・・・と、実に感慨深いものがある。
昔から長く通院してくていれる患者さんとの最近の会話で一番多いのはそのワンコたちの写真の話である。
『まあ可愛いですね・・・ まるでお人形さんみたい・・・』
『うちもトイプー飼ってますよ・・・ えっ 二匹いるんですか?』
とか何とか言われると、診察時間の5分位スッと過ぎてしまう。これで診察代をいただいても良いのだろうか?と心配になるほどだ。
「犬はかわいいですよね・・・ 人間よりずっと可愛いです・・・」と返すことにしているが、内心では≪うちのが一番かわいいよ≫と思う。とってもかわいい・・・ 妻より可愛い・・・
生まれて今まで、9匹のワンコと暮らしてきた。他にも、カナリアや 文鳥や ジュウシマツや ハトや 鯉や 金魚などを飼って暮らしてきたが、僕はワンコ、とりわけトイプーが大好きなのである。
診察机のPCの中のワンコたち・・・片時も離れたくないのである。
読んでくれてどうもありがとう