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明日は晴れるだろうか? 晴れたらいいな、晴れなくてもいいけど・・・
明日の午前11時頃、患者さんが来ないと良いな・・・ スタッフ皆で庭先に出て空を眺めたいな・・・
どれくらい暗くなるのかな? ちょっと遠足前の小学生の気分、やっぱりテレビじゃなく、周囲がどの程度暗くなるかは外に身を置かないと判らないよね。
皆既日食と云うのは欠ける太陽を見ることが目的ではなく、欠けた太陽によって暗くなる雰囲気こそが全て・・・写真やTVでは意味がない。
『じゃ観にいけよ・・』と言われても借金付けの貧乏開業医が行けるはずもなく、実際に見に行く自由な人々をTVで眺めて、とことん嫉妬してしまう・・・ ああ仕事なんて嫌だ、金より自由が欲しい、オヤジは怒って天岩戸に隠れるぞ・・・と心の中で叫ぶが聞いてくれる人はいそうもない。せいぜい、明日その時刻にKYな患者が来ないことを祈るしかないようだ。
さて、実際のところ「どの程度暗くなる」のであろうか? 昔、部分日食を小学生の時に観たが外の明るさには全く変化がなかった。もちろん、あれとは全然違うだろう・・・皆既日食なんだから。
曇り空くらいか?
雨の日くらいか?
夕方の日没後くらいか?
本を読めるくらいか?
満月の夜くらいか?
映画館の中くらいか?
満点の星が見えるのか?
それとも・・・やはり気がつかない程度か?
それだとガッカリだなあ・・・
まあ、感想は場所や天候や、あるいは見る人の精神状態にも左右されるであろう。
わざわざ高いお金を払って大陸にも島にも洋上にも出て行く日本人たち・・・実にウラヤマシイなあ
かつて卑弥呼が死ぬ248年頃に皆既日食があったという。それを卑弥呼が観て禍の印として殺されたとすれば、どこで日食が生じたかを今回の様に天文学的に計算すれば卑弥呼の住まい(邪馬台国)の大まかな場所がわかるハズ
・・・と色んな人が僕と同じ様に考えたようだが、どうも1000年を超えると地球自転スピードの揺らぎ・変化などの要素が複雑すぎてスーパーコンピューターでも九州説と大和説すら区別できないほど曖昧なものらしい。なあんだ・・・その程度か?
そう考えると1000年先の地球や人類の姿・運命などは全然予想できないわけで、100年後の地球温暖化が本当に起こるのか氷河期に向かうのかすら本当は分らないままに人類は無駄な努力をしているのかもしれない・・・
それにしても時間とお金が自由になる人々がうらやましくて羨ましくて・・・嫉妬で気が狂いそうになる日食前夜、少々ドキドキしている。
読んでくれてどうもありがとう
先日おきた大雪山系 トムラウシ山での夏山事故・・・18名中9名の死者が出てしまったようだ。犠牲者の殆どが山を楽しむ60歳代、急激な気候変化で低体温症となり死亡したとのこと。
恐らく生還者の言葉以外にも聴くべき真実の声があるのであろうが、犠牲者の口はもう動くことはない。ご冥福をお祈りしたい。映像で見る夏のトムラウシ山は心を魅了されるほど見事な名山の様であるが、中高年にとり40キロの縦走は天候が全てを左右しそうな行程だ。残念ながら、今の僕には時間だけでなく体力的にも無理そうだ・・・
この様な夏山での低体温・・・先に書いた22年前の阿蘇の豪雨の中のコンサート会場での救護室を想い出す。もし救護室があそこになければ(若者であっても)数名の犠牲者は確実に出ていたと思う。それほど体温を奪われた若者達が危ない状況にあった・・・(今だから言えるけど)
今はどこへ行っても60代の旅行者が凄く多い。今の60代は割と恵まれた世代であろうと思う。戦後復興とともに育ち、高度成長期を経験し、未曽有の経済危機や年金破綻前に年金受給を開始出来た。医学の進歩で比較的健康を維持出来、ありとあらゆる文明を享受可能な恵まれた世代・・・中国では文革で失われた世代だし、アメリカとの差異が急速に縮まった世代でもあろう。
まあ世代間論争はやめておくが、心おきなく時間が取れる人々がうらやましい。
僕は山に行ける時間が今は取れないが、過去に一度怖いめにあったことがある。
10歳の時に初めて登った由布岳、普段は大人しい山である。何度か一人で登って登山道は目に浮かぶ。
大学の友人と出かけた際に雪景色となって、下山時に道を間違ってしまった。随分降りた後に気付いた時は渓流沿いの崖の上に僕らは居て、行くか戻るか難しい判断に迫られた。川さえ超えれば車道が見えるほどの地点だが、なかなか超えるポイントが探せない。ここは既に登山道ではないのだった。
結局、雑木林の枯れ枝にアチコチ傷付けられながら、川に濡れ、手間取り寒さに凍えた僕らはブルブルガクガク震えながら渓流を越え、ほうほうの体で天国の様な由布院温泉に飛び込んで・・・・生き返ったのである。
たったわずかな時間の冬の山、むしろ夏の阿蘇の豪雨の方が寒くて死にそうだったが、やっぱり自然を甘く見ては決してならない。若い時は考えが及ばないが、思慮深いはずの60代の登山愛好家も考えが及ばなかったのであろうか?
やはり、登山ツアーと云うのは無理があるパッケージ旅行ではなかろうか?
よく比較的危険な持病を抱えた患者さんから旅行の相談を受けるが、医師としては団体旅行は避けて出来るだけ気の合う小グループでの旅行をすすめている。「無理を感じたら周囲に遠慮せず 止まり泊ること・・」が一番大切。ましてや、天候が変わりやすい避難場所が少ないツアー登山コースは危険が一杯だと思う。
今度はガイドの意見が尊重される登山パーティーであったのだろうか? 15人に3人のガイド・・・決して少なくはないと思うが、15人の登山技量や精神的背景が揃うハズもなく、その意味では寄せ集めのツアー登山には危険がいっぱい・・・という気がしてならない。
極限時における人間の感情・・・そう単純ではないので、「ガイド文化」が今の日本にどれくらいあるのか少々気がかりでもある。今回はガイドもお一人亡くなったようだ。犠牲者の皆さんはさぞお辛かったことであろう・・・
読んでくれてどうもありがとう