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日曜日のお昼過ぎ、新装なった南の島の新駅ビルから新幹線で遥々大阪へ出かけた。もうじき、デビュー30周年アニバーサリーイヤーのファイナルを迎えようとしている。来週は3月13日、55歳の誕生日にグランドフィナーレを東京で一緒に喜びたいと思っている・・・ なんというミーハー中年医師なんだ?、俺は??
まあ、大阪城ホールは3時間半もあって、1月のパート3公演とは異なる特別のコンサートだった。総勢15名のゲストの中には可愛い山下久美子もいたし、野茂投手まで『皆さんはどうか知りませんが、僕はロックな所が好きです。流れに逆らっている時には・・・』と、苦難の時を伴にした音楽を通して佐野を同志と感じていたのであろう。
顔はスクリーンで観るしかない程遠いスタンド席からだったが、四方八方から決して若くはないファン達のシャウトが聞こえてきて、1万人近い観客は一人の例外もなくこの特別なコンサートを楽しんだことだろう。特にG10列通路席の女の子・・・ウルサイ位歌ってましたね。
「週末の恋人たち」は素敵な曲だが、コンサートで披露するのは初めてだったようだし、「バイバイCボーイ」もプロになっては初めて披露したらしい。杉や伊藤に比べ、佐野のパワフルなオーラはとても55歳にならんとするアーチストとは思えない。力強い若さが身体にも心にも声にも息づいているようだ。
声に関して言えば、渋い味わい深い声に昇華された気がする。デビュー前後の艶やかな声ではないが、55歳でこのシャウト・・・驚異的ですらある。
今回のゲストの中で、特にラヴサイケデリコの久美が声を重ねた「彼女が自由に踊るとき」とアコースティックな「レインガール」は素晴らしかった。もう恐らく2度とコンサートでは聴けないかもしれない。
そうしたコンサートも予想していたとはいえ、時間が延びるにつれて少々心配になってしまった。いつもの公演なら「まだ終わらないでくれ」と願うのだが、今回は「そろそろ終わりにしてくれ」と願ったくらいだ。
予約した新幹線は最終便であったが、21時30分発・・・ 電車を乗り継いで新大阪に向かう際にどれほどの混雑と時間を要するのか? 出来れば20時30分には大阪城公園駅に着いていたかったけど、その時間はまだ最後の「アンジェリーナ」を一緒になって叫んでる時刻だった。35分、ラストの挨拶が始まった・・・
僕は外出口に一番近い場所へ早めに移動し、お約束となった「別れの仕草:マイクを観客席に向ける・・」を見届けて、会場を飛び出して小走りで駅に向かった、8時40分だった・・・
急がないと・・・ 混雑に巻き込まれたくないし・・・
あまりにも早く飛び出して、しかも走って駅に着いたので、混雑どころかまだ数えるほどしか乗客はおらず、向かいあう4人がけの席に、40代に見える綺麗な女性と向かいあって座った。彼女は少し疲れた様な表情だったし、満足げに放心している様にも見えたけど、心残りな風にも感じた。僕と同じく、帰り時間を気にして急いで会場を後にしてきたのだろうか? 何を思っていたのだろう?
環状線を大阪駅で降り、乗換た列車にはまだ小学生の女の子を連れた夫婦が会場で配られたパンフレットを手に笑顔で話をしていた。少々、いやかなり羨ましかった。
なんとか間に合って新大阪駅のホームで最終便の発車を待っていると、大阪城公園駅で並んで乗り込んだスーツ姿の男性と、向かいあって座った例の女性が同じ最終便を待っている様だった。どこまで帰るのだろうか? 岡山? 広島? それとも・・・
いつの間にか見失ってしまったが、最終便がホームに滑り込んで来て、僕はシートに深く身を沈め、コンサートの事を思い浮かべながらいつしか眠ってしまった・・・
数時間が経過し、降りる駅が近づいた。
8号車の前方のドアに向かった僕と、隣の車両に乗っていたらしい例の女性の眼が合ってしまった。彼女も気づかないハズは無い。少しはにかんだ様な顔だったが、僕だって少し恥ずかしかった。僕も相当なファンだが、彼女は僕以上なのだろうか? まさか、大阪環状線で隣り合った僕が最後まで一緒だったとは、彼女も驚いたに違いない。
列車は23時59分に南の島の駅舎に到着した。これも何かの縁と、少し前を歩く彼女に声を掛けようと歩みを速めて近づいた。
が、彼女はJR在来線の乗り換え口に向かい、改札を通り過ぎてしまった。
もう声を掛けるには遅すぎる・・・と思った瞬間、彼女は身を翻しチラッと僕を見てニコッと笑みを見せた様な気がした。その笑顔に僕は足が止まった。やはり彼女は気が付いていたんだ。もう少し早く声をかけておけば楽しい時間を共有できる同志にでもなれたかもしれない・・・
ちょうどその時、駅舎の大きな時計が深夜12時を回った・・・
彼女はシンデレラだったのか・・・
そして僕は、妻と娘が待つ?自宅へと向かった。頭の中では「彼女が自由に踊るとき」が心地好く流れていた・・・
読んでくれてどうもありがとう
コメント
コメント一覧
こっそりおじゃまさせて頂いておりました。
30周年のレポートありがとうございます。楽しく読ませて頂きました。豪華ゲストの方々を迎えたライブ、とりわけ伊藤銀次氏も参加されたと窺い、懐かしい想いと感動を思い出しました。
zeppの時は彼がマイクをこちらへ向けて退場される前に会場を後にされたように記憶していますが、今回は最後まで楽しまれたようですね。
シンデレラののように立ち去られた同世代の女性の方も「同じように話かければと・・・」と思われたかもしれませんね。私もよく福岡へ観劇などに行き帰りの高速バスで同じチラシを持たれた方に会いますが、なかなか声をかける事は出来ないものです。次回は声をかけてみようかと思いました。これからもモトさまの熱いレポート楽しみにしております。 ≪はるかっぱ母≫
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
初コメント?ありがとうございます。Zeppとは夏の東京の件でしょうか? あの時も最後まで観ましたが、患者さんからの電話対応でオロオロ状態でした。来週の東京で再び似た様な同志に出会えたら、その時は声をかけてみようかな?
ちなみに銀次さんとは28年前のコンサートで最前列から握手してもらいましたが、スッカリおじさんの雰囲気でした。
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
そう言えば、keiさんは大阪でしたよね、確か。
24時過ぎに帰宅して、寝ていたワンコを起こして少し遊んで、翌朝は6時30分には仕事に出かけましたよ。愛車の中ではCDが鳴ってましたけど・・・
もう、なんと言ってよいのか、楽しいのか寂しいのか嬉しいのか、ごちゃまぜの気もちで3時間半を過ごしました。あっと言う間でした。
ゲストも、それぞれ短い時間ながらMOTOへの愛と尊敬が感じられた感動のセッション続きでした。ステージを去るMOTOを見て、寂しいな~と思いましたが、今振り返ると、あの場にいられて本当に幸せだったと思います。
ヨコで見ている高校生の愚息が、SOMEDAYを拳を振り上げつつシャウトしている姿を見て、確かにMOTOのDNAは次世代につながるはずだと確信しました。
東京、いらっしゃるんですね。うらやましいです。
40周年のその日もぜひ、環状線・新幹線で同乗した皆様に再び会えることを願ってやみません。
@@便乗コメント失礼します by murajun@@
親子での参加、羨ましい限りです。東京は、患者さんの具合が悪くならなければ行こうかと思いますが、深夜の飛行機で、大阪より帰宅が遅くなります。体力が持つのか少々心配ですが、人生は長くはなく、日曜日以外は自由時間の無い身分なので、今のうちです。コメントありがとうございした。
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